にんげん科学研究会 さん プロフィール

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にんげん科学研究会さん: もっと暖気に生きてみませんか?
ハンドル名にんげん科学研究会 さん
ブログタイトルもっと暖気に生きてみませんか?
ブログURLhttp://ningenkagaku.blog.fc2.com/
サイト紹介文「宇宙のルール」で自分自身や世の中をみてみましょう。きっと幸せに生きるための答えが見つかります。
自由文時代は「低次物質文明」から「高度精心文明」に移行し、宇宙の法則・ルール通りに生きていく時代に入りました。「絶対的自由」「共生」「進可」を基本とし、それぞれが「自立」して歩き「本当の幸せ」を掴む時代です。ここでは、小笠原慎吾氏の遺された理論をベースに、学校では教えてくれない本当は一番大切なことを書いてみようと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供379回 / 365日(平均7.3回/週) - 参加 2015/04/15 00:11

にんげん科学研究会 さんのブログ記事

  • 「心」とは、自分がつくる「創造物」です。
  • 今回はまず初めに「心に対する捉え方の間違い。」ということについて書いておきます。「心に対する捉え方の間違い。」ふつうの人の心の理解というものの中に「心は外の出来事の結果起こるというのが自明だ。」という捉え方があります。つまりそれは「何か外に悲しいことやつらいことが起こったから わたしは悲しんだり、つらくなったりするのだと理解する。」ということであり、ふつうの人はこういう心の捉え方を当然自明なものと [続きを読む]
  • 「思考・心・感情」と肉体(物体)の関り。PartⅡ
  • これはすでに何度も書いていることですが、やはりどう考えても『わたしたちの「苦悩や苦痛」のすべての原因は、わたしたちの「思考」にある。』『思考が悲しみや恐怖の原因であり、それは過去や時間によって生み出される。』ということは疑いようのない真実ではないかと思いますしほとんどの方は同意されることと思います。では、今回はわたしたちが自らの思考によって怒ったり、悲しんだり、緊張したり、不安になったりしたとき「 [続きを読む]
  • 「思考・心・感情」と肉体(物体)の関り。PartⅠ
  • 突然ですがわたしは「自分自身を学ぶ」「自分を知る」ためには『心と肉体(物体)・感情と肉体(物体)・思考と肉体(物体)の関り。』を理解することも必要ではないか?と思うのですが皆さんはどのようのお考えになられるでしょうか?おそらく自分自身の肉体(物体)に興味を持たない方などいらっしゃらないのではないかと思いますし「肉体(物体)はわたしたちの心や感情、そして思考に驚くほど関わっている。」ということは誰も [続きを読む]
  • 今日も独り言。
  • ご存知の方もおられるかもしれませんがスピリチュアルの世界には「生きづらい性格」や「トラウマ」を癒す方法として「傷ついたインナーチャイルドのワーク(セラピー)」といったものがあります。しかしこれをやったところで何も解決しませんし一時は癒された感じがしたとしましてもまたすぐに元通りになりますので時間とお金の無駄ではないか?そもそもインナーチャイルドなどどいう存在は心のどこにもいませんしにも拘らずワーク [続きを読む]
  • 今日の独り言。
  • 私事ですが、自分自身の昔をちょっと振り返ってみますと「本当によく過去を反芻するタチだったなぁ〜 過去のことをあれこれ考えては不安になったり、悔やんだり、恥かしくなったり こうでもないあーでもないと頭の中をこねくりまわしていたなぁ〜」ということが今とてもよく分かります。皆さんもお分かりの通り「過去に囚われる。」といいますのは過去の心象が自分の意志と関わりなく頭の中に次々とやってくるからですが「それを [続きを読む]
  • 「ストレス」と「思考」の関係。
  • 今回は「ストレスと思考の関係」について書いてみます。今の世の中を見てみますと、専門家の方々は「ストレスは人生につきものだ。」という見解を持っており「適度なストレスは必要である。」「いかにストレス管理をするか?」ということに重点をおいておられますがわたしはそうは思いません。逆に、まだまだ「ストレスの原因については大きな誤解が存在する。」と思っていますし「思考とストレスの関係がほとんど見過ごされている [続きを読む]
  • 「病は気から」+「病は思考から」ということ 。
  • 突然ですが、皆さんはご自身の頭の中では「あーでもない、こーでもない」と思いついたことを始終囁き続けている。終始ひとりでおしゃべりしつづけている。ということにお気づきでしょうか?もしお気づきでなければ是非一度そこに意識を向けてみて下さい。のっけからなぜこのようなことを書くのかと申しますとそれは「その頭から出されるままの思考に乗ってしまうと―― 例えば否定的な思考や悲観的な思考に乗ってしまうと わたし [続きを読む]
  • 「過去を終わらせる。」ということ。
  • 今年はしつこいくらい「思考」をテーマにして書いていますがなぜこんなにしつこく(笑)書いているのかと申しますと・思考がわたしたちの気分と感情をつくりだしていること。・落ち込んだり悲しんだりするのは 自分自身の思考がつくりだしていることにほかならないということ。・落ち込んでいるとき、そのことについて考えつづけることは 傷口に塩をすりこむようなことと同じだということ。これらを理解すれば思考とのつき合い方・ [続きを読む]
  • 大切なのは「自分自身の思考との関わり方」です。
  • 今回はまたまた「思考」について書きますが結局のところわたしたちが幸せを感じる術を学ぶために必要なことは「自分自身の思考との関わり方だけではないか?」と思うのですがいかがでしょう?「思考は現実ではない。」ということを理解する。「思考は現実ではない」そう聞いて皆さんはどう思われるでしょう?「よくわからない?」それとも「そんなことは当たり前」と思われるでしょうか?おそらくこの言葉は普段「考える」というこ [続きを読む]
  • 「世の中」を「樂しく」生きる。
  • 「この世」といいますのは、お分かりの通り相対的世界であり、絶対的な「善」もなければ、絶対的な「悪」もありませんし善悪の間の中に、いろんなものや考え方ががひしめいているといえます。さらに今の世の中を見てみますと「まだまだ、これまでの古い時代の「戦って、勝利しろ」という思想が 政治経済の世界から学校から、日常生活に至るまで深く深く浸透している。」といえますので人間の本質的価値は、霊性にこそあると気づき [続きを読む]
  • 「他人に対する怒りや恨み。」
  • 今回は「他人に対する怒りや恨み。」を考えてみましょう。わたしたちは時に「誰々がどのようなことをした。」とか「あいつはムカつく。」だとか「こんな失礼なことをした。」だとかいうように他人のことやゴシップを噂しあったり、考えたりしていることがあり他人のムカつくところや腹の立つところ、気に食わないところ、嫌なところそんなことばかり思い出したり、考えたりして、一日を過ごしている。という場合があります。確かに [続きを読む]
  • 「思考と感情のつながり」 を理解する。
  • これまで「思考」ということについていろいろ書いてきましたが・「思考」というものが自分自身を苦しめ、傷つけ、恐怖に陥れ、悩ませ 不安に駆らせ、脅えさせる張本人であるということ。・「思考」が自分自身を怒らせたり、悲しませさせたり、怨ませたり 憂鬱にさせたり、落ち込ませたり、不幸にさせるものであるということそして・「怒り」や「悲しみ」「憂鬱」などの「感情や気分」なども それらすべては腹のたつ他人がひき起 [続きを読む]
  • 「外側」に逃げず、自分の「内側」を見つめ直すこと。
  • 前回の記事の中で『わたしたちの中に不安や悲しみ、悩みがあったらどうするかというと そんな時はおそらくふさぎこみ、じっとして考え続け 動きを止め、その不安や悲しみ、悩みの光景を何度も思い出しては 「これからどうなる?」といったことや「どうしよう?」といったことを考え続ける。 しかし、この最善と思われるやり方も 本当の「思考の原則」からいうと、それは最悪のパターンだといえ 火の中に、薪をくべるようなも [続きを読む]
  • 「思考が自分を傷つけている。」 ということ。
  • 3日夕、熊本県和水町で震度6弱を観測した地震。「いきなりドンと来た。つかまって立っているのがやっとだった。」「熊本地震みたいで恐ろしかった。地震は恐ろしかですね。」「怖い以外にない。(震度7を記録した)熊本地震ではそこまで揺れなかったので 今回の方が大きかったのではないか。」「ガタガタと戸棚のガラス戸が音を立てて、テーブルの上の物が落ちた。 恐ろしかったので揺れが収まるとすぐに火を消し、どうにか大丈 [続きを読む]
  • もう一つの「こじつけキーワード」
  • 前回は「口は災いのもと」特に自分の思い通りにしようと思ってする発言つまり「支配・コントロールしようとする発言」は自分勝手な「快楽」を求める発言であり「宇宙のルール・法則」に沿わないものとなりますので結果は「苦痛」『自分自身に「災い」となって還ってくる。』ことになりますので今年からは特にお気をつけになってみて下さい。と書きましたが『わたしたちが口にする言葉は常に「思考」によって生み出される。』『この [続きを読む]
  • 「災」についてのこじつけキーワード(続き)
  • 前回、今年の「こじつけキーワード」の最初は『人間が内も外も循環を止めてしまうと、その結果はすべてが災に転じる。』ということ。そして『すべては自分自身の生き方次第』というところで終わりましたので今回は続きを書いてみましょう。お分かりの通り「災」という字は「そしてこれらを陰陽五行説でみていきますと最初の「「火」は「陽」となりますしもう少し書きますと「「火」は「陽」=「男性」と考えることができます。さら [続きを読む]
  • 2019年、新しい年の始まりです。
  • 2019年 新しい年の始まりです。かたっくるしいご挨拶は抜きにして今年も一日一日を「元気で暖気に明るく樂しく楽に」お過ごしになられてください。今年もどうぞよろしくお願いいたします。今年のキーワードは「災」ご存知の通り、昨年12月に発表された「2018年、今年の漢字」は「災」でしたがこれは「2019年のキーワード」であり「今年起こることを意味する。」といえますので昨年の元旦同様に今年もこのキーワードから色々こじ [続きを読む]
  • 可能な限り「自分自身」になること 。
  • これからのわたしたちの行動は「こうあるべき」という社会(他人)がつくりだした規制や論説に基づくものではなく自分自身の中から生まれた意志や考えによる行動がとても大切な時代になりますので、今年最後の記事はこのことについてちょっと書いておきます。可能な限り「自分自身」になることそして、特に他人がつくり出した知識で得た過去の「こうあるべき」がいつの間にか自分の中の「こうあるべき」にすり替えられてしまいます [続きを読む]
  • ふと何かに「気づく」ことがありますが・・・・・。
  • わたしたちは日常生活のなかで、ふと何かに気づくことがありますが この『気づく』とは「自分に関する物事、自然、人々、色彩、樹々、環境、社会的構造など あらゆるものに対して鋭敏であること、いききと敏感であること。」を意味し、そのことに「留意」する=心に留めておくということです。 さらに『そのことに五感を働かせ「留意」する。』 ともいえこれは、そのことに「夢中」になり「時間の経過」を忘れている状態のことで [続きを読む]
  • 出来れば年内に捨てておいてください。
  • これからの時代の変化に対応できる生き方を身につけるためには過去に植え付けられた固定観念が何であるのかを明確にしその固定観念を壊すことが必要になります。なぜなら固定概念で物事を見ると、時代の変化に対応できず物事の本質を適切に判断することが出来ませんし自分の勝手な思い込みだけで判断してしまい新しいものを有効に活用することができなくなってしまうからです。固定観念という・・・心のゴミ人は皆、自らの中に様々 [続きを読む]
  • 恐怖は人生最大の問題の一つです。 PartⅢ
  • 前回、前々回と「恐怖は人生最大の問題の一つです。」というテーマで書いていますが今回はまず最初に以下の問いについて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。ー質問ー『果たしてわたしたちの心は完全かつ全体的なものとして 現在「今・ここ」に生きることが可能なのだろうか?』さてさて皆さんはどのようにお考えにられるでしょうか?わたしは「それが可能なのは、恐怖を持たない心の場合だけである。」と思うのですがいかが [続きを読む]
  • 「恐怖」は人生最大の問題の一つです。PartⅡ
  • 前回は「一体、わたしたちは自分がどんな恐怖に脅かされているかを 知っているのでしょうか?」 皆さんもぜひ一度お考えになってみて下さい。そして、自分自身への質問として「恐怖とは何か?」「どうして生まれるか?」「自分がどんな恐怖に脅かされているのか?」「恐怖という言葉は何を意味しているのか?」ということを自らに問いかけてみてください。というところで終わりましたので、早速この続きから書いていきましょう。 [続きを読む]
  • 「恐怖」は人生最大の問題の一つです。
  • 皆さんもお分かりの通り、ここ最近は特に「自分自身を学ぶ。」というテーマに関しての記事を多く書いていますがそれは何故かと申しますとこの「自分自身を学ぶ。」ということが今後わたしたちが生きていくうえで「何をおいても最も重要なテーマ」であり 「人間が人間らしく生きるために最も必要なことである。」と思っているからです。そして今後も少しずつこのテーマに関する記事を書いていこうと思っていますが今回は「自分自身 [続きを読む]
  • 「権威」について書いておきます。
  • ここ最近のブログの中には「権威」という言葉がよく登場しているということにお気づきの方もおられると思いますが今日はこの「権威」という「厄介なお荷物」についてもう少し詳しく書いてみます。「権 威」 とは?・自発的に同意・服従を促すような能力や関係のこと。・威嚇や武力によって強制的に同意・服従させる能力・関係であり 権力とは区別されるもの。・代名詞的に、特定の分野などに精通して専門的な知識を有する人など [続きを読む]
  • 「自分自身を学ぶ」ことが必要な理由 PartⅢ
  • 前回は『物事の捉え方がわかれば、全ての物事が明瞭になりますので 物事を見るには、哲学や聖職者・霊能者の助けは一切不要です。 つまり、他の何人にも物事の見方を教わる必要はありませんし わたしたちが自分で物事を見ればよいだけのことなのです。 では実際にハッキリ見つめますと、ひとりでに、しかも容易に わたしたち自身を変えることができるのでしょうか?  これは一番問題になる点ですが はたして、自分自身を変 [続きを読む]