岩井半次郎 さん プロフィール

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岩井半次郎さん: 岩井半次郎[大航海時代のおと]
ハンドル名岩井半次郎 さん
ブログタイトル岩井半次郎[大航海時代のおと]
ブログURLhttps://iwahanjiro.exblog.jp/
サイト紹介文大航海時代にスペイン副王庁のあったペル−・リマから、「大航海時代」とそのあとを観ると・・・。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供11回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2015/04/23 11:50

岩井半次郎 さんのブログ記事

  • ノッサ・セニョ−ラ・ダ・グラサ号事件の経緯
  • 今回は、前回の記事に書いた「1610年長崎沖におけるマ−ドレ・デ・デウス号焼打に関する報告書」のうち、事件の経緯が説明されている「アンドレ・ペッソアが1609年[日本]航海カピタン・モ−ルとして来航したナオ、ノッサ・セニョ−ラ・ダ・グラサ号焼亡に関する報告書」の内容を要約してみた。約40ペ−ジに及ぶ報告なので全ての内容を網羅することはできないし、内容もあくまでイエズス会内部の報... [続きを読む]
  • インド副王使節の贈り物 [その2]
  •                                           (写真撮影 三上信一氏) イエズス会のアレッサンドロ・ヴァリニャ−ノが、京都聚楽第においてインド副王使節として秀吉に謁見したのは、1591年3月3日のことである。そして、その約一年半後秀吉はフィリピン総督が派遣した使節一行と名護屋(現在の唐津市)で接見している。このフィリピン総督の使節に... [続きを読む]
  • インド副王使節の贈り物 [その1]
  •                                           (写真撮影 三上信一氏) インド副王使節の聚楽第訪問天正遣欧使節を企画したイエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャ−ノは、少年たちと共に日本出発から8年後に帰国(ヴァリニャ−ノにとっては再入国であるが)する。入国の際、ヴァリニャ−ノは「インド副王使節」と名乗り、その後「インド副... [続きを読む]
  • 「忍ぶ川」と「少年賛歌」
  • 「忍ぶ川」についての思い出「忍ぶ川」は、昭和35年(1960年)下期の芥川賞を受賞した三浦哲郎の作品である。私はそのとき小学校6年生だったがかなり世間の話題になっていた(と思う)。その約10年後、どんなきっかけだったか覚えていないが、まだ学生だった私は「忍ぶ川」を読んだ。そして、その頃家庭教師をしていた家に、その文庫本を置き忘れたことがあった。次に行ったとき、教えてい... [続きを読む]
  • シドッティに与えられた本当の使命はこれだった
  • 1.長助・おはる夫婦の不自然さ前回の最後に、私はシドッティに付けられた従僕長助・おはる夫婦の振舞いに不自然なものを感じると書いた。長助・おはる夫婦が十字架を身に付けていたのが発覚し、さらにシドッティから洗礼を授けられたと進んで自白したという話が、あまりに出来過ぎで取って付けたように感じたからである。彼ら二人は、キリスト教信仰が禁制の事柄であることを承知していた筈である。... [続きを読む]
  • 「最後の伴天連」シドッティ
  • 1.「最後の伴天連」シドッテイ1708年10月のことである。「島原の乱」が終結しポルトガルとの国交が断絶され、禁教・鎖国体制が完成したと考えられる時期から既に約70年の歳月が流れていた。小説「沈黙」の主人公セバスティアン・ロドリゴのモデルとなったジュゼッペ・キアラ(日本名 岡本三右衛門)が江戸の切支丹屋敷に40年間幽閉された上83歳で死亡してからも20年以上が経っていた。... [続きを読む]
  • お知らせ
  •                                           (写真撮影 三上信一氏)諸々の事情で、記事の更新をお休みさせて頂いております。今暫くお休みさせて頂く必要がありそうです。どうぞ宜しくお願い致します。 [続きを読む]
  • 「鼻のない男の話」 [その3]
  •                                    (写真撮影 三上信一氏)前々回[その1]ではこの小説のあらすじを、前回[その2]ではこの小説を読みながら考えたことを書いたが、今回はこの小説を通じて作者は何を言いたかったのかについて、考えてみた。この物語は、人生の岐路において目先の栄達や感情に引きずられ、愚かな選択を重ねたあげく、苛酷な運命に弄(もてあ)ばれ... [続きを読む]
  • 「鼻のない男の話」 [その2]
  •                                        (写真撮影 三上信一氏) 1.作者と小説の効用について・作者きだみのる について私が聞いたことがあったのは、せいぜい、型にはまることを嫌い奔放な生活を送った人柄を示すような逸話ぐらいのことだ。パリに留学した後、アテネ・フランセでフランス語とギリシャ語を教えていた経歴なども全く知らなかったし、山口... [続きを読む]
  • 「鼻のない男の話」 [その1]
  •                                         (写真撮影 三上信一氏)山口瞳の『男性自身』から山口瞳は、「週刊新潮」に『男性自身』と題するコラムを1963年から31年間連載し続けた。その『男性自身』は「男性自身シリ−ズ」として新潮社から刊行されているが、そこからセレクトした作品を収めた作品集が何冊か文庫本になっている。『男性自身』は週刊誌... [続きを読む]
  • 「岡本大八事件」はどうも気になるので
  • 「岡本大八事件」は、以前龍造寺氏に奪われた旧領の返還を求める「キリシタン大名」有馬晴信と、家康の側近である老中本多正純の家臣岡本大八との間の贈収賄事件として知られている。賄賂を贈ったのが有馬晴信、受け取ったのが岡本大八である。この事件は1613年1月の全国的な禁教令発布の重要な契機の一つとして、よく挙げられている。しかし、一見単純明白なこの汚職事件の展開には種々不自然な点がある... [続きを読む]
  • 日本語個人教授のその後
  •                                                                                                    (写真撮影 三上信一氏)私が日本語を教えるようになってから、もう5年が経った。ある国立大学の経済学部にアジア諸国研究のグル−プがあって、そのグル−プの学生たちが主催する日本語講座をや... [続きを読む]
  • 背教者 クリストヴァン・フェレイラ [その6]
  • 1月にマ−チン・スコセッシ監督の映画『沈黙』が日本で封切りされ、事前の予想以上に話題になっているようである。そのせいか、原作の小説『沈黙』についても、その作者遠藤周作についても、また小説の陰の主役であるクリストヴァン・フェレイラについても、最近になって初めて知ったり、思い出したり、考えたり、教えて頂いたりしたことが色々あった。そこで、それらの事どもをここに書き留めておこうと... [続きを読む]
  • 棄教者トマス・アラキの生き方・逝き方は一貫していた [その4]
  •                                                             (写真撮影 三上信一氏)                                            今回は、帰国してからのトマス・アラキの行動を追って行こうと思う。ついては、気を付けなければならないことがある。それは、その情報源の殆どが、彼を目... [続きを読む]
  • 棄教者トマス・アラキの生き方・逝き方は一貫していた [その2]
  •                                         (写真撮影 三上信一氏)「教区司祭」と「修道会司祭」について・トマス・アラキは司祭になることを志したが、何らかの理由で日本のイエズス会経営のセミナリオで学ばずに、フィリピン、メキシコ経由でロ−マに渡った。そして、イエズス会士たちが教師をしていたローマの“教皇のセミナリオ”で、6年以上神学を学び... [続きを読む]
  • モノワスレの効用
  •                                          (写真撮影 三上信一氏)物忘れ防止のためにブログを書き始めて、もうすぐ2年になります。50歳頃から興味を持つようになった歴史に関して、本で読んだことや感じたり考えたりしたことを忘れないように書き留めて置こうと思ったのがきっかけでした。実は、この数年物忘れを自覚することが増えてきて、それを少しでも防... [続きを読む]