satorich さん プロフィール

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satorichさん: 癌と共に生きる 手術→放射線治療→化学治療
ハンドル名satorich さん
ブログタイトル癌と共に生きる 手術→放射線治療→化学治療
ブログURLhttp://fanblogs.jp/satorutosiko/
サイト紹介文母の肺癌ステージⅣ闘病記・遺された左半身麻痺の父も癌に・・・誤嚥性肺炎の原因は食道癌だった。
自由文母の闘病する姿からたくさんの勇気をもらいました。生きることが辛い・・・死ぬのは怖くないが、夫を残して先には逝けない・・・と母。
毎日のように涙を流している、強そうでも弱い母親の闘病生活を記すことで、闘病で苦しみもがいている方々と気持ちを共有させていただきたい。「生」への執着を「生」のパワーに変えていく諸先輩方の心のたくましさに感心する毎日です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供474回 / 365日(平均9.1回/週) - 参加 2015/05/02 16:19

satorich さんのブログ記事

  • 捨てられないアルバム写真
  • 未だに残るアルバム写真両親の遺品となってしまった母が他界した直後姉が引き取るという意思表示を示したものの他にも引き取ってもらったものが多くある中アルバム写真まで引き取ることに難色を示した姉の夫当然の事と思う家は物置でも倉庫でもないそんな言葉が聴こえてきそうだ今でも所狭しとあの日のままで保管してあるアルバム写真の殆どは母の写真母の楽しそうな表情に微笑んでいる自分べっぴんだった母の若かりし頃の写真に目 [続きを読む]
  • 栄養ドリンク
  • 出勤する時いつも見送ってくれた当時の私は仕事一辺倒だった着実に出世階段を昇り続けていたそんな私の身体ををいつも母は心配してくれていた平日は朝の出勤時にしか顔を合わせないことも多かった栄養ドリンクを差し出す母に「大丈夫だよ」と半ば面倒臭そうに言っていたと思う時に差し出されたものを受け取らないこともあったさぞかし心配してくれていたことだろう私自身もともと心が逞しい方ではないだから限界を感じるタイミング [続きを読む]
  • その時だけでも噛み締める
  • 一家団欒子供が大きく成るに連れ一家団欒の回数は減ってしまうそれは我が家でも起きているそれでも夕飯は家族が揃う確率が高い一家団欒で食事私にとっての一家団欒は今と昔と二つの記憶がインプットされているそのどちらも大切な記憶昔の一家団欒のメンバーのうち主役の父と母が居ない今その再現を叶えることが出来ないあの頃両親は・・父は・・母は・・一家団欒の時を噛み締めたりすることがあっただろうかとても貴重で大切な時間 [続きを読む]
  • 根付きの香花
  • 今日もお墓に立ち寄った丁度雨が上がっていたことはありがたかったこれで今週は毎日来れている雨で濡れてしまった墓石を綺麗に拭き取りお水も替えることが出来るととても清々しい気持ちになる今朝はお墓の下に葉が落ちていたので花の水替えの時に香花を単独で振ってみたすると沢山の葉が散ったそれでもまだ多くの葉が残っているのは姉がわざわざ根付きの香花を用意してくれているからだ根が付いているだけに、新芽が出てくる根付き [続きを読む]
  • 秒読み態勢・・・いつから!?
  • 例えば・・・昨年の今頃父はまだまだ元気だと感じていた介護施設側からの報告も同様血液検査の結果は良好食欲も便も良好脳梗塞による左半身麻痺以外悪い所は伺えなかった勿論、人間ドックを受けていた訳ではないだから結果として食道癌に気づくことが出来なかった思い返してみれば怪しい出来事が無かったわけでもなくむしろ思い当る節がボロボロと出てくるそういったところは母の時と同じだそう言えばあの時・・・といった具合だ父 [続きを読む]
  • 両極端
  • 自分でも驚くほどに落ち着いている父がこの世を去って五十数日悲しくて寂しくてもどかしくて泣いた日々その反面心のどこかで感じている安堵感母が先に逝って父を待ってくれている・・・だからなのだろうと思う母が他界した時と比べることはタブーなのかもしれないが心境を比べてみてもとても穏やかであるホントに不思議なくらいに穏やかだ母にとっても父にとっても死の局面は一度きりただ私達からすると母に次ぐ父の死は・・・親の [続きを読む]
  • 私が逝ったらすぐにおいで
  • 姉から聞かされた話>お父さん、私が逝ったらすぐにおいでよ生前の母が父に耳打ちしていた言葉だそうだ母が独りで一生懸命に看てきた要介護の父を置いて先に逝くことを申し訳なく感じていた母遺された家族に託すことに抵抗を感じていたに違いないそんなことをちょこっと考えただけで涙が出る母が他界して2年と3か月余りで父が他界母の3回忌の法要を済ませてすぐに父の身体に異変が起きた母が父を迎えに来たのだろうか?AD [続きを読む]
  • 本籍地と居住地
  • 母の時も父の時も死後の手続きは中々の労力を要した父に関してはまだ残っている手続きは複数ある取り急ぎ問題のある事象を優先している面倒か・・・面倒ではないか・・・と聞かれれば面倒である中でも役場の書類が面倒で母の時の記憶が薄れていたことが要因でもある両親の居住地と本籍地が違うのだ戸籍謄本を発行できるのは本籍地の管轄の役場のみ本人であれば取り寄せも可能なのだが・・・前回の口惜しさを生かすことが出来ず同じ [続きを読む]
  • 父の手の感触
  • やはり記憶に新しいのはどうしても父の記憶だ母の記憶を辿ろうにも辿れなくなってしまった記憶もある例えば手の感触だ母の手の感触を呼び戻したいのだがなかなかどうして難しい父の手も感触は容易に想い出せるのに・・・やせ細ったか細い父の身体ではあったが右手だけはしっかりとしていた大きくて分厚くて温かい手父が他界する時までその手を握っていた父の手は一度も動くことはなかったしかしながら感触は未だに残っている母の手 [続きを読む]
  • あれから49日
  • 四十九日の法要は先々週に済ませたのですが本当の意味での四十九日は今日が当たり日ここまで・・・早いようで長かった父の魂は逝くべき所に辿り着いただろうか母の時と同様それだけが気になっている行き場を失った父の魂がまだ病院内に居るのではないか・・・とか介護施設に戻ってしまいそのまま居座ったりしてはいないだろうか?はたまた居心地の良い自宅内か?それとも未だにいろんな場所を飛び回ってはいないだろうか?父はもと [続きを読む]
  • 錯綜した3ヶ月
  • 父の死因は食道癌食道が腫瘍で塞がれていて行き場を失った食物や水分が逆流気道から肺に入り肺が炎症を起こしていた事の始まりは昨年末のこと顔面蒼白、血圧低下、高熱という順で父の容態に異変が起きた食事後の肺の音が気になるというナースのご指摘もあり3日入院して嚥下のVR検査を受けた当時の目的はただ一つ父に口から食事を摂らせてあげたいという気持ちのみだった水分も栄養もすべて点滴から・・・という状況からいち早く脱 [続きを読む]
  • お父さんから親父に変わった日
  • 年齢は覚えていないいつしか父のことを「親父」(おやじ)と呼ぶようになったそれまではお父さん偉大で恐くてそれでいて優しいお父さんのはずだったアルコールに染まった父はいつしか尊厳を失い偉大さも恐さをも失った優しさは残されていたがそれは弱さとしてしか映ることは無かったそんな父に合わせるかの如くお父さんと呼ぶことを意識的に止めて親父と呼ぶ日が来たあの時変わったのは父ではなく私自身、そのものだったのだろうAD [続きを読む]
  • 高齢者に混じって・・・
  • とある互助会が主催するイベントに行ったお祭りと称して会場へ足を運んでもらい互助会の宣伝を兼ねた勧誘イベント私の場合互助会への再入会の手続きを兼ねての参加だったまぁ、私の話はいいとして・・・会場には高齢者しかいなかったある程度の予測はしていたのだが40代の我ら夫婦が子供のよう・・・なんでこんなに若い人がこんなところに!?そんな風に思われているのではと思うくらいおじいさんおばあさんだらけであった会場内は [続きを読む]
  • 運動会
  • 運動会の季節と言えば「秋」だったが近年では、地域によっては今の時期に執り行う色んな事情が加味されているが理由の一つとして、「酷暑」が挙げられるその昔、秋は涼しくて運動するには最適だったしかしながら近年では熱中症などの事故が多発やむなくこの時期に繰り上げるなどして対処している私が子供の頃の運動会も厳しい暑さだった記憶は全くない金木犀が香っていた記憶運動会には母が必ず応援に来てくれて昼食は一緒にお弁当 [続きを読む]
  • バランス
  • 遺影写真のバランスがおかしくてちょっと笑える先に陣取っていた母の遺影の隣りに父の遺影を設置した直後からそのアンバランスな感じに違和感を感じている二人仲良く並んでいるが母の顔がとても小顔になっている父の遺影写真が大きいのだ額の大きさはほぼ同じ写真の拡大調整が違う母は確かに小顔だったが父の顔とここまでの差はない父が隣に来たことで母の小顔が物凄く引き立ってとても美人に見える父は母の引き立て役見た目のバラ [続きを読む]
  • お父さんは悪運が強いから・・・
  • 母が度々口にしていた言葉です決して父の悪口ではなかった・・・という印象ですですが、十分に嫌味を込めた言葉でもあると感じます毎日の飲酒運転毎朝の酒気帯び運転そんなことが当たり前のようだった時代父は幾度となく事故を起こしたその全ての事故に於いて自損事故が殆どだった自家用車が大破する事故もやっているなのに父は無傷父が入院する時は肝臓の機能が低下した時だけ・・・そんな父の事を「お父さんは悪運が強いから・・ [続きを読む]
  • 西城秀樹さん・・・お疲れ様でした
  • 子供の頃お茶の間を賑わせてくれた歌手の一人小学生の頃はYMCAをみんなで歌いながら楽しんだテレビの向こう側の人だからいなくなってしまったのかどうか確信が持てない当たり前だ・・・一番身近な自分の両親にでさえいなくなってしまったのかどうかの確信が持てない頭では理解できていても心が中々ついてこないテレビをつければ懐かしい映像が流れるそれは同時に自分の子供の頃の記憶を呼び出す自分の子供の頃の記憶の中にはまだ若 [続きを読む]
  • 涙くんさよなら
  • 父との入浴を想い出しながら様々なことを想い出していた父がよく口ずさんでいた歌を想い出していた「涙くんさよなら」〜?歌詞は二行目までしか記憶にない父がそこまでで歌うのを止めていのかそれ以降の歌詞の記憶が消えてしまったのか・・・どちらでもいいがとにかくその先を知りたくなった調べたこんな歌詞だったんだこの歌を唄いながら父が思い浮かべていたのは母だったのかそれとも・・・母が先に他界した後も父の置かれた状況 [続きを読む]
  • 一緒に入ったお風呂
  • 母と一緒にお風呂に入っていた幼少の頃の記憶浴槽で私と二人母がガーゼに空気を溜めてガーゼで作った空気風船を私のお腹に衝突させるくすぐったいがとても楽しかった父ともよくお風呂に入った父が一緒に入ると浴槽のお湯が溢れ出るお酒の匂いもするし、タバコの匂いもする沢山のいろんな話をした話の内容は覚えていないが今思うととても幸せなひとときであった私は男だから母と一緒にお風呂に入るのが恥ずかしい時期がやってきたや [続きを読む]
  • 不安定
  • 昨日までの心情が今日以降も同じように続くとは限らないむしろ続かないことの方が多いのかもしれない一日経つと景色が変わることがある今日がそれだった昨日は良い風景に見て取れた父と母の遺影二人仲良く・・・確かにそう見えた・・・しかし今日はどうだろうあの父と母が遺影になってしまった二人並んでいる姿が「遺影」という事実が昨日までとは違った印象で心に留まってしまった昨日まで晴れ晴れしかった空が今日は一転して曇天 [続きを読む]
  • 今日もお墓へ
  • 朝のひと時10分前後の時間今日もお墓に行くことが出来た昨日も今日もお墓にお線香は上げていないいつもと同じ朝の時間でも気温が変わってきていることを肌で感じる今日あたりは既に暖かかったそう言えば・・・ここしばらくの間お墓でカラスを見ていないなぁ・・・以前は毎日のように居座りそこかしこでいたずらしていたあのカラスたちどこからともなく鳴き声が聞こえることはあるのだが見張り役のカラスもいたずら専門のカラスも確 [続きを読む]
  • 遺影も仲良く隣に
  • 四十九日の法要が終わり少しずつなのか急激になのか部屋の片づけが始まった祭壇を撤去した部屋には元通りソファーが並ぶそのソファーを詰め込んであった部屋には父の遺品なども所狭しと置いたままだったそれらも一気に片付けられた母の時を思い出す自分には出来ない動きを見せる妻男と女の差なのか実親と義親の違いなのか私にとっては全てのものに思い入れがあるが妻にとってはその限りではないだから機動力も凄い二日目には綺麗に [続きを読む]
  • いつもと違ういつものお墓参り
  • 納骨後、初めての出勤いつものようにお墓に向かうほぼ日課のように通っているお墓にいつもと同じ道で向かう水替えと墓石磨きこれをやらないと調子が出ない・・なんていうと少々大げさだがやらないと気になる供養の為なのか自分自身の心の清浄の為なのか退職したり、転職すれば通勤ルートも変わりこの日常も変わるでのだろう墓石を見て、墓標を見るやはり悪い気はしない母の戒名の隣りには父の戒名が彫られていてお墓には母のお骨と [続きを読む]
  • 四十九日の法要と納骨を終えて
  • 涙を流すことはない一日だった淡々と時間だけが過ぎたそんな印象の一日だった法要の読経中何を考えていたかもあまり思い出せない母の時の心境とはやはり違う比べてはいけないとは思いつつどこかで比べている実親の四十九日の法要は最大で二度しかないそれを二度とも執り行うことができたそれは幸せなことなのだと感じる母の骨壺の隣りに父の骨壺が置かれたやっとやっと母が寂しい思いをせずに済むついついそう言う考えに辿り着いて [続きを読む]
  • 通りすがりの涙
  • 診断書を受け取りに行ってきた生命保険の請求に必要な書類相続税対象額にかすりもしない額で葬儀代を差し引きすると殆ど相殺されてしまうがそれでも両親が残してくれた貴重な財産である父の入院していた病院は一ヶ月経っただけでは何も変わらないあの時のままであったそれでもどことなく懐かしかった駐車場から入口まで100メートルほど歩くのだがその途中、若夫婦が立っていた20代後半だろうか・・・若いパパがまだ小さな赤ちゃん [続きを読む]