箕輪初心:生方 さん プロフィール

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箕輪初心:生方さん: 城・武将・陶芸・登山・潜水・スキー・旅行・温泉
ハンドル名箕輪初心:生方 さん
ブログタイトル城・武将・陶芸・登山・潜水・スキー・旅行・温泉
ブログURLhttp://53922401.at.webry.info/
サイト紹介文ブログを始めて5年目。城・戦国武将や偉人の伝記・陶芸・登山・潜水・スキー・旅行・温泉などです。
自由文掲載予定内容は箕輪城163回・群馬の城300城・百名城・戦国武将&偉人、陶芸作品・焼き物旅行記、百名山86、潜水約750本、スキー、海外旅行82回、名所旧跡・街道・奥の細道など
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供357回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2015/05/14 11:04

箕輪初心:生方 さんのブログ記事

  • 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№119『井伊谷宮』と宗良親王復刻版
  • 平成29年(2017)11月1日、井伊谷に3回目の訪問した。石原さんの案内で井伊谷をめぐった。井伊谷宮も3回目である。Hpに『御祭神「宗良親王」は、後醍醐天皇第四王子(宮内庁調べ)であらせられ、今より約650余年、動乱の南北朝時代に一品中務卿(いっぽんなかつかさきょう)征東将軍として、この地を本拠に50余年の間、吉野朝方のためにご活躍になられました。』とあった。しかし、宗良親王は井伊谷には2年しかいなかったよ [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№112『小田原城』5回目
  • 天正18年(1590)井伊直政は山中城攻め⇒足柄山城攻め⇒小田原城の笹郭攻めを行った。後北条氏の小田原城開城前後、旧武田家臣から後北条家臣になっていた宇津木泰繁・岡本半助宣就・石原主膳らが井伊直政の家臣になった。また、八王子城で討ち死にした狩野一庵の妻(新野親矩の娘)と子どもは井伊直政の家臣:木俣守勝に守られ、やがて、子どもは木俣守勝の養子となり、木俣守吉と名乗って木俣家を継いだ。 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№110『石垣山一夜城』4回目
  • 天正18年(1590)天下統一を目指す豊臣秀吉は山中城を攻略すると、小田原城を包囲作戦を開始し、石垣山一夜城を約80日間で、築城させた。小田原城開城前後、旧武田家臣から後北条家臣になっていた宇津木泰繁・岡本半助宣就・石原主膳らが井伊直政の家臣になった。石垣山一夜城は続日本百名城に選ばれた。孝ちゃんと別行動で、ツアーの親子を案内した。今日で100名城全部廻りましたとおっしゃった元気なお年寄りの奥様も一緒に [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№109『山中城』4回目
  • 平成29年(2017)10月9日、クラブツーリズムで孝ちゃんと「山中城跡&石垣山一夜城&お城EXPO in小田原城」:「緑が美しい山中城跡&総石垣の一夜城歴史公園」という旅行に行った。山中城4回目、石垣山一夜城3回目、小田原城5回目であるが、参加した。山中城は静岡県三島市にある百名城である。「障子堀」、「畝堀」が特に美しい。永禄年間(1560年頃)小田原城を守る城として、後北条氏により創築された。天正18年(1590 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲岩手⑦「宮沢賢治記念館」:盛岡
  • 岩手県の文学者関係と言えば、石川啄木・宮沢賢治・金田一京助しか浮かばなかった。でも、今回の旅行は「野村胡堂あらえびす館」と「宮沢賢治記念館」に行ったのである。「宮沢賢治(1896〜1933)」1896年、花巻市生まれ。盛岡中学→盛岡高等農林学校卒。1922年花巻農学校教諭。1924年、心象スケッチ『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』。1926年羅須地人協会設立。農民の生活の向上のために尽力。1933年、急性肺炎のため37歳 [続きを読む]
  • − タイトルなし −
  • 20171028久保田順一先生講演会『中世の白岩長谷寺』久保田順一先生は『室町・戦国期上野の地域社会』・「新田義重」・「新田三兄弟と南朝」・「新田一族の戦国史」・「上杉憲顕」・「上杉憲政」・「長野業政と箕輪城」などを執筆しておられる。今回は修験の寺:板東15番札所:白岩観音で講演会がされた。 [続きを読む]
  • − タイトルなし −
  • 箕輪初心:生方▲岩手⑥「紫波」の『湯楽々懇親会・曲屋:武田屋敷・志和稲荷神社』「紫波郡紫波町」のラ・フランス温泉館で風呂に入った後は「紫波町」の方々との懇親会が『湯楽々』であった。暖かい歓迎であった。翌日の散策は南部曲屋の残る「武田屋敷」・「志和稲荷神社」に行ってみた。朝、雨が上がり、かつて登った「早池峰山」が姿を見せた。 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲岩手④「紫波」の『陣ヶ岡』:有名武将の陣場
  • 岩手県紫波郡紫波町の「陣ヶ岡史跡公園」は北上川右岸の独立した比高20mほどの南北に長いなだらかな丘陵である。古代から戦国時代にかけて、歴史上で有名な武将が陣を置き、陣ヶ岡で宿営し、征夷・征東の名の下に陸奥を攻めていた場所である。『陣ヶ岡歴史公園史武将略縁記』によると、日本武尊・安倍比羅夫・道嶋宿禰島足・坂上田村磨・安倍頼時・源頼義&義家・藤原秀衡・源頼朝・足利(初代斯波)家氏・斯波家長・南部信直・ [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲岩手④「紫波」の『高水寺城』&「高水寺」
  • 『高水寺城』は紫波の中央部、北上川右岸の段丘に築かれた中世の山城である。建武2年(1335)南朝側の北畠顕家が多賀城(現宮城県)に入城したことに対抗して、北朝側の足利尊氏は一族の斯波高経の長男:斯波家長を奥州管領として下向させ、北朝方の勢力拡大を図った。その際、高水寺城は斯波氏館の詰め城ととして築かれたのではないかと思われる。家臣の彦部氏(機織館)・川村氏(川村城)などの支城に住んでいた。外に星山氏・犬 [続きを読む]