philo1985 さん プロフィール

  •  
philo1985さん: イデアの昼と夜
ハンドル名philo1985 さん
ブログタイトルイデアの昼と夜
ブログURLhttp://philo1985.hatenablog.com/
サイト紹介文東京大学で哲学を学びつつ、ブログを書いています。よろしくお願いします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供183回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2015/05/22 09:59

philo1985 さんのブログ記事

  • ピアノの先生のこと
  •  それにしても、先生という言葉のうちには何か、独特な意味の深みがあるような気がしてならないのである。  夏目漱石の『こころ』に出てくる「先生」は、何の先生かはわからないけど、とにかく先生と呼ばれている。自分にとって大切な先生であればあるほど、何かの先生であるより、先生であることそれ自体が重要になってくるのではなかろうか。  僕の場合、記憶に残っているのはまず、高校までピアノを習っていた川村先生 [続きを読む]
  • 「その道は、険しく長い……。」
  •  尊敬という本来の主題に、戻ることにする。  「尊敬すべき人間とは、どのような人か。」  どうやったら尊敬されるか、という問いを考えるより先に、こっちを考えておくべきだったような気もする。さて、この問いに対する答えとは、どのようなものであろうか。  これはそれこそ、人ごとに違う答えがあるように思われる。僕個人の答えになってしまうが、とりあえず書き出してみる。  1. 愛のある人。  これは僕的 [続きを読む]
  • 恐竜を見た感想
  •  先週の木曜日に、ひょんなことから『ジュラシック・ワールド』の最新作を見てきたのである。久しぶりにテンション上がった!  「……はぁ。」  ふだん全然映画とか見ないんだけど、三年前にも見たし、『ジュラシック・パーク』シリーズには縁があるのかもしれない。悪者が次々に恐竜たちに食われまくってた!なんというか、あのシリーズはストーリーに温かみもあって、安心して見られるのである。  ていうか、THE・定 [続きを読む]
  • 迷走する独白
  •  ちょっとだけ自慢してもいい?基本的にしょっぱいことしか起こってないここ数年とはいえ、少しはいいこともあったんだよねーうふふ。  「……はぁ。」  あのね、三年前にこのブログでモクブン・コーイチローさんの本の書評を書いたんだけど、その時モクブンさん本人に見つけてもらえて、ほめてもらったんだー。モクブンさんいい人だなー。そのとき以来、モクブンさんLOVEなんだよねーうふふ。  「……そうですか。」 [続きを読む]
  • 尊敬について
  •  尊敬という行為は現代にはあまり見られなくなってきてるけど(このことには、恐らく深い理由がある)、ツイッターでのbotの存在は数少ない例の一つかもしれない。  botは、過去のすごい人々の発言とか文章をつぶやき続ける。大抵これはすでにこの世を去った人たちが多くて、生きてる哲学者のbotなんてないであろうと思っていた……が!  なんと、マカジマ・モシミチ先生(仮名)のbotがあることをこないだ知ったのである [続きを読む]
  • 「誰が真理を語るのか」
  •  ここ数日、久しぶりに『老子』にはまってるんだよねー。  「……はぁ。」  昔は『荘子』の方がすごいんじゃないかと思ってたけど、『老子』もめちゃくちゃ奥深いのだ。なんかもう、奥深いという一語に尽きる。そういうのって、なんか憧れるのである。この人ってマジで奥深いとか思われ出しちゃったりしたら、もう勝ちしかないのではなかろうか。  「……まぁ……。」  いやつまりだよ、一度尊敬されだしたら、もは [続きを読む]
  • 歌う生活
  •  なんかまとまらなくなってきたけど、もう一度本題に戻る。  「考え続けることは、生きることのうちで本当に大切なことである。」(二回目)  色々あるけど、やっぱり哲学って究極これなんじゃないかと思うのだ。何を考えるかというよりは、むしろ考えることそのものというか……。  ていうか、最近あらためて思う。僕は15年間、何をやってきたんだろうか。  大学入って、大学院行って、やめて、今でも考え続けてる [続きを読む]
  • 片隅で考える
  •  しかし、先人たちから学んだり感動を受け取ったりしたものとして、何か伝えたいことが自分にもあるだろうか。いろいろ思い巡らしてみるけど、とりあえず、次のことがまず思い浮かんだ。  「考え続けることは、生きることのうちで本当に大切なことである。」  フツーである。こんなこと、わざわざ伝える必要があるのかという気もするが、しかしである。  生きてゆけばゆくほど、人間ってたぶん、考えることの無力さを [続きを読む]
  • 屍を越えてゆけ
  •  書かれたものは、どう読まれるかわからない(郵便的不安)。しかし、書くということは、その不確定性を突き抜けようとする試みでもあるのではなかろうか。たとえば、ドゥルーズの書いた次のような言葉を通して考えてみる。 「私たちは、自分の時代と恥ずべき妥協をし続けているのである。」(ジル・ドゥルーズ『哲学とは何か』より) その通りです、としか言いようがないのである。僕もこういうカッコいいこと書きたいけ [続きを読む]
  • エクリチュールという語について
  •  「原理的に排除することのできない、ある郵便的不安……。」  たとえば、エクリチュールという単語である。これはフランス語で「書き物」という意味で、日本語で書き物って言葉はあんまり使わないから、このブログでときどき使っている。  ただ、ここには哲学の側の事情もある。20世紀後半の哲学・人文学はフランスがすごかったし、僕もその影響を強く受けた流れの中で育ったから、そのまま言葉づかいを引き継いでいる。 [続きを読む]
  • 書くという不安
  •  「他者の沈黙がかきたてる不安……。」  自分がしゃべり続けてるのに、相手はずっと黙っているとする。言うまでもなく、落ち着かない気分だ。自分はどう思われてるんだろう、嫌われてるんじゃないか、何かまずいこと言ったかな……などなど。不安は消えることがない。  僕は虚空の中で一人つぶやき続けているわけだが、その、何というか、やはり誰かがいるような気がして不安である。しかも、僕は原理的に、永久に一人つ [続きを読む]
  • 牛乳の値段をめぐって
  •  「友よ、わが叫びを聞きたまえかし……。」  今日僕は、久しぶりにマックに行ってきた。なんかもう、無性にハンバーガーをがっつり食べたくなったのである。健康ノイローゼの僕とて、たまにはチーズとか肉とかにむしゃぶりつきたいのである。 グランチーズベーコンを単品で食べたのだが、本題は別にある。僕は飲み物として、紙パックのミルクを選んだ。これは持病の逆流性食道炎対策なのだが、最近はもはや儀式と化して [続きを読む]
  • スナック菓子と見知らぬ友人
  •  「幸福。はかなく消え去る蜃気楼としての……。」 僕は最近、じゃがビーというスナック菓子にはまっているのである。これが実にうまい。特にバター醤油味とか、ホントおいしい。てか、最近はうす塩とか七味マヨですらもちょっと物足りないくらいで、バター醤油にぞっこんLOVEなのである。 「……はぁ。」 興味ないだろうね。話を続けよう。ただね、僕は毎朝じゃがビーのちっちゃい袋を食べてるわけなんだけど、これ [続きを読む]
  • 極上のビーチ
  •  「反対物への、ヘラクレイトス的流転……。」  爽快な気分についても、考えておきたい。ここんとこメチャクチャに暑くて死にそうになるけど、さんざん暑い中を歩きまくったあとにプールに飛び込むというのは、おそらく最高なのではなかろうか。  暑い。もはや、全身汗だらけだ。そう思いながら大都会の、たとえば新宿駅のビルの谷間を歩いてるとする。限界だ。もはや僕は僕ではないのではないか、僕は本当は汗なのではな [続きを読む]
  • モヤモヤする気分について
  •   「気分は、人間の自由にはならない。」  この文章を書いてる現時点において、重大な危機では全くないが非常にモヤモヤするある話が持ち上がっており、気分が晴れないのである。  この話自体は今の話題とは関係ないのでこれ以上触れないが、久しぶりのモヤモヤなのである。こういう気分って、自分ではなかなかどうしようもないのである。  古代の哲学者たちは、気分をコントロールすることを哲学の務めの一つとしてい [続きを読む]
  • 次の問いへ
  •  意味もなくハイテンションなことが、したいのである。 「……はぁ。」 たとえばだ、昨日の僕だが、仕事以外はといえば、目の調子がよくないからっていうんでiPhoneに録音した哲学書をくり返し再生して聞き続けてただけだ。あとは、夕飯に食べたセブンイレブンのピリ辛まぜ麺が悪くなかったってくらいである。 あるいは、なぜはわかんないけど一ヶ月くらい前から食事中の塩分量がやたらと気になるようになってしまって [続きを読む]
  • 文学はすばらしい
  •  「書くこととは、コミュニケーションすることである。」  僕は今、巨大な虚空の中で、一人つぶやいている。たった今、連星が目の前で轟音を立てて爆発したところだ。ここで相手もいないままに延々としゃべり続けるのが、僕に負わされた運命のようである。  ここでは、何を始めても構わない。自由という牢獄!文学が死んだっていう事実も、ここでは何の意味も持たないのだ。これからの僕はただ、空白を文字で埋め尽くすこ [続きを読む]
  • 書くということは
  •  「書くということはかくも根底的に、それを読むものとの関係において……。」  Tには昔、僕が書いたものをずいぶん読んでもらったのである。僕も、Tの書いたものを読んだ。僕とTはお互いに、本当に真剣に相手のものを読んだのだった。  僕が今でも書き続けているのは、Tを始め、色んな人に書いたものを読んでもらい続けてきたからだ。  全然つまらない、みたいな反応をもらったことももちろんある。自分でいいと思っ [続きを読む]
  • いなくなってしまった友人のこと
  •  前回の記事で心の友とか書いてたら、その後に思い出したのである。僕にも、親友と呼べる友がいたのだ。  Tよ、いま君はどうしているだろうか!もうTと話さなくなってから、五年が経つ。いつかまた、話すことのできる日が来るのであろうか……。  Tとは毎日のように会って、あらゆることを話していた。お互いにいつかものすんごい文学を書くんだって言いながら、あらゆる哲学と文学について昼夜を問わず話しまくったので [続きを読む]
  • エクリチュールの宛て先
  •  「重要なことはアクセスではなく、むしろ……。」  今から思えば、ブログを書き始めた最初の頃は、とにかく人から拒絶されることを恐れていたのである。  書いた後にすぐに誰かからの反応が来るメディアというのは、怖い。自由に書いたものを発表できる時代になったとはいえ、その分むしろ、人の反応を気にしてしまうという弊害は増大しているのではないだろうか。  僕には、その怖さを乗り越えるだけの勇気がなかっ [続きを読む]
  • 虚空での独白
  •  「ブロガーは、アクセス数を気にするべきか。」  最近、僕はふっ切れてきたのである。ぶっちゃけて言えば、最初の頃はアクセス数とかもっと気にしてたけど、時を経るにつれて、だんだん気にならなくなりつつあるのである。  ていうか、より正確に言うと、哲学でメガアクセス狙うのとかって原理的にムリという事実を、ようやく受け入れたのである。ひょっとしたらそういうことができる人もいるかもしれないけど、僕にはム [続きを読む]
  • 読まれることをめぐる探求
  •  「書くことがない時には、何を書けばよいのか。」  ぶっちゃけて言うと、そうなのだ。いま僕には、書くことがない。哲学の勉強とか、仕事とかはまあまあ順調でなくはないのであるが、特にこれを書きたいというものがないのである。  じゃあいったん休めばいいじゃんという気もするが、それはヤバい気がする。そうなったら、再び書き始めるまでに多大な時間を要しそうである……。  今わかった。これが、ひとがブログ [続きを読む]
  • 現在地点を確認する
  •  果たして、TWICEと同じ時代に生まれてきたことも天命なのであろうかという愚問は放置しつつ、もう一つの天命(と思われるもの)であるこのブログについて少し考えてみることにします。  「人がブログを書き続ける理由とは何か。」  他の人のことはわからないから、僕個人の事情について書いてみる。僕がこのブログを三年間書き続けているのは、このブログ以外には、どこにも書く場所がないからである。  たぶん他に活 [続きを読む]
  • 天命に関する議論の続行
  •  「人間は滅びるが、天は決して滅びない。」  国破れて山河ありとはまさに至言というべきであって、人間がたとえいずれ滅び去るとしても、天と、その下にある〈自然〉とはその永遠の営みを変わらずに続けてゆくものと思われます。  天命とは、人間をはるかに超えるそうした次元に人間が関わる可能性を示すものであるといえます。というよりも、哲学的に見るならば、人間が天に関わるというよりも、むしろ天が人間に働きか [続きを読む]