やまとのとまと さん プロフィール

  •  
やまとのとまとさん: tomatoの蒸気機関車館
ハンドル名やまとのとまと さん
ブログタイトルtomatoの蒸気機関車館
ブログURLhttps://tomato1953.muragon.com/
サイト紹介文1960年代後半 「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。当時のSLの写真です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供198回 / 365日(平均3.8回/週) - 参加 2015/05/22 10:58

やまとのとまと さんのブログ記事

  • SLの思い出 240 D51 奈良−木津
  • D51とC57の重連です。イベント列車ではありません。よく重連になる荷物46レです。 1971.7 写真から見ると今回は事前に重連がわかっていたようだ。多分直前だろう。運転所に行っていたからだろう。フイルムには運転所のカマが写っている。時にはこんなこともあったようだ。     次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 239 D51 奈良−木津
  • 木津側から佐保川橋梁に至る築堤を走行する俯瞰写真です。 1971.4 変色して見づらいところご容赦下さい。天理教の団体列車でしょうか。結構長い編成です。この頃はブルーの12系が目立ちました。家が建っていますが、まだまだ田や畑が残っています。菜の花やレンゲ畑が見られたところです。一番左の竹の先端あたりが佐保川の橋梁です。今もそうですが、奈良には高いビルがありません。真ん中の煙突みたいなものは何の建物 [続きを読む]
  • SLの思い出 237 D51 奈良−木津
  • 関西本線の奈良と亀山の間に荷物列車は2往復設定されていたと思います。 亀山区のカマが奈良運転所で検査を受けた時やC57が牽引するイベント列車が終わった後の回送の時、上りの荷物列車にくっついて帰って行った。 1972.1.1 特に夕方の荷物46レは度々重連になっていた。夕方のためブレてしまったことも度々ありました。ただ、2枚目の写真のような重連の単機回送はほとんどなかった。 1972.5.16 想像 [続きを読む]
  • SLの思い出 236 D51 奈良−木津
  • 当時は佐保川堤防への線路の両側には田や畑が広がっていました。川の南側より北側(木津寄り)の方が多くありました。 春はレンゲや菜の花が咲き乱れていました。レンゲの紅や菜の花の黄は素朴な絵になり、今も大好きな被写体です。 1971.4 天理教の団体列車でしょうか。 1971.4 2枚の写真とも春日山が写っています。夕暮れの時間帯です。 しかし、一面に広がっていたレンゲ畑はなり、今はほとんどが住宅の密集 [続きを読む]
  • SLの思い出 235 D51 奈良−木津
  • 若草山の南に連なるのは春日山です。原始の森です。 春日山(かすがやま)は、約500メートルの花山と西側にある約300メートル弱の御蓋山(三笠山)を合わせた山の名前のようです。別の考え方もあります。 安倍仲麿が詠んだ「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出(い)でし月かも」 で有名です。 若草山が三重に見えるので混同されることがあります。 1971.3 写真では少し濃く見えるのが御蓋山(三 [続きを読む]
  • SLの思い出 234 D51 奈良−木津
  • 写真を写していた頃は、佐保川や関西本線越しに若草山や春日山など遠くの山々が見渡せました。それは高いビルもなく田園が広がっていたからです。佐保川の橋梁からは若草山がしっかり見ることが出来ました。ちなみに下の写真をよく見ると東大寺大仏殿が小さきですが写っています。さてどれでしょうか。 1970.4.23 答えは鉄橋の後ろに見える縦の白の手すりの7番目の上に大きな屋根が見えます。 木津方面から佐保川橋梁 [続きを読む]
  • SLの思い出 233 D51 奈良−木津
  • 線路の東側から南の方向に撮影しています。水田が残っています。西側は住宅街だったと思います。水田も今は全て住宅になっています。南方向に向かって撮影していますので逆光です。 1972.10頃 ミステリー列車です。京都からやって来て柘植方面に向かった行ったのではないでしょうか。 197211.12 オールロザのローズサークル号です。イベント列車がたくさん走っていました。 次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 232 D51 奈良−木津
  • 同じようなアングルの写真が続きますがお許し下さい。 奈良駅を発車して市街の平坦地を抜けて、堤防に向かって登ってくる様子です。堤防上にある踏切から望遠で狙ってみました。 柳生号の初期の姿です。ぶれています、失礼。  1971.3.14 臨時列車でしょうか。望遠でぶれがあります。  1972.5.16   夏らしく葛の茎が伸びています。  1973.7.7 次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 231 D51 奈良−木津
  • いよいよ8月も最後になりました。当地は先日までの暑さが少し弱まりました。 すでに中旬からコオロギが鳴き、ナンバンギセル (ハマウツボ科ナンバンギセル属の寄生植物。ススキなどイネ科の植物の根に寄生します。)もピンクの花を咲かせています。季節は秋に向かっています。 さておき、冬至の頃は早く日が沈みます。薄暗い17時頃の10分間、荷物列車46レ 1969.12.15 と木津(実質は加茂から後補機)から貨 [続きを読む]
  • SLの思い出 230 D51 奈良−木津
  • 奈良駅を発車して油阪の少し先までは平坦地です。しかし、この先の佐保川を越えるのに少し登ります。 1969.10.9 この坂を登るのに爆煙とはいきませんが列車によっては少し煙を吐いてくれました。この堤防付近ではよく写しました。お手軽撮影地でした。 今の佐保川堤防は整備されていてきれいになっていますが、この時はこの状態でした。 1972.3.10 1971.5頃    次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 229 D51 奈良−木津
  • 前回と同じ旧近鉄油阪駅の北側付近です。今は高架になっている北の端の区間です。 1972.12.12 昭和レトロな看板が見えます。 1972.10.14 大阪の朝日放送と旅行会社が主催者した、鉄道百年SL想い出号です。デフレクターに<つばめ>が装飾されたD51944です。3枚目のD51254は写した回数は多くありません。奈良運転所にやって来たのは関西本線のSLの運転が終わりかけた頃でした。そのため少 [続きを読む]
  • SLの思い出 228 D51 奈良−木津
  • 旧近鉄油阪駅の北側付近です。すでに駅は撤去され、高架橋が出来上がって車が走っています。 1971.9.3 駅を発車したカマはひとまずダッシュはおさまるところ、進入する列車はダッシュも必要もなく転がってきます。 1971.10.15 このあたりは上りは少し勾配になっています。佐保川を越えるのに少し登っています。   次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 227 D51 C57 奈良−木津
  • 1971から72、73年頃は関西本線ではイベント列車が多数企画されていました。 何の企画で走ったかわかりませんがC57とD51の重連の列車です。 197110.10 11月頃には山口線でもC571とD51200の重連が走るようですね。写しに行くか? それはさておき、C57121は終戦後梅小路機関区所属で天皇の地方視察(地方巡幸と言うようだ)の時のお召し列車の先頭に立っていたカマの一両のようです。 [続きを読む]
  • SLの思い出 225 D51 奈良−木津
  • 装飾デフレクターから、奈良と木津間の様子に戻ります。当分続きます。 奈良駅の荷物列車発車。 1972.3.7 当時荷物列車が上下2本ずつ設定されていた。奈良駅周辺で撮影出来たのは3本だった。4両程度の荷物車や時には客車を連結していた。奈良と亀山間を最短列車は約2時間ほどで走破していた。 奈良運転所の様子。 1971.9頃 DE10が入線している。大きな給炭機が見えます。     次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 224 C58 柘植−加太
  • 付録 天王寺鉄道管理局内でデフに装飾されたカマが他にもあったようです。写した写真の中にありました。後になって、それも最近知りました。亀山機関区のC58のようです。 1973.9.2 柘植−加太 何号機かは写真からは読み取れませんが、他からの情報ではC5866のようです。加太峠の補機にはD51だけでなく、信楽線の運用からかC58も設定されていました。 次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 223 D51 加太 奈良
  • 写真だけです。 1973.8.3 関−加太 D51882<月に鹿> このカマは10年ほど奈良にいました。たびたび撮影しました。 1973.5.27 D51906<はと ピースのマーク> 私にとってこのカマは竜華機関区のカマのイメージが強かった。柳生号を写した印象が強かったのか?しかし、この写真の<はと>は輝いていません。磨いてほしかったな。     次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 222 D51 加茂
  • デフレクターに装飾されたD51たちが3機連なったことがあります。「さよならSL三重連の旅 バンビ号」です。この列車は加茂→奈良間を三重連で走行しました。下り列車だけ三重連での運行でだったようです。 1972.9.24 加茂−木津 牽引したカマは先頭からD51940+944+882でした。     次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 221 D51 奈良 加茂
  • デフレクターに<つばめ>が装飾されたD51831とD51944。少し調べてみると、どんどん無煙化が進められていく中で奈良運転所に福知山機関区から1972年3月に配置されました。数日違いでやって来たようです。 1972.5.16 奈良 しかし、944はほぼ1年で休車から廃車されました。 1973.5.25 加茂駅進入 でも831も関西本線の無煙化まで働きますが、7ヶ月後には休車11月には廃車されてい [続きを読む]
  • SLの思い出 220 D51 奈良−木津
  • 奈良運転所のD51のデフレクターに装飾がされたのはいつかはっきりしません。しっかり調べたらわかるのでしょうが、撮影フィルムを見る限り、アレ付いているという感じです。 装飾されたのはD51831<つばめ>,882<月に鹿>,906<はと ピースのマーク>,940<かもめ>,944<つばめ>でした。 ただ、<つばめ>についてはD51831と944に付けられた写真が残っています。聞くところによると944 [続きを読む]
  • SLの思い出 219 D51 奈良−木津
  • 関西本線のSLが消える数年前の1971,2年頃、奈良運転所にD51は20両までは達しなくてもそれに近い数が配置されていた。何両かは近隣の無煙化された機関区から転属してきた。例えば後藤式切取りデフを付けたD51499だ。福知山から亀山を経てやって来た。 1973.4.23 1972年の何月頃かは?。D51940など奈良運転所のカマD51が4両とハチロクのナンバープレートが赤色に塗られた。 1972. [続きを読む]
  • SLの思い出 218 D51 奈良−木津
  • 奈良駅から木津への線路の少し先の北側に大きなガスタンクがあった。東側にはビルがあった。その非常階段?からの撮影です。多分決して自由に立ち入ることははばかられるところだと思います。鉄ちゃんとしては反省の一言です。 ナンバー真っ黒で何号機かわかりません。 1972.3.5 単機で木津まで回送、その後貨物の後ろに付いて加茂まで。加茂から後補機に。その逆もありました。 1972.3.5 関西本線の加太峠が [続きを読む]
  • SLの思い出 217 D51 奈良
  • 大阪万博の頃は日本の経済も大変な成長期でした。 若者の間ではスキーブームになっていたと思います。大阪から長野や新潟方面に夜行の急行が臨時列車で設定されていました。 一時期だったと思いますが、大阪駅からではなく、湊町駅から関西線経由で、銀嶺だったかシュプールだったか名前の付いた夜行が走りました。竜華区のD51906が牽いていきました。 1970.2.1 奈良 奈良駅は21時頃だったか?ハネが多く組み [続きを読む]