narikawayuichi さん プロフィール

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narikawayuichiさん: 認知症と美しい老後
ハンドル名narikawayuichi さん
ブログタイトル認知症と美しい老後
ブログURLhttp://narikawayuichi.jp
サイト紹介文緑協和病院院長の成川有一です。ブログ内で認知症のご相談をお受けしています。お気軽にご相談ください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供228回 / 365日(平均4.4回/週) - 参加 2015/06/06 10:42

narikawayuichi さんのブログ記事

  • 断章(2)
  • 日々の思い(2)日本だけが、先進諸国の中で経済状況が鈍化している。この20年間、他の国の平気労働者の年収は確実に増えている。40〜80%ぐらいで年収が圧倒的に上昇している。ところが日本だけは-20%と驚くべき低下である。日本では確実に貧困化が進んでいる。質は問われず、値段の安さでのみ人は集まる。その根本原因は何かと言うと、「少子高齢化」である。出生率の驚異的な低下で、現在1億2千万人の人口が100年後には5千〜6千万 [続きを読む]
  • 断章(1)
  • 断章【日々の思い(1) 】「哀しみの果てに」は全く筆が進まなくなって来た。頭の中の創作活動が疲弊(ひへい)してしまったのかもしれない。私の長年の読者には心からお詫びしたい。これからは断続的に日々の思いを書いていきたいと考えているので、お許し願いたい。 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(32)
  • それから認知症の病型分類についての説明がなされた。「これまでは認知症と云うと、直ぐにアルツハイマー型認知症と診断されていたでしょう。しかし、最近の病型分類ではアルツハイマー型認知症よりレビー小体型認知症の方が、はるかに多いと言われています。さらに言えばですね、単独の認知症は割に少なく混合型が多いと云う報告も数多くなされています。つまりレビー小体型認知症にピック病が合併したり、脳血管性認知症にレビー [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(31)
  • 別の看護師がまた質問に立った。「では私達が現在、嘱託医から指示され服用させている薬は何なのですか?」講師はゆっくりと落ち着いた表情で、「それは現段階の仮説に基づいて作られたお薬です。例えばアルツハイマツー型認知症で言えば、側頭葉の海馬付近にアミノベーターやタウ蛋白が蓄積していると云う仮説です。もちろん、ただの仮説だけではなく、その様な事実も証明されてはいます。しかし、現実にはアルツハイマー型認知症 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(30)
  • こうして信吾は、また老人ホームの仕事に精を出した。それから半年後には「介護実務者研修」(旧ホームヘルパー1級)の資格を得た。仕事が慣れるにつれ、ホーム内で看護師たちの信吾をみる視線も変わってきた。食事の介助も入居者の世話の仕方も、信吾はすこぶる評判が良かった。彼自身が常にお年寄りの目線で物を考える様にしていた。認知機能が低下しているからといって、決して見下したりする様な行為に出る事はなかった。昼食後 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(29)
  • そう考え出すと、今まで一生懸命に取り組んでいた仕事に何とも言えない虚しさを覚えた。自宅に戻って、テレビを見ながらビールを飲んでいる父親に信吾は、それとなく話しかけてみた。「お父さんは、今の仕事に満足しているの?」父親は少し驚いた表情で、「何だ、藪から棒に…何かあったのか?」と、聞き返して来た。信吾は、この数日間に湧き上がった胸のわだかまりをポツリポツリと話し出した。自分の学歴の事、介護士としての仕 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(28)
  • 「最も多くの時間を割いて、高齢者の世話をしているのは自分たち介護士ではないのか?食事の介助は言うに及ばず、排便排尿の処理、入浴補助、車イスでの散歩その他一日中世話をしているのは誰なのだ!…介護士だろう。医師と看護師だけで高齢者の介護が出来るのか…出来ると思うならやってみたら良い」何時しか信吾の胸の内では、介護士以外の人間を呪う様な自問自答が満ち溢れ出していた。「一番苦労している人間が、一番低く見ら [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(27)
  • 医師に散々な注意を受けた信吾は、ともかく家族に電話を入れて肺炎でM病院に入院となった事を説明した。真夜中に電話を受けた家族は「危険な状態なんですか?今から直ぐ病院に駆けつけるべきなんですか?」と、矢継ぎ早に質問を投げかけて来た。信吾はどの様に答えたら良いか分からず、「先生、申し訳ありませんが先生からご家族に病気の説明をして頂いても良いでしょうか?」と、恐る恐る医師に頼んだ。医師は無愛想な顔で、診察 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(26)
  • 信吾はかつて経験した祖父との半年間に及ぶ介護生活が忘れられなかった。そこには介護と云う立場を超えた肉親の情愛があった。介護に関する知識は現在の方が遥かに高いが、人間としての深い繋がりがあった。それ故にこそ祖父の認知機能は、あんなにも向上したに違いない。しかし、今の職場ではお年寄りのお世話が中心で認知機能を上げようと云う意識が殆ど無い。週に半日だけ往診に来る医師も、高血圧や糖尿病等の内科的な疾患をチ [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(25)
  • そんな信吾の気持ちを察したのか介護課長は、「でもスクールに行く日の夜勤は一時間早めに帰って良い事になっているのよ」「そうですか、それは助かりますね」それでも月4回の夜勤を6回に増やされ、朝8時半までの勤務を1時間短縮されたからと云っても、自分の朝食だって満足には取れないかもしれない。それでも「介護職員初任者研修」のカリキュラムだけは、どうしても修了しなければならない。2月から信吾は「介護職員初任者研修 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(24)
  • こんな辛い仕事が何時まで続けられるのかと思っていたが、人間の身体とは不思議なもので数ヶ月もすると、仕事の手順も高齢者への接し方もかなり慣れて来た。各人の名前を覚えると共に、その人の特性も理解出来る様になって来た。お喋り好きな人、いつも愚痴っている人、午後3時を過ぎると家に帰りたいと泣きぐずる人、意味もなく廊下を端から端まで歩き回る人、意思の疎通が働かない分、赤裸々な人間模様が露骨に出て来る。最初の [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(23)
  • 翌日から信吾は、ともかく働いた。右も左も分からず 、ともかく質問する事が多かった。これまで半年以上も祖父の介護をしていたので、「何とかなる」ぐらいの甘い気持ちが何処かにあったのだろう。しかし個人家庭の介護と集団介護は余りに違い過ぎた。最も大きな違いは、その効率化である。誤嚥をさせずに、如何に定められた食事量を摂取させるか、排便排尿も個人の意思ではなく、決められた時間配分の中で効率よくこなして行かな [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(22)
  • 次の火曜、指定された書類を全て持参して信吾は再び祖父のいる老人ホームを訪れた。介護課長は彼の書類を一通り見て、「結構です。採用条件には十分に合致しています。それでは、いつから来れますか?」「いつからでも勤務は可能です」「それでは今は9月も終わりに近いですから、10月1日から勤務開始と云う事で宜しいですか?」「はい、それでお願い申し上げます」「では、10月1日と云う事で決定させて頂きます」「当日に何か持っ [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(21)
  • 「それでは、しばらくお待ち下さい。ただ今、担当の者を呼んで参ります」そう言い残して、彼女は介護課長を連れて来た。40代前半の介護課長は信吾を6畳程の応接室に通した。如何にもベテランの介護福祉士だった。女性にしては、やや大柄で筋肉質に見えた。先ず彼女の質問は、「介護の仕事に就きたいと思った動機は何ですか?」「実は祖父が先日から、こちらのホームでお世話になっておりまして、その介護者の方の仕事を見ています [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(20)
  • 「いや信吾、それはお前の誤解だ。何にしたって、先立つものはお金だ。病気を治す事にしたって、それから先の親父の介護をするにしたって金がなければ、どうにもならないだろう。お前だって、これから先もおじいちゃんの面倒を何年も見続ける訳には行くまい。俺にもう少し甲斐性があれば良いんだが、相変わらずの安月給では親父一人も養いきれない」そう自嘲気味に父親は言葉をつないだ。翌日からは毎日、信吾は祖父の見舞いに病院 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(19)
  • 母親は父に電話を入れて祖父のアパートに直ぐ来てくれと頼んだ。父はものの30分もしない内におんぼろの軽自動車でやって来た。その間に母親は祖父の下着やパジャマの準備をして待っていた。やって来た夫を見て母親は信吾のケータイに連絡を取り、搬送された病院名を確かめた。夫婦で病院に着くと、救急外来の受付で信吾が悄然(しょうぜん)と立ち竦んでいた。目に涙を一杯浮かべて…両親の顔を見ると、そばに近寄り「おじいちゃんが [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(18)
  • 信吾の頬に母親の平手打ちが飛んで来た。「何て情けない子だ!」真っ赤になった頬の痛さも忘れて信吾は母親に食ってかかった。「俺の何が悪いって言うんだ!」「22才にもなって、そんな事も分からないのかい。おじいちゃんの世話をするのと、小遣い銭を横盗りするのとは話が別だろう。お前の言っている事は、ただの屁理屈じゃあないか。大体こんな時間まで、おじいちゃんを一人にして置いてどうするつもりだい?」「そんな事は俺の [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(17)
  • 夕方になって、信吾の両親がほぼ同時に帰って来た。家の中で一人テレビを見ている信吾を見つけ彼等は驚きの声を上げた。「信吾どうしたのだ、何故ここにいる?」彼は不貞腐(ふてくさ)れた表情で、「自分の家でテレビを見ていて悪いのか?」信吾としては珍しく尖った言い方をした。「別にお前がテレビを見ている事を責めている訳じゃない。それより、おじいちゃんはどうしたんだ?」父親が少し詰(なじ)る様な調子で信吾に尋ねて来た [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(16 )
  • 高齢者だからと言って、炬燵の中で一日中何もしないでボーっとしていて良いと云う事にはならない。やはり積極的に外に出て自然の空気に触れるべきなのだ。なるべく他人に頼らず自分の身の周りの事は自分ですべきだろう。一駅ぐらいなら電車などに頼らず歩くべきだ。混雑時は別として電車やバスでも座ったりしない様に努めるべきだと思う。本人の体調にもよるが80才ぐらいまでは30〜40分ぐらいの交通機関では立ち続ける習慣が重要だ [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(15)
  • 医師の言うことは尤(もっと)に聞こえるが、何か信吾が年寄りイジメしているかの様な言い草に彼は少しムッとして、「先生の仰る事はその通りかもしれませんが、超高齢者でも実際にはスポーツの世界で名を馳せている人は幾らでもいますよ。例えばプロスキーヤーで有名な三浦雄一郎さんのお父さん、三浦敬三さんは 2006年に101歳で亡くなりましたが、99才でモンブラン山系最長のフランス・バレーブランシュ氷河を滑り降りるという離れ [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(14)
  • 医師の説明は、こんな回答でしかなかった。「最も一般的な事例としては、せん妄状態があります。これは一時的な精神ストレスで、錯覚した現象を現実の事と、取り違えてしまうものです。普通の成人でも高熱に魘(うな)された場合などには、よくある現象です。それに村木和夫さんは今回、肺炎で入院しましたよね。となると、その肺炎が原因で、せん妄状態に陥ったのかもしれません」「先生、一つお聞きして良いですか?」「はい、どう [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(13)
  • 医師の指示書に従い、祖父は臨床心理士室に通され長谷川スケールの再チェックを受けた。その結果は24点だった。その後にはMRIの頭部撮影も受けさせられた。検査後、その日は自宅に戻り一週間後に再受診となった。先週の担当医は、MRIと長谷川スケールの結果を幾度も照らし合わせ悩み抜いている様子だった。そして次の様に切り出した。「この半年の間に、何か変わった事がありませんでしたか?」「いや、別に…ただこのままだと足腰 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(12)
  • 公園での滑り台、ブランコ、シーソー台などの日常的な遊びが祖父の認知機能を日々改善させていた。信吾はリハビリの基礎知識は何もなかったが、ただの散歩では退屈だったので、公園にある遊具を次から次へと使用してみた。祖父との同居が始まって半年が過ぎ、季節は夏から秋へと移り変わっていた。信吾は22才の若者へと成長していたが、フリーターでコンビニを転々としていた頃に比べると、性格がかなり明るくなっていた。祖父の運 [続きを読む]
  • 哀しみの果てに(11)
  • 「おじいちゃん、こんな事で弱音を吐いちゃ駄目だよ。俺になら、どんなに八つ当たりしても良いけど…やっぱり自分の脚で歩かなければ、ほら3段も上れたじゃあないか。少し手すりに掴まって休むかい。先ず一呼吸入れて、さあ次の3段に挑戦だ。そら出来た、その調子だよ。20分以上もかかって何とか2階の自分の部屋にたどり着いた。部屋に風呂がないと云うのも苦労の大きな原因だ。こんな調子だから毎日の様に銭湯に行ける訳はなく、 [続きを読む]
  • レビー認知症の娘さんへの回答(再々)
  • 確か、前回もご説明しました様に「この認知症」と云う疾患は、非常にに多彩で、アルツハイマーとか、レビーとか単純に割り切れないのです。そして前回もお話しをしました様に「医原性疾患」(医師の誤診、投薬ミス)などが複雑に絡み合ったりしますと、現在の患者さんの病状を克明に診て行かないと、適切な治療は極めて困難です。また前回の話になりますが、私は認知症の初診患者さんでは30分以上はかかりますので、メールや電話だけ [続きを読む]