narikawayuichi さん プロフィール

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narikawayuichiさん: 認知症と美しい老後
ハンドル名narikawayuichi さん
ブログタイトル認知症と美しい老後
ブログURLhttp://narikawayuichi.jp
サイト紹介文緑協和病院院長の成川有一です。ブログ内で認知症のご相談をお受けしています。お気軽にご相談ください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供310回 / 365日(平均5.9回/週) - 参加 2015/06/06 10:42

narikawayuichi さんのブログ記事

  • 想い出は風の彼方に(86)
  • 綾子は総務部秘書課に配属された。数ヶ月間の研修後、常務取締役の秘書に任じられた。常務の秘書は定員が3名で、最古参は40才で男性の木村、次席がやはり男性で32才の川上だった。常務の福原は原油の買付けと為替動向のチェックが主たる業務であった。先輩の男性2人は1973年のオイルショック以来、原油価格の急騰に福原と共に頭を悩ませていた。発生に至る情勢は1973年10月6日に第四次中東戦争が勃発。これを受け10月16日に、石油 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(85)
  • 沢近医師の言葉は、さらに続く。「篠木くん、若い君だったら街で美しく可愛い女の子に出会ったら、名前を知りたいと思うだろう?」「そうかもしれませんね…」そう言いつつ、頭の片隅で綾子の事を思い浮かべた。沢近医師は得意気に、「だろう!…あわよくば、その彼女の電話番号も知りたいと思わないかい?」「まあ、そうでしょうね」一般論として、浩司は納得した。「それと同じ事が白血病細胞にも言えると思うのだよ。この細胞の [続きを読む]
  • 一成さんへの回答
  • 77才だったお母様は、78才になったのでしょうか?長谷川スケールが22〜23点 だったのが28点ぐらいにまで改善して来たと、前回は伺った様に記憶しています。それが現在ではバラつきはあるものの23~27 点ぐらいで経過しているとの話ですが、少なくても認知機能が悪化していないのは事実でしょう。サプリの影響なのか、一成さんの献身的な努力(脳トレを含めた)なのかは疑問が残りますが、私は一成さんの努力が大きいと考えています。 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(84)
  • 翌月曜からは、内科の実習だ。実習期間は6週間と長い。先ず消化器内科で胃カメラや大腸ファイバーの実地研修を受けた。そして胃透視の指導を受ける。バリウムを飲ませながら透視台の患者を色々な体位に誘導してレントゲンを撮って行く。X線予防着には鉛が入っているので、かなり重い。午前中で8名の胃透視を見学すると疲労困憊になる。胃透視を実施している医師の顔にも疲労の色が漂っていた。市中病院と比べ大学では点滴を含め、 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(83)
  • 綾子と母親は、二人の酔っ払いを後にして明日の食事の下準備にかかった。何時もだったら、今夜のオデンの残りで適当に朝食を済ませるのだが、浩司が泊まって行くとなると、そうもいかない。第一、綾子の気持ちが済まない。恋人の浩司に残り物のオデンを食べさせるには、彼女のプライドが許さなかった。台所で朝食の準備をしながら思いついた様に母親が綾子に言った。「そう、そう、お前…浩司さんの家に電話を入れたの。こちらに泊 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(82)
  • 冬の夜は早かった。公園の中は真っ暗だった。しばらく二人は何も言わず、ただ抱き合っていた。浩司が何を悩み苦しんでいるのかは分からなかったが、浩司の気持ちの鎮まるまで彼女は待ち続けていた。その内、浩司の口からポツリポツリと言葉が漏れ出した。「俺は下らない人間だ。およそ医者になど向かないんだ」そう吐き捨てる様に、浩司は誰に言うでもなく自分自身を罵(ののし)った。独り言の様に呟きながらも、小児科病棟での経緯 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(81)
  • 浩司の心は鬱積(うっせき)していた。このまま家に帰る気にもならなかった。足は何時しか酒屋の吉村の家に向かっていた。医学部の同級生とは話をしたくなかったが、誰かと話はしたかった。まるで関係のない吉村が急に懐かしく思えた。夕方6時前には吉村の家に着いた。吉村は仕事が一段落したのか、暇そうに店番をしていた。「おや、篠木じゃないか。どうした、何か用か。そうか、綾子か…ちょっと待ってくれ、直ぐに呼ぶから」「い [続きを読む]
  • 伊藤裕子さんへの回答
  • どの様なお話しをしたら言いのか途方に暮れます。47才の妹さんの辛さは、彼女以外の誰にも分からないでしょう。気管切開をすべきかは、答え様もありません。ただどの様にしたら妹さんが今の苦しみから少しでも逃れられるのか、その事を根本にして考えて行くべきなのでしょう。36才から11年間も、この過酷な病気と闘い抜いて来た妹さんに何をして上げれば…気管切開が、その事に当たるのかは医学の世界と云うよりは心と感情の問題で [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(80)
  • 「仮面ライダーなんて、ぼくの病気を少しも治してくれないよ。どこが正義の味方なんだ?」弱々しい声ながらも和也くんはママに噛みつく様に迫った。ママは幾らか困った顔で、「そうね、仮面ライダーはどうしたのかな…でも、小林先生がいるじゃない。和也の病気を治す為にいつも側(そば)にいるじゃないの」彼はママを睨みつける様にして…「先生は、嘘ばかりついている」と、吐き出すように言った。「どうして…!」ママは優しく彼 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(79)
  • こうして和也くんの厳しい闘病生活が始まった。2度にわたる開腹手術、抗癌剤治療など、ただの延命治療に過ぎないが医師たちの闘いも過酷であった。まだ延命治療と云う概念も乏しい時代であった。「生命の尊厳」こそが、医療の最大目的であった。抗生剤の開発、ステロイド剤の発見により、20世紀の医学は驚異的に人間の生命を伸ばしていた。天然痘、癩病、結核などの感染症は次から次へと克服されて行った。しかし、新しい病気も生 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(78)
  • 精神科実習の次は小児科病棟であった。小児科のベッド数も45床だった。大学病院の小児科病棟は、市中病院では見られない重症例が多い。小児癌、白血病、難治性の間質性肺炎、気管支喘息の重積発作などだ。浩司の実習中の担当患者は、関山和也くん4才だ。病名は神経芽細胞腫で、3才5ヶ月で発見された。腹部の腫脹で、近くの小児科クリニックを受診し大学病院に送られて来たケースである。小児科外来で助教授の小林医師に初診を受け [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(77)
  • 浩司の指導医は落ち着いた口調で、彼の質問に応じた。「確かに篠木君の言う通りだ。彼女がシンナー中毒から真に解放される為には、それに代わる何かが必要だろうね。彼女の精神的な支えになってくれる良きパートナーの様な人間が見つかれば、シンナーに頼らなくても生きていけるかもしれない。でも私達医師は、そこまでは立ち入れないのが現実だ」「それじゃあ、どうするのですか?」「まだ未成年者だから、禁断症状から離脱出来た [続きを読む]
  • 介護初心者の方への回答(4)
  • 基本的にはレビー小体型認知症だと思いますが、稀にはレビー・ピックコンプレックス(レビー小体型認知症とピック病の合併)の疑いも捨てきれません。「ただ体調を崩す機会が何度かあり、救急科にお世話」になったとありますが、どの様な状態で救急外来に行かれたなのか、そこの詳細が書かれていませんので、何故急激な病状の変化が訪れたのか分かりかねます。あとは私の推論でお書きするしかないのですが、幻覚や妄想の激しさにはリ [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(76)
  • 奇妙な関係の生活が1年半ほど続いていた。百合子の母親は、彼女にその闖入者を「お父さん」と呼ぶ事を幾度となく強要したが、彼女はどうしても「お父さん」とは呼べなかった。「あの、ちょっと出かけて来ます」という様な言葉が、精一杯だった。それは、百合子が中学3年の秋だった。高校受験を目前にして、学校での補習授業を受け帰りが少し遅くなった。家に入ると、男が一人でビールを飲みながらテレビを見ていた。百合子は何も言 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(75)
  • やはり、友人の病院で見学させてもらった精神医学の現場は、自分のこれまでの想像とは余りに違っていた。そして大学5年の12月から、いよいよ病院実習が始まった。スタートは何故か精神科からだった。2週間の実習であったが、友人の病院見学とは違って緊張感の漂う日々だった。口頭試問的な質問も多く、気が抜けなかった。しかし、浩司は精神医学史などもかなり事前に勉強していたので、8人が1グループの同級生の中では一歩抜きん出 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(74)
  • それでも人格破壊に繋がる治療の歴史が続いていた。1938(昭.13)・メタンフェタミン、ドイツでぺルビチンの商品名で発売。1939 (昭.14)・電撃痙攣療法 * 電気痙攣療法は、頭部(両前頭葉上の皮膚に電極をあてる)に通電することで人為的にけいれん発作を誘発する治療法であり、元々精神分裂病(現在のほぼ統合失調症に当たる)に対する特殊療法として考案されたものである。日本では1939年に九州大学の安河内五郎と向笠広次によ [続きを読む]
  • さくらさんへの回答(再)
  • 先ずは、総合病院の脳ドックでみるのは多くの場合、MRIで脳梗塞の兆候、脳動脈瘤、脳腫瘍などの有無を調べる程度ですから、認知症の早期発見は困難です。ただ進行したアルツハイマー型認知症であるなら、海馬の萎縮が認められますので脳ドックでも認知症の診断が可能な時もあります。画像診断で考えるならば、脳spectは脳の血流循環を見て行くので認知症診断には有効です。しかし、この検査で早期診断が可能かと言えば疑問が残りま [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(73)
  • 1926・「精神病院法」第一条による最初の病院:大阪府立中宮病院開院(大正15年)1928・警視庁、精神病者指紋採取開始(昭和3年)1929(昭.4)・スルフォナール持続催眠療法導入continuous sleep treatment;(独)Dauerschlaf1920年スイスのJ. Kla¨siがソムニフェンを用いた持続睡眠療法で精神分裂病の治療を行った。わが国では1922年下田光造がスルホナールを用いて躁うつ病の治療を始めた。これではスルホナール1日量1.0〜3.0g [続きを読む]
  • さくらさんへの回答
  • 他にどんな症状があるのか分かりませんので、明確な答えは出来かねますが「レム睡眠行動障害」の疑いがあるのか、ただの物忘れなのか区別がつきかねます。もしかするとテレビ通販のミスもあるのか、これも如何に着信記録があったとしても、お母様が夢遊病みたいな感じで電話をかけたとすれば相手方が、その異常に気付かないのも変な気がします。これまで何度も、その通販会社に電話注文していたとすれば、その記録は残っているはず [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(72)
  • 大学病院の図書館で浩司は、精神医学史を調べて見た。大学に入って5年目、部活と日々の学習それに綾子とのデートで浩司は忙しく過ごしていた。本来の志望動機である、精神医学の現状については何も考えていなかった。何と無くフロイト理論を追求して行けば良いくらいの気持ちでいた。しかし自分の志望動機が、現実の医療現場と照らし合わせ如何に甘いものであるかを思い知らされた。その為に子供じみた夢を追い駆けるのではなく、 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(71)
  • 「浩司、ご飯は食べないの!」1階から母の声が聞こえて来る。返事をするのも鬱陶(うっとお)しかった。さらに母の声が響いた。「浩司、どうしたの。ご飯が冷めてしまうわよ」その言葉を無視する訳にも行かず、「身体の調子が良くないから、このまま寝かせてよ」とだけ、答えた。事実、食欲は全くなかった。ともかく寝たかった。寝て何もかも忘れたかった。自分の立脚点が突然に失われてしまったのだ。自分の心のバランスを取り戻す [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(70)
  • 抗精神病薬クロルプロマジン(商品名コントミン、ウインタミン)でコントロールしにくい患者さんに、この電気ショック療法が利用されるらしい。気分症状と運動症状の両方にしばしば効果が認められると云う。薬物抵抗性がある場合などの疾患の末期に用いられるのが典型的であるらしい。1961年当時の厚生省保険局通知「精神科の治療指針」による適応症として『精神分裂病、躁うつ病、心因反応、反応性精神病、神経症、神経衰弱、麻薬中 [続きを読む]
  • はなさんへの回答
  • 私のブログ「霜月の夕暮れ」は100話からスタートして99、98、97話となって、その最後に(次へ)と書かれた所を しますと、また96、95、94、93話と逆に繋がっています。改めて見ますと、かなり読みにくいと思いますので、ご希望であれば、緑協和病院にご連絡(045-962-6666)下さい。既に100話までの雑誌になっているものを無料でお送りします。【ご質問】>連載小説「霜月の夕暮れ」全100話にその治療過程の家族の悩みが書かれ [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(69)
  • 「しかし1952年に発見された、フェノチアジン系の抗精神病薬クロルプロマジン(商品名コントミン、ウインタミン)の発見で、ロボトミー手術は一気に減少して行ったんだよ。クロルプロマジンは、フランスの海軍外科医、生化学者アンリ・ラボリ (1914-1995) によって発見されたメジャートランキライザーだが、トランキライザーって分かる?」浩司は少し考えて「精神安定剤の事ですか」と、答えた。「そうだね、その通りだが…もう少し [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(68)
  • 「ロボトミーって言うのは、情動緊張や興奮などの精神障害を除去する目的で前頭葉白質を切除する手術の事なのだよ。人間の前頭葉は感情のコントロールをする重要な部分で、この分野を切開切除してしまうと精神障害で興奮しやすい患者さんは、信じられない程に大人しくなるのだ。1935年、ジョン・フルトン(John Fulton)とカーライル・ヤコブセン(Carlyle Jacobsen)が、チンパンジーに前頭葉切断を行ったところ、性格が穏やかに [続きを読む]