自然の中に さん プロフィール

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自然の中にさん: 自然の中に
ハンドル名自然の中に さん
ブログタイトル自然の中に
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/yomeinashi
サイト紹介文旅と山とスケッチ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2015/06/08 00:09

自然の中に さんのブログ記事

  • ※世界遺産・白川郷
  • 白川郷の北の端に、小高い丘がある。その昔、荻町城があったとのこと。その丘から、合掌造りの集落が一望できる。その眺望は、まさに一大パノラマだ。右方には庄川が蛇行している。メイン通りの白川街道が、山の麓に消えている。民家と民家をつなぐ小路、田んぼのあぜ道・・・・遠いふるさとを想った。 [続きを読む]
  • ※ 雪の白川郷
  • バスを降りて、吊り橋(であい橋)を渡る。対岸の合掌造りの家並みもすっかり雪で覆われている。根雪の上に積もった雪は、ひと吹きの風で粉になって舞い上がった。雪を乗せた樹木の枝は重そうにたわんでいる。私は目的の撮影場所に急いだ。雪のない季節にも来ているので、道はすぐわかる。大通り(白川街道)に出たら、右方向に行くのだ。歩いて10分弱か・・・そこに3棟の合掌造りが、さも写真を撮ってくれと言わんばかりに並ん [続きを読む]
  • ※ 眼の手術
  •  大黒様の帽子のようなものを耳までかぶせられ、マスクをかけて、おもむろに手術室に入った。床屋さんの椅子のようなものがあるが、まわりには機械とかいろいろな器具があり、電気処刑イスのような気がしないでもない。ここまできたら、眼科医にまかせるしかないか・・・とあきらめて、電気イスに座った。 仰向けに寝かされると、穴の開いた布が右眼にあてがわれ、どうも接着剤がついているのか、眼が再び閉じないように皮膚を四 [続きを読む]
  • ※ 熟年離婚
  •  先日、10年ぶりに古い山の友と会って、久しぶりに一杯飲んだ。話の途中、「奥さんは元気か?」と尋ねると、「イヤー、別れたよ」と言う。驚いたけど、その兆候はあったのを思い出した。 彼(A)と二人で穂高・槍に行ったとき、天候が悪くなったので下山日が一日遅れた。当時は携帯もなく、一日二日帰りが遅くなっても気にしない主義だった。帰宅してから妻が「Aさんのご夫婦、なにかあるの?」と言う。どうしてかと尋ねると、予 [続きを読む]
  • ※中原中也  ポロリ、ポロリと死んでゆく
  • ポロリ、ポロリと死んでゆく。みんな別れてしまうのだ。呼んだって、帰らない。なにしろ、此の世とあの世だから叶わない。    中原中也 詩<中原中也:1907〜1937(30歳没)詩人、開業医の長男として生。短い生涯のうち、弟や自分の長男を亡くし、精神的打撃の後、結核性脳膜炎で急逝。>先日、5歳年上の親しい従兄弟が亡くなった。 あれは高校生の頃だったか、結婚したばかりのいとこ夫婦の新宅を訪ねた。新婚の祝いを兼 [続きを読む]
  • ※ 雪の降る日、北国を想う
  •  雪の降る日は、心が揺さぶられる。霞んで見えない空から、次から次へと落ちてくる雪片、その色は灰色の無数の点だ。樹木や建物の陰に入ると、純白の綿となって左へ右へと舞うように落ちてくる。 しかし、雪国の人にとっては、雪の降る日は心が砕かれる日かもしれない。何メートルもの雪が積もり、交通は遮断され、雪下ろしで屋根から落下して亡くなる人さえいる。過酷な自然現象の中にいる人たちの苦労は、雪の少ない地方の人に [続きを読む]
  • ※ 大雪の朝、すべって転んだ。
  • 1月22日午後、関東にも寒気団がやってきた。雪は絶え間なく降り続き、電車も止まる大雪となった。 わが家のカーポートは、片側だけの2本足で立っている。屋根の上の白い断面がみるみるうちに厚くなっていく。朝まで耐えてくれるだろうか・・・もしつぶれたら火災保険で何とかなると聞いていたが、車がへこんだらどうなるのだろう?まあ、なるようにしかならないと、考えるのはあきらめた。 朝になった。青空が全天を覆ってい [続きを読む]
  • ※二度とない人生だから
  • 坂村真民(詩人)終焉の地=砥部町在住の友人から、真民の詩が送られてきた。真民の詩は、人を勇気づけ、安らぎを与える。http://earth-words.org/archives/13304「二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を そそいでゆこう一羽の鳥の声にも 無心の耳を かたむけてゆこう二度とない人生だからつゆくさのつゆにもめぐりあいのふしぎと思い足をとどめて みつめてゆこう」          坂村真民 詩 [続きを読む]
  • ※春は近いぞ(メジロと邂逅)
  •   冬の晴れた日は空気が澄んで、身が引き締まる思いがする。古利根川沿いの小路を歩く。上空にも風はないのか、高い空に白い雲が2〜3片、じっとして動かない。陽射しが桜の木の枝を透かして、草の小路に縞模様を描いている。 ふと、小鳥のさえずりを耳にした。立ち止まり、その方向を見つめると、民家の庭にひとつがいのメジロがいた。 春はまだ遠いが、それでも「初春」には間違いない。「初春」と書いた賀状が、古い友から送 [続きを読む]
  • ※思い残しのない人生(ソバの食べ方)
  • 江戸っ子のソバの食べ方についての小咄を、南新二(1835〜1895.戯作者、小説家)が書いている。「ソバはざるに限る。箸の先につっかけて、さらさらとたぐり、ソバの先に、ほんの一寸か二寸、ツユをつけてつるつるとたぐりこむ。そうしなければ、ソバの香りがわからねえ。ソバは香りを味わうんだ。ツユの中でザブザブかき回して食ったら、ソバが泣くよ」といつも言っていたソバ好きの男が病気になった。明日まではもつまいというの [続きを読む]
  • ※冬の忍び寄り
  •  物の見方、感じ方、それを表現する能力は、その人の素養と努力と、そして生まれながらの素質にあるのだろう。本など読んでいると、ハッとするような文章・表現に出会うとついついファイルしたくなる。 久しぶりに夜遅くなった。電車から降りると、冷たい風がホームに吹き抜けて思わずコートの襟を立てた。そうだ、思えばもう冬なんだ。冬への移行を、思わぬ感じ方で表現している文章を見つけた。 「冬がいつやって来たのか、正 [続きを読む]
  • ※三崎めぐり
  •  三崎港に着いたのは11時頃だった。太陽が海面にキラキラと反射している。風もなく、寒さも感じないすばらしいスケッチ日和だ。仲間のひとりは、陸揚げされた漁船の横で、もう筆をとっている。 岸壁から海中を覗くと、透明感のある濃紺にビリジャンを溶かしたような色相だ。ところどころに小魚が泳いでいる。 昼食は、マグロ切符で、マグロを食す。新鮮なマグロがごはんの上にてんこ盛りだ。さすが日本有数のマグロの町、舌にと [続きを読む]
  • ※ひと夏の体験
  •    この夏、生まれて初めての体験をした。 絵仲間と一緒に、昼食のためあるレストランに入った。私は注文したトンカツの分厚さに驚き、期待を込めて口に入れた。うまいことはうまいのだが、どうも油のにおいが鼻につく。なんとなく、弱い吐き気がした。 もう一杯水を・・・と、ドリンクバーのテーブルに向かい、コップに水を入れて持ち上げた時、足元がふらついた。「なんだ?! このままだとコップを落としそうだ」と感じ、 [続きを読む]
  • ※渓谷と緑の国・ルクセンブルグ
  •  自然の渓谷を要塞にしたルクセンブルグの街を歩いた。 私は城砦の上から下を眺める。はるか下方にゆったりと流れるアルゼット川。ひときわ高くそびえる塔はサン・ジャン教会か。緑の遊歩道が、川に沿って延びている。 この景色をもっと間近に見たいと思い、砲台のある岩盤の間の小路を辿った。城砦の壁に張り付いた細い道を下って行くと、石の橋に出た。めがね橋である。 辿って来た道を振りかえり、視線を上げると先ほどの砦 [続きを読む]
  • ※ことじとうろう と 紅葉
  •  有栖川宮記念公園は、日比谷線広尾駅のすぐそばにある。名前から類推すると入場料でも取られそうだけど、無料で開放的は素晴らしい公園である。池があり、小山があり、巨木があり、なによりもこの季節には紅葉が美しい。池の小島の楓もすっかり色づいて、水面を紅く染めている。 島の水際に白い石灯籠が見える。どこかで見たことのある形だ。普通の石灯籠の柱は一本のずん胴だけど、ここのそれは二本の脚で立っている。錆びた脳 [続きを読む]
  • ※ 緑のシャワー、乗鞍高原
  •  白樺の小径を歩いていると、烈しく大地をたたく音がした。音に誘われて雑木林を抜けると、目の前に巨大な滝。善五郎の滝といって、むかし釣り師善五郎が巨大なイワナに引き込まれたという。 8月の初め、乗鞍岳から下山途中、乗鞍高原を歩いた。高原の木々は緑に覆われ、夏の陽光に反射してキラキラ輝いていた。樹木のそばに立ち止まり、木の上を見上げる。陽の光と、木の葉のグリーンがシャワーとなって降り注ぎ、身も心も緑色 [続きを読む]
  • ※旅は愁い(欧州を旅して)
  •  この夏、欧州を旅した。 ヨーロッパの街角にひとり立つと、ここは異国だとつくづく実感する。聞こえる言葉は異国語、鼻も高ければ背も高い欧州人。慣れぬ英語で道を尋ね、見慣れぬ紙幣で買い物をする。笑顔の店員にはホッとするが、たまには邪険な人もいる。 がんじがらめの日常から抜け出し、非日常の空間に身を浸してみたいと思い立ち、漠然とした不安を背負いながら個人旅行に踏み切った。背中にはザック、移動手段は自転車 [続きを読む]
  • ※海上に浮かぶ舟屋群
  • バスで伊根湾に着いたのは、8時過ぎだった。遊覧船は9時出港。その間、伊根湾に沿った民家、いわゆる舟屋の並ぶ道を歩いた。左に山が迫っている。バスが一台、やっと通れる道幅だ。家と家との狭い隙間から、海面が見える。凪いだ海は銀色に光って、波は鈍い。 遊覧船に乗るとすぐに、カモメの群れが鳴きながら近寄って来た。中国人の団体客は、思い思いに餌を投げてはしゃいでいる。鋭いくちばしのトンビが、カモメに混じって餌に [続きを読む]
  • ※京都先斗町
  • 京都先斗町は、昔のままだった。狭い石畳の路地に、お茶屋や飲食店が並んでいる。先斗町や木屋町あたりを歩くと、過ぎ去った若き日のことが思い出される。京都には青春の喜びと愁いが詰まっている。笑うと片えくぼができる、笑顔の素敵な女の子だった。振袖のよく似合う子だった。襟足のほつれ毛が、鴨川の風に揺れていた。そんなことを回想しながら、京都の街をひとりで歩いた。昔のことを回想するようでは、年老いた証拠だ・・・ [続きを読む]
  • ※ 奥武蔵の山は、まだ秋の入り口だった
  • 先日、秋川渓谷の払沢の滝へ行った。渓谷の苔むした橋を渡ると、沢沿いに山道が続いている。まだ楓の葉は青々としていたが、あとひと月もすれば真っ赤に燃えるだろう。 沢には、小さな滝が続く。川底の小石までもくっきりと見えるほどの透明さ。 腹に響く水の音に、ふと見上げると緑と岩に囲まれた払沢の滝が姿を現した。「日本の滝百選」にも選ばれており、一段目は落差26m、全段合わせると60mにもなるそうだ。 滝壺には大蛇が [続きを読む]
  • ※那須の紅葉
  •  那須の山々は、紅葉に彩られていた。茶臼岳の噴煙がボーボーと鼓動している。様々な木が、それぞれの色で装うさまは年に一度のお祭りのようだ。豪華で華やかなのに、なぜか寂しさを感じるのは、厳寒の冬を予測するからだろうか? [続きを読む]
  • ※ 何処へ行くの?
  • 私はいつか街並みを抜けて、川沿いを歩いていた。選挙カーがボリュームを上げて、候補者名を連呼している。それぞれの主張があってこそ、人類の知恵が働くのだとは思う。でも、彼らの主張を聞いていて、日本の国はどこへ向かっているのか・・・不安な気持ちがよぎる。人と人が殺し合い、弱者が地獄の苦しみを受けたあの時代のことを忘れたのだろうか。 徘徊から帰宅して、ささやかな一杯をやりながら、なにげなく一ぺんの詩を見つ [続きを読む]
  • ※尾瀬燧ケ岳
  • あれは、電車の中のキャッチコピーだった。  豊かな自然の息吹きが  こんなにも身近に感じる  来るたびに 花が 景色が  空が 風が 彩りを変える  尾瀬は 不思議な宝箱そうだ、尾瀬へ行こう、と思い立ち、友と二人で山旅に出た。御池登山口より、息を切らし、汗を流し、あえぎながら登った燧ケ岳。振り向けば、目の覚めるような湿原が見えた。そこは、時の止まった天上の楽園か。今歩いたきた木道が、緑の湿原帯に延 [続きを読む]
  • ガンモドキの記
  •  8月初めの内視鏡検査の結果、ポリープが10個以上あることが判明した。特に人相の悪いのを、9月末に内視鏡による切除と決まった。検査の時と同じように、2リットルの下剤を、2時間かけて飲む。手術前、「一番手前の物を取るから、すぐに終わりますよ」とは言っていたが、内臓に異物が入るのだからたまったものではない。前回の検査の時の痛みが、再び訪れた。切り取ったポリープは見せてはくれなかった。医者はいいともわる [続きを読む]