おっさん さん プロフィール

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おっさんさん: 強迫神経症 | 強迫障害 |父娘の闘病記
ハンドル名おっさん さん
ブログタイトル強迫神経症 | 強迫障害 |父娘の闘病記
ブログURLhttp://one4allall4one.blog74.fc2.com/
サイト紹介文強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記 父と娘の闘病記録
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2015/06/09 03:55

おっさん さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 704.終活の始め
  • 私も知らぬ間に65歳。「知らぬ間に」ほんまに気づかずに60を過ぎて、身体も心も弱くなったように思う。51歳で会社を辞めた時、「俺が治してやる」と、娘のことを考えてた。あの頃の俺、ほんの10数年前だったけど、ずいぶん若かったし身も心も強かったように思う。毎日、夕食と弟の弁当の料理をしてくれる娘は、ずいぶん良くなったと思う。おかずに卵料理が無いのと、冷蔵庫にマヨネーズが無いことを除けば、おかげさまで、普通に近 [続きを読む]
  • 703.ワールドカップの追想
  • サッカーを始めて、53年になる。初めてワールドカップの存在を知ったのは、1966年のイングランド大会。その頃の日本は、スポーツと言えば野球の頃だったので、テレビでサッカーが放映されることも、ほとんど無くて、もちろんニュースで流されたなんて記憶に無い。俺が高校の時に県大会で優勝できたのも、県の選抜選手に選ばれて国体に出られたのも、親友の兄貴のおかげ。その友人の兄さんに中学3年間と高校3年間、合計6年間コーチ [続きを読む]
  • 702.ゴミ収集車
  • 俺は、家族でスーパーに買い物に行く、子供とデパートに買い物、子供と遊園地、そういうことをしなくて生きてきた。クルマで連れて行っても、駐車場のクルマで待っていたり。先日、娘が、「私は、海水浴場に行ったことがないなあ」と。「父さんが連れて行ってくれたところは、必ず、砂と違って、岩場やったからなあ」と。今考えると、アホみたいな粋がり、と言うか、、馬鹿な勘違いのカッコつけ、そんなたぐいのアホ親父やったと思 [続きを読む]
  • 701.「運転士さんありがとう」
  • 末娘の息子、私の初孫。亡くなった親父が巳年で、私が巳年、そして長女が巳年。家に三代、同一の干支が住むと繁栄すると、ほんとか嘘か、昔からそう言われたらしい。その話の真偽はどうでもいいのだが、亡くなった親父は、48歳で爺さんになったわけである。私が男性だから、娘が同じ巳年なら、女の方が早く結婚するだろうから、私もきっと50歳までには爺さんと呼ばれるものだろうと考えていた。ところが、サッカーの遠征に行く [続きを読む]
  • 700.「燕燕爾勿悲」親の気持ち共有の奨め
  • 白楽天の燕の詩をプレゼントします。私が高校生の時、古文の授業で習って、その時、心を打たれ、今でも忘れず覚えている詩です。サッカーばかりしていた高校時代なのに、変に記憶に残っている詩です。やんちゃを気取り、悪ぶっていた私は、授業に感動したなど、素振りも見せなかったものですが。50年経って、あの時の感動と、今の感動が同じものだというのも不思議な感じですが、きっと、気づかないだけで、自分の中での感動の種類 [続きを読む]
  • 699.俺の悩むところ
  • 2017年が過ぎ去り、新年を迎え,もう早一月半。月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。もう少しの旅が続く。今年、私は前期高齢者という名前をいただくことになる。昨年の大晦日も孫が来ていたのだが、うち中が風邪で、孫本人も風邪で、寒さも厳しくて、暖かい部屋にこもってテレビを見るだけだった。恒例の初詣、比叡山延暦寺も諦め、30日の蹴り納めも参加できず、風邪でしんどくて、遅れていた年賀状も31日に、や [続きを読む]
  • 698.新年の独白
  • 昨年末の最終のサッカー練習会に参加しなかった。参加しなかったと言うより、参加できなかった。風邪をひいていたのもあったけれど、それが原因で行けなかったのではなく、若いときから「風邪?」「雨の中でサッカーしたら治るぞ」これが信条で、実践してきたものだから。まあ、しかし、シニアも年長になってきたら、無茶はできないものですが。「鬱的症状が、またまた発生かもやな」まあ、これが主因ってところかな。たいそうに参 [続きを読む]
  • 697.リハビリ理解の困難さ
  • 二度目の脳梗塞発症から、2年半が経過しようとしている。先日のサッカー練習会でのこと。朝方までの雨で参加人数が少なくて、ハーフコートで9人対9人の紅白戦。近くに相手選手がいると、ボールをとめた時に、身体が次の動作に入りにくく、瞬間的な体の立て直しができないので、悔しいボールの奪われ方をする。それと、瞬間的な逆の動きに、なかなか対応できなくて、守りが出来ない。「守りができない」と言うのがとても悔しくて [続きを読む]
  • 696.先輩の訃報
  • 9月23日24日、伊勢の大会に参加していた。70歳代と、60歳代がエントリーしていたので、遠征の手配を任されてる俺は、70歳代には83歳の選手2名を含め、高齢者が多いので、運転手付きのバスを手配した。行きのバス車中、大いに賑やかで、老人達の修学旅行の雰囲気いっぱい。ボランティア添乗員の俺は、最前列。前の席に座るのは、だいたい真面目な方で、後ろの席は、だいたい、いつも楽しそうな不真面目組。俺は、普通なら後列なの [続きを読む]
  • 695.心よ、折れずに走れ
  • サッカーから離れられない、離れたくない俺。もう64歳になるのだから、辞めてもええんやけど、と、口では言いながら、しがみついている。同じクラブにいる親友とは、中学校からずっといつも一緒にプレーしてきたし、50年以上の付き合いになる。娘の病気で会社を辞めたときも、「何かせんとあかんで」と、キムチの販売を一緒にしよかと誘ってくれたし、病気になって入院しても、一番に見舞いに来てくれた。40歳になって、このクラブ [続きを読む]
  • 694.悔しさの視線
  • 例によって、孫を連れてJRの駅へ。JRと京阪電車の駅が交差しているので、駅の裏にクルマを停めて、駅前の京阪電車の踏切見物。妹娘にクルマに乗せられ家に来ると、私の所に走ってきて、「カンカン行こう」と。カンカンは踏切のこと。すっかり優しくなったマーロンブランドは、孫の言いなり。駅のエレベーターに乗り、駅の改札口を横切って、踏切へ向かう。「キップ買うの」「電車乗るの」今日は、踏切より、電車に乗りたいらし [続きを読む]
  • 693.一寸の光陰
  • 最近、孫と二人で公園で遊んでいる時、電車と踏み切りが大好きな孫を連れて、踏切を通過する電車を見に行っている時、よく、ゴッドファーザーの一場面が思い出される。思い出されるというより、しょっちゅう、頭に浮かぶ。マーロンブランドの、”ドン コルリオーネ”が、孫と二人で畑にいるとき、倒れて亡くなるシーン。脳梗塞の後遺症の麻痺のために、孫が突然走り出す時などに、危険回避の瞬間行動が取りづらく、悔しいというか [続きを読む]
  • 692.トンネルの出口の灯り
  • 二十年、歩いて歩いて、ぼんやり見えてきたかな、トンネルの出口の灯り。誰に言うとも無く、「トイレ行ってから、風呂入らんでも、なんとか我慢できてる」「これって、どんなに楽なことか」娘が、大きめの独り言のように呟いた一言。ぼんやり、寝ころびながら聞いていたので、なんとなく、ぼんやり耳に入ってきたのだが、「えっ??」続くとええなあ。なんとか、平気が続いてくれよ。それについては、話に触れずにいました。最近、 [続きを読む]
  • 691.”ジン”との別れ
  • 17年間、家族の一員だったダックスが、天寿を全うした。洗濯物を取り込んでいた娘が、2階から早足で階段を降りてくる音。もう長く、「どうしたんやろ?」のドキドキ感は無いので、のんびりテレビを見ていたら、悲壮な声で、「父さん、“ジン”、死んでるみたいや」。二三日前から、エサを食べなくなり、昨日は水も飲めず、息子の部屋で生活してきたダックスの“ジン”を、一階に降ろしてきてやらんとあかんなあと相談していたもの [続きを読む]
  • 690.諦めんとこ
  • 春の香りがしてきたなあと思ったら、桜の蕾が、早くも薄赤くなって膨らみ、もう幾日かで、薄赤が真っ白に変わり、あっと言う間に花の吹雪になって、リハビリの道を、白まだらの道に変える。カックン歩きを見られるのが嫌で、夜中のリハビリ散歩をしているが、もう、手をトレーニングウエアの袖に隠さなくても、手は冷たくならなくなって、どこか、嬉しいような気分での散歩が出来る。道道の家や景色が、余裕で見られるようになって [続きを読む]
  • 689.脳梗塞からの帰還
  • 二度目の脳梗塞から二年が経過。動かないイライラから、鬱病になったり、「走れるようになったから、試合に出してくれ」と、何度もサッカーの同じ場面の夢を見たり、現実を受け入れられない自分との闘いが続いていたが、最近、やっと、少し、落ち着いたかなと思える。今日、昨日と、サッカーのクラブの役員作業、事務局としての役員改正や、新年度の協会登録作業が、今までどおりのペースで進められる。それまでは、「もう、やめて [続きを読む]
  • 688.63歳、新年の反省
  • 1歳8ヶ月になった末娘の息子が、最近、駄々をこねるようになった。エスカレーターに乗るのが好きで、買い物に連れて行った時にエスカレーターが目に入ると、一目散に直進していく。足を挟むような事故を起こさせないか、私自身が心配でもあるし、何度も上ったり下ったりを繰り返すのに、腰の悪い私が、拙い孫の両手をつかんで付き合うのにも限界があり、「もう、これで終わりやぞ」と言っても、まだ話せない孫には伝わらず、嬉々 [続きを読む]
  • 687.人生の正解
  • 娘と夜中に録画しておいたドラマを見ていたとき、こんなセリフがあった。「政治に正解は無く、都度、選択があるのみで、選択を正解にする為に努力をする」私は、政治という言葉を、人生に入れ替えて考えてみた。振り返った60年、多くの不確かな選択をしてきたなあと。「良かれと思って」すべての選択は、良かれと思っての選択なのだが、正解にするには、なかなか難しくて、努力も不足、運も不足、選択をした時点での間違いもある [続きを読む]
  • 686.「精神病はうつる」という言葉の真意
  • 私がまだ会社に行っていた頃なので、もう10年以上前の話になる。「お父さん、友達が言ってたんやけどな、 家に精神病の人がいたら、 家族にもうつるって、言うたはったわ」こんな話を、妹娘がしたことがあった。この話は、十年以上前の、そのころ、ここにも紹介したことがある。パソコンには触れられない娘が、私のそばで、その記事を斜め読みして、「わたしのこと、馬鹿にしてるのか?」「なりたくて病気になったのと違うわ」 [続きを読む]
  • 685.ひがんだ見方をしてしまう娘
  • 娘と妹娘の家へ行きました。甥っ子のところに行く時、娘は、無条件に機嫌がいいので、なんの心配もいらないので、安心と嬉しい気分になります。私の会社時代の、今も仲良くつきあってくれているる後輩の女性がいて、彼女も娘より少し年上の独身女性なのですが、妹さんの息子さん、甥っ子をとてもかわいがっていることを話してくれます。その彼女の妹さんが、先日、癌でお亡くなりになりました。悲しさは、いかばかりかと胸が痛いで [続きを読む]
  • 684.ねんりんピック
  • このブログは、娘の病気を寄り添って治そうと決心して、会社を51歳で会社を辞め、医師に、娘と共の診察日以外に、私がひとりで医師に娘の症状、様子の報告をメモっていたことから、共に闘った記録を残そうと考えて始めたものでした。あのころは、自分はいつまでも若い父でいられると思っていました。病気をして、身体が不自由になるなど、考えてもいませんでした。サッカーで、骨折したり、接触プレーで膝の内出血で手術をしたり [続きを読む]
  • 683.わたし何も悪いことしてへんのに
  • 今日、娘が、「父さん、着信拒否ってどうするの?」と聞くので、誰かから迷惑な電話が入っているのかと思っていたら、妹娘が、「恋人やと思ってる人の電話が拒否になってるらしいわ」唯一一人でも行けるところのパチンコ店で出会った男性、話すようになって、帰りに車で送ってもらったりして、(送ってもらうと言っても、すぐ近くに家があるので)仲良くはなっていたのだけれど、恋人というのは、ちょっと違う。私の目から見れば、 [続きを読む]
  • 682.20年経っても新たな発見
  • 娘の楽しみは、唯一パチンコ。強迫に攻め込まれ、どうにかなりそうな焦燥からの発作的な泣き叫び、物への暴力(壁を蹴って穴を開けたり、たくさんの物を壊したものです)家庭内暴力というような感じで、止められなかったものでした。そんな行為を、家族が理解できなかったころ、弟が気晴らしにと連れて行ってくれたパチンコ。これで、なんとか症状が落ち着くならと、たくさんのお金を使ったものです。今は、やっとのことで、金を使 [続きを読む]
  • 681.治癒と寛解の狭間
  • 「どれくらいで治るものなんですか?」「3年なのか、10年なのか、治るかもしれませんが、治らないと考えるほうがいいのか・・・」20年近く前、娘が探してきたメンタルクリニックの医師と初めてした会話です。その後、何年間も、同じやり取りを繰り返した記憶があります。今でも、理解しきれたとは思えないのですが、無理やり受け入れてきたような気がします。発症して数年が経ち、51歳で会社を辞めたときも、55歳までに、 [続きを読む]
  • 680.久しぶりの憤り
  • もう、老人になったなあと思うことが多い、このごろ。先日、公園で、孫をブランコに乗せたり、滑り台で介添えしながら滑らせたりしていた時、「すいませんが、ちょっとスナップを撮らせていただいていいですか」と若い女性が。「市民雑誌の取材なんです」と。「そしたら、母親にかわるわ」と、言うと、「9月の敬老の日の特集記事なので、オジい様と、お孫さんの写真をお願いします」。生まれて初めて、じい様デビュウ。真剣に、じ [続きを読む]
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