サラリーマン禅者 さん プロフィール

  •  
サラリーマン禅者さん: 禅者の世界観
ハンドル名サラリーマン禅者 さん
ブログタイトル禅者の世界観
ブログURLhttp://zensha.exblog.jp/
サイト紹介文悟後の修行に励む在家禅者の個人的なブログです。伝統的な坐禅修行の奥深さと卓越性をお伝えしています。
自由文ZEN...One world One universe One space... 禅・坐禅に関心のある方、真理や神を心から求めている方etc.に読んでいただければ嬉しいです。そして、日本の禅界を盛り上げることに貢献できれば何よりです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供136回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2015/06/12 11:38

サラリーマン禅者 さんのブログ記事

  • 般若が般若を唱えてる
  • ●要点●般若自体が般若を唱える事について。無自体である自己が、ムジ(無字の公案)に取り組む事について。悟ろう!と言ってるその元が悟りや。悟りが坐禅して悟ろうとしとる。自分が悟り自身やのに、それがわからなくなっとる。だからな、無心で親に食べ物を食べさせようとする幼児。その心が蘇れば、悟りなんや。何にも変わっていない、元は。元の自分を呼び起こす呪文がムーー!般若心経も、元の自分に向かって、... [続きを読む]
  • 「無字」とは、「人間」とは
  • ●要点●無字はね、「字が無い」。これが答えや。字が無い、言葉がない、そう言う世界のこと。あると思ってる世界は、ない。というのは、その実物があるかないかの問題じゃなくて、その言葉の話や。実物についてはあるともないとも、言えない。早い話が、どっでも良い。この「どっちでも良い」というところの世界。もう少し言うと、どっちでも良い世界と、言葉によってどっちでもよくない整理された世界がある。人間はこ... [続きを読む]
  • 安岡教学と禅
  • ●要点●安岡正篤さんの本との出会いは、父の書棚。そこに、一冊だけ安岡さんの本があってん。その前は、名前も知らんかった。その本読んだときに、かなりの衝撃でね。魂の琴線に触れた感じ。安岡さんは何者でもない、まさに本物の禅者や。何者でもなく、平然と泰然としていられるほど強いものはない。そこを目指した人なんや、安岡さんは。安岡さんは、大衆全部が布教の対象になっていて、子供にでもわかるように噛み... [続きを読む]
  • 宇宙本来の姿に戻ればいい
  • ●要点●この指先が宇宙や。なんで人は、この体自体が宇宙の根源自体やということ忘れてしまうんかな?この体自体が宇宙に決まってるやん。そうでなければ、この体はどこにあるの?これよく見てみ。他に探すべき宇宙なんて存在する? ・・・思考から出てごらん。そこには、地球も宇宙もない。思考から出さえすれば、全てが無限になる。今のこの形の体だけが自分と思い込んでるのは、ものすごい偏った意識状態や。別に... [続きを読む]
  • 身心脱落してくると
  • ●要点●今回の気付きにはとにかく驚かされた。つまり禅は、なにも特別なもんはなくて、当たり前すぎる凄さを体験する事。この宇宙が自己だというのは、大袈裟でも何でもなくて、ただの事実。ほんとうにただの事実。当たり前が見えてきたから、驚いてる。今までの人生って、なんだったんだと・・・見性っていうのは、やっぱりたいしたことないわ。思考の作り出した壁に亀裂が入って、その隙間から事実の世界を垣間見た... [続きを読む]
  • 宝蔵が開く
  • ●要点●量子コンピュータの件、あの話、まさに公案に出て来た。ビビったわ、このことを老師は言ってたんや。禅が進むと、宝蔵が勝手に開いて、その知恵はタダで使い放題。人間の小賢しい知恵が邪魔して、宝蔵が閉じてるんだけど、無我になると開く。量子コンピュータの計算の根拠がある世界が開く。生も死もない世界が開くってことや。仏も自分も、数千年前の人も自分も同じという世界が開く。あーー、仕事なんかより、坐... [続きを読む]
  • 我々は無我、宇宙の塵
  • ●要点●結局、坐ってると見えてくる世界がある。見性後も同じことで、坐らないとダメや。坐りが飛躍的に深くなることが、悟りでね。・・・この体な、これは実は「資材」や。土や空気や木とかと同じ「資材」。これね、キリスト教で、人は土とか言うやろ?キリスト教徒で、深い人は頭ではここはわかるんじゃないかな?体が資材、つまり神の道具で、それは自分ではないと。・・・我々は宇宙の塵や。地球みたいに。本当に無我... [続きを読む]
  • 真向法と坐禅(2)
  • ●要点●(真向法体操が完成した時も、見性した時も)両方驚いた。でも、見性よりも今の坐禅の安定感の方が驚く。自分が海=宇宙だったという事に。宇宙というのは、空即是色 色即是空ね。無実体の実体。もうね、自分はカエルでもヘビでも何でもいい事になる。自分が人でいるのも空想力やし。宇宙を平穏にするために使っている方便に過ぎない。実体はと言えば、全てが禅定にある。─ なかなか禅定に入れない人は、そ... [続きを読む]
  • 真向法と坐禅、萎縮した体や心を自由な状態に戻す
  • ●要点●最初はね、坐禅とか禅定とかが特別の状態と思いがち。それがある時からひっくり返る。空想力や妄想力を駆使してる時の方が特別な状態なんや。真向法(体操)で言えば、生活習慣で体が奇形になった人みたいなもんやな。真向法は体を伸ばすことで硬くなっているのが自覚できるんやけど、坐禅は動かない事で思考が暴れまわっているのが自覚できる仕組みやな。真向法で股関節周辺が自由になった時に感じる解放感と... [続きを読む]
  • 坐禅を進める、それが大乗仏教
  • ●要点●坐禅を進める、それが大乗仏教やな。坐れば仏だ!坐ろう!みたいな。無理にでなく、気持ちよく。─なんで坐禅? 坐禅がな、それが理屈じゃなくて実体やからな。理屈で説くのは、本物にならん。ちゃんと実体を人に伝えないと、大乗仏教にならん。大乗は、自分以外の人も済度する。自分の幸福だけは願わん。自分のことはさておいても、人を救う。こうなると、もう坐禅しかない。本物でもって人を救わんとな。悟... [続きを読む]
  • 仏教4.0!の只管打坐 ー「気持ちよく坐れるか?」
  • ●要点●(うちのブログや仏教3.0は)悟りの中身がわからない人に、悟りの中身を説く方法が、なかなかいけてるように見えて、結局理屈。ところが、悟ってない人にも体感できる悟りの世界との境界線があって、道元さんはそれを只管打坐としている。悟ってない人は只管打坐できない。ならどうなるのか?なので、説かない。説かない代わりに、答えだけを示す。「気持ちよく坐れるか?」私は、これにしたいと思う。只管... [続きを読む]
  • 坐禅は本来の自己が一番安定する形
  • ●要点●本来の自己は自然に働く。本来の自己の働きは凄い。坐禅は本来の自己が一番安定する形だ。坐禅が苦しいと感じるのは、実は妄想の方であって、本来の自己にとっては安楽の状態なんだよ。妄想に引きずられている人にとっては、坐禅は我慢できない状態やろな。この差は天と地ほどの差がある。単純に言うと、坐禅をするのは、本来の自己の静かな姿に戻る事や。見性者にとっては、本来の自己は実行するもの。実行す... [続きを読む]
  • 頭の中の世界から出る
  • ●要点●脳の働きの関与を受けない世界。その関与を受けない世界って、なんもない世界や。頭の中の世界から出るなんて、簡単や。そこに本来の自己がおる。頭の中は、まあ、過去の出来事とかのリフレインみたいなもんやから、大した意味はないね。それより、本来の自己の方が、世界と直結してて、アンテナというか、世界そのものの地盤やから、頭の中なんて大したものと思わん方がいい。わかってしまうと、大したことない。... [続きを読む]
  • 偽物を語りつつ、本物の存在を知らせる
  • ●要点●今回の公案は深かった。深くて行き詰まってた。分別心の正体。妄想とかね。・・・求める働きと、求める対象。求める働き自体が仏。でも、対象となるものは、妄想。分別機能自体は仏なんやけど、その分別の内容は妄想なんや。わかる?これは難しいで。これが本当に見抜けたら、悩むことがなくなる。悩み自体が存在しなくなる。分別という、仏がいてくれれば良いということになるから。言葉で説明できるものはみん... [続きを読む]
  • 禅は、地球人としての自己を殺してしまう
  • ●要点●貪欲な自分を殺しつくすのが坐禅なのに、小さな怯える自分を守るために坐禅をしてるような人もいるかもね。その小さな自分を救おうとして頑張っている人。ところが真反対やな。その小さな怯える自分は絞め殺す。坐禅で。そしたら、宇宙大の自分が出てくる。これ、伝えたいね、世の中に。現代に禅が受け入れられにくい原因は、この「自分を殺す」というところやな。自分を殺し、枠を壊す。これ、現代的には、反... [続きを読む]
  • 坐禅の山場
  • ●要点●論語にも「道は須臾(しゅゆ)も離れるべからず」って言葉がある。 改めてこの論語の凄さがわかった。真実が、こうなっているので、一瞬も離れる事は出来ない。離れたように感じると、それは偽物のこと。真実でなくなっているということ。泣いている自分がいたら、それとは別の自分はいない。禅の究極かもな。妄動する自分もそれのみ、坐禅する自分もそれのみ。 結局、分別意識に引きずられるな・・・そうい... [続きを読む]