広研 さん プロフィール

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広研さん: 広神学研究所
ハンドル名広研 さん
ブログタイトル広神学研究所
ブログURLhttp://hiroken2015.blog.fc2.com/
サイト紹介文神について、救いについて一緒に考えましょう。広研は宗派を越えて、神学・哲学を自由に語り合える場です。
自由文広神学研究所(通称「広研」)は、所長の広義昭個人を中心とした自由な研究・討論の場です。もちろん統一教会の公認を得たものではありません。また、どこかのグループに誘導しようという意図もありません。教会本部を含め、あらゆるグループから独立した位置を維持しつつ、純粋に神学・哲学を語り合う知的時空間でありたいと考えております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供30回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2015/06/21 20:30

広研 さんのブログ記事

  • 【御言に基づいた救済論】58.「義認と聖化」は“同時的”に実現(3)
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ■「存在と価値」についての哲学的考察そもそも、「真理探究」には、二つの大きな「異なった探求方法」があります。一つは「分析」であり、もう一つは「統合」です。一般的に、科学の「科」という字には「分ける」という意味があり、自然界のしくみを細かく調べ、混沌とした状態から、明確な“分類”を施し、“体 [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】58.「義認と聖化」は“同時的”に実現(2)
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ■「義認と聖化」は共に「価値概念」「義認と聖化」には、「罪と堕落性」の別な表現であるのところ">「とがと汚れ」のところで述べたのと同じ説明をすることができます。「義認」の「義」と、「聖化」の「聖」は、「正しさ」と「きよ(聖)さ」という表現に置き換えることができますが、この二つの評価は、人間が [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】57.「義認と聖化」は“同時的”に実現(1)
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ「義認と聖化」は“同時的”に実現「救済論」におけるこれらの「義認と聖化」という「二つの概念」は、イエスが本来の神の予定であった「救い」を、初臨の時に“同時に”完成することができなかった為、結果として、復帰摂理歴史上、“分離”して扱われるようになってしまったからであると考えることができるので [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて…(その4)
  • 加美良崎さん、度々コメントありがとうございます。また、返信が長くなりましたので記事としてUPさせていただきました。なお、一つの一つのコメントに対応したいところですが、スケジュール的にそれも厳しい状況にありますので、これ以降は今後、本来の記事の展開のなかで、折々、触れていこうと考えております。ご了承ください。※文中、茶文字は加美良崎さんのコメントです。→コメント全文はコチラ">→コメント全文(「自由意志 [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて3
  • 加美良崎さん、度々コメントありがとうございます。また、返信が長くなりましたので記事としてUPさせていただきました。※文中、茶文字は加美良崎さんのコメントです。→コメント全文はコチラ">→コメント全文(「罪と責任分担」)はコチラ●加美良崎さん、いつも、神学的に重要な質問をして下さり、心から感謝しております。> 原罪の償いは存在した全人類に及んでいるので、原罪の贖罪は膨大な増償法になっています。●「増償法」 [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて2…(3/3)
  • ⇒ 初回 からの続きです。※文中、茶文字は加美良崎さんのコメントです。→コメント全文はコチラ">→コメント全文(「ご回答に思う。」)はコチラ> “恩恵の相続の正当性”は、同時に “罪責の転嫁の正当性”をも意味する。このことと、アダム・エバの法廷論的罪は、後孫のすべてに転嫁され人類全体に及び何世代を経ても消えずに残るほど大きいとされることにギャップを感じるのです。そこまで大きな法廷論的罪をどう考えたらよい [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて2…(2/3)
  • ⇒ 前回の記事の 続きです。※文中、茶文字は加美良崎さんのコメントです。→コメント全文はコチラ">→コメント全文(「ご回答に思う。」)はコチラ> 人類の罪の被害者である神様が、「許し」の主体だと思いますが、加害者である人間を許すのに、上記の構図になぞれば、人間側の「公平性」へのアプローチが必要となります。●加美良崎さんが言われる「上記の構図」というのは、要約すれば、「加害者」と「被害者」の他に、「公平性 [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて2…(1/3)
  • 加美良崎さん、度々コメントありがとうございます。また、返信が長くなりましたので記事としてUPさせていただきました。※文中、茶文字は加美良崎さんのコメントです。→コメント全文はコチラ">→コメント全文(「ご回答に思う。」)はコチラ>「堕落」という罪を犯した当事者はアダムとエバと天使長の3者です。●まず「堕落」という言葉ですが、今回の質問のテーマからは若干ずれてしまいますが、本稿で強調している重要な点は、 [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて…(その2)
  • ⇒ 前回の記事の 続きです。前回述べたように、「罪責」とは、各人の「自由意志」に基づく「責任論」を前提とした概念であるわけですが、もし「自由意志」そのものが、親や先祖からの“堕落性”即ち“罪を犯す傾向性”の伝播といった、既に多くの“バイアス”がかかったものであるとするならば、その“自由意志のもたらす結果”に対する「責任」も、それがどこまで追求可能なのかということも大きな問題となることでしょう。構造主 [続きを読む]
  • 加美良崎さんの質問に答えて…(その1)
  • 加美良崎さん、コメントありがとうございます。とても重要な内容なので、記事としてUPさせていただきました。ご質問いただいた問題は、「罪論」とか「罪責論」とか呼ばれ、仏教の「十二因縁論」とも関係する、神学的、哲学的にはとても難解な内容を含むテーマであり、様々な観点から論述する必要があるわけですが、ここでは簡単に触れてみたいと思います。加美良崎さんが言われるように、現代社会における「法」の理解では、ある個 [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】53.「救済論」における「義認」と「聖化」
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ「救済論」における「義認」と「聖化」さて、既に述べてきたように「罪」と「堕落性」という対比の表現には、多くの問題が内包されているわけですが、この「堕罪に関する二つの捉え方」は、同時にその解決を意味する「救済における二つの概念」とそのまま直結しているのです。キリスト教では、前者が“罪の赦し” [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】52.「卵子」を用いたイエスの聖霊降誕
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ「卵子」を用いたイエスの聖霊降誕保守的なキリスト教が捉えているように、メシヤの誕生が、たとえ「聖霊」による“処女懐胎”だとしても、女性の卵子が持つ「DNA情報」によって、生まれてくる子供の半分(50%)の性質は決定されてしまうので、堕落人間の男女両方の生物学的血統を切断しない限り、完全に純粋な [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】51.心の遺伝
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ心の遺伝さて、「罪の遺伝」を「法廷論的讒訴の伝播(転嫁)」ではなく、キリスト教が「原罪」の概念の中で内包した「腐敗した性質」としての“自己中心的な心の動機”、すなわち「堕落性本性」として捉えるならば、「性質」は、すなわち「存在概念」なので、「遺伝する」とか「子孫に伝わる」という言葉で表現す [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】50.『御言』にみる「正しい血統転換論」
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ『御言』にみる「正しい血統転換論」このように、様々な検討をしてくると、『御言』にみる「正しい血統転換」とは、現在の統一教会において主流的見解となっている「法廷論的贖罪観」でも、「肉的生物学的血統転換論」でもないことがはっきりと分かってきます。それは結論として、両者とは全く異なった次元におけ [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】49.「清平」的救済観について
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ「清平」的救済観について「清平」における摂理(役事)の、神学的な最大の問題点は、「遺伝的罪」と「連帯罪」の清算の問題です。統一教会において「原罪の清算」が「祝福」によって起きるという場合、その神学的根拠となっているのが、まさに「法廷論的贖罪観」です。既に述べてきましたが、その「原罪が消える [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】48.都合よく利用された「二つの救済観」
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ都合よく利用された「二つの救済観」統一教会における、このような全く異質な「二つの救済観」は、本来は統一的に把握すべきである「罪と堕落性」の概念を分離して捉えた為、その「救済の方法」も“分離”、即ち「罪の清算」と「堕落性の解消」とに分離してしまったことと、深く関係していると思われます。そして [続きを読む]
  • 【御言に基づいた救済論】47.統一教会に混在する「二つの救済観」
  • 【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラ">【御言に基づいた救済論】をはじめから読みたい方はコチラこのように、統一教会には、「法廷論的贖罪観」と「生物学的血統転換論」という、全く異質な「二つの救済観」が存在していることが分かりますが、既に指摘したように、それぞれが、神学的には深刻な問題点を抱えていると言わざるを得ません。(1)「法廷論的贖罪論」の問題点まず、統一教会において主流的位置に [続きを読む]
  • enfuさんの質問に答えて
  • enfuさん、コメントありがとうございました。返信が長くなりましたので、記事としてUPさせていただきます。※文中、茶色の文字はenfuさんのコメントの引用です。>原理講論には「霊的堕落によって天使とエバが血縁関係を結んだ」ということが多くの箇所で書かれていますが、この「血縁関係」は心情的なものでしょうか?●「天使長ルーシェル」と「エバ」との間に起きた淫行関係、いわゆる「霊的堕落」は、もちろん単なる心情的、 [続きを読む]