もっちー さん プロフィール

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もっちーさん: 末期がんの夫と共に生きる
ハンドル名もっちー さん
ブログタイトル末期がんの夫と共に生きる
ブログURLhttps://s.ameblo.jp/taromomo0808/
サイト紹介文夫の癌(皮膚ガン→骨→肝臓、肺に転移)、子育て、夫の癌をきっかけに始めた断捨離の事など。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供14回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2015/06/29 14:09

もっちー さんのブログ記事

  • はぁ…
  • 嫌な事が、あった夫が、生きていたら恐らくなかった事…夫が亡くなって環境が変化したから、起こってしまった。結構ショックで、43才になろうとしてるのに、うわぁーーーって泣きそうになった。そんな気持ちを引きずりながら、今日実家へ行った。夕飯時に父が、私のこの一年の成長を誉めてくれるけど、本当の私は相変わらず小さな事でクヨクヨ。73才の父が、私に「真っ直ぐ生きる事。そうすれば、周りが助けてくれる。」ざっくりし [続きを読む]
  • 夫が亡くなって一年
  • 夫が亡くなって、一年がたった。夫と話さない日が一年も何かあるたび、夫ならどう言うかな〜??なんて思いながら、過ごしてきた一年だった。ひとり親になるということを、夏まで受け入れられなかったなぁ…夫の闘病が続いている感じだった。義母の認知症で、現実を一気に受け止めた。一年前に想像したよりは、穏やかな日々。夫が残してくれた娘仕事お金今のところ、多少の波はあるけれど、安定している。闘病期間の三年を思えば、た [続きを読む]
  • 諦め
  • 初盆での事。認知症の症状が酷くなり、そろそろ義母の1人暮らしが難しくなってきた、と義姉から告げられた。義姉夫婦は、引きとるつもりはなく、施設を探さないといけないと言っていた。私は大阪で義母は愛知に住んでいる。。これは、たられば…の話もし夫が元気だったら、義母を引き取っていた。介護をしたのは、間違いなく専業主婦だった私。小学生の頃母を亡くした私は、夫が亡くなって、なんで私には普通の幸せが手に入らない [続きを読む]
  • 変化
  • 問題が起こり、解決するんだけど、その後、先の事を考えてまた不安になってしまう。家の事、仕事の事、娘の事。たとえば、娘の事は、お年頃になってストーカーにあったら、どうしよう…私1人で対処できるのか…(好きな男の子もいないし、特別可愛いわけでもない)未来に対して不安ばかりまだ起こってもいない事に対して、不安になり、生きるのを諦める姿を想像したり…その後、落ち着いて、最悪な事が起きるまで、健康に娘と楽し [続きを読む]
  • 問題
  • パソコンのセキュリティープリンターiPadwifiと次々に起こる問題機械が苦手な私は、ため息の連続…娘は、頭を抱える私の様子を見て「あのセリフ、言うん?言うん?」え?「パパがいたらなぁ、って言うんやろ??」労るところか、茶化してくる娘(12才)1つは、あなたのせいなんですけどーーーその都度、ふと我にかえる。苦手でも、私がやらなきゃ、誰もしてくれない。 ため息つきながらも、各会社に連絡して、時間がかかっても結局全 [続きを読む]
  • つまずく
  • 夫が亡くなって、8ヶ月が経った。昨日、たろちゃん(12才)が、ママは、まだ悲しみを引きずっているのか?と聞いてきた。たろちゃんは、自分にはその感情があまりないのだと、ハッキリ私に言った。住居環境も変わらず、夫が頑張って働いてくれたおかげで、私も就職してほとんど生活は変わらない。4年生以降は三度の長期入院。亡くなる前から、パパが側にいないのが、当たり前になってしまっていたのかなぁ。あれだけ心配した未来に今 [続きを読む]
  • 一年後の自分
  • 先日、懇談会の帰り、担任の先生に呼び止められた。「一年後の自分へ」のタイトルで生徒達が手紙を書き、一年後に先生から本人に返す。先生は、見ないからねといいつつ、軽く全員分チェックをしていて、私に内緒で教えてくれた。たろちゃん(12才)の手紙(要約)お父さんは亡くなってしまったけれど、お母さんを支えて幸せになる。先生と私で泣いたたろちゃんは、いつもニコニコしていて明るくて、面白い(家では、私に言いたい放題の [続きを読む]
  • 今後を変える1日
  • その日は、夫の月命日にやってきた。(遡ること、10月。)夫の死亡に伴う退職手続きの事で、上司と総務の方2人と会うことに。私達が受け止るのは、退職金以外もあって遺児扶助金これは、たろちゃんのためのもの。退職金については、夫がネットで一般的な金額を調べて、私に伝えた金額の2倍はあった…夫は私達の今後をとても心配していたから、これらが分かっていたら、心配せずに済んだのに…なんだか、夫の気持ちを考えると切なく [続きを読む]
  • クリスマスの出来事
  • 今更、クリスマスの話。たろちゃんは、6年生。サンタさんを信じない年齢になってしまった…サンタさんの行為は不法侵入と言われたので、サンタさんの代わりにパパと私からという事でこっそりプレゼントを用意していた。12月に入って、body make seat styleのプレミアムを買っていた。たろちゃんが、座り心地がいい〜と一昨年(いつの話や)言ってたから。ツリーの側においてたら、最初はフンッて感じだったのに、座り心地の良さに欲し [続きを読む]
  • 胸が苦しい
  • 年末から年始にかけて、胸が苦しい…食べすぎかな?とか思ったりもしたけど、違うかった。年末の大掃除。年末の特番。お正月。年賀状。どうしても、夫の生存中と比べてしまう。いつもは、私の実家(大阪)→夫の実家(名古屋)へ行くのでバタバタしているお正月。今年は、私の実家だけ…かなり、ゆったりしていていつもと違うお正月に、夫がいない事を「実感」した私が寂しいなんて思ったら、一緒にいる、たろちゃんや家族に申し訳ない [続きを読む]
  • \ 新年の書き初め /娘編
  • 私は、「夢」となったんだけど、たろちゃん(11才)の名前を入れたところ… 私の2017年の書き初め \ 2017年 / 書き初めメーカー 新年の書き初めをしよう え…どういうことなんやろ…でも、芋焼酎がでるなんて、ある意味すごいっさすがっにほんブログ村 [続きを読む]
  • 後悔の念
  • 夫の葬儀後、私は泣くこともなく、表面上淡々と日々を過ごしている。ただ、心の中は悶々としていて、自分にもっとできることはあった…胸が、ギュッと締め付けられる自分も辛くなってきて、夫の気持ちに寄り添えていなかったのでは…またギュッとなる夫は感謝してくれたけど…ふといいようのない黒い影が私の心を覆う私を心配するたろちゃんを見ると、感情の赴くまま泣きわめく事なんかできない。グリーフケアこうしてあげられなか [続きを読む]
  • その後…(娘)
  • 夫の葬儀から、たろちゃん(11才)は、私の前で、夫の事が原因で一度も泣いていない。パパがいなくなって、私達の不安をよそに、意外と伸び伸びと自由に過ごしている。悩みや悲しみを吐き出せる様、トライしてみた結果…パパとは夕飯も2年近く一緒に食べられた。そして、その時間は10年分に値する。(それまで、帰宅時間は11時は過ぎていた。)パパは、病気が発覚しなければ、昇進の為にも転勤しないといけなかったと言ってたし、この [続きを読む]
  • その後…
  • 自分の中で、ブログは終了のはずが…その後色々思う事もあり、自分の気持ちを整理したり、その時の気持ちを残しておきたくなりました。私達のその後…まずは、私。夫が亡くなった週末の事。買い物に出掛ける時「たろちゃん、ママ病院に行ってくるから、お留守番…しと…」たろちゃんからは、「病院へ、もう行かなくていいんやで。」思わず口から出た言葉は、病院でした。行かなくていい…行けなくなってしまった…複雑な気持ちだっ [続きを読む]
  • ありがとうございました
  • 今まで、いいねや、メッセージをいただいて、本当にありがとうございました。病院への往復時間を使って、気持ちを整えたり、夫、娘とのやり取りを忘れない為に、下書きしていました。余裕が全くなくてせっかくメッセージをいただいたのに、お返事できずにすみませんでした。 振り返ってみると、緩和ケア病棟に入院中は、台風の中心にいる様な、意外と穏やかな日々が多かったです。最後に少しだけ…実は、冷静な夫のガードは最後の [続きを読む]
  • 私の気持ち
  • 夫の葬儀を終えて、フツフツと私の中に湧いてきた気持ち。かわいそうなんかじゃない…治療、緩和ケア、葬儀…悲しい結末だけど、納得はできた。私達家族は、かわいそうなんかじゃない…今は、それぞれが、頑張ったんだと思える。今まで私達を支えてくれた人と、言葉を思い出す。私達は、何の為に踏ん張ったの?周囲はどんな思いで支えてきたの?それらの気持ちを受け止めて、しっかり生きる事で答えていきたい。私はネガティブだか [続きを読む]
  • 葬儀の続き
  • 夫が生きている時に、出来ることはやってきた、と葬儀会場に着いた時は、気持ちが切り替えられなかった。葬儀スタッフの方が、私を気づかいながら、悔いのない葬儀になる様に進言してくれた。娘は、最後までしっかり役割を果たした。期待以上の作品を作り、挨拶もして立派だった。この葬儀屋さんを探してきてくれた父を始め、葬儀スタッフ、家族に支えられてしっかり夫を見送る事ができた…まだ、妻として出来ることは、あったのだ [続きを読む]
  • 葬儀
  • 夫の希望は、家族葬で娘にできるだけお金を残してほしい。私は、生きているのに…とグズグズ言うので、義母から父へ準備する様連絡があった。父がいくつか見て回り、父の中では決まっていたところを一度だけ見に行った。写真も7月に一人だと悲しくて選べないから、姉と一緒に選んだ。実際夫が亡くなったのは4時35分。18時以降なら退院可能と言われる。準備していなかったら、夫の死を悲しむどころじゃなかった。会社へは、家族葬で [続きを読む]
  • 緩和ケアチーム
  • 夫は、緩和ケア病棟に約3ヶ月入院した。緩和ケアチームが、私達家族の事を考えて、少し早めに病棟を移っては?と言ってくれた。キレイな個室で、ベッドは、エアマット。毎週末はお弁当をもって、病室でみんなで周囲を気にせず、ワイワイしながら食べる事ができた。緩和ケアチームの皆さんが、夫と私達家族が過ごしやすい様に最後まで気を使ってくれた。師長さんをはじめ看護士さん達は、娘の事をたろちゃん〜と呼んでくれていた。 [続きを読む]
  • 師長さんから娘へ
  • 娘が夫に会う前、談話室にいた時。師長さんが、たろちゃん、たろちゃんと声をかけてきた。お父さん、かっこよかったよー!若いから?と娘。違うよ。最期まで自分の生き方貫き通したから。かっこよかったよー!若い人もたくさん見たけど、一番かっこよかった!娘は、ふ〜んと聞いていた。一番はお世辞としても、夫は泣き言一つ言わず最期まで自分の生き方を貫いたのは、事実。夫は、外見もかっこよかったけど、闘病中は、子どもから [続きを読む]
  • 退院
  • 娘は、私の到着30分後に家族に連れられてきた。私は一度談話室で待機していて、看護士さんに呼ばれ、娘達と一緒に病室へ入った。病室には、普段の洋服を着て、血色のいい夫が寝ていた。少しだけ歯が見えて笑っている様に見えた。看護士さん達が、顔のマッサージと薄化粧、ドライシャンプーをしてくれていたのだ。一気に涙が込み上げてきた。こんなに綺麗にしてもらって…ありがとうと、看護士さん達に何度もお礼を言った。退院する [続きを読む]
  • 悲しい日
  • 9月20日夫は眠る様に亡くなった。私は娘と一緒に台風が過ぎてから、病院へ行くつもりでいた。病院から電話があったのは、一番雨風がひどい時だった。私が病院へ着くと、冷たくなった夫。一目で苦しまず亡くなったのが、分かった。昨日帰る時みた、穏やかな寝顔だった。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 最後の会話
  • 16〜18と病院に泊まり、一度家に帰って19日の昼頃、再び病院へ。義母達を見送ったあと、病室には、夫、私、姉。や、さ、し、い、もっ、ち−、や。と病室に入るなり言われた。しばらく寝ていた夫。突然付き合い長かったけど、大変やったなぁ。それまで片言でしか話さなかったのに、普通に話し始めた。大変?楽しい事もいっぱいあったやん!たろちゃん生まれて、旅行もたくさん行ったよ!どんな未来がまってるんやろうなぁさすがに返 [続きを読む]
  • パパ大好き
  • 夕方になるとますます苦しそうな夫。無呼吸が続くと不安になる。娘を塾へ行かせたのは間違いだったのか…塾が終わってすぐ、私の家族の車に乗り込んだ。夫の耳元に電話をあてて、娘の声を聞かせた。急いでも、最低一時間はかかる。パパ、大好きだよ〜夫は、息苦しそうに、あー、うー、というだけ…会話にならないから、娘の声も途絶える。歌を歌って!と言った。朝ドラの主題歌や連ドラの主題歌。義母も義姉もいるから、スピーカー [続きを読む]
  • 無呼吸
  • 病室に入ると、酸素吸入をしていても、苦しそうな夫の姿。昨日のお昼は、お粥を全部食べていたのに…看護士さんからは、16日金曜日の朝から、食べられないし、呼吸がおかしい。無呼吸が続き、その後目を見開いて思いっきり息を吸う。はー、死んだかと思った…と言った後、意識がなくなって無呼吸→息を吸うの繰り返し。義母と義姉に電話して、こちらに向かってもらった。娘は、夫が通常通りの生活を過ごす様に言われていたので、塾 [続きを読む]