まるネコ堂 さん プロフィール

  •  
まるネコ堂さん: まるネコ堂ゼミ
ハンドル名まるネコ堂 さん
ブログタイトルまるネコ堂ゼミ
ブログURLhttp://marunekodosemi.blogspot.jp/
サイト紹介文寄ってたかって本を読む。
自由文言葉の場所「まるネコ堂」(京都府宇治市)に定期的に集まって本を読む講読ゼミ。研究のためでもなく仕事のためでもなく「ただ読むこと」を通して書く人の視界に迫ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2015/07/07 13:37

まるネコ堂 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 【23】ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』感想
  • 第1回先日の『無為の共同体』ゼミ、面白かった。西欧哲学なわけだけど、僕は日本人なのでどうしてもわかりにくいところがあって、それはナンシーやフランス哲学に限らずこれまでも感じていた。で、そこのところがなんとなくわかったような気がしたのが今回の思わぬ収穫で、つまり僕は「超越」(内在に対して)というものが自明のものとして、しかも確固たる共通的な認識としてあるということにピンとこなかったんだと思う。僕にと [続きを読む]
  • 【23】ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』第2回レジュメ
  • 第2回 J=L・ナンシー著 『無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考』2017年3月11日(土) 山根澪第一部 無為の共同体(後半)私は、とどのつまりは一つの体験を指し示そうとしている‐おそらく、われわれが経る体験ではなく、われわれを存在させる体験である。共同体はまだ一度も思考されていないというと、それは、共同体がわれわれの思考を試練にかけるといい、そしてそれが思考の対象ではないということである。[48]随分 [続きを読む]
  • 【23】ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』第1回レジュメ
  • J=L・ナンシー 無為の共同体 講読ゼミ 小林作成資料第一回 無為の共同体  まだ第一部しか読んでいないが、おそらく本書における著者の力点は、最初の本文1ページ目、ページ数でいうところの5ページ目に、ほとんどすべてが凝縮されている。日本とフランス、あるいはヨーロッパという風土や文化の違いから生まれる視点の違い、世界の見方の違いなども含めて、本書を読み解くには必須の個所だと思われるので、細かく区切りなが [続きを読む]
  • 【23】ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』
  • 研究のためでもなく仕事のためでもなく「ただ読むこと」を通して本を体験します。ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体』 第1回 2月11日(土) レジュメ 第一部 無為の共同体 46ページ 7行目まで第2回 3月11日(土) 第一部 無為の共同体 46ページ 8行目から第一部最後第3回 4月8日(土) 第二部 途絶した神話第4回 5月20日(土) 第三部 「文学的共産主義」第5回 6月3日(土) 第四部 〈共同での存在〉に [続きを読む]
  • 【21】吉本隆明『マス・イメージ論』第5回レジュメ
  • 作成:大谷隆差異論世界論からその「世界の解体」へと向かう道筋として、差異線を引き、差異によって重層的に縮合する過程を吉本は置いている。 縮合論 吉本はそれまで文学(芸術)と呼ばれていたものにたいして、ポップアートやエンターテインメントがどう逆転しようとしているかを、同時代性を持ってどうにか書き留めようとしている。 やむをえずに笑っても、不快感をもっても、異様なこだわりを感受してもおなじなのだ。ただわ [続きを読む]
  • 【21】吉本隆明『マス・イメージ論』第4回レジュメ
  • 作成:大谷隆世界論 世界とはどう把握できるのか。ということから倫理を導く。 作品の生なましい存在感だと信じられたものが、じつは事実の生なましさだという錯覚が表出の内部で成り立てば成り立つほど、現実倫理の主張は強力に感じられる。そういう逆説すら成り立つようになる。わたしたちはこのとき世界の壁につきあたっている。その壁こそが重大な倫理の壁なのだ。この壁が突き崩されれば人間性についてのあらゆる神話と神学と [続きを読む]
  • 【21】吉本隆明『マス・イメージ論』第3回レジュメ
  • 作成:大谷隆推理論 ポオ「モルグ街の殺人」(1841)、「メエルシュトレエムに呑まれて」(1841)、山尾悠子「夢の棲む街」(1978)、眉村卓「遥かに照らせ」(1981)、芥川龍之介「二つの手紙」(1917)、「歯車」(1927)。 推理とは、 けっきょくわたしたちが〈推理〉とかんがえているものの本質は、はじめに既知であるかのように存在する作者の世界把握にむかって、作品の語り手が未知を解き明かすかのように遭遇するときの仕 [続きを読む]
  • 【21】吉本隆明『マス・イメージ論』第2回レジュメ
  • 作成:大谷隆停滞論 中野孝次らの「反核声明」への吉本の批判の要点は、 だが中野孝次らの「声明」は普遍的な正義の場所を仮構するあまり、はからずもSFアニメ的な型の感受性と思想の認識にすべり込んでしまっている。感動したり共感したりしようにも、しようがないのである。[39-40] ということだと思う。SFアニメの例として『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』が挙げられている。それらの方が先行しているということだろ [続きを読む]
  • 【21】吉本隆明『マス・イメージ論』第1回レジュメ
  • 作成:大谷隆まず、この本はいったいどういう本か、ということについて、吉本はあとがきで、 カルチャーとサブカルチャーの領域のさまざまな制作品を、それぞれの個性ある作者の想像力の表出としてより、「現在」という大きな作者のマス・イメージが産みだしたものとみたら、「現在」という作者ははたして何者なのか、その産みだした制作品は何を語っているのか。これが論じてみたかったことがらと、論ずるさいの着眼であった。( [続きを読む]
  • 読んだ本。
  • 内田樹『ためらいの倫理学』【終了しました】 吉本隆明『マス・イメージ論』【終了しました】 吉本隆明『心的現象論序説』角川ソフィア文庫【終了しました】 日本文学・話体セレクト【終了しました】   書影準備中 日本文学・文学体セレクト【終了しました】 日本文学・表出史セレクト【終了しました】 熊倉千之『日本人の表現力と個性』中公新書【終了しました】 吉本隆明『共同幻想論』角川文庫ソフィア【 [続きを読む]
  • 【22】『ためらいの倫理学』第2回レジュメ
  • 第二回 内田樹 「ためらいの倫理学」講読ゼミ 配布資料  作成:小林◯当為と機能の語法 引用した文献について、使われている言葉の数を根拠に自分の主張を通していく様子を見ながら「これは流石に強引なんじゃないか」と思っていたら、追記があってびっくりした。そして面白かった。 内田自身も自身の他者に迫る手つきについて自覚的だというところに、さすがだと思う反面、分かっていながらこういうことを繰り返してしまう [続きを読む]
  • 【22】『ためらいの倫理学』第1回レジュメ
  • 第一回 内田樹 「ためらいの倫理学」講読ゼミ 配布資料  作成:小林◯全体所感 ぼくが本書を読むことで結ばれる内田樹像は、自分の感覚に対する大きな信頼感を持ち、その快不快の根拠について力づくで納得させられる腕っ節のある人、だ。内田樹の論客としての腕前もそこにあると思う。 それは自分の感じた違和感あるいは共感を多数の人が理解・納得あるいはそれらができそうだと思えるような語法を扱えることだといいかえる [続きを読む]
  • 【22】内田樹『ためらいの倫理学』
  • 研究のためでもなく仕事のためでもなく「ただ読むこと」を通して本を体験します。『ためらいの倫理学』アマゾン http://amzn.to/2cdWm1U日程 :9月25日(日) 13:00から17:00セッション1 13:00〜15:00 レジュメ なぜ私は戦争について語らないか なぜ私は性について語らないかセッション2 15:00〜17:00 レジュメ なぜ私は審問の語法で語らないか それではいかに物語るのかーーためらいの倫理学参加費:ゼミ初参加  [続きを読む]
  • 【20】吉本隆明『心的現象論序説』第4回 レジュメ
  • 5/22 第4回 吉本隆明「心的現象論序説」講読ゼミ 配布資料(作成:小林健司)Ⅵ 心的現象としての夢夢が本質的に[186 1行目]〜状態を意味している。[187 7行目]この章に入って最初の夢の定義をしていく手つきには熟練の職人の手さばきをみるように鮮やかな印象を受ける。さらに、ここで登場する、身体の外部の世界に対する「受容」と身体の内部で生じる「了解」という概念は、それぞれ空間と時間に対応した知覚の表現だとい [続きを読む]
  • 【20】吉本隆明『心的現象論序説』第3回 レジュメ
  • 5/22 第3回 吉本隆明「心的現象論序説」講読ゼミ 配布資料(作成:小林健司)Ⅳ 心的現象としての感情□感情とは〈わたし〉の心は、ほんらい〈時間〉として了解すべき判断を〈空間〉として作動させているのである。[130]〈感情〉は心的な触覚や心的な味覚や心的な嗅覚であるかのように存在することができるが、けっして心的な視覚や心的な聴覚であるかのように存在することはない。[130]対象についての心的な状態を、本来の対象 [続きを読む]
  • 【13】加藤周一『現代ヨーロッパの精神』第5回発表資料
  • 2016年5月21日 作成:大谷 8 シモーヌ・ヴェーユと工場労働者の問題 本章のシモーヌの言葉には、限界の状況下でなんとか言葉を紡いだという強さと魅力を持っている。加藤もそこに惹かれている。 しかしそれは彼女が工場で「以前よりも幸福を感じていないということではない。」なぜだろうか。工場には「現実の人間」があり、好意も、知性も、もしそれが工場に見出されれば、ほんとうのものにちがいなかったからである。 「 [続きを読む]
  • 【13】加藤周一『現代ヨーロッパの精神』第4回発表資料
  • 2016年5月21日 作成:大谷 6、7はいずれもキリスト教の精神を取り扱っていて、カトリックとプロテスタントというキリスト教の精神が「現代」においてどのように現れるかについて読める。 6 グレアム・グリーンとカトリシズムの一面グレアム・グリーンの3つの作品から加藤は読み解く。 グリーンの三部作は、いずれも三角関係を扱い、一方では、夫婦関係の不可能を証明し、他方では、姦通に具体化された自発的な愛の限界を、証 [続きを読む]
  • 過去の記事 …