鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行 さん プロフィール

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鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行さん: 鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行
ハンドル名鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行 さん
ブログタイトル鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/jr5eek
サイト紹介文紀行&散策を画像を交えた紹介です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供84回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2015/07/27 06:58

鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行 さんのブログ記事

  • スペシャルドラマ「坂の上の雲」回顧録 4、 全国知事会(松山大会)
  • 西日本豪雨で災害を受けた自治体は、8府県その中でも甚大な被害があったのが、広島・岡山・愛媛で多くの尊い犠牲者が出た。平成の大水害災害である。大自然の力は凄まじく恐ろしい。これから復旧・復興の陣頭指示をして行かれるのが首長さんでご苦労が待っている。これから画像で紹介するのは、平成25年7月8日・9日の2日間にわたり愛媛県松山市において、全国知事会議が開催された。その前日に開かれたプレイベント「愛媛の [続きを読む]
  • 西日本豪雨お見舞い申し上げます
  • 平成30年7月発生「平成の大水害・西日本豪雨」で被災されました皆様お見舞い申し上げます。皆様の一日も早い生活再建をお祈りいたします。そして、ボランティアとして活動されている皆様ご苦労様です。広島県・岡山県・愛媛県地区では特に甚大な災害が発生し、尊い命が失われました。全国各地の県警・消防・企業局・医師団・自衛隊・それ以外で派遣されている皆さん方の救助活動が毎日のようにTVで報道されており猛暑の中ご苦 [続きを読む]
  • お遍路さんの休憩所・「坂本屋」修復工事完了
  • 修復完了した「旧遍路宿、現遍路休憩所・坂本屋」。松山市窪野町桜2146番地(旧、温泉郡坂本村大字窪野字桜)にお遍路さんの休憩所「坂本屋」がある。老朽化に伴い昨年11月から修復工事がされていたがこのほど完了した。坂本屋は、国道33号線にある三坂峠北側の山間部にあり自然豊かな場所で、四国88ヶ所霊場第45番札所 岩屋寺から、第46番札所 浄瑠璃寺に向かう途中にある。岩屋寺と浄瑠璃寺の間約30km、徒歩で約8時間 [続きを読む]
  • お遍路さんの休憩所・「坂本屋」修復工事完了
  • 修復完了した「旧遍路宿、現遍路休憩所・坂本屋」。松山市窪野町桜2146番地(旧、温泉郡坂本村大字窪野字桜)にお遍路さんの休憩所「坂本屋」がある。老朽化に伴い昨年11月から修復工事がされていたがこのほど完了した。坂本屋は、国道33号線にある三坂峠北側の山間部にあり自然豊かな場所で、四国88ヶ所霊場第45番札所 岩屋寺から、第46番札所 浄瑠璃寺に向かう途中にある。岩屋寺と浄瑠璃寺の間約30km、徒歩で約8時間 [続きを読む]
  • 浄瑠璃町(松山市)の菖蒲園なくなる
  • 松山市浄瑠璃町に四国88ヶ所第46番札所「浄瑠璃寺」がある。久万高原町にある第44番札所菅生山・大寶寺から国道33号線を下り、第46番札所医王山・浄瑠璃寺に巡礼する手前にある菖蒲園、15年前に休耕田を利用した地元の関係者が「菖蒲を愛する会」を設立して約12,00株の花菖蒲を植栽育成して来た。この道は幅員4m程の細い道で普通自動車以上の車は走行不能、離合も出来ない。歩き遍路さんには打って付けの遍路 [続きを読む]
  • 私の散歩道・春夏秋冬・今年も紫陽花の季節到来
  • 今年も紫陽花の季節がやって来た。紫陽花にも開花宣言がある事は昨年まで知らなかった。今年の開花は、銚子・熊本が一番早く、5月28日で次いで、鹿児島・佐賀・東京が5月30日、四国は高知が6月1日、松山は未だ開花宣言は出ていません。昨年は6月4日でした。6月10日、現在松山地方気象台による松山地方の紫陽花の開花宣言は出ていません。松山の梅雨入りは、5月28日、私の散歩道の紫陽花は既に開花している紫陽花も [続きを読む]
  • 第16回・ユーモア路上観察展
  • さて、今年も案内状を頂きました。第16回・ユーモア路上観察展が、5月26日(土)〜6月10日(日)まで、松山市小坂2丁目の乗松巌記念館エスパス21で開かれ今年もご案内状を頂、鑑賞に行って来ました。乗松巌記念館エスパス21の館長・乗松毅さんが主宰する、えひめ路上観察友の会会員、乗松毅さん・芳野友紀さん・越智公行さんの3人が、行っている3人展は、16年前から毎年開催している。会員の芳野友紀さんは、松山 [続きを読む]
  • 今年も、内視鏡検査受診異常なし
  • 伊予松山藩は朝敵とされたため、愛媛大学医学部設置が遅れたとの逸話あり、遅まきながら昭和48年11月5日開学式が行われ、附属病院は昭和51年10月2日に開院式、外来診療開始、同年10月12日、入院診療開始され愛媛県の地域医療の向上発展に寄与し現在に至っている・・所在地は東温市志津川にある。特記事項として:がん診療連携拠点病院、特定機能病院、エイズ治療拠点病院、愛媛県災害拠点病院とある。平成20年5月 [続きを読む]
  • 子規庵・大龍寺・羽二重団子・愚陀仏庵 その4 愚陀仏庵
  • 子規庵・大龍寺・羽二重団子・愚陀仏庵・回顧の最後となる、愚陀仏庵である。画像は、昭和20年7月26日、松山大空襲で焼失する前の上野義方邸の離れ屋敷、漱石の下宿先(愚陀仏庵)である。愚陀仏庵は、明治28年4月9日、松山中学の英語教師として赴任した時の下宿先で、名称は夏目漱石の俳号「愚陀仏」に由来するものである。夏目漱石の本名は、夏目金之助と言い、漱石は、子規の数ある俳号の一つで非常に気に入り、子規 [続きを読む]
  • 子規庵・大龍寺・羽二重団子・愚陀仏庵 その3 羽二重団子
  • ある資料によると!!この羽二重団子の横に丁度芋坂があり、慶応4年5月15日、戊辰戦争の戦いの一つ、上野戦争で敗れた彰義隊数百人が北東方向に逃げるため、この芋坂を駆け下りてきて、その際に数名が羽二重団子の店に侵入、刀、槍を縁の下に投げ込み、野良着に変装したとある。その中に伊予松山藩を脱藩して、新選組に入隊し第10番隊組長となった原田左之助も居たと言われている。左之助は生き延びて新潟から大陸に渡り、馬 [続きを読む]
  • 子規庵・太龍寺・羽二重団子・愚陀仏庵 その1 子規庵
  • これは松山市末広町にある子規堂の入り口にある子規旅立ちの像である。旅立ちの同じ銅像が、幼少期学んだ勝山学校(現、松山市立番町小学校・昭和61年、番町小学校創立百周年に建立)正門に建立されている。子規堂の入り口にある旅立ちの像で、明治16年松山中学を中退して、親友の秋山眞之、清水則遠と共に東京へ旅立ちする。子規が松山を発ち東京に向ったのは明治16年6月の事で、この時子規は17歳、この像はその旅立ちの日 [続きを読む]
  • 俳句の街松山の句碑巡り 19 正岡子規の一番新しい句碑
  • 伊予松山を紹介する時「いで湯と城と文学の街」と紹介しておりましたが、最近は「坂の上の雲の街」が新たに付け加えられ「いで湯と城と文学の街と坂の上の雲の街」と紹介されるようになりました。中村時広愛媛県知事が、松山市長時代に、司馬遼太郎さんが書かれた小説「坂の上の雲」を基調とした街づくりを推進、坂の上の雲ミュージアムを建設、これを中心に松山城、秋山兄弟生誕地、子規堂など、小説ゆかりの史跡・施設など、まち [続きを読む]
  • 松山市御幸町一丁目・ジャカランダの現況
  • 松山市御幸一丁目409番地 に植栽されている、ジャカランダの花木の現況です。4月19日撮影。先日、ブログにコメントが投稿されました。コメント記事の内容は「御幸町のジャカランダの花、今現在の開花状況を知りたいです。」でした。画像は、現在(4月19日)御幸町のジャカランダの様子で、やっと葉が芽吹きだしたところです。開花は、例年通り6月10前後で、昨年は例年よりも花が少なかったので、今年の開花は沢山の花 [続きを読む]
  • 伊豫松山、土亀山に正岡子規の句碑建立 除幕式
  • 正岡子規の句「凩に はひつくばるや 土亀山」 明治25年 冬の終わりに詠んだ句「しくるるや 右は亀山 星が岡」明治28年に詠んだ句俳句の街、文学の街、坂の上の雲の街松山に子規の句碑が新しく建立誕生した。場所は、松山市福音寺町753番地12にある土亀山(伊予三山の一つ)で、句は、正岡子規が詠んだ「凩に這いつくばるや土亀山」・「しくるるや 右は亀山 星が岡」の二つの句が揮毫され、4月13日(大安)に松 [続きを読む]