超老 さん プロフィール

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超老さん: 生老病死−老いと死を考える−
ハンドル名超老 さん
ブログタイトル生老病死−老いと死を考える−
ブログURLhttp://cs2593.blog.fc2.com/
サイト紹介文人生もすでに終盤、今一度、生と死を見つめ直し、さらに、死後について考えてみたいと思います。
自由文生老病死は、人が人生において避けることのできない 四つの大きな苦悩を表しますが、人生も終盤にさしかかり、肉体は衰え、老いはますます深まってゆき、死というものを否応なく意識せざるを得ない状況のなかで、今一度、生と死を見つめ直してみたいと思います。そして、残された時間を死後の世界に行くための貴重な準備期間として捉え、真剣にその準備に備えることができればと思います。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供77回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2015/08/04 13:36

超老 さんのブログ記事

  • ケルトの創世神話−「ケルト神話の世界」4−
  • にほんブログ村 ケルトの伝承の中には、旧約聖書やシュメールの神話に見られるような本来の意味での創世記、すなわち体系的な世界創造の物語は存在しないとされます。井村君江氏は、『ケルトの神話』の中で、「ケルト民族には、ほかの民族が持っているような天地創造神話はありません。しかし、これはなかったということではなく、あったかもしれないのですが、残っていないという意味なのです。口承としてドゥルイド僧たちが、 [続きを読む]
  • 神々の系譜 <ダグザからルーグへ>−「ケルト神話の世界」3−
  • にほんブログ村 前回述べたように、理想化された女性像は、ケルト人の心の中に生き続けていたため、厳格な父権制のシステムが彼らの社会に確立されることはなかったのです。よって、偉大なる女神は、ケルトの伝統の中に重要な位置を保持し続けたのですが、母権制の終焉とともに彼女は最高位を明け渡し、威厳に満ちた父なる神、多様な姿をとって現れる一人の偉大な神が神話の頂点に君臨することになります。では、その最高神 [続きを読む]
  • 巨石文明と古き神々−「ケルト神話の世界」2−
  • にほんブログ村 イングランドのストーン・ヘンジやフランス、ブルターニュ半島のカルナックの列石群などのヨーロッパの巨石遺跡は、かつてはケルト人、とりわけドルイドの宗教施設だという見方もあったようですが、現在では否定されています。ケルト人がヨーロッパを支配する以前に、すでにさまざまな民族がヨーロッパ中に広がっていたようです。では、それらを築いた先住民とはどういう人たちだったのでしょうか?石斧と木 [続きを読む]
  • 「ケルト神話の世界」
  • にほんブログ村 少し前、北欧神話について紹介したところですが、「ラグナロク」、すなわち、人間世界と神々の没落に関する神話について、研究者の間で、ヴァイキング時代にキリスト教の影響下で創造されたものとする見解と、これらの表象を、北欧の太古の土着的な根源から流出してきたものと見なす見解があるということでした。しかし、アルセル・オルリックは、著書『北欧神話の世界−神々の死と復活―』のなかで、今ま [続きを読む]
  • 予定論・ユダ・和解論−「使徒的人間」4−
  • にほんブログ村 予定論とは、古来、キリスト教会の歴史を貫く重要な思想であり、それは、 一言でいえば、人間の救いが全く神の選びのなかにあるという教えです。つまり、人間の意志や能力によるのではなく、神によってあらかじめ定められた人間の救いと滅びの区別といえるものです。このような神的な選びと棄却としての予定論(「二重の予定論」と呼ばれる)は、西方神学の確立者アウグスティヌス、中世のトマス・アクィナス [続きを読む]
  • 「自由」の意義と「自然神学」批判−「使徒的人間」3−
  • にほんブログ村 16世紀に入ってしばらくした頃、当時の西ヨーロッパで有名な人文学者で あったエラスムスと、マルティン・ルターとの間で、一つの論争が行なわれたということです。それは「自由」をめぐる議論であったが、エラスムスは、人間の自由意志ついて、<聖書は人間の自由意志を肯定するのであり、人間は神の前にあっても、なお、それなりに理性の能力を発揮できる。神の絶えざる恩恵のなかで、それは効力をもち、善 [続きを読む]
  • 「宗教」、或いは「宗教的人間」批判−「使徒的人間」2―
  • にほんブログ村 カール・バルトが、彼自身が育った自由主義神学という潮流から180度 方向転換をしていくことに対して大きな影響を及ぼした人物として、宗教改革の時代のルターやカルヴァン以降の人である、ブルームハルト父子という存在を無視できないようです。ブルームハルト父子の信仰は、近代2百年来の「神」を人間主体の理性や感情によってとらえる方向にあった「キリスト教」を正反対の、使徒たちの時代のように [続きを読む]
  • 「使徒的人間−カール・バルト−」
  • にほんブログ村 「神の言葉の神学」と言われ、20世紀のキリスト教神学に大きな影響を与えたとされるスイスの神学者カール・バルトについて書かれた富岡幸一郎氏の著書『使徒的人間−カール・バルト−』を紹介し、使徒的人間とは何か、信仰とは何か、宗教とはなにか、について思いを巡らしてみたいと思います。さて、第一次大戦のさなかの1916年頃、それまでスイスのザーフェンヴィルという小さな村の教会の無名の牧師にす [続きを読む]
  • 『霊魂研究へのいざない−死後の世界や霊魂について学ぶには−』
  • にほんブログ村 (水波一郎 著 アマゾン 発売)本書の大きな特徴として、著者の水波一郎氏は<はじめに>のなかで、「私は霊媒です。霊媒というのは、霊魂の思いや主張をこの世に表現する、いわば受信機のような存在です。私は子供の頃は普通の少年でした。つまり、いわゆる先天的な霊能力者ではありません。」「それがどうした訳か、今では、霊魂の受信機になっています。霊魂の主張を本にして発表しているのです。」「 [続きを読む]
  • ラグナロク(神々の没落)−北欧神話5−
  • にほんブログ村 ロキの奸計によって殺されたバルドルの亡骸を船にて葬送するときには、 オーディンとフリッグの夫婦神はもちろんのこと、ヴァン神族の兄妹神フレイとフレイヤばかりか、霜巨人と山巨人の多くも参加していたという。だが、この葬礼参列者たちは、ラグナロクという「世界の終末」において、みな滅び去ることが運命づけられている者たちのようなのです。彼らは、バルドルをひとしく自分たちのスケープゴート(贖罪 [続きを読む]
  • 神々と巨人族との戦い−北欧神話4−
  • にほんブログ村 なぜ、神々と巨人族は争うことになったのでしょうか?一説によると、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三神が「霜の巨人」の始祖であるユミルを殺して世界を創ったために、その子孫に襲われるのではないかと戦々恐々としていたのだということです。オーディンの恐れと不安は他の神々にも伝わり、何かと巨人族を痛めつける事件が起こる。特にトール神は神々の国アースガルズに侵入してきた巨人をことごとく打ち倒し [続きを読む]
  • 神々の戦い アース神族VSヴァン神族−北欧神話3−
  • にほんブログ村 北欧神話では、オーディンを主神とするアース(アサ)神族とニョルズを 主神とするヴァン(ヴァナ)神族という二つの神族が併存していたが、両神族の間でこの世で最初の戦闘が始まったという。『詩のエッダ』の「巫女の予言」では、グッルヴェイグという名の女性が、ハール(高き者、オーディンの別名)の館にて槍で刺され、何度も繰り返して焼かれたことから戦いが始まったとされます。幾度も彼女を焼殺した [続きを読む]
  • 水と火と木と世界創造−北欧神話2−
  • にほんブログ村 「悠久なる時の始め、そこには何もなかった・・・在りしはギヌンガガプ (ギンヌンガガップ)」と『詩のエッダ』にあるように、世界(宇宙)には何もなかったという。砂もなければ、海もなく、冷たい波もなく、大地もなければ天もない。ただ一面は霧に包まれていたが、その真ん中にギヌンガガプと呼ばれる一つの裂け目があって、とてつもなく深く、大きく口を広げていたということです。『散文のエッダ(スノリ [続きを読む]
  • 「生と死の北欧神話」
  • にほんブログ村 今回は、オーディン(オージン)、トール、ヴァルキューレ、ロキ、 ヘル、等々、断片的ではあるが、けっこう耳にする神々や巨人族などが登場する北欧神話とは、一体、どういうものなのか、を追ってみたいと思います。さて、北欧神話とは、水野知昭氏の『生と死の北欧神話』によると、870年−930年にノルウェーからの植民者によってアイスランドに持ち込まれ、彼らの子孫によって口承で伝えられ、そ [続きを読む]
  • ヨブの問いと神の答え−「ヨブ記」4−
  • にほんブログ村ヨブは、二回目の独白(29章)で、身の潔白を主張しながら、次の ように神に訴えます。<どうか、わたしの言うことを聞いてください。 見よ、わたしはここに署名する。 全能者[シャッダイ]よ、答えてください。>そして、いよいよ神の弁論が始まるのですが、なぜか、その間にエリフという新しい人物の弁論がはさまっています。エリフは、3人の友人の批判を生ぬるいと考え、ヨブに対してより厳しい批 [続きを読む]
  • ヨブと友人との対話−「ヨブ記」3−
  • にほんブログ村3章からは、散文から詩の文体になり、ヨブと3人の友人の対話、という より論争が始まるのですが、その前に、まずヨブの嘆き(独白)があります。<やがて、ヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って言った。わたしの生まれた日は消えうせよ、男の子を身ごもったことを告げた夜も。その日は闇となれ、神が上から顧みることなく光もこれを輝かすな。><なぜ、わたしは母の胎にいるうちに死んでしまわなかっ [続きを読む]
  • ヨブの試練−「ヨブ記」2−
  • にほんブログ村 今回以降は、ヨブが苦悩し、苦悩の果てに、どのようにして結論に至るかを少し詳しく辿っていきたいと思いますが、まず、プロローグの部分(1章、2章)に触れて、ヨブが遭う試練の厳しい内実とそれに対する彼の立ち振る舞いを見ておきたいと思います。ヨブは、最初に「ウヅの地にヨブという名の人があった」とあるように、セム族ではあるがへブル人でも、ユダヤ人でもなかったのであるが、信仰的にも [続きを読む]
  • 「ヨブ記」1
  • にほんブログ村ヨブ記は、旧約聖書において、創世記などと共に最もよく知られて書物 ですが、それはユダヤ教、キリスト教の信仰や神学と関係が深いのみならず、ヨーロッパの文学や哲学ともかかわることが大きいとされています。ヨブ記は、旧約聖書が、1.モーゼ五書、2.歴史および物語、3.詩歌と教訓、4.予言の四つの部門から成り立っているなかで、第3の部門の冒頭に置かれていて、内容的には詩歌であり、またある意 [続きを読む]
  • 『大洪水伝説』『ギルガメシュ叙事詩』」−最古の宗教4−
  • にほんブログ村 現在残っているシュメール語版の『大洪水伝説』は、紀元前2千年紀前半 の古バビロニア時代、つまり、シュメール人が古代メソポタミアの歴史でもはや主役たりえなくなった頃に書かれたとされています。それによると、神々が大洪水を起こすことを決定したのであるが、その目的は人間を滅ぼすためであったということです。それは神々が決定したことであるから、どんな神といえどもそれを止めることができなかった [続きを読む]
  • シュメール創世神話−最古の宗教3−
  • にほんブログ村 今日、知るかぎりにおいて、古代メソポタミアの識者たちは、少なくとも 文書として保存するもののなかには、彼ら独自の宇宙「体系」に関するまとまった記述を残すことは一度もなかった。さまざまな時代、場所、種類の文書のなかに暗示的記述が散見されるのみである、とジャン・ポテロは述べています。よって、複数の作品によって「天地創造」神話を紹介しておきたいと思います。まず、『エンキ神とニンマフ女 [続きを読む]
  • 古代メソポタミアの宗教感情と表現−最古の宗教2−
  • にほんブログ村 前回の最後に、「シュメールの宗教的保守主義は、アッカドの宗教構造の なかに引き継がれた」というミルチア・エリアーデの言説を紹介しましたが、より具体的には、シュメールの三至高神、アヌ(アン)、エンリル、エア(エンキ)はそのまま残った。三天体神は、それぞれセム語の神名を部分的に取り込んでいる。すなわち、月神はスィン(シュメール語のスエンから派生している)、太陽神はシャマシュ、金星神はイ [続きを読む]
  • 最古の宗教−古代メソポタミア−
  • にほんブログ村その範囲がだいたい今日のイラクの領有域に重なり合うメソポタミアは、 地質学的にはそんなに古い土地ではないようです。メソポタミアは、ヨーロッパを襲った最後の氷河期が終わってしばらくたったのち、おそらく今から一万二千年ほど前に、その姿を現したということです。いたるところで大気中の湿度と降水量が減少する現象が起こり、その影響は近東全域にも波及しました。北にコーカサスの山地がそびえ、 [続きを読む]
  • 真実の仏陀
  • にほんブログ村 前回は、聖典における伝説の仏陀と歴史上の仏陀とのからみ合いを解きほぐしながら、仏陀とは本当はいかなる存在であったかについて見てきましたが、今回は、より深く真実の仏陀というものに接近してみたいと思います。まず、仏陀の人格というものは、どういうものだったのでしょうか?ヘルマン・ベックは、気品をそなえた柔和と慈愛こそは、この類いなき人物のもっとも著しい特徴をなしている。もう一つの仏 [続きを読む]
  • 伝説の仏陀・歴史上の仏陀
  • にほんブログ村 今回は、ヘルマン・ベックの『仏教』(上)に依拠しながら、西洋の仏教学者から見て仏陀とはいかなる存在であったかを考えてみたいと思います。訳者の渡辺照宏氏によると、19世紀末ごろのヨーロッパでは、相反する二つの観点から仏教が注目されたということです。その一つは、実証主義的な解釈で、仏教は奇跡や超自然を含まぬ合理的な無神論であるから、近代にふさわしい代用宗教になると考えられたのです。 [続きを読む]
  • スサノオの真実を求めて
  • にほんブログ村 周知のとおり、『古事記』には、イザナミを追って黄泉の国気へ行っていたイザナギが、穢れを祓うために禊をするのですが、投げ捨てた持ち物・脱いだ衣服から神々が生まれ、水に入って体を洗うとさらに神々が生まれます。そして、最後に左の目を洗ったときにアマテラスが生まれ、右の目を洗ったときにツクヨミが生まれ、鼻を洗ったときに生まれたのがスサノオだとされます。山田永氏は、『古事記スサノヲの研究 [続きを読む]