超老 さん プロフィール

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超老さん: 生老病死−老いと死を考える−
ハンドル名超老 さん
ブログタイトル生老病死−老いと死を考える−
ブログURLhttp://cs2593.blog.fc2.com/
サイト紹介文人生もすでに終盤、今一度、生と死を見つめ直し、さらに、死後について考えてみたいと思います。
自由文生老病死は、人が人生において避けることのできない 四つの大きな苦悩を表しますが、人生も終盤にさしかかり、肉体は衰え、老いはますます深まってゆき、死というものを否応なく意識せざるを得ない状況のなかで、今一度、生と死を見つめ直してみたいと思います。そして、残された時間を死後の世界に行くための貴重な準備期間として捉え、真剣にその準備に備えることができればと思います。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供61回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2015/08/04 13:36

超老 さんのブログ記事

  • 日本の竜−竜の起源3−
  • にほんブログ村 金属文化、文字文化、仏教文化と同様、竜に関しても日本は中国の 文化圏にあるとされます。よって、竜をはじめとして、麒麟、鳳凰、迦楼羅(かるら)などの不可思議な生命体も中国から日本に持ち込まれ、牛や馬の信仰も広く行われていました。しかしながら、中国の竜も新石器時代の農耕文化までさかのぼれる蛇の信仰に起源を持つものであるとすると、日本の竜の性格をさぐるには、それだけにとどまらず、中国 [続きを読む]
  • 西方の竜−竜の起源2−
  • にほんブログ村 ヨーロッパに広く分布するというドラゴンという生命体をわが国ではあまり躊躇することなく竜と訳していますが、ドラゴンとはどのような存在なのでしょうか?ヨーロッパの絵や彫像、そして紋章などによると、ドラゴンは有翼、したがって四足でなくて二足であり、また、中国の竜が細身の体形であるのに対して、ドラゴンの胴体は太いようです。そして、何よりも、聖獣であった中国の竜と違って、ヨーロ [続きを読む]
  • 東洋の竜−「竜の起源」1−
  • にほんブログ村 竜といっても、東洋の竜と西洋の竜とでは異なっていますし、東洋においても、中国の竜とインドの竜では違いがあります。また、日本の竜といっても、竜と蛇の区別が判然としないところがあります。よって、今回は、荒川紘氏の『龍の起源』に依拠しながら、竜とは何かを考えてみたいと思います。まず、東洋に目を向けると、中国の竜というのは、ウロコにおおわれた蛇状の胴体に、2本の角とひげ、それに鋭い爪をも [続きを読む]
  • 「霊の真柱」−魂のゆくえ−平田篤胤3−
  • にほんブログ村 『鬼神新論』を書いた7年後、篤胤にとって生涯の主著とされる『霊(たま)の真柱(みはしら)』を著します。このとき、彼は37歳で、ちょうど江戸でひらいた塾には次第に門人や聴講者が集まるようになり、篤胤を師とあおぐ者たちが増えてきた頃だということです。この書が論じているテーマは二つあるとされます。一つは、「世界の創世記と日本の誕生」であり、もう一つは、「死後の霊魂のゆくえ」についてです [続きを読む]
  • 「鬼神新論」−平田篤胤2−
  • にほんブログ村『鬼神新論』は、篤胤が江戸に出て私塾を開き、思想家としての第一歩を あゆみ始めたときの著述ですが、彼が、最初に「鬼神論」を取り上げたということは、自身の思想を構築するために、まず、突破しなければならなかった議論が「鬼神」に関わる問題であったということを伺わせます。「鬼神論」とは、「鬼神とは何か」、「鬼神は存在するか否か」、「鬼神の祭祀はどうあるべきか」といったことについて、これま [続きを読む]
  • 「交響する死者・生者・神々」−平田篤胤1−
  • にほんブログ村 『平田篤胤−交響する死者・生者・神々−』の著者吉田麻子氏は、平田 篤胤というと、戦後においては、皇国史観の元祖であり、国粋主義の思想家であるとして、否定的に評されてきたが、平田家に伝わる未公開資料の整理・研究にたずさわるなかで、残された膨大な書簡や草稿類が、このような単純な裁断を許さない迫力を有していることを発見したと述べています。よって、篤胤の戦前の「国家主義」や「国粋主義」 [続きを読む]
  • アポロンとディオニュソス(下)−ギリシャ神話4−
  • にほんブログ村 ディオニュソスは、ギリシャ神話における豊穣とブドウ酒と酩酊の神ですが、他の神々と比べると大変風変わりな神です。語源的には、「ニューサのゼウス(若い神の意)」であり、伝説や機能にいくつかの類似があるところから、ヴェーダの神ソーマのギリシャ化した姿ではないかと言われています。このディオニュソスに対する信仰が発生したところは、トラキア(バルカン半島南東部)であったとされますが、 [続きを読む]
  • 人類の起源とプロメテウス−ギリシャ神話3−
  • にほんブログ村 母なる女神、万物の神ガイアは、宇宙を創造し、最初の神族を生んだばかりでなく、人類をも生んだとされます。ギリシャの抒情詩人ピンダロスも「人間と神とは同族である。われわれは、生命の息吹きを同一の母に負うている」と述べています。今回は、ギリシャ神話における人類の誕生、そして、神と人類の関係について記してみたいと思います。さらには、ギリシャ神話における人類の起源を語るときに欠かすことので [続きを読む]
  • 「古代ギリシャ宗教の精神」−ギリシャ神話2−
  • にほんブログ村前回は、ギリシャの神々の誕生とその変遷を見てきましたが、そこには、 自然現象の神格化の段階があり、そして、その後、神人同形論の概念から、一見、人間と区別がつきにくいほど近似した神々の物語が生まれてきたことがわかります。しかし、そうなると、我々は、ギリシャ人が神々を人間に近いものと考えてきたのではないか、或いは、あまり崇高な存在として見ていなかったのではないかというような早とちりを [続きを読む]
  • ギリシャ神話の誕生
  • にほんブログ村 ギリシャ神話は、演劇や映画、そして小説などの素材やテーマにされて いるためか、そこに登場する神々の名については、他の外国の神話に登場する神々よりは馴染み深いように思いますが、それはあくまで断片的、表層的で、そこに登場する神が数多いギリシャの神々のなかで本来どういう位置づけがなされていたのか、どういう由来があるのかが不明瞭な気がします。また、擬人化が進んでいること、つまり、すぐには区 [続きを読む]
  • 死生学と霊魂学
  • にほんブログ村 前回は、難波絋二氏の『覚悟としての死生学』を取り上げ、そこにおける、従来の死というものに対する常識や通説を覆すような鋭い論述をいくつか紹介しましたが、今回は彼の死生学に対する考え方について触れるとともに、死生学の限界を越える霊魂学について述べてみたいと思います。まず、難波氏は、<近年における情報・バイオ革命の進展により価値判断の多様化が生じ、これまでの宗教や哲学にもとづく倫理道 [続きを読む]
  • 『覚悟としての死生学』
  • にほんブログ村ずっと前になりますが、「死生学」という学問について紹介したことが あります。死生学とは、新しい学問であって、1960年代から欧米ではホスピス運動が急速に 広がり、死に直面した患者や家族の要請に答えるための教育、研究が進められるようになったところから始まったということでした。こういった学問が生まれた背景には、人が死を迎える場所は長年暮らしていた自分の家であり、そこで家族や近隣の人々に [続きを読む]
  • ズルワン教・ミトラス教の神話−ペルシャ神話3−
  • にほんブログ村 ズルワン教(ズルワン派)・ミトラス教(ミトラ(ミスラ)信仰)の神話に入る前に、ゾロアスター教の終末論の特徴について触れておきたいと思います。さて、ゾロアスター教の終末論は、二部構成になっているとされます。つまり、死に際しての個体の終末と、世界の終末があるのです。まず、個体の終末から見て行きますと、死後の生、つまり、死後の魂としての存続という考えは、早い時期からペルシャ思想にお [続きを読む]
  • 善と悪のあくなき闘争−ペルシャ神話2−
  • にほんブログ村宇宙において、二つの根本的に相反する力が働くという信念、つまり、 二元論は、ゾロアスター教特有の教義です。古代アーリア(イラン)人は、真実あるいは秩序と虚偽あるいは混沌という二つの相反する力を信じていたとされますが、この思想がゾロアスター教に継承され、発展していったのです。正信の徒は真実の信奉者アシャワンと呼ばれ、邪念の徒はドルグワンと呼ばれ、後期になると、この二つの力が対立すると [続きを読む]
  • 古代イラン(アーリア人)の神話−ペルシャ神話1−
  • にほんブログ村 少し前、インドの神話について紹介しましたが、インド神話のなかでも、古い層に属するのが、いわゆるヴェーダの神話と称されるものでした。「ヴェーダ」とは、元来、知識、特に宗教的知識を意味するものですが、なかでも『リグ・ヴェーダ』(神々に対する讃歌の集成の意味)は、ヴェーダ文献の中でも最古のものであり、それは最初期のインド・アーリア人の宗教・神話を伝える最も基本的な資料となるものといわ [続きを読む]
  • エドガー・ケイシーの光と影
  • にほんブログ村前回は、ホワイト・イーグルと神智学の関わり、さらにはスピリチュアリ ズムと神智学の関係について見てきましたが、今回はホワイト・イーグルやシルバー・バーチとほぼ同時代のエドガー・ケイシーについて触れておきたいと思います。エドガー・ケイシーについては、以前、一度取り上げたことがありますが、今回は、神智学などの影響とその変貌という観点から再度考えてみたいと思います。エドガー・ケイシー [続きを読む]
  • 「霊界通信」の真偽−ホワイト・イーグルと神智学2−
  • にほんブログ村 ホワイト・イーグルの書物で『神への帰還』というのがあります。原題は 「Beautiful Road Home」で桑原啓善氏による邦訳ですが、もう一冊、大内博氏の翻訳本が出ていて、その邦題は『故郷に帰る道』となっています。タイトルの付け方一つで、印象が大きく変わるものですね。さて、今回は、ホワイト・イーグルにとどまらず、スピリチュアリズム全体と神智学との関わりについて述べたいと思いますが、その前に、 [続きを読む]
  • ホワイト・イーグルと神智学
  • にほんブログ村 以前、一度、紹介しましたが、スピリチュアリズム普及会のHPでは、ホワイト・イーグルについて、「シルバー・バーチは、ホワイト・イーグルを同志と呼んでいますから、“通信霊”としては高級であることは間違いないと思われますが、「霊界通信」として見たときに純粋なものとは言えません。」「霊界通信の純度という観点からすると、ホワイト・イーグルの霊界通信には多くの問題点があります。「霊媒の [続きを読む]
  • 「キリスト」とは何か?
  • にほんブログ村「キリスト」というと、イエス・キリストを思い浮かべますが、果たしてキリストと呼ばれる存在は、イエス・キリストのみなのでしょうか? また、そもそも、キリストとはどういう存在なのでしょうか? 今回は、「キリスト」とは一体何なのか、について考えてみたいと思います。さて、この「キリスト」という言葉から連想される言葉に「メシア」や、「救世主」というものもありますから、先にこれらを [続きを読む]
  • クリシュナの伝説と真実−インド神話3−
  • にほんブログ村 (ゴーヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナ)もう10年ほど前になりますか、「アバター」というタイトルの洋画がありましたが、その語源となった「アヴァターラ」とは、「降下」という意味で、神が悪魔などに苦しめられる生類を救済するために、仮に人間や動物の姿をとって地上に降臨すること、あるいは、こうして現れた化身を指します。シヴァやインドラなども化身をとることがあるようですが、特によく知ら [続きを読む]
  • 「マハーバーラタ」の神話と神々−インドの神話2−
  • にほんブログ村紀元前5、6世紀になると、仏教やジャイナ教が興隆して、バラモン教の勢力は、それ以前と比較して一時弱くなります。しかし時期は定かでないものの、やがてバラモン教は民間信仰を吸収して、いわゆるヒンドゥー教として華々しく復興します。ヒンドゥー教の主神は、周知のとおり、シヴァとヴィシュヌとブラフマー(梵天)の三大神とされます。特にシヴァとヴィシュヌの二神は絶大な信仰の対象となり、それ [続きを読む]
  • 「リグ・ヴェーダ」の神々と神話−インド神話1−
  • にほんブログ村 インドの神話というと、大叙事詩『マハーバーラタ』が有名であり、以前 に紹介したことのある『バガヴァッド・ギーター』は、そのなかに編入されているものでした。今回は、『マハーバーラタ』以前の古い神話、いわゆる「ヴェーダの神話」と呼ばれるものについて、紹介してみたいと思います。さて、アーリア民族が西北インドに侵入した時期は、一般に紀元前1500頃とされています。そして、紀元前1200 [続きを読む]
  • 霊的カルマ−「罪とカルマ」2−
  • にほんブログ村 前回は、キリスト教における「原罪」を取り上げ、仏教等における「罪」については触れませんでした。仏教における「罪」を語るとき、その根柢には、カルマ(業)、すなわち、善または悪の業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽または苦の報いが生じるとされる考え方があり、まず、このカルマとは何か、から始めなければならないということでした。今回は、この仏教をはじめとするインド宗教 [続きを読む]
  • 原罪−「罪とカルマ」1−
  • にほんブログ村 罪というとき、法律用語における罪の概念や、歴史的な用語としての罪もありますが、ここでは、宗教的な意味における罪というものを考えてみたいと思います。さて、宗教における罪といっても、仏教における罪とキリスト教などで用いられる罪の観念は異なりますし、神道における罪も、また、異なります。仏教における罪とは、戒律に反する行為や道理に反して禁断を犯したために苦の報いを招く悪行を指すよ [続きを読む]