樋口山城守与六 さん プロフィール

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樋口山城守与六さん: 古城巡り 写真館
ハンドル名樋口山城守与六 さん
ブログタイトル古城巡り 写真館
ブログURLhttp://yamashiro2015.blog.fc2.com/
サイト紹介文関東を中心に全国の、城館や史跡をデジタルアルバムのデジブックにて現在の城を紹介して行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供428回 / 365日(平均8.2回/週) - 参加 2015/08/12 19:14

樋口山城守与六 さんのブログ記事

  • 真間の次橋
  • 真間の継橋(ままのつぎはし)は、千葉県市川市にかつて存在した橋で、日本百名橋の番外に選ばれた。 現在は川自体が存在せず、当地には石碑と説明板、橋の欄干を模した記念物が建てられているつぎはしの石碑真間のつぎはし真間のつぎはし説明板当時、この一帯は「真間の入江」と呼ばれる海岸地帯で、蘆の生い茂った砂洲がひろがっていた。 真間の継橋とは下総の国府があった国府台へ向かうための橋で、砂洲を中継地点として複数の [続きを読む]
  • 国府台城 千葉県市川市
  • 国府台城享徳の乱の初期に発生した千葉氏の内紛の際に、宗家側の生き残りであった千葉実胤・自胤兄弟が籠城したが、1456年(康正2年)に陥落(市川合戦)、水運にて栄えた市河津を背後に持ち府中として栄えた市川は大きく衰退し、軍事的・経済的な要所は宗家方勢力(武蔵千葉氏)が落ち延びた武蔵国石浜城や江戸城、反宗家勢力(下総千葉氏)の拠点の1つであった小金城に移ることになる。その後、扇谷上杉家の家臣であった太田道灌 [続きを読む]
  • 高山城〜百間築地・要害山城・天屋城 群馬県藤岡市
  • 高山城〜百間築地・要害山城高山城 百間築地に在る説明板百?築地 模擬石垣要害山 横堀要害山 横堀要害山城 主郭の石祠高山城〜天屋城平井金山から見た天屋城天屋城 屈折する竪堀天屋城 二重堀切天屋城 岩堀切天屋城 主郭?イメ−ジ図になります♪(o・ω・)ノ))高山城は、鮎川を挟んで、平井金山城と向かい合うような位置にある。城址周辺は、ツインレイクヒルズカントリークラブの敷地となっています。高山城は地元豪族 [続きを読む]
  • 天狗沢城 栃木県鹿沼市
  • 天狗沢城この城についての詳細は不明、大越路峠の東側に在り良好な遺構が存在する。天狗沢城 遠景 手前の下の山が城?イメ−ジ図になります(´・Д・)」天狗沢城 主郭天狗沢城 大竪堀天狗沢城 堀切3鹿沼市下粕尾 城館位置大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) [続きを読む]
  • 松崎城 栃木県鹿沼市下粕尾
  • 松崎城松崎城、詳細については不明・・・・ただ至近距離に大塚城、天狗沢城が存在するが・・・・・・・。民家後方に見事な遺構が存在する、チョイ藪である。松崎城 遠景?イメ−ジ図になります(。>ω松崎城 主郭 竹林松崎城 主郭北側の土塁と堀松崎城 西曲輪 北側の堀松崎城 墓石  先祖 筑前守位鹿沼市下粕尾 城館位置大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) [続きを読む]
  • 大塚城2017改 栃木県鹿沼市下粕尾
  • 大塚城2017改室町時代末期、大塚信濃守綱利が築城、歴史的詳細は不明。道路から見てすぐに分かる山が城址となり良好な遺構を見る事が出来ます、又麓が居館跡でわないかと思われ随所に土塁などの遺構が残る。大塚城 遠景大塚城 主郭大塚城 堀切3大塚城 堀切4最北部大塚城 居館の土塁大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) [続きを読む]
  • 平井金山城  群馬県藤岡市
  • 物見台〜井戸郭大手 櫓門跡室町時代の応仁元年(1467)、上杉顕定(関東管領、上野国・武蔵国・伊豆国の守護大名)によって平井城の詰城として築城されたそうです。標高331mの頂上部の本丸を中心に尾根沿いに郭が配された梯郭式の中世の山城で、発掘調査により大手門や櫓、木戸、多数の郭などの遺構が発見され多くの部分が石垣によって構成されていました。平井金山城自体は歴史上ほとんど出てきていませんが天文21年( [続きを読む]
  • 寺尾中城 群馬県高崎市 2017改
  • 寺尾中城応永五年(1398)、後醍醐天皇の孫尹良親王は、信濃南朝方の橋頭堡である寺尾城に拠り、新田一族の世良田政義の支援をうけて、退勢の挽回をはかったが、同十九年平井城主上杉憲定に攻略されて落城、親王は信州諏訪に逃れたと伝えられている。  南北朝時代末期の城堡は、打ち続く戦乱により、急速な進歩を遂げ、千早城型の天険を利用した堡塁が生まれた。  寺尾城も同様な山城で、上城・中城・前城それぞれ4km距て [続きを読む]
  • 茶臼山城 群馬県高崎市
  • 茶臼山城寺尾茶臼山城の詳細は不明ですが、鎌倉時代は新田義重の居城であり、南北朝時代には新田義貞の弟、脇屋義助の居城であったと伝わっています。戦国時代には武田信玄が改修したという説もあります。現在城址には堀切や土塁などの遺構が良好に保存されています。茶臼山城 登城口(城山団地側)茶臼山城 堀切茶臼山城 横堀茶臼山城跡 本丸茶臼山城 本丸の土塁?現地説明板を参考にしたイメ−ジ図です(。>ω大きい地図・ル [続きを読む]
  • 平井城 群馬県藤岡市 2017.10.8改
  • 平井城 2017.10.8関東管領家の山内上杉氏の最後の居城。同市平井地区の鮎川左岸の断崖上に築かれていた。1438年(永享10)に起こった永享の乱で、鎌倉公方足利持氏と対立して上野国に逃れた関東管領の山内上杉憲実が、重臣の長尾忠房(総社長尾氏)に命じて築かせたともいわれるが、築城時期・築城者については諸説ある。その後、1467年(応仁1)に、関東管領の上杉顕定が城の大改修を行い、関東管領府を置いた。以後、上杉憲政に [続きを読む]
  • 上杉三郎景虎供養塔 新潟県妙高市 勝福寺
  • 上杉三郎景虎終焉の地 鮫ヶ尾城遠景天文23年(1554年) 〜 天正7年3月24日(1579年4月19日)。 北条氏康の七男。母は遠山康光の妹とされる。 初めは北条三郎と名乗ったと推定されるが、幼いころから人質として他家を転々とさせられる。 後に上杉と北条の同盟締結に際して、上杉謙信の元へ養子に出され、謙信の以前の名であった「景虎」をもらい、上杉景虎となった。 しかし、謙信が後継者を明確にしないまま急逝すると、上杉家の [続きを読む]
  • 鮫ヶ尾城 新潟県妙高市
  • 鮫ヶ尾城鮫ヶ尾城 遠景鮫ヶ尾城は、16世紀の後半に春日山城の前衛として普請された頸城地方最大の支城といわれています。越後を二分する大戦乱に発展した御館の乱の終焉の地でもあり、同盟の証として越後入りし、謙信の後継者と目されながらも最後は近臣の謀反によって非業の死を遂げた三郎景虎が自刃した場所としても知られています。御館の乱は、北日本屈指の大国であった越後国内のみならず、日本列島の勢力構図をも一変させう [続きを読む]
  • 箕冠城 新潟県上越市
  • 箕冠城新潟県上越市板倉区(旧中頸城郡板倉町)にあった山城(やまじろ)。築城時期は不明だが、越後国守護上杉氏の重臣大熊氏が居城とした城である。鳥坂城(胎内市)とは山ひとつ隔てた標高242m、比高約160mの独立峰につくられた城で、東西約400m、南北約300mの城域をもつ。山の東側には大熊川、西側には小熊川が流れ、外堀の役目を果たしていた。築城年代はわかっていないが、15世紀末に関東管領上杉氏の所領を管理するために越後 [続きを読む]
  • 鳥坂城 新潟県妙高市
  • 鳥坂城戦国時代、旧飯山街道(国道292号)の信越国境をおさえる重要な役割りを果たした山城と考えられています。高床山から北東へ伸びる尾根上に築かれ、別名鶏冠城(とさか)城とも呼ばれています。標高347メートルの位置にあった本丸の周囲には、数多くの曲輪、尾根上には連続した壮大な空掘が設けられています。  城の設立や城主は明らかではありませんが、建仁二年(1201年)、越後領主城小太郎資盛が鳥坂山で鎌倉幕府と戦ったと伝 [続きを読む]