樋口山城守与六 さん プロフィール

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樋口山城守与六さん: 古城巡り 写真館
ハンドル名樋口山城守与六 さん
ブログタイトル古城巡り 写真館
ブログURLhttp://yamashiro2015.blog.fc2.com/
サイト紹介文関東を中心に全国の、城館や史跡をデジタルアルバムのデジブックにて現在の城を紹介して行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供398回 / 365日(平均7.6回/週) - 参加 2015/08/12 19:14

樋口山城守与六 さんのブログ記事

  • 天王寺城 大阪府大阪市
  • 天正4(1576)3月、本願寺顕如は石山本願寺に籠もり籠城戦を始めた。その際、織田信長は天王寺口の攻め手を原田直政として天王寺城を築かせた。本願寺側も木津と桜の岸(天満橋南詰あたり)に砦を築き、木津川を通じ海上と連絡を取った。それを知った織田信長は、天正4(1576)5月、原田直政、筒井順慶らに攻撃させた。しかし本願寺勢は強く、逆に木津川口で原田直政は討たれる事となる。強攻戦を適当では無いと判断し [続きを読む]
  • 秀次居館(八幡山城) 滋賀県近江八幡市
  • 説明板より山城部分とは別に築かれた南山麓の居館部分である。谷地形の中央部分、標高約130mの地点より雛壇状に曲輪が配されており、最上部に位置するのが秀次居館跡で、巨大な内枡形の食い違い虎口があり、その西側には二段、東側には四段の高石垣を構えている。秀次居館跡の石垣も隅部分は算木積みで積まれており、直接的に傾斜する。この部分の築石は部分的ではあるが、鏡石積みで八幡山城の石垣石材の中で、非常に大きな石が使 [続きを読む]
  • 伊万里城 佐賀県伊万里市
  •  伊万里城は、中世(鎌倉・室町・戦国・安土桃山時代)に、伊万里浦を治めた松浦党の伊万里氏の居城とされています。松浦党は中世に西北九州を根拠地にして活躍した水軍です。およそ800年前の鎌倉時代の初期に、松浦党の一族で伊万里氏の祖、峯上(みねのぼる)が築城したと伝えられています。 現在は、高さ約42メートル、南北約270メートル、東西約130メートルの丘ですが、当時は伊万里湾に突き出した岬状の地形で、 [続きを読む]
  • 久留米城 福岡県久留米市
  • 久留米城江戸時代の久留米藩、約250年間を治めた有馬氏の居城跡で、その昔は笹原城の名で呼ばれていました。今は平山城づくりの本丸跡が残され、見事な石垣や正面側の内濠に往時の雄姿をしのぶことができます。また城内には藩祖豊氏を祀る篠山神社や歴代藩主の武具、工芸品などの有馬家資料を中心とした久留米藩政資料を主に展示する有馬記念館があります。久留米城は、筑後川沿いの小高い山に築かれた平山城で、天正15年、豊臣秀 [続きを読む]
  • 秋月城(秋月陣屋) 福岡県朝倉市
  • 秋月城(秋月陣屋)秋月城下町中世・戦国時代の古処山城の麓にあった秋月氏の館跡を利用して築かれた平城で、福岡藩の支藩秋月藩の藩庁であり、黒田氏が居城していた。一筋に掘られた堀と石垣を築き二重櫓や平櫓を5基建て並べていた。 明治期に廃城となり払い下げられた後、現在跡地には黒田長興を祀った垂裕神社が建てられている。堀、石垣、裏門であった長屋門、旧大手門である黒門が垂裕神社の神門として移築され現存する秋月城 [続きを読む]
  • 佐賀城 佐賀県佐賀市
  • 佐賀城佐賀城は佐賀市の中心に位置し、城郭の構造は輪郭梯郭複合式平城である。幅50m以上もある堀は、石垣ではなく土塁で築かれている。平坦な土地にあるため、城内が見えないように土塁にはマツやクスノキが植えられている。城が樹木の中に沈み込んで見えることや、かつては幾重にも外堀を巡らし、攻撃にあった際は主要部以外は水没させ敵の侵攻を防衛する仕組みになっていたことから、「沈み城」とも呼ばれてきた。また城郭と城 [続きを読む]
  • 鞠池城 熊本県山鹿市菊鹿町米原
  • 『続日本紀』に、「大宰府をして大野(おおの)、基肄(きい)、鞠智(くくち)の三城(みつのき)を繕治せしむ」と、記載された城である。 鞠智城は、『続日本紀』に記載された文武天皇2年(698年)の城の修復記事が初見であり、築城年は不明である。しかし、発掘調査では少なくとも7世紀後半〜10世紀中頃まで約300年、存続したことが判明している。そのため、白村江の戦いで、唐・新羅連合軍に大敗した後、大和朝廷が倭(日本 [続きを読む]
  • 菊池城 熊本県菊池市隈府町城山(菊池神社)
  • 菊池神社菊池氏の本拠であった通常、菊池氏の本城(居城)を隈府城とするので、別名で隈府城(わいふじょう)とも呼ばれる菊池神社 拝殿菊池十八城と呼ばれる城砦の一つで、正平年間に菊池武政により築城された[2]。菊池氏は九州における南朝方の有力者で、後に肥後守護に任じられ現菊池市は城下町として栄えた。戦国時代に入ると菊池氏は内紛を繰り返して衰退し、家督を阿蘇氏や豊後大友氏に奪われ菊池氏正統は没落した。 後、菊 [続きを読む]
  • 打越城 熊本県菊池市七城町
  • 南の県道53号線沿いに道標が出ている。墓地の脇を通る切通の南端から東の山上に登る道が付いており、この上に石碑と案内板がある。築城年代は定かではない。菊池十八外城の一つとされ、城主は林原与三隆益で林原氏累代の居城という。康暦元年(1379年)今川了俊との板井原合戦の舞台となり、今川軍によって攻め落とされた。菊池氏が滅亡した後は怒留場飛騨守が城主となったという・・・・・・遺構は無いと思われる。 [続きを読む]
  • 菊之池城 熊本県熊本市
  • 菊之池城 遠景この城は深川城・菊池古城・雲上城とも呼ばれ、周辺の平地部に比べ少し高い   なっているが『菊池風土記』に『深川 、北宮の田の中に一丁 の  、高く四方  石垣築き廻したるところ有り』と、周囲に をめぐらすことによって城の形を保っている。菊池十八外城の一に数えられるが、時代的には他の城に比べ最も早期のもので、この菊之城から三百年を経て隈府山城へ至る。山城としての防備上の変遷があった。こ [続きを読む]
  • 八代城 熊本県八代市松江城町
  • 八代城元和5年(1619)の大地震でそれまでの麦島城が崩壊したため、加藤正方が麦島城北方に新たに築いたのが八代城で、同8年(1622)に竣工しました。石垣に石灰岩を使用し別名白鷺城ともよばれます。加藤家改易の後、寛永9年(1632)細川三斎(忠興)が入城、正保3年(1646)には松井興長が入城し以後松井氏九代の居城となりました。一国一城令の例外として熊本城以外に認められた城で、八代の地が幕府から重要視されていたことが [続きを読む]
  • 宇土城 熊本県宇土市古城町(宇土城山公園)
  • 宇土城 小西行長像宇土城絵図中世宇土城の東隣(城山)にあります。この城は,本丸・二の丸・三の丸という三つの郭を外堀と内堀で取り囲む重厚な構成になっており,特に本丸は三層の天守閣があったと伝えられ,堅い防御がなされていたようです。近世宇土城はもともと小西行長が築いたものですが,1600年に小西が没した後,小西領も併合して肥後の領主となった加藤清正により大改修がなされています。現在,僅かに残っている石垣は,清正に [続きを読む]
  • 宇土古城 熊本県宇土市神馬町
  • この城は平安時代に築城されたとされ、(古代の豪族の流れをくむ紀氏の流れをくむ)宇土氏、(肥後国守護であった菊池氏の流れをくむ)宇土氏、 (伯耆国の悪党であったが南朝に仕えそののち肥後国に移り栄えた名和氏の流れをくむ)宇土氏という風にわたり、最後は豊臣秀吉により討伐されこの城の歴史は終わった。 宇土古城 説明板より平安時代にまでさかのぼる(11世紀ごろ、当時の関白、藤原道隆がこの地に来た時に西岡台と呼ばれる地 [続きを読む]
  • 麦島城 熊本県八代市古城町
  • 麦島城は、肥後国八代郡にあった安土桃山時代から江戸時代の城。2014年(平成26年)3月18日、本城跡と古麓城跡・八代城跡とを併せた「八代城跡群」として国指定史跡となった1588年(天正16年)、肥後に入部した小西行長は、重臣小西行重に命じて球磨川の北岸に新しい八代城を築城させた。この城が現在麦島城跡と呼ばれている城である。なお、当時はまだ前川の開削が行われておらず、麦島城の北側は大きな入江となっており、中世以 [続きを読む]
  • 松尾城(粟野城) 鹿児島県姶良郡湧水町
  • 松尾城 大手門??南九州唯一の山城跡とされ、特に虎口の石垣と翻案ルの屋形土台石の存在は貴重な文化財。古代、中世を通じて薩隈日、球磨の戦略拠点として重要な砦であり真幸院領主北原氏がこの城二移った。戦国末期、島津氏が3州を統一、今から役380年前の天正18年(1590年)には島津義弘が飯野城から移り帖佐に移る迄の満5年間居城とした。その間文禄元年(1592年)の朝鮮遠征には松尾城から出陣している。現地説明板より松尾 [続きを読む]
  • 横川城 鹿児島県霧島市横川町
  • 横川城 登城口横川城は、承久年間(1220年前後)に大隅国守護横川時信がこの地方の領主として居城していました。その後、永禄年間になると、真幸院領主の北原伊勢介の領地となります。 永禄5年(1562)北原氏に内乱があり、一族の多くは薩摩鶴丸城の島津氏につきましたが、北原伊勢介と子の新助は、日向飫肥城の伊東氏について横川城に籠もりました。 島津貴久は、永禄5年6月3日に島津義弘、歳久の兄弟に横川城を攻めさせると [続きを読む]
  • 富隈城 鹿児島県霧島市
  • 富隈城 石垣 南東隅の石は加藤清正が寄進したものと伝わる文禄4年(1595年)、豊臣秀吉により強制的に隠居させられた島津義久はそれまで居城としていた内城を退去する事態に追い込まれ、急遽薩摩国と大隅国の境にあり、港が近くにあるこの地に屋形を築いた。これが富隈城である。 通常島津氏の城は裏山に後詰めの山城があるが、この富隈城にはそれに当たる物が無く、秀吉に対して恭順の意を表したとも、或いは秀吉に圧力を掛けら [続きを読む]
  • 舞鶴城 鹿児島県霧島市
  • 舞鶴城 城址碑舞鶴城は、国分小学校と国分高校の運動場のある一帯にありました。南側の道路に面して、高さ3メートル、長さ200メートルの石垣とその前の堀、そして2つの石橋が昔の面影をわずかに残しています。島津義久が富隈城(隼人町)から舞鶴城に移居したのは、慶長9年(1604年)のことで、7年間居城されました。館造りとともに城下町(現在の市街地)もこの頃造られました。 舞鶴城 朱門と堀舞鶴城 朱門舞鶴城 石垣と [続きを読む]
  • 桑幡氏館 鹿児島県霧島市
  • 桑幡氏は、息長姓をもち現在の当主で76代目となる。中世には「社家の筆頭」とされる。長く大隅正八 幡宮の四社家として、留守・沢・最勝寺氏とともに神宮の繁栄を支えてきた。桑幡氏は、「火闌降命よ り出、欽明天皇御宇息長姓を賜う」とあり、隼人の子孫であるともいわれ、また、大分県の宇佐から来 たともいわれる。平安〜鎌倉時代には助清・清道親子152・53代)が活躍した。『平家物語長門本』に第 53代息長清道が登場し、平清盛 [続きを読む]
  • 亘理要害 宮城県亘理郡亘理町
  • 地形が牛の臥せた形に似ていることから臥牛城ともいわれる。また、江戸時代は亘理要害と呼ばれた 亘理要害 縄張り図説明板より亘理要害 大手先 本丸詰門の南側に位置する。伊達稙宗の十二男で亘理氏に養子に入った亘理元宗が築き、亘理氏の居城を小堤城(現在の大雄寺付近)から移した。 亘理重宗が天正19年(1591年)、涌谷城に移った後、片倉景綱が城主となった。 慶長7年(1602年)、片倉景綱は白石城に移り、伊達成実が城 [続きを読む]
  • 小堤城 宮城県亘理郡亘理町 
  • 亘理伊達家菩提寺 大雄寺小堤城は亘理氏の最初の居城です。千葉常胤の子孫である武石宗胤がこの地を支配すると、7代・武石広胤の代に亘理氏を名乗っています。亘理氏は戦国時代には伊達氏に重臣として仕え、元宗・重宗父子の代に亘理城を築いて居城を移すと、廃城となりました。その後、1603年(慶長8年)に伊達成実が亘理に移封されると、翌年にはのちの亘理伊達氏の菩提寺である大雄寺がこの地に移されました。現在城址は大雄寺 [続きを読む]
  • 大浦城 青森県弘前市 2013年7月
  • 大浦氏(のちの津軽氏)の居城として使われていた。大浦氏が戦国大名として地位を固め、臣従していた宗家の南部家から独立的な行動をとるようになった時期に使われていた城である。城の規模は東西500m、南北250mほど。津軽藩の始祖とされている大浦光信(おおうらみつのぶ)が南部氏への備えとして、1502年(文亀2)にもともとあった西根城を改修して築城し、次男の盛信を置いた。光信の跡を継いだ盛信の時代には、大浦城は主城とな [続きを読む]
  • 堀越城 青森県弘前市
  • 堀越城入り口 熊野宮鳥居鳥居脇の城址碑「堀越」という地名が文献上に現れるのは、南北朝時代の建武4年(1337)にさかのぼります。この時の記録には「堀越に楯(館)[たて]を築く」とありますが、この「楯」の詳細は不明です。 大浦城(弘前市大字五代)の城主であった「南部右京亮[うきょうのすけ]」為信(後の弘前藩初代藩主津軽為信)は、16世紀後半(約440年前)に、津軽を支配していた南部氏から独立を図ります。この頃か [続きを読む]
  • 伊奈氏屋敷2018 埼玉県伊奈町
  • ?イメ−ジ図になります(-ω-)/伊奈氏屋敷2018関東郡代伊奈氏の祖、伊奈熊蔵忠次の陣屋跡です。屋敷跡には当時を偲ばせる土塁や堀・道路などが現存しているとともに、「表門」「裏門」「蔵屋敷」「陣屋」などの名称が残っています。昭和59年の発掘調査により、障子堀が見つかっています。伊奈氏屋敷南側からの遠景、現在も低湿地が随所に残る二ノ丸の説明板と石碑ニノ丸北側の土塁と堀蔵屋敷北側の土塁と堀伊奈氏屋敷跡標柱、奥が [続きを読む]
  • 津和野城 2016年7月登城
  • ?イメ−ジ図になります(-ω-)/伊奈氏屋敷2018関東郡代伊奈氏の祖、伊奈熊蔵忠次の陣屋跡です。屋敷跡には当時を偲ばせる土塁や堀・道路などが現存しているとともに、「表門」「裏門」「蔵屋敷」「陣屋」などの名称が残っています。昭和59年の発掘調査により、障子堀が見つかっています。伊奈氏屋敷南側からの遠景、現在も低湿地が随所に残る二ノ丸の説明板と石碑ニノ丸北側の土塁と堀蔵屋敷北側の土塁と堀伊奈氏屋敷跡標柱、奥が [続きを読む]