たち てつと さん プロフィール

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たち てつとさん: 俳人十七面相が往く
ハンドル名たち てつと さん
ブログタイトル俳人十七面相が往く
ブログURLhttp://isizawako.exblog.jp/
サイト紹介文まち歩き・百寺巡礼・そして日々の出来事を川柳と供に綴って参ります
自由文毎日更新毎日一句をモットー 
できるかぎりそのタイトルにあった川柳をつくるようにしたい
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2015/08/21 11:20

たち てつと さんのブログ記事

  • 14 高徳院
  • 百寺巡礼 第48番 高徳院 多くの謎と武士の祈りを秘めた大仏寺名 大異山高徳院清浄泉寺  山名 大異山  宗派 浄土宗所在 神奈川県鎌倉市 高徳院は、法然上人(1133 〜 1212 年)を開祖とする浄土宗の仏教寺院です。法然上人は、善悪、男女、年齢、身分などの別なく、万人の救済を本願とされる西方極楽浄土の教主、阿弥陀如来に帰依された。人は誰しも「南無阿弥... [続きを読む]
  • 13 建長寺(3)
  • 建長寺の仏殿は1647年(正保4年)に芝増上寺の徳川二代将軍秀忠夫人(崇源院)の御霊屋が移築されたもの  芝増上寺に建築されたのは1628年(寛永5年)であった。崇源院ことお江は、織田信長の妹お市の方と浅井長政との間に生まれた三姉妹の三女で、姉は豊臣秀吉の側室となった淀の方。秀忠との間には豊臣秀頼に嫁いだ娘千姫がいる。千姫の養女は、東慶寺二十世の天秀尼となっている。仏殿... [続きを読む]
  • 13 建長寺
  • 五木寛之著「百寺巡礼」 第46番 建長寺 中国僧が武士に伝えた禅建長寺は鶴岡八幡宮の北側の山間にある。北鎌倉駅から15分ぐらいで鎌倉駅からも歩いて20分ぐらいで行ける。歩道は狭く歩きにくいが鎌倉は歩いて街巡り、寺巡りに適した街だ。建長寺は鎌倉五山の一つで第一位に位置する。寺名は建長興国禅寺 山名は巨福山 宗派は臨済宗・建長寺派大本山。わが国最初の禅寺 北条時頼が建... [続きを読む]
  • 12 円覚寺 (4)
  • 円覚寺の境内は細くて長い、そして高低差があるが、なんとなく落ち着いた景観を思わせる。境内の道を、それでもなだらかで歩きやすい。仏殿 円覚寺のご本尊が祀られている建物で、大正12年(1923)の関東大震災で倒壊してしまいました。その後、昭和39年(1964)に鉄筋コンクリートで再建されました。禅宗様式の七堂伽藍の中心に位置する建物となっています。「大光明寶殿」の扁額は、... [続きを読む]
  • 12 円覚寺 3
  • 妙香池 創建当初よりある放生池で、江戸時代初期の絵図に基づき、平成12年に方丈裏庭園と合致した自然の姿に復元した。向こう岸の露出した岩盤を虎の頭に見立てて、「虎頭岩(ごとうがん)」と呼んでいる。妙香池を少し過ぎると国宝舎利殿の入り口にたどり着く国宝舎利殿は、少し離れた門までした近づけない国宝舎利殿舎利殿には、源実朝公が宋の能仁寺から請来した「佛牙舎利」... [続きを読む]
  • 12 円覚寺 2
  • 山門 三門は空・無想・無願の三解脱を象徴しているといわれ、諸々の煩悩を取り払って涅槃・解脱の世界である仏殿に至る門とされていう。現在の三門は天明5年(1785)に大用国師(だいゆうこくし)によって再建され、現在は神奈川県指定重要文化財となっている。山門に掛かる額は扁額は「円覚興聖禅寺」と記され北条定時の時代に伏見上皇(1265〜1317)より賜ったもの山門... [続きを読む]
  • 12 円覚寺
  • 百寺巡礼 第47番 円覚寺 明治の文学者たちを癒した寺 神奈川県鎌倉市五木寛之著「百時巡礼」の円覚寺の書き出しは、線路に迫るような巨木に迎えられ、駅に降り立った。北鎌倉の駅はまるで山間の駅のようにのどかな印象だ。円覚寺は、鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、開山された。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無... [続きを読む]
  • 百寺巡礼11 柴又帝釈天 3
  • 京成線柴又駅は東京のローカル線である。小さな駅で駅前のひろばもけっして広くはない。改札口を出ると、映画「フーテンの寅」の主人公寅さんの銅像がある。下町の風情が漂う街を少し歩くと帝釈天の参道だ。道に掛かる大きなサインがあるからすぐわかる。参道の通りはすこし曲がりくねっているから参道の入り口から帝釈天の二天門は見えない。お土産屋やだんご屋、うなぎ屋などの店が両脇に30店舗ほど並ぶ。... [続きを読む]
  • 百寺巡礼11 柴又帝釈天 2
  • 帝釈天の「帝釈堂」には、法華経説話を題として豪華なすばらしい彫刻を見ることができる。入場料がかかるが、帝釈天に参拝する際には必ず拝観したい場所である。「彫刻ギャラリー」として回廊のまわりにさらにギャラリーの被いの設備を設けている。彫刻には、それぞれ説法を表現しているが、説明書きがありわかりやすい。彫刻を拝観した後は、廊下にそって池泉式の庭園である邃渓園を見学することが出来る。彫刻と庭... [続きを読む]
  • 百寺巡礼11 柴又帝釈天
  •  百寺巡礼11番目は東京葛飾柴又である。映画フーテンの寅(題名は男はつらいよ)でおなじみの柴又帝釈天である。五木寛之著「百寺巡礼」44番目となり、副題は「寅さんの街に佇む古刹」とある。柴又帝釈天は、経栄山題経寺と言い、寛永年間(1629)に開基された。開山上人を下総中山法華経寺第十九世禅那院日忠(ぜんないんにっちゅう)上人とし、その弟子の第二代題経院日栄(だいきょういんにちえい)上... [続きを読む]
  • 百寺巡礼10 梅林寺 2
  • 梅林寺について、五木寛之は百寺巡礼で「この寺の凛としたたたずまいこそ、今の日本という国に、あるいは日本人の心にいちばん欠けているのかもしれない」と書いている。唐門  梅林寺は補修の工事中で思うように見ることができなかったが、工事の仮囲いの隙間から写真を撮ることができた。門の扉は全面に浮彫の模様が施されていて重厚な感じであるが工事中のため近くまで寄れない。工事中の境内開山堂 こちらも非... [続きを読む]
  • 百寺巡礼10 梅林寺
  •  JR久留米駅から歩いて3分ぐらいの場所で、筑後川べりの丘に堂々たる伽藍をみせているのが、臨済宗妙心寺派の梅林寺で山名は江南山。五木寛之 百寺巡礼第92番 托鉢の雲水に雪が降りかかるとある。 この寺は九州の代表的な修行道場として知られる古刹で、また250年間続いた久留米藩の藩主有馬家の菩提寺でもある。 寺の起源は、初代藩主有馬豊氏が故地丹波福知山の瑞巌寺を移したもので、父則頼の分霊をここにう... [続きを読む]
  • 百寺巡礼 9 観世音寺 (戒壇院)
  • 観世音寺に隣接し西側に戒壇院がある。観世音寺と同一の寺かと思えるのは、江戸時代まで観世音寺の堂宇のひとつだったが、現在は独立した臨済宗妙心寺派の寺である。五木寛之の百寺巡礼の観世音寺編にも紹介されており、官僧になるための試験場、天下の三戒壇として見出しがついている。本尊は盧舎那仏で、こちらの盧舎那仏坐像は、奈良の東大寺の大仏と大きさは異なるが同じどという。平安時代末期の作... [続きを読む]
  • 百寺巡礼 9 観世音寺   
  • 観世音寺  天台宗の寺院 山号は清水山。 本尊は聖観音。開基は天智天皇である。九州西国三十三箇所第三十三番札所。 九州を代表する古寺で、造営開始は7世紀後半にさかのぼる福岡県太宰府市観世音寺5丁目6−1大宰府天満宮から歩いて15分くらいのところに観世音寺がある。 五木寛之著の百寺巡礼第91番目 境内に響く1300年の鐘の余韻として紹介されている。1300年の歴史がある... [続きを読む]
  • 太宰府天満宮の参道
  • 大宰府天満宮の参道となっている通りは門前商店街となっており約400メートルの間に40〜50の店が並んでいる。天満宮にお参りのお客のためのお土産や飲食店である。こちらには大宰府名物梅が枝餅が有名である。小豆餡を薄い餅の生地でくるみ、梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅である。直接販売している店で食べる焼きたては大変美味しい。スターバックスが和風のデザインそれにして... [続きを読む]
  • 大宰府天満宮
  • 太宰府天満宮は、菅原道真公の御墓所の上にご社殿を造営し、その御神霊おみたまを永久にお祀りしている神社でである。福岡市の天神から西鉄電車で30分ほど で行けるのでアクセス利便性は大変高い。最も福岡観光には欠かせない観光地にもなっている。太宰府天満宮は、全国の12000の天神様と呼ばれる天満宮の総本宮として、「学問・至誠しせい・厄除けの神様」として、崇められている。祀... [続きを読む]
  • 福岡・飯塚 嘉穂劇場
  • 福岡県飯塚市は博多から電車で40分ぐらいの距離にあり、その昔は筑豊炭田の中心地域にある。昭和6年に作られた嘉穂劇場は、炭鉱の労働者とその家族たちの憩いの場、娯楽の場として開場した。今でも当時の姿を残している。開場当時は、旺盛な石炭需要のため炭鉱の街は賑わっていた。嘉穂劇場もにぎわいに伴ない有名な歌手が相次いで公演を行ったていたようである。しかし産業が高度化するにし... [続きを読む]
  • 百寺巡礼 8  成田山(5) 成田山参道
  • 成田山の総門を出て右側の商店街が表参道『中之町』である。この街は江戸時代から成田山詣での旅人で賑わった門前町で、昔の名残や風情を色濃く残している。昔からの表参道は狭いうえ坂道になっていて、曲がっている。三重苦の商店街であるが、そこが昔を色濃く残し成田参りの好きになるところでもある。鰻の川豊本店である。かっては旅館として使われていた純日本家屋である。大正6年(1917年)に... [続きを読む]
  • 百寺巡礼 8 成田山(3) 
  • 大本堂を参拝した後、境内を巡ることにした。三重塔 1712(正徳2)年に建立された重要文化財。総高は25mで、塔内には大日如来を中心に五智如来が奉安され、周囲には「十六羅漢」の彫刻がめぐらされている。雲水紋の彫刻がほどこされた各層の垂木は一枚板で作られた珍しいもので、一枚垂木と呼ばれている。釈迦堂 1858(安政5)年に建立された重要文化財。かつての本堂であり、大本堂の建... [続きを読む]
  • 百寺巡礼 (第8番目) 成田山新勝寺 2
  • 成田山の大本堂は1968(昭和43)年建立された。最も重要な御護摩祈祷を行う中心道場である。堂内の御本尊不動明王は、向かって右に矜羯羅童子、左に制咤迦童子を従えている。また、四大明王や平成大曼荼羅などが奉安されている。大本堂を正面から見る 先ずは常香炉で身を清める大本堂を階段したからみる大本堂の拝殿大本堂の構内三重塔 1712(正徳2)... [続きを読む]
  • 百寺巡礼 (巡拝8番目) 成田山新勝寺
  • 年に数回ほど海外勤務の息子を送迎するので成田空港に行っている。其のうち年一回は成田山に詣でることにしている。あらためて百寺巡礼をスタートさせたので今年は初めて成田山にお参りすることにした。百寺巡礼第8番目のお寺は成田山でおなじみの成田山新勝寺である。正式名称 成田山金剛王院神護新勝寺  宗派は真言宗智山派大本山成田山は、千葉県成田市にある真言宗智山派の寺であり... [続きを読む]
  • 奈良の街「ならまち」を散策
  • 奈良の興福寺 猿沢の池の西側一帯は、江戸時代や明治時代に建てられた町屋が軒を連ねる通称「ならまち」である。この場所には、古い歴史のある家屋を改造したり改築したお店や飲食店が多くある。最近では多くの観光客が訪れる観光スポットとしても話題になってきた。 お寺や仏像から離れてゆっくり散策するのもいいものである。街並みと町屋今日の一句 つまらない男の席... [続きを読む]
  • 奈良の街 葛の天極堂へ
  • 東大寺の境内と奈良県庁の間の道(169号線)を300mくらい進むと、右側に葛の名店天極堂がある。葛は奈良の特産品で名物であるが、本場は吉野のようである。天極堂は、創業130年余。奈良県御所市旧葛村で吉野本葛を作りつづける井上天極堂の直営店で葛専門店だ。店は、東大寺の西大門跡地に位置するが、横道のため旅行者にはわかり難い。緑に囲まれ瀟洒な建物である。 店内は近代的な店作... [続きを読む]