たくげん さん プロフィール

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たくげんさん: たくげんBlog
ハンドル名たくげん さん
ブログタイトルたくげんBlog
ブログURLhttp://takugen.seesaa.net/
サイト紹介文山登りなど、旅の参考になるBlogを目指して書き綴ってます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2015/08/23 00:06

たくげん さんのブログ記事

  • 美ヶ原 後編 −早涼の候 高原を走る風
  • 王ヶ頭の西側、王ヶ鼻からは日本百名山のうち1/3近くの山が見渡せるという。王ヶ鼻に並ぶ石仏群は江戸時代にあった御嶽信仰によるものでどの石仏も御嶽山の方角を向いているという。前編はこちら美ヶ原の最高点に立つ王ヶ頭ホテル。手前にベンチがあるので景色でも眺めながら昼食。風が心地いい。北東方角に見えているのは浅間山。昼食を済ませ王ヶ頭の最高点へ。11:15美ヶ原の最高点、王ヶ頭着。王ヶ頭ホテルの裏手にあります。西 [続きを読む]
  • 美ヶ原 前編 −標高2000mの牧場散歩
  • 昔は美ヶ原という名はなかった。二百七十年前の元禄時代に放牧場として利用したという記録があり、その後も農閑期の牛馬の休養場になったことはあったが、人間の楽しむ美しい原として登場したのは、昭和になってからだという。- 深田久弥 日本百名山 -今年は最高気温を更新するうだるような暑さでしたが、どうもここ最近は秋が混在したような天気で夏らしからぬ涼しい日が続いています。それならば2000m弱でも十分涼を満喫できるだ [続きを読む]
  • 越百山 後編 −中央アルプス南部 白い稜線からの帰路
  • 越百山から上伊那へ流れる与田切川、麓の与田切公園には越百の水という信州の名水・秘水に選ばれた井戸水がある。山名にちなんでか利用者が「百を超える長寿」となられるよう、との思いが込められた水なのだとか。軟水で多くの地域住民が水汲みに訪れるという。冬期以外に利用可能。前編はこちら仙涯嶺を過ぎたところから見た南駒ヶ岳の南西面。それとは対照的な越百山への緩やかな道。とはいえここの道は結構長い、仙涯嶺から1時 [続きを読む]
  • 越百山 前編 −南駒の花畑を越えて
  • 「百の山を越えなければたどり着けないほど山深い」として名付けられたという説がある越百山。越百山より南は植生が変わり猛烈な藪漕ぎ地帯となるためここを縦走の起終点とすることが多い。空木岳編はこちら南駒ヶ岳編はこちらあれ、起終点ならそんな山深くないじゃんと思うところですがどうやら木曽側からは昭和に、上伊那側からは大正に開通した道だったそうでなるほど山深かったんだと納得です。さて、空木岳から縦走してきて南 [続きを読む]
  • 南駒ヶ岳 −中央アルプスもう一つの駒ヶ岳
  • 深田久弥が中央アルプスから木曽駒の他にもう一座日本百名山に選定しようとした際、空木岳とこの南駒ヶ岳とで悩んだそうだ。結局は標高と名前の響きで空木岳を選んだが花崗岩が乱立する山容は空木岳に引けを取らない。空木岳編はこちら南駒ヶ岳は明治の測量で付けられた名前で、空木岳もこの時期は前駒ヶ岳と付けられていたそうです。木曽駒にちなんで思い付きで命名された馬とあまり関連がないといういささか残念な話。さて、空木 [続きを読む]
  • 空木岳 後編 −縦走開始 花崗岩とハイマツの稜線へ
  • 花崗岩の山はいくつかあるが日本最大規模の花崗岩山脈は中央アルプスである。中央アルプスの南北で花崗岩の岩相が異なり北部は木曽駒花崗岩、南部は伊奈川花崗岩と呼び木曽殿越あたりが分布の境界になっているという。前編はこちら中編はこちら前日は木曽殿越にある木曽殿山荘に一泊し、5:30越百山へ向かって出発。30分ほど登ってきました。振り返ると東川岳の後ろに御嶽山。右に目をやると千畳敷カールが見えました。途中咲いてた [続きを読む]
  • 空木岳 中編 −縦走前日 木曽殿越のひと時
  • 木曽殿とは平家を都落ちへ追いやった源氏の功労者(だったはずの)木曽義仲のことで、以仁王の挙兵があった治承4年(1180年)にこの鞍部を通って中央アルプスを横断したといった伝説がある。前編はこちら13:15義仲の力水着。枯れていることもあるとか聞いてましたがまだ雪解けの夏時期なのかここ数日の雨のせいか勢いよく水が滴り落ちてます。この先、越百山を下りていく道まで水場はないのでここで十分に水を汲みなおしていきます。※ [続きを読む]
  • 空木岳 前編 −伊奈川から上がる木曽殿越へのみち
  • 空木はおそらく植物のウツギから来たのだろう。三千米に近い頂上には、もちろんそんな落葉灌木はない。山の上部がまだ雪で輝いている頃、山麓ではすでにウツギの花ざかりである。その景色から来た名前かもしれない。- 深田久弥 日本百名山 -ずいぶん久々な中央アルプス。(中央アルプス自体そんなに山が多くないとも)東の伊那、駒ヶ根側からの方がよく登られてる中央アルプスですが、今回は西の木曽側から。7:00伊奈川ダム上駐車場 [続きを読む]
  • 鋸岳 後編 −南アルプス異彩の岩峰へ
  • 熊ノ穴沢ノ頭から三角点ピーク間が岩稜帯でこの一帯を総称して鋸岳と呼んでいる。今回は行かなかったが第1高点以南がこの山の核心部で山梨県の主だった山の中でも最難関のコースとなる。相応の装備と経験がなければ立ち入るべきではない。鋸岳の名所である鹿窓は戸台から北沢峠への林道にある途中のバス停、歌宿から針の穴ほどの隙間で見えるという。前編はこちら横岳峠での休憩中、ここに来るまで鋸岳と書かれた案内ってあったっ [続きを読む]
  • 鋸岳 前編 −富士川の源流 登山道への長いみち
  • 山梨百名山の難関の一つ。おおらかな山容が特徴である南アルプスの中、甲斐駒ヶ岳より北西にある鋭利な姿の山。コースとしては長野の戸台から、甲斐駒ヶ岳から稜線を縦走、釜無川からといくつかありますがそれぞれ足場が悪い(落石)、滑落の危険、ロードがとにかく長いといった難点を抱えています。今回は釜無川から。一番リスクの少ないルートです。この辺りは砂利の採石や砂防ダム建設といったところが平日賑わっており、登山者用 [続きを読む]
  • 笹山 後編 ー南アルプスのシーズン直前 静かな白峰南嶺
  • 穂坂村(現韮崎市)出身である平賀文男の著書『赤石渓谷(1933年)』で笹山のことが取り上げられている。今ではダイレクト尾根などと呼んでいるがこの尾根は笹山尾根だと明記されている。特に名前の由来がわからない山であるが黒河内岳というのは白峰南嶺から奈良田へ流れる沢から取ったのであろうというのは調べれば何となくわかる。尾根にも山頂にも笹は一切生えていない。となると山の形とかもっと他の理由から笹とつけられたのだろ [続きを読む]
  • 笹山 前編 −奈良田から行くダイレクト尾根の登り
  • 別名、黒河内岳。南アルプスの支稜線、白峰南嶺にある。山梨百名山の難関のうちの一つである。以前は北の大門沢からか南の伝付峠経由でしか行けないテントを担いで一泊を要する所であったが、2008年に直接笹山へ行けるよう整備が始まり今では日帰りで行ける山となった。富士川の支流、早川にダムがありそこに架かるつり橋、塩見橋から入っていきます。目の前の尾根に取り付いて笹山を目指していきます。今日は長丁場・・・4:20登山 [続きを読む]
  • 九重山 後編 −九州本島最高峰からの眺め
  • くじゅう連山には御池という名前の池が2つある。天狗ヶ城の直下にある池を「みいけ」と呼び、大船山の直下にある池を「おいけ」と呼ぶ。御池(みいけ)のすぐ隣にも火口跡があるが、不思議なことにこちらの方が低いところにあるにも関わらず空池となっている。前編はこちら中編はこちら最高峰中岳からの景色。まず西側から、噴煙を上げている硫黄山。あれでも少ない方で勢いよく噴煙を上げているときもあるのだそう。北側の三俣山。 [続きを読む]
  • 九重山 中編 −九州の屋根を支えるくじゅうの山々
  • 同じ読み方をするのだから九重山の最高峰は久住山であってほしいところだが北東にある中岳が九重山の最高峰である。久住山が最高峰であったときもあった。実際深田久弥の著書、日本百名山では久住山が最高峰であるとの記述がある。登山者の増加や山頂の崩落等が原因で標高が低くなり1980年の再測量で中岳にその座を譲ってしまったそうだ。前編はこちら久住分れを過ぎると空池が見えてきます。この奥に御池があります、帰りに見に行 [続きを読む]
  • 九重山 前編 −ミヤマキリシマの季節 北の荒野を行く
  • 九州には、霧島、阿蘇、雲仙などの噂の高い山があるせいか、その最高峰は見逃されがちのようである。九州本島で一番高いのは九重山。九重山は山群の総称であってその主峰は久住山。同じ発音を持つ九重と久住が、そんな分け前に落ちつくまでに、長い間山名の争奪戦があったそうである。- 深田久弥 日本百名山 -九州遠征の締めくくりはミヤマキリシマが咲くくじゅう連山。今年は6/3に山開きがあり多くの人がSNSにミヤマキリシマをア [続きを読む]
  • くじゅうへ −水よき里の荒城
  • 「春高楼の花の宴」の出だしで耳にしたことがある荒城の月。作詞土井晩翠、作曲瀧廉太郎。瀧廉太郎は学童時代、父の仕事の関係上各地を転々としていたそうだが、その時に見た城跡が作曲のモチーフとなっている。竹田市にある岡城址はそのうちの一つで1898年に土井晩翠が中学唱歌用の歌詞として作詞したものに瀧廉太郎が曲を応募、採用され1901年に「荒城の月」として発表された。その2年後結核のため死去、わずか23歳、音楽活動期 [続きを読む]
  • 祖母山 後編 −祖母山の風穴 五ヶ所もう一つのコース
  • 日本近代登山の父、ウォルター・ウェストンも祖母山を登っており宮崎の高千穂町にも記念碑がある。宣教師として来日して熊本へ、最初に富士山を登った後阿蘇山に続いて祖母山を五ヶ所から登ったという。山の至るところでその名が出てくるウェストン、功績を称え偲ぶ祭りが今週末北アルプスの上高地で取り行われた。なお、高千穂町でのウェストン祭は11月上旬に行われるそうだ。前編はこちら小屋手前の分岐に戻ってきました。ここは [続きを読む]
  • 祖母山 前編 −日本神話の高峰 北谷登山口から
  • 祖母山は昔は九州第一の高峰として国定教科書にも載ったことがある。その後その名誉は九重山に譲ったが、山の由緒は古い。日向・豊後・肥後の三国に跨って古来鎮西の名山と称せられた。- 深田久弥 日本百名山 - 初代天皇、神武天皇の祖母である豊玉姫が祀られていることからその名がつく山。よくよく調べると神武天皇の母はこの豊玉姫の妹ってことみたいで、あれ?それじゃ祖母山じゃなくて叔母山じゃんとか思ったらどうやら豊玉姫 [続きを読む]
  • 屋久島水巡り −目まぐるしく回る6時間
  • 宮之浦岳へ登りこの日は安房の民泊で一泊。今後の計画を練り予定より早いですが翌日屋久島を出ることに。出港まで時間が許す限り屋久島を巡ることにしました。6時頃宿を出発、とりあえず西へ。7:00 大川の滝日本の滝百選の名瀑、「おおこのたき」と読みます。島の南西部、栗生集落より北へ進んだところにあります。永田岳の西面、大川にある滝。落差は88m、最寄りのバス停の近くに大川湧水があります。7:20 中間ガジュマル栗生集落 [続きを読む]
  • 宮之浦岳 後編 −しんどくも美しい奥岳の帰路
  • 何かしらの日本百選に選ばれている屋久島。ここの水もまた1985年に当時の環境庁が定めた日本の名水百選に選ばれている。屋久島宮之浦岳流水、大変軟らかい水で美味しい水がどこでも飲めるとうたっている。前編はこちら中編はこちら永田岳まで登って帰りは来た道を戻ります。永田岳への道中にある水場から。ここから見るといよいよラクダのこぶのような形に見えます。永田岳山頂から降りる際、道を間違えてネマチ峰の方へ行きそうに [続きを読む]
  • 宮之浦岳 中編 −屋久島の核心部 奥岳からの眺め
  • 江戸時代後期に薩摩藩が編さんした「三国名勝図会」によると宮之浦岳、永田岳、栗生岳を屋久三岳として紹介している。これらは九州の標高TOP3の山であるが、栗生岳については現在の栗生岳ではなく標高6位の黒味岳を指しているのではという話がある。ちなみに屋久島の芋焼酎「三岳」は宮之浦岳、永田岳、黒味岳の三山にちなみ命名されている。前編はこちらまるで宮之浦岳の中腹のような栗生岳でしたがここまで来たら山頂まで10分で [続きを読む]
  • 宮之浦岳 前編 −屋久島の奥岳へ 淀川登山口から
  • 俗に屋久島は「一と月に三十五日雨が降る」とさえ言われている。だからはるばる登山に出かけて行っても、晴天に恵まれることは滅多にないそうだ。- 深田久弥 日本百名山 -っと揶揄される屋久島登山、全てはこの日のために日程を合わせてきました。宮之浦岳を目指すなら途中の避難小屋で一泊は必至だと思ってましたが、淀川登山口を早朝に出れば日帰りは可能みたいです。今回はその先の永田岳まで行きます。11時間の見積もり。前日 [続きを読む]
  • 太忠岳 後編 −山頂に鎮座する神秘の造形
  • 屋久島の杉が伐採され始めたのは戦国時代の頃、島津氏や秀吉によって建築に使われたとされる。それまでは屋久杉を神木として伐採するものはいなかった。その後も屋久島の財政難などで伐採は続いたが昭和40年代からは伐採に制限がかかり1993年ユネスコ世界遺産登録へとつながった。前編はこちらシャクナゲが蕾をつけてました。九州のツクシシャクナゲは4月中旬に咲くという話でしたがこちらのシャクナゲは関東の方とあまり変わらな [続きを読む]
  • 太忠岳 前編 −屋久島上陸 屋久杉の森の中へ
  • 屋久島の観光地のうちの一つ、ヤクスギランドから入っていく太忠岳。山頂には特徴のある高さ40mにもなる一枚の花崗岩、天柱石が立つ。麓の町である安房からでもこの巨岩が見える。屋久島に上陸するや否や市街地観光には目もくれず大急ぎで登山口を目指しました。っというかそうでもしないと日中に帰って来られないので(笑)13:35ヤクスギランド着。ヤクスギランドの反対側にある休憩施設。売店やらトイレやらいろいろあるそう。13:4 [続きを読む]