chojiro22 さん プロフィール

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chojiro22さん: 辺境へ
ハンドル名chojiro22 さん
ブログタイトル辺境へ
ブログURLhttp://chojiro22.blogspot.jp/
サイト紹介文自然や遺跡よりも人と生活に惹かれる。長く家を留守にできない事情から、短期旅行を重ねるしかない。
自由文長く旅行しているいる人にはどうしてもかなわない。ならば珍しさで勝負とばかり、人のあまり行かないところ、行くのが困難なところをターゲットとする。かくて、北朝鮮、アフガニスタン、西サハラ、沿ドニエストル共和国、ソマリランド、コソボ、バングラデシュのチタゴン丘陵地帯、東チベット、新疆ウイグル自治区と、辺境への旅は今日も続く。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供43回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2015/08/24 09:21

chojiro22 さんのブログ記事

  • インドネシア・パプア州2018 八日目(バリ島へ)
  • 6月1日。ホテルの朝食は予想を裏切らずお粗末だった。ホテルから空港までは歩いて10分ほど。9時25発のデンパサール行きガルーダ便は、ほぼ定刻通りセンタニ空港を飛び立った。往路と同じくTimikaを経由し、5時間半ほどかけてバリ島のデンパサール空港に降り立ったのは午後2時ごろだた(パプアとバリ島の間には1時間の時差がある)。バリ島には明日の夜遅くまで滞在できる。帰国便は明後日の0時40分発だ。帰国までの1日半をリゾート [続きを読む]
  • インドネシア・パプア州2018 七日目(センタニへ戻る)
  • 5月31日。ジャヤプラ(センタニ)行きのトゥリガナ航空の便は11時20分発。ビュフェ式の朝食をとってから8時過ぎにホテルを出る。ホテルから空港までは歩いて15分ほど。空港についてチェックインする。ともかくフライトがキャンセルされていなようでホッとする。ホテルの朝食ところが11時を過ぎても飛行機が到着せず、搭乗できない。スタッフに聞くと遅延だと言う。いやな気になる。フライトがずるずると遅れて結局キャンセルされて [続きを読む]
  • インドネシア・パプア州2018 六日目(ワメナ) 
  • 5月30日今日はワメナの町の中で一日ゆっくり過ごすつもりだ。朝食後、9時前にホテルを出て、あてもなく町外れまで歩く。途中に市場があったので立ち寄る。大きい市場だが、閑散としてる。閑散とした市場街中に引き返し、空港まで歩く。トゥリガナ航空のオフィスがあったので、明日のジャヤプラ(センタニ)行きのフライトが予定通りであることを確認しておく。キャンセルや遅延が多い航路だけに気がかりだった。路上での賭博を今日 [続きを読む]
  • インドネシア・パプア州2018 四日目(ジウィカ村)
  • 5月28日。ホテルでビュフェ式の朝食をとったあと、8時半過ぎにPapua.comに向かう。藤原さんからワメナ観光の情報を得るためだ。ホテルからPapua.comまでは歩いて10分強。昨日見た「商店街」(イリアン通り)を通り抜ける。路上に人だかりがしているので覗いてみる。4、5人の男がトランプで賭博していた。それを取り囲んで眺めている人たち。月曜日の朝9時前から路上で賭博する働き盛りの男たち。パプアが抱え込んでいる問題を垣間 [続きを読む]
  • インドネシア・パプア州2018 三日目(ワメナ到着)
  • 5月27日。8時過ぎに宿を出て、空港へ向かう。遅延がキャンセルがめずらしくないジャヤプラ・ワメナ間の便だが、トゥリガナ航空機は定刻通り10時20分に飛び立った。ワメナまでは40分余りの短い飛行。11時過ぎに真新しいワメナ空港に降り立つ。ワメナ空港到着ガイドブックによれば、空港には「ガイド」たちがたむろしており、しつこく勧誘してくるということだったが、私には「タクシー」という声が2つか3つかかっただけだった。ワメ [続きを読む]
  • インドネシア・パプア州2018 二日目(ジャヤプラ)
  • 5月26日。午前1時半ごろにデンパサール空港を飛び立ったガルーダ機は午前8時半ごろにジャヤプラに着いた。約6時間の真夜中の飛行(バリとジャヤプラには1時間の時差がある)。途中にニューギニア島のTimkaに着陸し、食事も出たから、眠る時間はほとんどなかった。「ジャヤブラに着いた」と書いたが、空港はジャヤプラから36Km離れたセンタニ(Sentani)にある。ガイドブックによれば、センタニからジャヤプラに出るにはタクシーで1 [続きを読む]
  • インドネシア・パプア州2018 一日目(バリ島到着)
  • 5月25日インドネシアへの旅を思い立ったのは、東南アジアの主要国で足を踏み入れていない唯一の国だったからだ。リゾートとして賑わうバリ島は避け、ジャカルタを起点とする旅をまず考えた。しかし、ちょうとこの時期がラマダンと重なることを知った。ラマダンを経験するのもおもしろいかもしれないが、なにぶんにもはじめてのインドネシアだ。できればラマダンに影響されない場所に行きたい。そこでニューギニア島のパプア州が浮 [続きを読む]
  • J.P Manchetteの2作品
  • J.P Manchette: La position du tireur couché2018年4月23日読了著者:Jean-Patrick Manchette刊行:1981年評価:★★★J.P Manchette: Le petit bleu la côte Ouest2018年5月21日読了著者:Jean-Patrick Manchette刊行:1976年評価:★★★手元にJean-Patrick ManchetteのLivre de Poche(文庫本)が4冊ある。7、8年前にパリで購入したものだ。どうして彼の本を4冊も購入したのか。今となってはまったく思い出せない。おそらく [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 その後
  • 平壌からウラジオストクへの旅から1ヶ月半、メールを通じて同行者たちと写真や若干の情報を交換した。Korean Diaspora(海外に散った朝鮮人)を研究課題とするVictoriyaは次のような記事をWebに公開している。Lost and Found in Uzbekistan - The Korean Storyhttps://koreanstory.atavist.com/lost-and-found-in-uzbekistan 沿海州からウズベキスタンへ強制移住させられた祖父、その娘である母、そして自分へとつながる家族史だ。 [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 九日目(帰国、まとめ)
  • 3月7日。ツアー解散の日。Tomとオーストラリア人夫婦はすでにウラジオストクを離れている。パキスタン系英国人のAfzalはウラジオストクの別のホテルにあと1日滞在してから列車でハバロフスクに向かう。Victoriyaはサハリン(樺太)に強制移住させられた朝鮮人の足跡をたどるために、ユジノサハリンスクに飛ぶ。Pollyとその友人のAyeshaはAyeshaの現在の居住地であるソウルに向かう。Edgarはロシアを経由してヨーロッパを旅する予定 [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 八日目(ウラジオストク)
  • 3月6日。8時過ぎにホテルでビュッフェ形式の朝食をとる。朝食の席で一緒になったCorrieとNancyeのオーストラリア人夫婦が憤っている。怒りの対象はホテルの受付だ。昨夜、Wifiのことで受付に問い合わせたときの対応がなんともひどかったらしい。ランドリー・サービスについても、すでに支払い済みなのに再度請求されてもめたとか。「それに比べれば」と、北朝鮮との比較が始まる。「いろいろな制限の中でも、彼らはベストを尽くそ [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 七日目(ウラジオストク)
  • 3月5日。ホテルの朝食はビュッフェ形式。ロシア人に混じって東洋人の宿泊客もかなりいる。ウラジオストクを訪れる観光客でもっとも多いのは中国人ということだが、このホテルでも街の中でもよく目についたのは韓国人だ。それも団体客ではなくて、2人連れ、3人連れの若者(特に女性)が多い。やはりビザなしでロシアに入国できることが大きいのだろう。ウラジオストクとソウルは近く、飛行機の便も多い。9時にユリアのガイドのもと [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 六日目(朝露国境を列車で渡る)
  • 3月4日。羅先は羅津(ラジン)と先鋒(ソンボン)からなる。中心となるのは羅津だ。羅津の北に位置する先鋒は人口も少なく、「村」と呼んだほうがぴったりする。今日はその先鋒を経由して豆満江(トマンガン)駅まで行き、鉄道でロシアに渡る。8時半にホテルを出発したマイクロバスは1時間ほどで先鋒エリアに入る。まず今も残されている日本家屋と朝鮮家屋を見学する。これは2014年にも訪れた場所だ。女性ガイドの説明を金ガイドが [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 五日目(羅先観光)
  • 3月3日。ホテルの朝食を済ませ、8時半にマイクロバスで羅先観光に出発する。最初の行き先は琵琶島だ。2014年の夏に訪れたときにはアザラシを見る遊覧船が出ており、中国人の観光客で賑わっていたこのエリアも、オフシーズンの今は私たち以外に誰一人見あたらず荒涼としていた。海産物などを提供していた店もすべて完全に閉鎖されている。次に鮭と鱒の養殖場を見学したあと、2014年にも訪れたエンペラー・ホテルに向かう。これは香 [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 四日目(羅先到着)
  • 3月2日。6時過ぎに寝台から起き上がる。夜中に2回目が覚めたが、予想に反してまずはよく眠れた。昨日よりいっそう深く積もった雪が朝日に輝いている。まさに鮮やかな朝だ。同行者の多くにとって、朝に飲む1杯の紅茶、1杯のコーヒーは格別らしい。用意も万端で、紅茶のセットやコーヒーメーカーまで持参している者もいる。紅茶やコーヒーの習慣のない私は、平壌で購入した中国の乳飲料で朝の渇きをいやす。9時過ぎに朝食としては遅 [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 三日目その2(列車は進む)
  • 3月1日(その2)。平壌から清津まではガイドとして金(キム)と安(アン)の2人が私たちに付き添っていた。列車の中では彼らとも話す機会があった。金(キム)は私たちが平壌空港に到着した初日からのガイド。彼からは「サムライとは何か」という質問を受けた。「ancient warriorだ」と答えたうえ、サムライが人口に占める割合は10%にも満たなかったこと、平和が長く続いた江戸時代にはworrierというよりbureaucratだったことなど [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 三日目その1(列車出発)
  • 3月1日(その1)。朝7時に羊角島ホテルをチェックアウトして、平壌駅に向かう。朝食を食べる時間はなかったが、列車に持ち込む簡単なサンドイッチをホテルが準備してくれていた。駅には羅先行きの列車が待機している。10両ほどの車両からなる列車だが、我々が乗るのは最後尾の「国際車両」で、朝鮮語とロシア語で書かれた「平壌ーモスクワ」というプレートがかかっている。平壌ーモスクワのプレート金(女性)ガイドとはここでお別れ [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 二日目(平壌)
  • 2月28日。宿泊客が少ないため、朝食は大ホールでのビュッフェ形式ではなく、「虹の間」と呼ばれる小さな部屋でウェートレスが個別にサービスする形だった。パンとオムレツ、サラダ、ミルク、コーヒー。我々以外にも4、5人の客の姿が見られた。8時にホテルを出てまず向かったのは万寿台の金親子の銅像。冬の平壌の朝は寒いが、恐れていたほどではない。零下2、3度といったところか。途中で花束を購入し、Simonが代表で銅像の前に捧 [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 一日目(平壌到着)
  • 2月27日。8時過ぎに宿をチェックアウトし、チェーンレストラン「李先生」で朝食をとる。ワンタンのスープと揚げパンで19元(約320円)。チェーンレストラン「李先生」で朝食Koryo Toursの事務所に9時半ごろに到着した。直接に空港に向かうパキスタン系英国人のAfzalを除く総勢9人(ガイドのSimonを含む)が10時前に事務所に集合、空港行きのバスに乗り込む。私を含め数人はスーパーで調達したカップヌードルなどを入れたプラスチッ [続きを読む]
  • 平壌からウラジオストクへ2018 北京での事前説明会
  • 2018年2月25日、26日。2015年の10月、北朝鮮を鉄道で巡るツアーに参加し、列車で移動しながら平壌、妙香山、咸興、清津、元山を訪れた。しかしこれは、我々14名のツアー客のために特別に用意された専用列車を利用しての旅だった。列車の中で北朝鮮の人たちとふれあう機会は最初から奪われていた。2015年秋の鉄道の旅できれば普通の列車で普段着の北朝鮮の人たちに交じって旅をしたい。北京を拠点とする英国系の旅行会社Koryo Tours [続きを読む]
  • エジプト2017 十二日目(帰国、まとめ)
  • 12月28日。帰国の日。フライトは19時5分。午後3時に空港行きの車が宿に迎えに来る。9時ごろに朝食をとる。テラスの床に座っての朝食。日本人男性とウクライナ人女性の2人連れが食事にやってきた。この2人組とはエジプト初日にもこの宿で顔を合わせていた。私がアスワンやルクソールを旅行していた間、彼らはずっとここに滞在していた(2人が部屋を一緒にしていたかどうかは確かでない)。「ビジネス」でカイロに来たとのことだった [続きを読む]
  • エジプト2017 十一日目(カイロ)
  • 12月27日。8時すぎに朝食をとろうとして、ドーミトリーの部屋から出るが、宿のオーナーが見あたらない。呼んでも出てこない。しばらく待ったが、戻ってこない。これは困った。朝食が出ないのはともかく、今日はこの宿をチェックアウトしてベニス細川家に移動するつもりだ。宿代はまだ払っていなかった。このまま何も払わずに出て行くことも可能だが、さすがにそれはまずいだろう。2日分の宿代20ドル(今日の朝食が出ていないわけだ [続きを読む]
  • エジプト2017 十日目(カイロ)
  • 12月26日。宿泊している「さくら」で8時すぎに朝食をとる。「さくら」はその名前が示すとおり、日本人旅行者をターゲットとするいわゆる「日本人宿」で、日本語を話すエジプト人男性が経営している。ここに2泊し、最後にベニス細川家で1泊してから帰国の途につく。3泊ともベニス細川家にしたかったのだが、最後の日を除いて個室はすべて予約で埋まっていた。日本人宿を選んだのは旅の情報を得られると思ったからだ。しかし「さくら [続きを読む]
  • エジプト2017 九日目(ピラミッド詐欺事件)
  • 12月25日。まんまとやられた。くやしい。なさけない。しゃくだ。みじめだ。腹がたつ。そしてなによりもはずかしい。屈辱の一日。のこのことピラミッド見物に出かけたのはいいが、手の込んだ詐欺にコロッと引っかかってしまったのだ。事の顛末は次のとおり。この日、夜行列車で早朝にカイロのラムセス駅に着き、タフリール広場近くの宿「さくら」にチェックインした。この宿のことは後日ふれる。10時過ぎに宿を出て、先週遠くから見 [続きを読む]