chojiro22 さん プロフィール

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chojiro22さん: 辺境へ
ハンドル名chojiro22 さん
ブログタイトル辺境へ
ブログURLhttp://chojiro22.blogspot.jp/
サイト紹介文自然や遺跡よりも人と生活に惹かれる。長く家を留守にできない事情から、短期旅行を重ねるしかない。
自由文長く旅行しているいる人にはどうしてもかなわない。ならば珍しさで勝負とばかり、人のあまり行かないところ、行くのが困難なところをターゲットとする。かくて、北朝鮮、アフガニスタン、西サハラ、沿ドニエストル共和国、ソマリランド、コソボ、バングラデシュのチタゴン丘陵地帯、東チベット、新疆ウイグル自治区と、辺境への旅は今日も続く。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供46回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2015/08/24 09:21

chojiro22 さんのブログ記事

  • エジプト2017 十二日目(帰国、まとめ)
  • 12月28日。帰国の日。フライトは19時5分。午後3時に空港行きの車が宿に迎えに来る。9時ごろに朝食をとる。テラスの床に座っての朝食。日本人男性とウクライナ人女性の2人連れが食事にやってきた。この2人組とはエジプト初日にもこの宿で顔を合わせていた。私がアスワンやルクソールを旅行していた間、彼らはずっとここに滞在していた(2人が部屋を一緒にしていかかどうかは確かでない)。「ビジネス」でカイロに来たとのことだった [続きを読む]
  • エジプト2017 十一日目(カイロ)
  • 12月27日。8時すぎに朝食をとろうとして、ドーミトリーの部屋から出るが、宿のオーナーが見あたらない。呼んでも出てこない。しばらく待ったが、戻ってこない。これは困った。朝食が出ないのはともかく、今日はこの宿をチェックアウトしてベニス細川家に移動するつもりだ。宿代はまだ払っていなかった。このまま何も払わずに出て行くことも可能だが、さすがにそれはまずいだろう。2日分の宿代20ドル(今日の朝食が出ていないわけだ [続きを読む]
  • エジプト2017 十日目(カイロ)
  • 12月26日。宿泊している「さくら」で8時すぎに朝食をとる。「さくら」はその名前が示すとおり、日本人旅行者をターゲットとするいわゆる「日本人宿」で、日本語を話すエジプト人男性が経営している。ここに2泊し、最後にベニス細川家で1泊してから帰国の途につく。3泊ともベニス細川家にしたかったのだが、最後の日を除いて個室はすべて予約で埋まっていた。日本人宿を選んだのは旅の情報を得られると思ったからだ。しかし「さくら [続きを読む]
  • エジプト2017 九日目(ピラミッド詐欺事件)
  • 12月25日。まんまとやられた。くやしい。なさけない。しゃくだ。みじめだ。腹がたつ。そしてなによりもはずかしい。屈辱の一日。のこのことピラミッド見物に出かけたのはいいが、手の込んだ詐欺にコロッと引っかかってしまったのだ。事の顛末は次のとおり。この日、夜行列車で早朝にカイロのラムセス駅に着き、タフリール広場近くの宿「さくら」にチェックインした。この宿のことは後日ふれる。10時過ぎに宿を出て、先週遠くから見 [続きを読む]
  • エジプト2017 八日目(ルクソール最後の日)
  • 12月24日。今日はカイロへ戻る日だが、カイロ行きの夜行列車がルクソール駅を出るのは19時10分。今日もほぼ丸一日をルクソールで過ごせるわけだ。チェックアウトぎりぎりの12時近くまで部屋でゆっくりしたあと、バックパックをホテルに預けて街に出た。観光スポットは昨日のツアーで十分だ。特に目的を定めずに、気の向くままにぶらぶら歩いてみよう。路地や裏通りに迷い込むのもいいだろう。ルクソールの路地少しぶらついたあと、 [続きを読む]
  • エジプト2017 七日目(ルクソール)
  • 12月23日。8時過ぎに昨日の男がホテルまで迎えに来た。ツアーのお迎えだ。ロビーに降りてあらためて男の説明を聞くと、これからナイル川の西岸に渡り、ハトシェプスト葬祭殿や王家の谷を訪れるという。おいおい、話が違うぞ。昨日の説明ではカルナック神殿とルクソール神殿を見学するツアーだったはずだ。カルナック神殿とルクソール神殿は午後からのツアーで、これに参加するにはさらに150ポンドが必要とのこと。ちょっと腑に落ち [続きを読む]
  • エジプト2017 六日目(ルクソールへ)
  • 12月22日。7時30分発のルクソール行きの列車に乗るため駅に向かう。宿泊しているParadise Hotelから駅までは徒歩で5分ほどと近い。大きくリクライニングできる1等席で3時間余り快適に列車に揺られ、ルクソールに着く。駅から出たとたん「どのホテルを探しているのか」と声をかけてくる男たち。男たちにかかわることはせず、とりあえずガイドブックで目を付けていた駅前のAnglo Hotelを目指す。ホテルはすぐに見つかる。中に入ろう [続きを読む]
  • エジプト2017 五日目(ヌビアの村)
  • 12月21日。9時過ぎに宿を出て、歩いて10分ほどのフェリー乗り場に向かう。ヌビアの村を訪れるためだ。ヌビアへの興味は7、8年前にさかのぼる。きっかけは音楽。まずフランスのLes Nubiansという女性デュオを知った。彼女たちはヌビア人だが、その音楽はR&Bないしジャズ調のもので、ヌビアの伝統楽器を使っているわけではなく、ヌビアの旋律を取り入れているわけでもない。Les Nubiansから知ったのは古代からアフリカに住むヌビア人 [続きを読む]
  • エジプト2017 四日目(アブ・シンベル)
  • 12月20日。アル・シンベル神殿へのツアーの日。3時半のモーニングコールの前には目が覚めていた。4時少し過ぎにホテルに迎えが来て、マイクロバスに乗り込む。すでに先客が2人いる。そのうち1人は日本人男性。彼もカイロのベニス細川家で出会った長期旅行者だ。昨日出会った日本人青年と同じYaseen Hotelに宿泊しているという。マイクロバスはいくつかのホテルに立ち寄り、ツアーの総勢が揃う。エジプト人3人、韓国人の3人家族、若 [続きを読む]
  • エジプト2017 三日目(アスワン到着)
  • 12月19日。今日は飛行機でアスワンに向かう。アスワンまでの片道の飛行機代は135ドル。高いが、時間が限れている短期旅行者としてはやむをえない。12時40分の定刻にカイロ空港を飛び立ったエジプト航空機は1時間ちょっとでアスワンに着いた。乗客の大半は中国人の団体客だった。空港からアスワン市内までタクシーで向かおうとする個人旅行者はごく少数(市内までの公共交通機関はない)。タクシーと値段を交渉するも、150ポンド( [続きを読む]
  • エジプト2017 二日目(カイロ)
  • 12月18日。昨日9時前に寝入ったこともあり、朝5時には目が覚めた。ベニス細川家の朝食は8時から。8時ちょっと過ぎに朝食を済ませる。パンとオムレツ、オレンジ、コーヒー(または紅茶)。可もなし、不可もなしといったところ。さて今日一日カイロでどう過ごすか。何はともあれピラミッドを見ておこう。宿のスタッフに尋ねると、ピラミッドに行くには、地下鉄のアタバ駅からギザ駅に向かい、ギザでマイクロバスに乗ればいいとのこと [続きを読む]
  • エジプト2017 一日目(カイロ到着)
  • 12月16、17日。エジプトに行きたいという強い思いがあったわけではない。エジプトは辺境でもなく、少数民族の宝庫でもない。エジプトの古代史に興味があれば話は別だが、残念ながらそっちの方面の知識は皆無で、興味も薄い。にもかからず年末の旅行先としてエジプトを選んだのは、当初考えていたソマリア行きがテロの発生によって頓挫し、代案として浮上したニジェールもコストの関連で躊躇したからだ。いわば消去法による選択だ。 [続きを読む]
  • Stefan Zweig: Joseph Fouché
  • 2017年10月21日読了著者:Stefan Zweig評価:★★★★★刊行:1929年Kindle版1942年に亡命先のブラジルで自死したオーストリアの作家Stefan Zweigによるナポレオン体制下の警察大臣Joseph Fouchéの伝記。Zweigはウィーンのユダヤ系富豪の家に生まれたオーストリア人だが、その関心や教養、言語能力からしてヨーロッパ人あるいはコスモポリタンと呼ばれるにふさわしい。Joseph Fouchéは日本ではそれほど馴染みのある名前ではない [続きを読む]
  • チェチェン共和国2017 モスクワ、帰国、まとめ
  • 10月8日。今回の旅のメインはチェチェンであり、モスクワ観光はいわばオマケだ。ホテルに近いカフェで遅めの朝食をとったあと、地下鉄でウニヴェルシチェート駅まで出かける。ボリショイ・モスクワ国立サーカスを見るためだ。ロシアのサーカスは2005年の春にサンクトペテルブルクでも見た。周りからは「なぜまたサーカスに? サーカスなんて子供のためのものじゃないか」といぶかしがられたものだが、これには2004年に平壌で見たサ [続きを読む]
  • チェチェン共和国2017 Kezenoy-am湖へ(チェチェン三日目)
  • 10月5日。今日はチェチェンの建国199周年記念日。いろいろな行事があるとのことだが、私たちはダゲスタンとの国境に近いKezenoy-am湖に向かう。チェチェンの歌やダンスに興味がある私としてはちょっと残念。湖に行くにはかなり険しい山道を通るため、Abdullaは特別に車と運転手を手配していた。8時過ぎ、その運転手とホテルから少し離れたところで合流する(運転手の名前は忘れてしまった)。英語はまったくしゃべれない。車は日産 [続きを読む]
  • チェチェン共和国2017 チェチェン二日目
  • 10月4日。7時半すぎにホテルでビュフェ式の朝食をとる。五つ星ホテルだけあって申し分のない内容。食べ過ぎてしまった。Abdullaは9時に迎えに来た。昨日見損なった野外民族博物館へ行くためだ。空は快晴、すがすがしい。博物館があるUrus-Martanへの1時間余り、快適なドライブが続く。グロズヌイの街とその郊外は予想したよりずっと整然としている。少なくとも表面上は戦火の痕跡はまったく覗えない。車内に流れているチェチェンの [続きを読む]
  • チェチェン共和国2017 モスクワでの一日
  • 10月2日。今日は一日モスクワでゆっくりできる。およそ12年ぶりのモスクワだが、今回の旅行の目的はチェチェンにあるので、モスクワについてはあまり調べておらず、特に計画もない。昨日の総菜の残りで朝食を済ませてから、10時過ぎにホテルを出る。外は寒く、空は曇っている。スマートフォンの表示によれば今朝の気温は4℃だった。まずはお決まりの赤の広場とクレムリンに向かう。ホテルのあるパルチザンスカヤ駅から赤の広場まで [続きを読む]
  • チェチェン共和国2017 モスクワ到着まで
  • 北コーカサスは遠い。地理的にはともかく、歴史的にも文化的にも政治経済的にもいろいろな意味で日本から遠く離れている。南コーカサスも近くはないが、アゼルバイジャン、ジョージア(グルジア)、アルメニアはそれぞれ独立国であり、日本からのツアーも組まれている。これに対し、北コーカサスを構成するロシア連邦内の北オセチア、ダゲスタン、イングーシなどの共和国はその存在さえほとんど知られていない。チェチェンだけは例 [続きを読む]
  • Édouard Louis: En finir avec Eddy Bellegueule
  • 2017年4月7月読了著者:Édouard Louis評価:★★★★★刊行:2014年Eddy Bellegueuleという本名に別れを告げたÉdouard Louisが若干21歳で発表した自伝的要素の色濃い作品。フランスでベストセラーとなり、英語や日本語などにも翻訳されている(邦題は「エディに別れを告げて」)"De mon enfance je n'ai aucun souvenir heureux."(子供時代の幸せな思い出は何一つない)という衝撃的な文章から始まり、子供時代(主にcollege、 [続きを読む]
  • ハルビン・長春2017 五、六日目(ハルビン、帰国)
  • 6月5日。ハルビン最終日。今日の宿はbooking.comを通じてすでに予約してある。中央大街にあるホリディインだ。1泊538元(約9000円)と、私にしては(超)高値の宿だが、これを選んだのには理由がある。明日のフライトは朝の8時だから、6時には空港に到着していたい。ハルビンの市街から空港までは40分以上かかるので、5時ごろにチェックアウトしてタクシーを拾う必要がある。タクシーは予約しておいたほうがいいだろう。こうした事 [続きを読む]
  • ハルビン・長春2017 四日目(ハルビンへ戻る)
  • 6月4日。10時半ごろに宿をチェックアウトする。ハルビン行きの列車は11時32分発だから、時間はたっぷりある。駅前のチェーン店らしき食堂に入り、、朝食兼昼食のブランチをとることにする。注文したのはトマトと卵の炒め物の定食。あまりおいしくないうえ、量も少ない。まずいというほどではないが、おいしくはない。こと食に関する限り、今回の旅は空振り続きだ。駅前の食堂でブランチ駅構内に入り、長い行列に加わって、ハルビン [続きを読む]
  • ハルビン・長春2017 三日目(長春)
  • 6月3日。今日は丸一日長春の観光にあてることができる。だが観光に先立って、明日のハルビン行きの列車の切符を購入しておきたい。昨日超市(スーパー)で購入したパンで朝食を済ませから、駅に向かい、切符を購入する。ハルビン西駅行きの列車は数多くあるが、ハルビン行きの列車はそう多くない。午前11時32分発の切符を購入した。ハルピン駅到着は14時49分。およそ3時間の列車の旅で料金は40元(600円ほど)だ。これにはちょっと [続きを読む]