フリムン徳さんのパンク さん プロフィール

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フリムン徳さんのパンクさん: ikoma-gun(フリムン徳さん)のブログ
ハンドル名フリムン徳さんのパンク さん
ブログタイトルikoma-gun(フリムン徳さん)のブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/ikoma-gun/
サイト紹介文俳句、短歌、川柳、いろいろあれど、フリムン徳さん、規格にはめて作れない、パンクを作っている。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供235回 / 365日(平均4.5回/週) - 参加 2015/08/31 09:30

フリムン徳さんのパンク さんのブログ記事

  • 1050 -家から最寄りの駅までの道すがら
  • 「家から最寄りの駅までの道すがら」 辞書で調べてみたら、漢字では道途次とある。 私の家は信貴山の中腹あたりにあるので、坂道になっている。うんうんと思いながら、広い坂道を降りて駅へ向かう。清潔な通りでごみ一つ落ちていない。両隣の表札や庭構えなどを見ながら行くと小さな通りにぶっつかる。表札に私の知っている友達や親戚と同じ名前を見つけると、少し親しみを感じる。 この小さな通りの名前はない。そういえば、私 [続きを読む]
  • 1049−健康診断の日に
  • 「健康診断の日に」 「長生きしましょうね」今日8月28日3か月ごとに受ける健康診断に行った。これは担当の優しいお医者さんの口から出た言葉である。長生きしそうに思ってうれしくなった。受付前で自分で血圧を測って124に下がって嬉しがっている時であった。この先生、去年はこう言って喜ばしてくれた。 「一緒に治していきましょうねえ」と喜ばしてくれたものである。これは催眠術にかけらているようにも思える。そうだ、お医 [続きを読む]
  • 1048−墓参り
  • 三笠霊園は東大寺が真下に見える丘の斜面にある。清潔な墓地である。親父が死ぬ1年前に買った。それから1年後親父は59歳で死んだ。不思議なことである。 きょう(8/12) 久しぶりに墓参りに行った。奈良の駅について、お酒を持ってくるのを忘れたという。駅中の売店で買ったら、1合瓶がなんと650円と嫁はんは驚いていた。私が晩酌に飲む1升の酒は980円である。 迎え盆の前の日曜日だから、墓参りの人はいっぱいだった。にぎやかな [続きを読む]
  • 1047−河内音頭
  • 盆おどりのシーズンです。真新しい浴衣を着て踊りたいです。https://www.uta-net.com/movie/6351/私の住む一帯も大和河内の国境です。盆踊りの日は鉄砲光三郎の河内音頭が公園から流れてきます。今度の日曜日は内から30メートルの公園であります。ビールをちびりちびりやりながら踊れないから、眺める側です。 [続きを読む]
  • 1046−河島英五 の時代おくれ の歌
  • 河島英五 の時代おくれ の歌一日二杯の 酒を飲み さかなは特に こだわらず マイクが来たなら 微笑んで十八番を一つ歌うだけ 妻には涙を 見せないで 子供に愚痴を きかせずに 男の嘆きは ほろ酔いで 酒場の隅に置いて行く 目立たぬようにはしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい 不器用だけれど しらけずに 純粋だけど野暮じゃなく 上手なお酒を 飲みながら 一年一度 酔っぱら [続きを読む]
  • 1045−重たい暑さ
  • 「重たい暑さ」 インターネットでこんな写真を見つけました危険な暑さ、厳重警戒、命をとる暑さなど、今までに聞いたことのない言葉があふれている。今日は熱中症で何千人が病院へ担ぎ込まれた。日本のテレビニュースは忙しい。…日本は地震、雨、洪水、暑さにいじめ倒されている。私の住んでいたカリフォニア・モントレーは、山の砂漠と呼ばれるところで、雨は年に10日も降らなかった。 それでも20メートルも地面を掘ると井戸水 [続きを読む]
  • 1044- 浪花しぐれ
  • 「浪花しぐれ」 どこのテレビにもほぼ毎日出ている最近の若者の歌の意味が分からん、曲が分からん、横文字のグループの名前もわからんたまに、NHKのど自慢大会で懐かしい歌謡曲を聞くと心が昔に旅する。 今は、インターネットで聞くように、見るようにしている。ここに昔懐かしい歌謡曲、浪花しぐれの歌詞を書きます。私は岡千秋さんのガラガラ声にしびれます。音と動画を入れたいが、著作権に引っかかるようで辞めます。これで観 [続きを読む]
  • 1043−「ニュース、大雨」
  • 「ニュース、大雨」こんなタイトルを見つけた。考えさせられるタイトルである。雨雨降れ、降れではない雨雨降るな、降るなである。二階まで雨が上り詰めてきた。雨が2階まで上がってくるのをどういう風に表現するのかわからない町中が水に埋まっている。屋根に上って手を振って助けを求めている人もいる。ヘリコプターで吊り上げられて運ばれている人もある。山手の方へ逃げた人たちも心配がある。崖崩れの心配である。どのテレビ [続きを読む]
  • 1042−信号機
  • アスタリスク配列 街中を車で走っていると、信号機だらけである。私の家の中にも信号機があるらしい。この信号機は青色が故障していて、私の晩酌時は黄色と赤色が点きぱなしのようである。あたかも、私の酒量を見つめているようである。 私の故郷喜界島45キロメートル一周道路には信号機が一つだけある。その理由が面白い。子供に信号を守ろうと、教えるために立てたらしい。私の住んでいた、カリフォニア・モントレーの 家の [続きを読む]
  • 1041−初孫の島ユミタ
  • (大工の徳さんが造った衝立)大工の徳さん〈上園田徳市〉 TOM UESONODA USA 嬉しいなあ,嬉しいなあ,こんな嬉しいことがあるかいな。2歳になるアメリカ生まれの孫が島ユミタ(喜界島言葉)で「アジイ(お爺さん),アンマア(おばあさん)」と電話で言いよった。滅び行く喜界島の言葉がアメリカで復活しそうや。こんないいことがあるかいな。 この前は英語で「ハロウ,ハロウ」とだけ言えた。電話の向こうで息子が「ハロウ, [続きを読む]
  • 1040−震度6弱
  • 震度、6弱グラッ、グラッ、ドスン、ドスン、ガタッ、ガタッ、どんな言葉で表現したらいいのかたったの10秒か20秒、外へ逃げる間もなかった。 すぐに行動したのはテレビを見ることだった。震源地は大阪の北方、高槻地方私の友人がおる、電話したら、自分の家は大丈夫という。 すぐにテレビの画面に、被災地の場面が続々出てきた。青い瓦屋根から、屋根を突き破っているようにモクモクと真っ赤に燃えさかる炎。 アスファ [続きを読む]
  • 1039-冷蔵庫を空にする
  • 「冷蔵庫を空にする」「冷蔵庫が空になる」「冷蔵庫が空になった」for sale からin escrow からsoldになった。 7月18日に大金が入る、なんぼや思う、2645万円や今日は二日前の7月16日、今晩から眠れそうにない、今から1瓶3ドルのビールを向かいのグロサリーで買いに行く。 71歳の人生で1日にこんな大金が入る。俺は悩む、使い方に悩む。悩む。だんだん冷蔵庫の食べ物が減っていく。カレーライス、カレーうどん、カレー蕎麦だけを [続きを読む]
  • 1038-はじめ悪ければ、すべて悪し
  • 弟道雄撮影 「はじめ悪ければ、すべて悪し」サンルイスオビスポ発8時7分の飛行機が遅れた。今飛行機修理中というアナウンスが何度も流れる。私の心を曇らせた。サンフランシスコ行きの飛行機が2時間も遅れた。 予約していたサンフランシスコ発11時13分の関空行きの飛行機に乗れなかった。サンフランシスコ発12時55分の成田行きになり、成田から伊丹着になった。 弟の道雄は関空へ迎えに来ると言っていた。問題が起きた。道雄に [続きを読む]
  • 1037- 前略、親父さん
  •  8-二人で、親父の会社の近くに4畳半一間のアパートを借りた。風呂なし、ひとつだけの窓の下に小さな流しと水道が付いていた。便所は共同便所だった。生れて初めて住む真新しいアパートの部屋だった。新しい畳の匂いは50数年経った今でも思い出せそうだ。 そして生まれて初めて家の鍵というものを持たされた。喜界島では鍵など使ったことがない。鍵をかけるという習慣がなく、家はいつも開けっぱなしだった。だからこれがヤマ [続きを読む]
  • 1036−前略、親父さん⑦
  • 7− 私が小さい頃、喜界島の百姓では食えないので、親父は大阪へ出稼ぎに出た。 親父の仕送りで、お袋と長男の私を筆頭に5人の子供は何とか生活できた。その仕送りが時たま途切れることがあった。 不景気の頃だから、仕事がない日が多かったと思う。親父は手に技術がなく、おまけに歳だったから、日雇いの肉体労働しかない。職安に行ったり、知人のツテで仕事を探したらしいが、そんな簡単にいい仕事が見つかるはずがない。 [続きを読む]
  • 1035−前略、親父さん⑥
  • ⑥ 娘が生まれて半年もしないうちに、親父は脳溢血であっけなく死んでしまった。1週間ぐらい、無意識で鼻を鳴らしながら、寝るているだけだった。その親父に娘の手を握らせたら、握ったのだ。意識があったのだ。 でもそれが親父の最後だった。まさか57歳で死ぬとは思わなかった。だから坊さんは行年を、数え年の59歳に位牌に書いてくれた。その時に私は思った。「親孝行は親が生きているうち」「自分の出来る時」「いつか [続きを読む]
  • 1034−前略、親父さん⑤
  • ⑤ でもその頃の私は恥ずかしい,すまないという気持ちよりももっと強いものがあった。それは幸せに関することだった。「人間は一生を幸せに生きなければならない」「それには,自分の性格に合った、好きになれる仕事を探すこと」「それは若いうちにしか出来ない」、そう心に決めていた。 そんな本を読みすぎたせいもあると思ったが、私は記録を作るみたいにわざと仕事を変わった。  「今は親に肩身の狭い思いをさせているが [続きを読む]
  • 1033-前略、親父さん、?
  • ?この優しい親父に一度だけ凄く怒られたことがある。柔道部の主将になり、調子に乗って、チンピラの真似をした時期だった。啖呵を切るような大阪弁のまき舌の言葉を稽古し、わざと乱暴な言葉を使った。服装もチンピラの真似をしてチンピラ服装をした。  その当時の親父の楽しみは無二の親友とたまに将棋をする事だった。彼の名前は米沢定八郎といった。ある時、その親父の無二の親友を私は呼び捨てにした。もう遅い。 親父は [続きを読む]
  • 1032-前略、親父さん③
  •  ③隣の部屋の声は丸聞こえであった。そんな小さな部屋に、歯の白い美女が現れたことがあった。「もうお付き合いをやめさせてくださいと悲壮な顔だった。お宮と寛一で有名な熱海の大月ホテルでアメリか行きをとるか、自分をとるか迫った美女である。彼女は私が無銭旅行で、アメリカにいる時、ほとんど2週間毎日手紙をくれた。 私は昼働き、夜間高校に通った。授業中は居眠りばかりだった。9時の授業が終わってからのクラブ活動 [続きを読む]
  • 1031−前略、親父さん②
  • 二人で、親父の会社の近くに4畳半一間のアパートを借りた。風呂なし、ひとつだけの窓の下に小さな流しと水道が付いていた。便所は共同便所だった。生れて初めて住む真新しいアパートの部屋だった。食卓のテーブルを置くスペースがないので、流しに幅35センチぐらいの板をヒンジで取り付け、下に棒を立てる。それが二人の食卓であった。 そんな小さな部屋の新しい畳の匂いは50数年経った今でも思い出せそうだ。そして生まれて初め [続きを読む]
  • 1030−前略、親父さん?
  • 「前略、親父さん」 “親孝行は親の元気なうちに“ その通りのようである。人生80、90歳の今頃、私の親父は59歳の若さで亡くなった。 そのうちしよう、そのうちしよう、と思っていた親孝行は何もできなかった。十分な会話もなかった。親父はおとなしかった。息子の俺のやることに何一つ文句を言わなかった。何か物足らない親子関係のようでもあった。  私が小さい頃、喜界島の百姓では食えないので、親父は大阪へ出稼ぎに出た [続きを読む]
  • 1029−日本 〇 アメリカ ?
  • 「日本 〇 アメリカ ?」日本に帰ってきてもう3年半、JRの西友でよく買い物をする。西友はアメリカのWALMART と提携しているので、年配のキャッシャーが多い。 WALMART が アメリカのある町に支店を出そうとしたが、その町の労働組合から反対されて実現できなかった。それは賃金が低い店だからである。だから若い人が働かない。 私がよく行っていたモントレー・パソロブレスの店も年配のキャッシャーのオンパレードである。人件費 [続きを読む]
  • 1028−味噌かミスか?
  • 味噌私は、毎日の朝ごはんに必ず1杯の味噌汁をすする。懐かしい小学生の頃、故郷喜界島の港の桟橋で釣りたての魚を刺身にして、酢味噌で食べたあの味を思い出す。島では味噌とは言わないで、(ミス)という。昔喜界島は醤油がなかったので、刺身を食べるのは酢味噌で食べるのがふつうだった。だから私は醤油ラーメンではない、味噌ラーメンである。醤油味ではない、みそ味である。あの酢味噌のおいしかったことは74歳の老人に [続きを読む]
  • 1027-色で観る大相撲
  • 観客の美人もかすむ行司の色とりどりの行事服折り目も見事(折り目正しく?)力士が顔や体を拭く色とりどりのタオル満員御礼の日の収入はいくらかインターネットで調べてみたら28年度で 55億円NHKの放映権は30億円力士の収入は横綱 282万円大関 235万円小結169万円前頭 131万円十両 104万円行司の収入は・序ノ口格行司(14,000〜20,000円未満)・序二段格行司(20,000〜29,000円未満)・三段目格行司(29,000〜42,000円未満 [続きを読む]
  • 1026- うれしい家
  • 「うれしい家」人民の人民による人民のための政治ではない。徳さんの徳さんによる徳さんのための家である。ロスアンジェルスとサンフランシスコのほぼ中間、モントレーの山奥の土地(3万5千坪)に家を建て始めた。 土地の境界線の距離はほぼ4キロメートルある。故郷喜界島の小野津村から嫁はんの坂嶺村までの距離である。フリムン徳さんはこれが自慢したかったのである。イッイッ。この土地はロスアンジェルスに住んでいた頃、10 [続きを読む]