空 さん プロフィール

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空さん: 何のために生きるのか?
ハンドル名空 さん
ブログタイトル何のために生きるのか?
ブログURLhttps://ameblo.jp/taitakau-tan/
サイト紹介文何のために生きなければいけないのか?生きる意味は本当にあるのか?
自由文死ぬその時まで、人生の意味を追い求め続ける・・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供64回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2015/09/06 17:39

空 さんのブログ記事

  • 衣食住に対する飽き
  • 豪華な料理を食べたいという欲があっても、その前に普通のごはんを腹いっぱい食べてしまえば、もう豪華で美味しい料理を食べたいという気はなくなってしまうだろう。ブランドものの高価な服を持ちたいと思っても、その前に普通の着心地のそこそこ機能的な服を着れば、、、どうなのだろう?広くてプールや庭付きの豪邸に住みたいと思っても、そんなに狭くはない居心地の良い家に住んでそこに住み慣れたら、、、どうなのだろう?本 [続きを読む]
  • 人は飽きるという本能がある
  • 人は飽きるという本能がある。人、というより、動物全般の本能であろう。キリスト教でもマナという完全栄養食に飽きて神に不平不満を言った民の話もあるし、そもそもアダムが禁断の果実を食べて罪を犯したのもそれまでの生活に馴れて飽きたからだろう。夫婦でも倦怠期というのがあるようだが、人は平凡な幸せに、やがて、不満を、飽きを、さらには不安を覚えるものだ。平安はいつまでも続くわけではないだろうという不安を・・・ [続きを読む]
  • 目標2
  • 苦しみを悲痛な思いで神に祈ることはよくあることだ(苦しい時の神頼みなんて誰にでも出来る…)。しかし、嬉しさを感謝の思いで神に祈ることはあまりない、しようとしない、しないようにしている。なぜなら、感謝したとたんに、不幸が来ることを心配しているからだ。油断すると、一寸先は闇だからだ。しかし、、感謝したとたんに崩れ去る幸せなんて、本当の幸せと言えるのだろうか?天国に行った後に、感謝したら、地獄に落とさ [続きを読む]
  • なぜ今ここに自分が
  • 過去の自分の体験を思い出す時でも、夢から覚めて、夢の中での自分を思い出す時でも、それは俯瞰的な二次元の実感のうすい内容である。一方、今まさに自分がこの場で感じている体験は立体的でリアルな実感の強い内容だ。これは、後者において、なぜ自分が今これを感じる主体として存在しているのか、他の誰でもなく、他のいかなる時でもなく、自分が今感じているという疑問を湧き起らせ、それに対して、前者においては、自分じゃ [続きを読む]
  • 夢の中で主人公であるという実感
  • 夢の中で自分が主人公であるなどと意識することはないだろう。現実世界の中で現実の雑事に忙殺されている時と同じようにただ目まぐるしく行動する。しかし、現実世界の中でふと我に返って内観する時、自分という存在を考えることができる。そして、その時の内省は俯瞰しているような思考になっている。夢の出来事を目が覚めてから思い出す時も同じで、俯瞰して思い浮かべるのだ。ただし、明晰夢のように自分が体験しているのが夢 [続きを読む]
  • 目標
  • アルコール依存症やニコチン依存やスイーツ依存などこれらは依存物質を摂取すれば直ぐに手軽に満足感を得られ、そしてその分半減期短く短時間で再度その依存物質を追い求めることになる。これらに対して、子どもの幸せや自分の仕事の目標や夢などは長期的な追求であり、気を長くして、精神を安定化させる。これらの非物質を追い求める精神は物資依存があると邪魔される。短期的な満足感ですぐに満足してしまい、長期的な満足感を [続きを読む]
  • 臨場感・立体感覚
  • 夢を見てるとき、立体感覚的な臨場感のある視覚になっている。一方で、覚醒時にいくら夢のことを思い出して追体験しようとしても、平面的な俯瞰的なものになってしまう。逆もしかり。ここに、視覚的な意識のヒントがあるような気がする… [続きを読む]
  • 記憶機能と夢
  • 夢の中でいかに前後脈絡関係なく時間が流れようと、記憶は短時間保持され、自分という記憶の主体が存在していることによって、自分という感覚が生じる。 無意識のなかに記憶されるものがあったら、その記憶が時々顕在意識にも表れて、ああそういえばこんなことを経験したような気が・・・と感じることができる。 無意識はあくまで自分の脳の奥底に意識であり、もちろん、他の人の意識でも記憶でもないわけで、自分は自分という実 [続きを読む]
  • 夢の中での不確かさ
  • 夢の中で自分が今何をしているのか、何をしていたのか、わからなくなるだろうし、しかし、その主体としての自分の存在はリアルに感じている。なぜ自分の存在をリアルに感じている必要があるのか?いや、夢の中では覚醒時とはその感じ方が違っている、劣っている。しかし、それでも、他の誰でもなく、この自分が主人公だという実存を感じている。夢を記憶するために必要なのか?記憶を整理するために必要なのか?もし、「この自分 [続きを読む]
  • 意識と実感
  • 半覚醒の状態でベッドサイドのある物を取ろうと思っているんだけど、取ったつもりがそれは夢の中でのことのように、取った気になってるだけで、現実には取ってないことが少なくなく、本当に取ったのかどうか自分自身でもわからず、思い切って身体を動かし腕を伸ばしてしっかり動かしたという体性感覚があって初めて取った実感が得られるような状況。何故、人は自分がある行動を実行したかどうか知ることが出来ないのか?前野隆 [続きを読む]
  • わかったとして
  • 人生の意味を求めるというのは、つまり、何をすべきか探求しているのだ。自分は今何をすべきか。これがわかったとして、それが、自分にできるかどうか?当然今の自分に出来ることでやろうと思えば簡単にすぐ実行できると、今までの僕は勘違いしていたかもしれない…何をすべきか、わかっても、それを実行するのが難しいことなら…例えば、アルコール依存症の人がすべきことは断酒だ。それがわかっていてもなかなかできないのがア [続きを読む]
  • 恐れ
  • 人は色々なことを恐れる。神を畏れたり、自分の将来を恐れたり。恐れなかったら、不幸に見舞われる。恐れずに気楽にやっていけたらどんなにいいだろう。しかし、恐れなかったら、戒めに罰が降りかかる。些細な不運であっても、おろそかにせず、心配しておく(些細な幸運であっても感謝するように)。最悪の状態を恐れて心配するのが一番効率がいいであろう。しかし、結果が悪くなろうとも恐れから解放されなければ、いつまでたっ [続きを読む]
  • 幸せだと、認知症になる。
  • 毎日が同じことの繰り返しでそれに満足してボケーっとしてると認知症になる。 不幸せでも、ある程度不幸が軽くなるとやはり幸せと同じような感じになるであろう…不幸に甘んじて茫洋としてはいけない! 人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 [続きを読む]
  • うわぁぁぁ、と叫びたくなる
  • うわぁぁぁと叫びたくなる気持ち。しかし、それは、何の意味もない・・・まるでパズルが解けそうで解けないじれったさに心がイライラしているのと同じように。しかし、動物にはこういうイライラがあるのだろうか?もしかしたら、動物園で退屈さに苛まれている動物の中には、そういう動物もいるのかもしれない・・・ 人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 [続きを読む]
  • 宇宙で宇宙飛行士が幻を見る理由
  • 重力のない宇宙空間そこでは血液循環も血中酸素分圧も地上とはちがった環境になる。 宇宙飛行士が宇宙での探査中、神を見たり、UFOを見たり、いろんな幻視を体験する。なかには、宇宙からの帰還後、牧師になる宇宙飛行士もいるだろう。 きっと、Microebolismなど小さな脳梗塞が発生しているのであろう・・・ 人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 [続きを読む]
  • ヒナが初めに見た者を親だと思い込むように・・・
  • 鳥のヒナが生まれて初めに見た者を自分の親だと思ってついていく刷り込みという本能のように 人間が神を想像するのもただの本能に過ぎないのか? 刷り込みは間違って親じゃないものを親だと思うこともあり、本能は完全に正しいわけではない。 神を信じる人間も多くは幸せな人生を送れるかもしれないが(そういうケースが多いからこそ、一つの文化・風習として生き残ってきたわけだが)、そうじゃない場合も少なくない。 人気ブロ [続きを読む]
  • 人間の脳は意味づけをしたがるという定説
  • 人間は物事や事象に意味づけをしたがる生き物だ。天災が起これば神が怒ったと意味づける原始的なものから、お金を稼ぎ人脈を築き余暇を楽しめば有意義な人生をくれるという現代的なものまで・・・しかし、それらすべてが本当に意味あるものかというと、すべてないとも言える・・・鳥のヒナが生まれて初めに見た者を親だと思い込む刷り込みという現象。ヒナは初めに見た者を親だと意味づけてそれについていけばいろいろ保護される [続きを読む]
  • 過去へのとらわれ Bondage
  • 過去の苦難が現在の幸せとして報われているならまだしも、過去の苦難とは無関係に現在幸せになっていたら、人は過去の苦難を笑って思い出せるものなのだろうか?過去の苦しみを現在の幸せで麻痺させ半分忘れさせられているだけのものではないだろうか?神とか天とか何か人格のある存在に対して恨みや憎しみを持って、それに対する抗議の意味で、過去の屈辱を決して忘れないというのは、愚かなことなのかもしれない。この世に、こ [続きを読む]
  • 上から目線をやめる
  • 相手の為にしていることか?自分の為にしていることか?誰かの為にしていると思っても、実は自分自身の為にしている可能性がある。自分自身が安心する為、自己満足の為にしている可能性がある。しかし、逆の立場の時まで、そういう厳しい見方をしない方がいいだろう。つまり、誰かが自分に対して何かしてくれた時、どうせその人は自分自身の為にやってるだけであって、その人がしてくれなくても構わない、と思うのは良くない。何 [続きを読む]
  • いや、死の直前まで追い求めるのが正しい気がする。
  • 人生の意味を探求するのが、他人の為にも良いことはわかってるが、やはり、結局は自分自身の為であるのは仕方のないことだ、したがって、もう今にも死にそうな臨終の間際にはもう考えても無駄なように思えるだろう。だが、それまでの人生を振り返って、自分の人生はいったい何だったんだろうと思えてくるのも当然の流れだ。意味なんてなかったという一応の結論に達しても、それでも、まだ考え続けるだろう。自分で思考する結論な [続きを読む]
  • これでいいのだろうか?
  • だんだん年をとって身体が弱くなって病気がちになると、あーもうすぐ死ぬかもなぁと思って人生の意味を探求する意義も薄れてくる。もともと人生の意味を探求する目的の一つは、今自分が苦しみながらも歩んでる人生から早々とリタイアした方がいいのかどうなのかを考えるためであったから(もう一つは、同じように苦しみながら生きている人の助けにもなれるかもしれないと思って)。人生の意味がわからくても死が目の前にあれば、 [続きを読む]
  • 苦しみに対する根本的な解決法
  • 苦しみ。 何かせずにはおれない焦りのような苦しみ。なんだかわからないけど、落ち込む苦しみ。悲しく切なくいたたまれないような苦しみ。… そういう気持ちになった時は、胸がつまるようななんとも言えない体の苦しみを味わうものだ。 そういう時に、お酒を飲んだり、抗不安薬を飲んだり、動き回ったり、そういう対処の仕方があるのかもしれないけれど、 お酒を飲むのは論外だが、他の行動で対処したりしても、根本的には何も解 [続きを読む]
  • 不幸を認識すること
  • キューブラーロスの死の五段階説 否認・取引・怒り・抑鬱・受容これを死ではない人生の不幸にあてはめると、多くの人は現実世界での人生において不幸を認識してない。何か不幸があっても別なことで紛らわそうと取り繕う。やがてどうにもならないと不平不満でイライラする。そして悩み思い煩い無気力になる。最終的に受容する。これ以外にもいろんな葛藤がある。 まず、不幸を認識することから始めなければいけない。それは、仏陀 [続きを読む]