静磨 さん プロフィール

  •  
静磨さん: 乱読乱文多謝
ハンドル名静磨 さん
ブログタイトル乱読乱文多謝
ブログURLhttp://sizuma883.blog9.fc2.com/
サイト紹介文読書ブログ、でありながら、スーパーカブ110で近所をうろうろ、史跡めぐりなどをしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供58回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/09/12 20:34

静磨 さんのブログ記事

  • TVボード塗装
  •  TVボード塗装 また、DIY記事です。 先日の椅子の塗装の乾燥時間中に組み立てたTVボード。これも、ターナーの「ミルクペイント」で塗装をした。「クリームバニラ」という色で、椅子同様、まず四度重ね塗りをした上で塗装面を400番のパーパーがけ、というメニューを二度繰り返した。その過程は割愛するが、  その結果がこれ。椅子のときは、この状態からトップコートを塗ったのだが、同じことをしてもつまらないので、 今回は [続きを読む]
  • 椅子の塗装 後編
  •  椅子の塗装 後編 娘の椅子の塗装、後編です。前回がんばった折角の塗装が傷ついてしまったので、またペーパーで処理後、再塗装、ということになった。どうせなので、ということで、またしても四回程重ね塗りをしたのであるが、その過程については、前回と大してかわり映えのない作業の連続でしかないので、割愛。で、 また半日かけて、こんな具合に、塗り上がりました。ただこれだけでは、またどこかにぶつける度に同じような [続きを読む]
  • 『椅子のフォークロア』
  •  椅子の多義性 柴田書店 『椅子のフォークロア』 鍵和田務著  久しぶりに、読書感想文です。 先日、アンティークチェアを購入したことについて記事にした。そこでは、あたかも妻の強い希望に負けて、(私のような貧乏人にとっては)高価な椅子をむりやり買わされたかのように書いてあるが、我が過疎ブログを閲覧してくださる心優しくも賢明なる諸兄諸氏にはとうに御察しの通り、実は妻がアンティークチェアをほしがったこと [続きを読む]
  • 椅子の塗装
  •  椅子の塗装 前編 先日買ってきた四脚のアンティークチェア。そのうちの一脚は、アウトレット品で安かったのだが、塗装がしていなかった。これはそのままという訳にはいかないので、自分で塗らなければならない。で、その椅子を使用することになる小学三年生の娘に、どんな色がいいかきいてみたところ、「ピンク」という返答を得た。 ピンク、か。白いアンティークチェア、というものはみたことがあるが、ピンク、か。白じゃだ [続きを読む]
  • アンティークチェアを買う
  •  アンティークチェアを買う  私、実は現在、家を建てているのである。あ、勿論、実際に建てているのは大工さんですが(笑)。完成予定は、多分、5月頃じゃないかと思う。なので、そのための準備を、いろいろと進めつつある。おかげで何かと忙しくて、せっかくあったかくなってきたのにカブで史跡めぐりに出掛けられないのが辛いところであるが、まあ、これは仕方のないところである。 で、そのやがて迎える新生活において、新 [続きを読む]
  • 木箱の塗装をする
  •  木箱の塗装をする 暖かくなってきた、が、仕事が忙しかったりコマゴマした用事が連続したりで、なかなか史跡めぐりに出掛けられない。ということで、本格的なバイクシーズン到来に備え、愛車の荷台にいつもくくりつけている木箱の塗装などをしてみることにした。というのも、2016年の秋に雑貨屋さんで購入したこの木箱、 新品のときはこんな感じだったのだが、 一年以上が過ぎ、こんな感じになってしまったのだ。色も抜け、カ [続きを読む]
  • 石脇城
  •  石脇城  花沢城址から南へ直線距離で1km弱、東名高速道路日本坂パーキングエリアの近くに、石脇城址はある。 入り口。前の道は、国道150号線の山側を並行して走る裏道であるが、これはどうやら、日本坂峠へと続いていた旧東海道の名残であるようだ。  入り口から50mぐらいに、解説版。 金属製でなかなか立派。その解説文を転載。   石脇城跡 この城は、北の高崎山から南へ枝分かれする尾根の先端の標高三十メートルの [続きを読む]
  • 花沢城
  •  花沢城 「花沢の里」の観光駐車場から、日本坂峠へと向かう道とは反対の方向に伸びる道を進むと、 集落を抜けて坂を登った先に、ちょっとややこしい形をした五叉路に出る。 その左手に、「花沢城入り口」がある。その解説文を転載。 花沢城は、日本坂から小坂へ至るルートをおさえる西の守りとして今川方によって築かれた戦国時代の山城です。 築城時期は明らかではありませんが、武田信玄による駿河侵攻にともない激戦地と [続きを読む]
  • 小川城
  •  小川城 焼津神社から、南西に直線で1kmぐらい。 住宅街のただ中に、「小川城址」はある。ご覧の通り、その遺構は残されておらず、ただ、それを示すこの石碑があるばかりである。 解説文。 発掘の様子や、出土品の写真なども掲載される。出土品は、焼津市歴史民族資料館に展示・保管されているそう。では、解説文の一部を転載。 焼津市西小川3~6丁目付近は、古くから「法永長者屋敷跡」と言い伝えられてきました。「法永長者 [続きを読む]
  • 旧東海道 日本坂峠 その3
  •   旧東海道 日本坂峠  その3 峠道 さて、いよいよ峠道に入る。 思ったよりも傾斜がきつい。 舗装路に出た。花沢の里からここまで車で来ることはできるようだ。 舗装路を渡って、また林間へ。 一気に登って、  この辺りは、崖を横切るような道。坂はなだらかだが、足元には注意。 また坂が急になる。 つづら折りの道で、少しづつ急斜面を登っていく感じ。 道ばたに、「庚申塔」。旧街道の雰囲気を感じる。この日本 [続きを読む]
  • 旧東海道 日本坂峠 その2
  •  旧東海道 日本坂峠 その2 花沢の里 静岡市と焼津市とを結ぶ、「日本坂トンネル」と呼ばれるトンネルは三本ある。私と同年代かそれ以上の方々には、1979年の大規模な火災事故が印象的な、東名高速道路の「日本坂トンネル」。東海道新幹線の「日本坂トンネル」、そして、国道150号の「新日本坂トンネル」である。  地図でみると、こんな感じ。なんだか異様に一カ所に集中していることがよくわかる。その理由は、この地図の場 [続きを読む]
  • 旧東海道 日本坂峠 その1
  •  旧東海道 日本坂峠 その1 焼津神社  前回の身延街道以来、寒いし夜明けは遅いしで、なかなか出掛ける気になれなかった、我が「スーパーカブ110で行く早朝お散歩史跡めぐりツーリング」。一月の中旬になり、ひどく冷えこんだと思ったらいきなり嵐のような雨。その雨が去ったなら、今度はまるで春先のような陽気が突然やってきたので、これを好機と、今年最初のお散歩に出掛けることにした。 ただ季節外れのぽかぽか陽気とは [続きを読む]
  • 掛塚灯台
  •  掛塚灯台 掛塚灯台は、天竜川河口の左岸にある。 ロケーションからして素晴らしい。 近づいてみる。 細部のデザインがいい。 灯台の足元から、天竜川河口、そしてその先の遠州灘を望む。 掛塚、とは、このあたりの地名である。かつてこの天竜川河口には、掛塚湊、という湊があった。 文献上に「懸塚(掛塚)」の名前が最初に確認できるのは、文明十七年(1485年)の、とある僧侶の日記だという。この僧侶は、「応仁の乱」 [続きを読む]
  • 身延街道(興津ー境川) その6
  •   身延街道(興津ー境川) その6 長峰三里  旧宍原宿を通った旧身延街道が、また国道52号線に出る、その合流点に、左への脇道がある。 そこが、旧道の入り口になる。そしてここからの峠道を、「長峰三里」という。 この名で呼ばれる、宍原宿から次の万沢宿までの三里の道のりは、人家もない険しい山道で、「水無し山」とも呼ばれた。身延街道は全体に山中の険しい街道で、海沿いを行く平坦な東海道と比して、荷役にも二から [続きを読む]
  • 身延街道(興津ー境川) その5
  •  身延街道(興津ー境川) その5 宍原宿 「双体道祖神」から100m程で、国道52号線と交差する。 こんな路地を抜けて、 裏通りに出ると、「下宿橋」という橋。名前からして、この辺りから宿場、すなわち宍原宿が始まる、ということか。 その旧宿場を抜ける旧街道。 宍原小学校の脇に、観光案内図。 そのの観光案内図によると、この辺りに「問屋場」があったらしい。 宿場の中程に、天王山津島神社。名前は立派だがお社は慎 [続きを読む]
  • 身延街道(興津ー境川) その4
  •  身延街道(興津ー境川) その4 但沼から小河内 国道52号線に戻り、北上。この辺り、地名を但沼という。 すぐに左手にJA。その向かいに、 こんな細道が。こちらが旧道、という訳ではないのだが、ちょっと寄り道。 「舎人親王御陵」。舎人親王は天武天皇の第三皇子にして淳仁天皇の父親にあたるひとで、かの『日本書紀』編纂の中心的人物である。現地の碑文によると、天平年間、風土記編纂のための諸国巡歴の際、信濃より駿 [続きを読む]
  • 身延街道(興津ー境川) その3
  •  身延街道(興津ー境川) その3 横山城から小島  「横山城趾」。この城跡のことは、以前記事にしているので、そちらをどうぞ(「横山城」)。 城跡の入り口に。「常夜灯」と「身延山道」道標。常夜灯には、「秋葉山燈明」と刻まれる。文永七年(1824年)建立。 城跡のある小山の西側へ回り込むように、旧身延街道は続く。 この道、カブを走らせると、何やらぱちぱちと音がするので、何事かとカブを止め、路面を確認してみ [続きを読む]
  • 身延街道(興津ー境川) その2
  •  身延街道(興津ー境川) その2 興津起点から横山城跡  今一度、コース全体を地図で確認。 こんな感じ。では、いよいよスタート……する前に、まずはスタート地点の石碑群をみてみよう。 まず目立つのは、この「髭題目碑」。髭題目は、「南無妙法蓮華経」を特徴的な筆法で書いた日蓮宗独特のもので、それを石に彫ったものがこの題目碑である。高さは3mもあり、身延山への参道の入り口に相応しい偉容である。 「常夜灯」。 [続きを読む]
  • 身延街道(興津ー境川) その1
  •  身延街道(興津ー境川) その1 その概要と歴史 12月最初の日曜日。なにやら仕事だの雑用だの体調不良だの天候不順だのによって、この秋はまるきりカブで遊びに行けず、ブログネタの枯渇が続いていたのだが、ようやく半日、時間が取れた。しかし、はや季節は晩秋を過ぎて初冬へ、日の出と共に開始されるわがお散歩ツーリングにとっては、夜明けは遅いし寒いしで、厳しい季節になってしまった。 そこで、静岡市の自宅からはと [続きを読む]
  • 日々の出来事 40
  •  ささやかながら、秋の余興 短き人の生命(いのち)や! 墓ぞ待つ、墓は飽くなし! ああ! 汝が膝に額(ぬか)うずめつつ、われをして、 真白くも燃ゆるが如かりしかの夏の日を惜しみ、 やさしくも黄ばみたる、晩秋の光を、讃えしめてよ!      シャルル・ボードレール  堀口大学訳(新潮文庫『悪の華』) 相変わらず絶賛ネタ切れ中の当過疎ブログ。週一の更新すら滞る事態となっておりますが、仕事中にちょっと面 [続きを読む]
  • 日々の出来事 39
  •  秋葉山本宮 秋葉神社 浜松市天竜区の、春野町という山間の街にある秋葉神社に行ったのは、十月の初めのことであった。妻が行ってみたいとうので家族で訪れたのだが、このことは、記事にするつもりはなかった。 なぜかというに、私は今、相良から青崩峠を越えて信州へと至る、所謂「塩の道」を、何回かにわけてスーパーカブで走っている最中であり、その過程において、次に走るのがこの秋葉神社のある区間であるからだ。よって [続きを読む]
  • 日々の出来事 38
  •  「狩宿の下馬桜」と 「井出家高麗門及び長屋」 このところ、週末がつまらない用事だとか悪天候だとかと重なり、ちっとも史跡を観に出掛けられずにいる。つまりブログのネタが切れっぱなしなのである。そこで前回の「蓬萊橋」に引き続き、過去に訪れたが諸事情によって未だ記事にせずに放っておかれた写真などを引っ張りだして、記事をひとつでっちあげることにした、という次第である。 今年のゴールデンウィーク、我々家族は [続きを読む]
  • 日々の出来事 37
  •  蓬萊橋 先日、普段使っている中古のMacbook君に放り込んである写真などを、何となくヒマにまかせて眺めていた。すると、去年の十月ごろに、大井川に架かる「蓬萊橋」という橋に、家族で遊びにいったときの写真があった。それを娘と一緒に「覚えてる?」なんていいながら見ていて、ふと、思い出した。あれ、このときのこと、ブログ記事にするつもりでいたのに、結局、なんにもせずにおわっちゃったな、と。そんな訳で、約一年遅 [続きを読む]
  • 日々の出来事 36
  •  麻機遊水池 いよいよ季節は秋に向かいつつある。陽が照れば暑さを覚えるも、陽光にも最早夏の灼熱は失せ、角のない暑さとでもいおうか、無帽で日向を歩くのも苦ではなくなった。風など吹けばその心地よさに、なんだかあてもなくふらふら歩いてみたくもなる。そこである日曜日の午後、相も変わらず予定もなければ金もない我が家族、近所の遊水池にお散歩に出掛けた。そして何やらあれこれヘタクソな写真を撮ってきたので、恥ずか [続きを読む]
  • 賤機山城 その2
  •  賤機山城 その2 尾根伝いに山道は続く。 急に登り坂になったと思ったら、 一気に下り、なにやら狭く小さな谷間に。おや? これは…… 道の左右の様子。これは、「堀切」じゃないか? だとすると、もう城跡に着いたことになるが。ちょっと先に進んでみる。 これは、土塁のように見える。  では、その背後のこの平坦地は、曲輪ということになる。 ここで道が二つに分かれていた。とりあえず、左へ。 こんな感じ。右手 [続きを読む]