welfair10 さん プロフィール

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welfair10さん: 僕の文学散歩
ハンドル名welfair10 さん
ブログタイトル僕の文学散歩
ブログURLhttp://bokuno1.sblo.jp/
サイト紹介文文学を通じて幸福を考えよう。
自由文文学を通じて真の幸福を考えてゆこう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供22回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2015/09/15 19:17

welfair10 さんのブログ記事

  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • 顕子から手紙が来る。もとの生活に戻って絶望から絶望の生活を続けている。憎しみを知らない昇の優しさは驚きだったと書いている。この手紙は嘘だと昇は思う。対岸の紅葉の中に小さい滝を見つける。この滝は顕子に似ていると昇は思う。この滝と顕子にどんな共通点があるのかはよくわからない。これは作者でないとこの意味は解らないだろうと思う。三島が見た滝がどんな滝だったのか、滝のイメージから考えると沈むという感じは出て [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • 150メートルの高さのダムの形は絶壁に巨大な楽書のように、白線でも描かれていた。ダムの描写であるけれど、写実的で非常に迫力がある。新聞記者のような取材力を強く感じる。小説を書く前に現場を入念に調べているわけで作家根性と言うかその辺が素晴らしい。新聞記者のような取材の感と言うか、また画家の視覚の両面を備えているわけで、素晴らしいと思う。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • 顕子の手紙と言うのが、絶望から絶望へであり、自分を増悪の目で見つめる男から男への生活、昇の優しさだけを思い出して暮らしているという内容である。暗いというか、惨めというか不簡症の愛と言うか、救いがないのである。この顕子の愛は物語を暗くしているし、後味の悪さを読者に与える。精神的な衰弱を感じさせる。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村人気ブログ.. [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • 駒ヶ岳は孤独な肩をそびやかしい、空の青い深い静けさを、その存在で守って立っているように昇には見えるのだが。この山は天界に属しているわけである。ここは三島の心情がよく出ているところで、超自然な自然に感動するわけである。もっとも内的なものだけを動かす超絶的な自然を美しく思う昇の、というか三島の純な感動がよく出ているところである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blan [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」につて
  • 昇が?駅で降りると駅の前に農業用の小型車ランドローバーが待っていた。ランドローバーはダムの工事現場で使われているジープのような車だと思ってもいい。イギリス軍も軍用車として使っていた。頑丈で勇敢な車である。これは三島の好みであり、オーフロード向きに作られたこのイギリスの車は男性を象徴する。つまりここでは男らしさを現わしているわけである。ダム建設現場では欠かせないこの車の登場はこの物語に男性的な迫力を [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • 顕子の着物と言うのが白地に肩から藤の花房がいくつも垂れ、袖からは乱菊が生り立っている。金銀の水引の帯留を締めている。着物美人なんだろうが、もちろんこれは上手な表現であるけれど、性格自体はぼうーとしていてよくわからぬ。「君の座右銘は?」「何もないの。壁に何か貼ってあるでしょう。壁は真っ白で空っぽだわ」と顕子は言う。昇は愛撫するのだが、顕子の息は少しも荒れないのである。自分自身の無感動に対して顕子は忠 [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について 
  • 手も握らないと言う昇の言葉に心をそそられた女たちは、めいめいの手を差し出し、加奈子の手の甲に積み重ねるのだが、昇は微笑して両手を差し出す。それらの手は薄暮れの室内に、白い肉の細かな起伏を浮かばせるのである。昇は左右から手を合わせてそれを包む。女たちの顔はひしめいて、自分たちの手の甲を真剣な面持ちで見くだす。女の心理がよく出ている面白い場面である。悪い光景ではない。男と女の心の交流があって印象に残る [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • この小説の主人公木戸昇は恵まれすぎた人物である。祖父の庇護により、祖父の死後も愛する孫の生活を厚く包んでいたのである。祖父は孫に石と鉄の玩具を与えた。昇は数学はよくできたが、情操のほうはまるっきり欠けていた。すべて一色に塗るつぶす昇の絵を見て小学生の先生は驚くのである。父親は昇の絵を見て悪寒が走るのである。つまり情趣と言うものを全く理解しない子供に成長したわけである。こうした子供は現実に存在すると [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 依子が火傷を顔に負って、亭主や子供につらく当たるのはよくわかるし、私も障害者に嫌がらせをされたことがあるのでこの辺の依子の心理の動きはよく理解できるのである。朝子という小女が女として熟していくところが不自然でなく明るく描かれていて、ひまわりのような華やかさを思った。朝子を女神とするならば、光輝という言葉がぴったりくるようである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 劣等感のある人の心理の動きを三島由紀夫はよく理解しており、一流の作家としての素質を十二分に持っていたと思う。この鋭さは一流の作家としての絶対的条件であり、この鋭敏な感受性なしには名作は生まれないのである。依子は駅に着くたびにハンカチで火傷の傷を隠すのであるが、例えば頭の禿げた人は部屋の中でもいつも帽子を被っているという風に、劣等感を持っている人の行動は常人には理解出来ないのである。三島はそんな人た [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 依子は、必ず窓際の席に掛け、しかし火傷のほう窓に向けて座るのである。だから依子はハンカチを用意していて、駅につく毎にハンカチで火傷の後を覆った。たまたまハンカチを落とした依子の頬を見て、はっとした表情をしたのである。依子は思わずその男の顔を見てしまった。醜い火傷を隠そうとしてハンカチで覆っていたのだが、そのハンカチを落とすのである。劣等感のある人の心理の動きが、端的にしかし強く表現されているわけで [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「相手の火を滅ぼしてしまうくらい猛火になることですよ。そうしなければあなたの方が滅びます」と一は予言者的な口調で言う。一の接吻に朝子は驚く。男の接吻の激しさに朝子は戸惑うのである。何か激しい人生の中に投げ込まれた人間が、ふと感じる生活のなつかしさを覚えるわけだが小女から女に変わる、その心理のプロセスが上手に描かれている。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank"&g [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「みんなママばかり見たものだわ」依子はなんだか年老いた娼婦のように見えた。ママの人生を空虚にしたのはみんなパパのせいなのよ。母は虚ろな目つきで、るり色のペン皿の上に、さっきむしった紅のバラのひとひらをかざしその一ひらに、マッチで丹念にひをつけたのである。娘の朝子の母親のこの愚痴は耐え難いものであったろうと思う。火傷が残った醜い依子の心理はよくわかるが、娘にしても父親にしても耐え難い苦痛を感じたもの [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「私、妖精のように姿を隠してやろう」彼女はそっと一歩、一歩、後ずさりしながら、少し笑いかけた口元に、美しい歯並びの間からちょつと舌を出しながら病室を出た。少し笑いかけた口元に、美しい歯並びの間からちょつと舌を出しながらという表現がとても上手である。若い朝子の明るい性格と美しさが十分に出ていて、ぱっと周りがひまわりのように明るくなる。簡単な様だが、なかなか描けない場面描写である。文学的な才能を感じる [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 女は不愛想に言って電話をとりあげた。顔は不愛想で、ニコリともしないのに、やることは親切なのである。受付嬢にはこうしたタイプがいるのだが、やることは親切であるという表現が面白い。人間というものをよく観察している。観察眼は鋭いのである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村人気ブログランキングへ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 朝子が病院に運んだのは天才青年画家だったのだが、劇的と言うか芝居じみているというか、ここは無名の画家でもよかったのではないかと思う。けして世俗に妥協しない、高踏的な作風はいいのだが。天才青年画家の登場はあまりにも小説的と言うか、不自然な感じがする。小説を読む側から言うと日常の生活から離れているような感じがするのである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">.. [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 周伍の才能は教育者の才能というよりも、老練な曲馬団長の才能に似たものである。奇妙な芸当を教え込んだりする才能である。これは教育者の才能とは異質なものであって、相手の潜在意識を利用するところの催眠術の暗示療法である。女に「私は美しい」と信じ込ませるのである。これは実に効果のある暗示療法であってたいていの女はきれいになるのである。  href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target= [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「この子を理想の女性に仕立てよう」と周伍は自分の娘を見て思うのだが、この心理はよくわかるところである。女の泉がその底から湧き出て、その泉の水に洗われると、今までとりたてて美しくもなかった子供が、世にもまれな美しい小女に変貌することがある。これは潜在意識のことを言っているのだろう。父親が娘を美人に育てると決意したところで娘の運命は決まるのである。父親の美人にするという美人のイメージが娘に強い影響を与 [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • まだ女学生らしくない少女の幼い顔が、雨に洗われた冴え冴えとした白さで、あじさいの花の間からのぞいていた。あじさいの花言葉は「乙女の愛」であるけれど、梅雨時にあじさいを見つけるとうつとしい気分もどこかに行ってしまう。小女の幼い顔があじさいの花の間がら覗いていたというのは上手な表現である。あじさいが乙女を現わしており、朝子の初々しさがよく出ていると思う。美しい場面を読者はイメージすることができる。href [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」についてにふっくらと
  • 客は庭に目をやった。庭全体に何か重々しい瑞々しさがあった。門へかよう飛び石も苔にふっくらと囲まれて黒く、生きものの背のように濡れていた。生きものの背のように濡れていたという表現はなかなか上手である。三島由紀夫の風景描写のうまさは群を抜いている。一流の画家の視線である。これは同時に作家としての強みでもある。風景描写がしっかりできれば、小説の骨組みもがっちりしてくるので小説もりアルになってくる。作家と [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 火傷は醜い櫃釣りになって依子の顔の半面に残った。良夫の残忍な罠にわまった依子は復讐を企てるわけだがこの心理は理解できる。周伍の抱いていた幻想がまったく虚妄のものであったことを復讐を通じて教えるのである。我儘な夫は寝起きの女が一番嫌いだったので、この復讐は夫を絶望させるのである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村人気ブログランキングへ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 妻の依子が人からもらった香水をつけて夜会に行こうとすると、夫の周伍は怒って妻を浴室につれこみ手ずから石鹸で妻の全身を洗うのである。これは嫉妬ではなく、周伍の幻想が壊された怒りである。男の心情としては理解できるところである。夫婦とはこんなものであろう。デイヴァンに横たわった依子を見て、周伍は歓声を上げ、その自然のポーズを美しいと言って褒める。女としては迷惑な話ではあるが、男の気持ちの中には演出家の要 [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 食事の前に、食前酒を飲んだり、女の注文する酒は女の酒でなくてはならぬこと、その日着ている洋服の色に合った色でなくてはならぬことなど朝子は父親に教えられるわけだが、父親の気持ちとしてはよくわかるところである。そういう表情の陰に自分の別の感情を隠す娘の技術を父親は誇りに思うわけだがこの心理の動きはかなり深い。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村.. [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 女神は三島由紀夫の作品の中では好きな作品の一つである。周伍の朝子に対する父親の気持もよくわかるし、婦人の依子の心理も理解できる。劇的な感じもあるし、何よりも構成力が素晴らしいと思う。この父親はとてつもなく親切であるし、とてつもなくエゴイストである。しかしながら男というものは一般的にそうしたものであるし、周伍だけが特別にエゴイストというわけではない。世の男性の多くは手前勝手なものである。href="http:/ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 玄関の扉が開いた。次いで客間のドアがおそろしい勢いで開け放たれた。その勢いにおぞろいて、思わず鏡子はドアのほうへ振り向いた。7匹のシエパァドとグレードデンがドアからいつせいに駆け込んできた。あたりは犬の咆哮にとどろき、広い客間はたちまち犬の匂いに充たされた。この物語のラスト・シーンなのだが、犬好きの亭主が帰ってくるのだが、非常に印象的である。犬の咆哮、犬の匂い、犬たちでにぎやかになった客間。犬たち [続きを読む]