welfair10 さん プロフィール

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welfair10さん: 僕の文学散歩
ハンドル名welfair10 さん
ブログタイトル僕の文学散歩
ブログURLhttp://bokuno1.sblo.jp/
サイト紹介文文学を通じて幸福を考えよう。
自由文文学を通じて真の幸福を考えてゆこう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供42回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2015/09/15 19:17

welfair10 さんのブログ記事

  • 三島由紀夫の「沈める滝」について 
  • 手も握らないと言う昇の言葉に心をそそられた女たちは、めいめいの手を差し出し、加奈子の手の甲に積み重ねるのだが、昇は微笑して両手を差し出す。それらの手は薄暮れの室内に、白い肉の細かな起伏を浮かばせるのである。昇は左右から手を合わせてそれを包む。女たちの顔はひしめいて、自分たちの手の甲を真剣な面持ちで見くだす。女の心理がよく出ている面白い場面である。悪い光景ではない。男と女の心の交流があって印象に残る [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「沈める滝」について
  • この小説の主人公木戸昇は恵まれすぎた人物である。祖父の庇護により、祖父の死後も愛する孫の生活を厚く包んでいたのである。祖父は孫に石と鉄の玩具を与えた。昇は数学はよくできたが、情操のほうはまるっきり欠けていた。すべて一色に塗るつぶす昇の絵を見て小学生の先生は驚くのである。父親は昇の絵を見て悪寒が走るのである。つまり情趣と言うものを全く理解しない子供に成長したわけである。こうした子供は現実に存在すると [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 依子が火傷を顔に負って、亭主や子供につらく当たるのはよくわかるし、私も障害者に嫌がらせをされたことがあるのでこの辺の依子の心理の動きはよく理解できるのである。朝子という小女が女として熟していくところが不自然でなく明るく描かれていて、ひまわりのような華やかさを思った。朝子を女神とするならば、光輝という言葉がぴったりくるようである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 劣等感のある人の心理の動きを三島由紀夫はよく理解しており、一流の作家としての素質を十二分に持っていたと思う。この鋭さは一流の作家としての絶対的条件であり、この鋭敏な感受性なしには名作は生まれないのである。依子は駅に着くたびにハンカチで火傷の傷を隠すのであるが、例えば頭の禿げた人は部屋の中でもいつも帽子を被っているという風に、劣等感を持っている人の行動は常人には理解出来ないのである。三島はそんな人た [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 依子は、必ず窓際の席に掛け、しかし火傷のほう窓に向けて座るのである。だから依子はハンカチを用意していて、駅につく毎にハンカチで火傷の後を覆った。たまたまハンカチを落とした依子の頬を見て、はっとした表情をしたのである。依子は思わずその男の顔を見てしまった。醜い火傷を隠そうとしてハンカチで覆っていたのだが、そのハンカチを落とすのである。劣等感のある人の心理の動きが、端的にしかし強く表現されているわけで [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「相手の火を滅ぼしてしまうくらい猛火になることですよ。そうしなければあなたの方が滅びます」と一は予言者的な口調で言う。一の接吻に朝子は驚く。男の接吻の激しさに朝子は戸惑うのである。何か激しい人生の中に投げ込まれた人間が、ふと感じる生活のなつかしさを覚えるわけだが小女から女に変わる、その心理のプロセスが上手に描かれている。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank"&g [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「みんなママばかり見たものだわ」依子はなんだか年老いた娼婦のように見えた。ママの人生を空虚にしたのはみんなパパのせいなのよ。母は虚ろな目つきで、るり色のペン皿の上に、さっきむしった紅のバラのひとひらをかざしその一ひらに、マッチで丹念にひをつけたのである。娘の朝子の母親のこの愚痴は耐え難いものであったろうと思う。火傷が残った醜い依子の心理はよくわかるが、娘にしても父親にしても耐え難い苦痛を感じたもの [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「私、妖精のように姿を隠してやろう」彼女はそっと一歩、一歩、後ずさりしながら、少し笑いかけた口元に、美しい歯並びの間からちょつと舌を出しながら病室を出た。少し笑いかけた口元に、美しい歯並びの間からちょつと舌を出しながらという表現がとても上手である。若い朝子の明るい性格と美しさが十分に出ていて、ぱっと周りがひまわりのように明るくなる。簡単な様だが、なかなか描けない場面描写である。文学的な才能を感じる [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 女は不愛想に言って電話をとりあげた。顔は不愛想で、ニコリともしないのに、やることは親切なのである。受付嬢にはこうしたタイプがいるのだが、やることは親切であるという表現が面白い。人間というものをよく観察している。観察眼は鋭いのである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村人気ブログランキングへ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 朝子が病院に運んだのは天才青年画家だったのだが、劇的と言うか芝居じみているというか、ここは無名の画家でもよかったのではないかと思う。けして世俗に妥協しない、高踏的な作風はいいのだが。天才青年画家の登場はあまりにも小説的と言うか、不自然な感じがする。小説を読む側から言うと日常の生活から離れているような感じがするのである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">.. [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 周伍の才能は教育者の才能というよりも、老練な曲馬団長の才能に似たものである。奇妙な芸当を教え込んだりする才能である。これは教育者の才能とは異質なものであって、相手の潜在意識を利用するところの催眠術の暗示療法である。女に「私は美しい」と信じ込ませるのである。これは実に効果のある暗示療法であってたいていの女はきれいになるのである。  href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target= [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 「この子を理想の女性に仕立てよう」と周伍は自分の娘を見て思うのだが、この心理はよくわかるところである。女の泉がその底から湧き出て、その泉の水に洗われると、今までとりたてて美しくもなかった子供が、世にもまれな美しい小女に変貌することがある。これは潜在意識のことを言っているのだろう。父親が娘を美人に育てると決意したところで娘の運命は決まるのである。父親の美人にするという美人のイメージが娘に強い影響を与 [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • まだ女学生らしくない少女の幼い顔が、雨に洗われた冴え冴えとした白さで、あじさいの花の間からのぞいていた。あじさいの花言葉は「乙女の愛」であるけれど、梅雨時にあじさいを見つけるとうつとしい気分もどこかに行ってしまう。小女の幼い顔があじさいの花の間がら覗いていたというのは上手な表現である。あじさいが乙女を現わしており、朝子の初々しさがよく出ていると思う。美しい場面を読者はイメージすることができる。href [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」についてにふっくらと
  • 客は庭に目をやった。庭全体に何か重々しい瑞々しさがあった。門へかよう飛び石も苔にふっくらと囲まれて黒く、生きものの背のように濡れていた。生きものの背のように濡れていたという表現はなかなか上手である。三島由紀夫の風景描写のうまさは群を抜いている。一流の画家の視線である。これは同時に作家としての強みでもある。風景描写がしっかりできれば、小説の骨組みもがっちりしてくるので小説もりアルになってくる。作家と [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 火傷は醜い櫃釣りになって依子の顔の半面に残った。良夫の残忍な罠にわまった依子は復讐を企てるわけだがこの心理は理解できる。周伍の抱いていた幻想がまったく虚妄のものであったことを復讐を通じて教えるのである。我儘な夫は寝起きの女が一番嫌いだったので、この復讐は夫を絶望させるのである。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村人気ブログランキングへ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 妻の依子が人からもらった香水をつけて夜会に行こうとすると、夫の周伍は怒って妻を浴室につれこみ手ずから石鹸で妻の全身を洗うのである。これは嫉妬ではなく、周伍の幻想が壊された怒りである。男の心情としては理解できるところである。夫婦とはこんなものであろう。デイヴァンに横たわった依子を見て、周伍は歓声を上げ、その自然のポーズを美しいと言って褒める。女としては迷惑な話ではあるが、男の気持ちの中には演出家の要 [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 食事の前に、食前酒を飲んだり、女の注文する酒は女の酒でなくてはならぬこと、その日着ている洋服の色に合った色でなくてはならぬことなど朝子は父親に教えられるわけだが、父親の気持ちとしてはよくわかるところである。そういう表情の陰に自分の別の感情を隠す娘の技術を父親は誇りに思うわけだがこの心理の動きはかなり深い。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村.. [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「女神」について
  • 女神は三島由紀夫の作品の中では好きな作品の一つである。周伍の朝子に対する父親の気持もよくわかるし、婦人の依子の心理も理解できる。劇的な感じもあるし、何よりも構成力が素晴らしいと思う。この父親はとてつもなく親切であるし、とてつもなくエゴイストである。しかしながら男というものは一般的にそうしたものであるし、周伍だけが特別にエゴイストというわけではない。世の男性の多くは手前勝手なものである。href="http:/ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 玄関の扉が開いた。次いで客間のドアがおそろしい勢いで開け放たれた。その勢いにおぞろいて、思わず鏡子はドアのほうへ振り向いた。7匹のシエパァドとグレードデンがドアからいつせいに駆け込んできた。あたりは犬の咆哮にとどろき、広い客間はたちまち犬の匂いに充たされた。この物語のラスト・シーンなのだが、犬好きの亭主が帰ってくるのだが、非常に印象的である。犬の咆哮、犬の匂い、犬たちでにぎやかになった客間。犬たち [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 神秘の魅力というものは本当に伝えにくい。その魅力の第一は、われわれに世界の縁のところにいるという感じを抱かせることだ。自分が人間の住む世界の外れの外れまで歩いてきて、身一つで直に他界に接しているという思いなのだ。自分の前には目のくらむような空虚が立っている。神秘家たちの最も重要な仕事は、この世とあの世の交信、実体と虚無との交信である。神秘家は、世界の解釈を放棄し、その言葉はすみずみまでおどろ謎に充 [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 清一郎は間もなくキューバから来た混血の女と親しくなる。その肌は乾燥した沈んだ光沢を持っていて、熱帯の銘木のようである。光線が当たると、滑らかな肌の表が金粉を塗ったように照る.白人よりはるかに緻密な汚点も生毛もない肌には細い体躯であるのに、その底に太陽の弾力を秘めているよう感じがある。髪は漆黒で長く、スペイン風の顔立をしていて、影にいても目の白いところが時々つややかに光る。キューバからきた混血の女の [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 僕はニューヨークには行ったことがないので、想像するしかないのだが、道を走る枯葉、身を切るような北風、水色の空、世界中で≪幸福≫という言葉に一等縁のない大都会と三島は書いている。孤独でない筈の藤子がこの大都会では孤独の種族なのである。みんな幸福につばを吐きかけるようなお面持をして急いでいた、その意味では,ニュ―ヨークこそ世界に稀な男性的都市であると三島は書いているが、そんなものであろうと思う。href="h [続きを読む]
  • 三島由紀<br />三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 少女の年頃の黒人娼婦が、つと現れてウインクしたのを思い出した。この白昼の真っ黒な娼婦は、黒い服に赤い帽子を被り、赤い手提を下げ、けばけばしい金髪に染めた髪をして、色の濃い口紅の口元をゆがめながら、片手を赤茶けた紅葉の樹の幹に支えていた。アメリカの娼婦の描写だが、非常にうまいと思う。三島由紀夫の人物描写のうまさは、彼の文学才能の秀逸であり、画才もあったということだと思う。再々言うように画工の物を見つ [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 清一郎と藤子のニューヨークの生活がよく描かれていると思う。6番街に出ると二人は腕を組む。日本では考えられない場面である。藤子は自然を愛するようになる。清一郎は妻の孤独の反映をそこに見た。セントラル.パークでのリスの描写が面白い。落花生を一杯買って二人はリスをおびき寄せる。あるリスは遠くから首をかしげてこちらを見る。あるリスは落花生をくわえて慌てて自分の領域に戻る。もっと大胆なリスは1メートルも離れて [続きを読む]
  • 三島由紀夫の「鏡子の家」について
  • 藤子の隣に老婆が座る。「コーヒーいただけないこと」とまるで乞食の口調である。給仕はにこりともしないで不愛想に注文を受ける。老婆は藤子に日本びいきで羅生門に感動したと話す。老婆は濃い口紅の唇をすぼめてオウムのように固い乾いた舌をのぞかせて一気に飲む。老婆は話相手が欲しくてたまらないわけだ。大都会の中での孤独な老婆の寂しさが痛く伝わってくる。孤独な老婆の様子が上手に描かれていると思う。小説の中の登場人 [続きを読む]