happygogo さん プロフィール

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happygogoさん: 青い風のような貴公子たち
ハンドル名happygogo さん
ブログタイトル青い風のような貴公子たち
ブログURLhttp://aoikaze.sblo.jp/
サイト紹介文青春文学です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/09/15 21:22

happygogo さんのブログ記事

  • 台湾へ
  • 「北投温泉って日本の女郎部屋のようなものさ。大座敷に50人くらい若い女たちが並ぶんだ。その中から好きな女を指定して一夜を共にするんだ」楽しいよと勝木さんは言う。勝木さんはセックスを小便のような生理現象の一部くらいにしか考えていないが相手は売春婦であっても人間だから、セックスが終わった後では苦い思いが残る。虚しさと悔やみを残す。性を売る女も悪いが、その性を買う男も悪い。けれど女を抱かないと気が変になる [続きを読む]
  • 高雄へ
  • 3日後、船は出港する。台湾へと向かう。「台湾に着いたら、北投温泉に行こう」昼食が終わって展望台のベンチに腰かけていたタカシに近づいてきて二等航海士の勝木がそう提案した。温泉には行きたいとは思わなかったが、「若い女がたくさんいるよ」という勝木の言葉に、その言葉の意味を理解してタカシは頷いた。売春婦を買ってセックスをしても楽しいものではない。愛があればセックスも意味があるだろうが、見ず知らずの女と一夜 [続きを読む]
  • セレベス島にて
  • 原住民のカヌーに乗せてもらってセレベス島にタカシは上陸した。大きな丸太が並んでいて別に見るべきものはない。サソリが多いと聞いていたので早々船に戻る。海の色が夢見るように美しいので、それだけでもここに来た価値はあると思う。一日中、船はクレーンを使って船倉に丸太を運んでいる。港には日章旗を翻しながら漁船が二隻停泊している。その日章旗が目に痛い。日本人を強く意識する瞬間である。何もすることがなく船室で本 [続きを読む]
  • セレベス島にて
  • インドネシアの税関が乗り込んできた。入国料として高い金額を請求される。しぶしぶタカシは払う。原住民がカヌーで乗船してくる。船員たちは嫌な顔をする。「あいつら、なんでもくれくれと言って困るんだよ」と機関長は顔をしかめる。鳥かごに白い鳥を入れて、それを買えと原住民は言う。裸足で粗末な服装である。「この海はサメが多いから絶対に泳ぐな」と船長は言う。このきれいな海で泳ぎたいと思っていたので、タカシはがっか [続きを読む]
  • 静かなセレベス海
  • スル海を経てセレベス海に船は入る。セレベス海は静かである。船はほとんど揺れない。右手にボルネオ、左にセレベス島である。セレベス島は別名スラウエシ島とも呼ばれる。インドネシア独立後、スラウエシと呼ばれるようになった。この島から木材を積んでこの貨物船は日本に戻るのである。この海の色は美しい。グリーンの夢見るような色である。日本にはこんな色の美しい海はない。遥々日本からやってきたが、この海の色は旅人を慰 [続きを読む]
  • 織田作之助の「夫婦善哉」について
  • 柳吉と蝶子は夫婦善哉に行く。夫婦で行く店である。「一人より女夫の方が良えいうことでしゃろ」と蝶子は言う。蝶子はめっきり肥えて、そこの座布団が尻にかくされるぐらいであった。座布団が尻に隠されるくらいという言葉に老練の作家の視線を感じるのだがこれはやはり織田的表現で言えば青春の逆説ということになるのであろう。後に続編が発見されるのだが、九州の別府を舞台にして蝶子の活躍がめざましい。後半も読者を飽かせず [続きを読む]
  • 織田作之助の夫婦善哉について
  • 柳吉の祖父の葬式にも出れず、蝶子は絶望して自殺未遂である。女の気持ちとしてはよくわかるところである。日陰者、自殺を図ると新聞に書かれるのだが、日陰者意識が作者の中にもあったということだと思う。文体にも下品なところがあるが作者のそんな意識とつながっていると考えるべきだろう。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村人気ブログランキングへ 人気ブログ.. [続きを読む]
  • 織田作之助の夫婦善哉について
  • 尻を振って外へ飛び出したが、直ぐ気の抜けた歩き方になった。尻を振るとは上品な表現ではないが、感じはよく出ていると思う。連れたきた女の子は柳吉の娘だった。頭をなでると顔をしかめた。顔をしかめるという表現が面白い。思わず笑ってしまった。娘の気持ちとしては複雑で、蝶子に父親を奪われたわけだから、その心理は分かるわけである。母親の死。30歳の蝶子も母親の目からすれば子供だと種吉は男泣きするが、この辺の情景は [続きを読む]
  • 織田作之助の「夫婦善哉」について
  • まじないに屋根瓦についている猫の糞と明礬を煎じてこっそり飲ませさところが効用があったので、今度もそうだと思って、黙って味噌汁の中に入れると、柳吉はすすってみて、変な顔をしたが、それと気づかず、味が妙なのは病気のせいだと思ったらしかった。猫の糞とは汚い話ではあるが、話としては面白い。上品な小説ではないが、人間臭いところがこの小説の魅力である。ロマンチックな恋物語を求める読者なら興ざめするような内容だ [続きを読む]
  • 織田作之助の「夫婦善哉」について
  • 柳吉は種吉にスイカの切り方を教わるのであるが、「切り身で釣って、丸口で儲けるんや」などの種吉のセリフはプロの言葉であり、堂に入っている。蝶子は、かばんのような財布を首から吊るして、売り上げを入れたり、つり銭を出したりする。かばんのような財布と言う表現が面白い。思わず笑ってしまった。リンゴをよく布巾でふくこと、水蜜桃は手を触れぬこと、果物は埃を嫌うからはたきをかけること。種吉の言葉には不自然さがない [続きを読む]
  • 織田作之助の「夫婦善哉」について
  • 剃刀屋をやるがうまくいかない、今度は関東煮をやるが、商売に飽きた柳吉は200円を持ち出して遊興に使ってしまう。体力の限界を知った蝶子は店を閉めてしまう。それでも懲りずに果物屋を開店する。これもやがて失敗する。人生は火宅である。人生の無常をここでは痛く感じる。成功するのは簡単ではない。やすやすと成功の階段を上っていく人もいるだろうが、多くの人はそうではない。織田作之助はここでは火宅の人生と無常というも [続きを読む]
  • 織田作之助の夫婦善哉について
  • ひょこひょこ歩いて来る柳吉の顔が見えた。行燈の明かりに顔が映える,眩しそうに目をしょぼつかせていた。ひょこひょこ歩いて来るなどという表現がいかにも侘しい。優等生ではない。劣等生の侘しさというか、漫画的なおかしさがあるのだが、、そこに生きていく辛さがある。目をしょぼつかせるなどと言う表現もそうである。成功者は眼をしょぼつかせたりはしないだろう。生きていく辛さを痛く強く感じるのである。href="http://nov [続きを読む]
  • 織田作之助の文学
  • 蝶子が必死で貯めるお金を、柳吉は娼妓相手に使ってしまう。蝶子は怒って折檻する。「おばはん、何するねん」と柳吉は足をばたばたさせる。柳吉は逃げまわったあげく、便所の中に隠れてしまう。だらしない男だと思う読者もいるかもしれないが、ここでは業として考えたい。こうした業から抜け出せない人間は多いのである。分かっているけどやめられないという心理である。男らしくないといえば、それまでだが、人間臭いと思うのであ [続きを読む]
  • 織田作之助の文学
  • 丁度向い側が共同便所でその臭気がたまらなかった。左側、つまり共同便所に近い方では餅を焼いて売っていた。醬油をたっぷりつけて狐色にこんがり焼けてふくれているところなどは、いかにもうまそうだったが、買う気は起こらなかった。餅屋の主婦が共同便所から出ても手洗水を使わぬと覚しったかや、と柳吉は帰って言った。けして上品な文体ではないが、とにかく人間臭い。この人間臭さが織田作之助の魅力である。下品であるという [続きを読む]
  • 夫婦善哉について
  • こっそり帰ってみると、柳吉はいびきをかいていた。だし抜けに、荒々しく揺すぶって、柳吉が眠い目を開けると、「阿保んだら」そしてくちびるをとがらして柳吉の顔にもって行った。柳吉は他人から見るとなんの魅力もない人間だが、蝶子の目には愛する男である。夫婦愛とはこんなものかと思う。恰好良さはないけれど、柳吉には人にはないような魅力があって共鳴するところが多い。劣等生の魅力ともいうべきか。船は揺れることもなく [続きを読む]
  • 夫婦善哉について
  • 蝶子という女性がよく描かれている。柳吉は20歳の蝶子を「おばさん」と言う。安カフェへ出掛けて、女給の手に触り、「僕と共鳴せえへんか」と柳吉は言う。その夜、興奮した蝶子は眼をピカピカに光らせて低い天井をにらんでいた。漫画的な表現であるが、人間がよく描かれていると思う。それは決してエリートの世界ではなく庶民の生活なのだが、その人間臭さは共鳴するところが多い。海は静かである。のどかな船旅が続く。href="http [続きを読む]
  • 織田作之助
  • 一度だけだが、板の間のことをその場で指摘されると、何とも言い訳けのない困り方でいきなり平身低頭して詫びを入れ、ほうほうの態で逃げ帰った借金取りがあったと、きまってあとでお辰の愚痴の相手は娘の蝶子であった。 そんな母親を蝶子は見っともないとも哀れとも思った。お辰の人間臭さ、豊かな知性があるとは思わないが、庶民というものを痛く感じる。もちろんここには哀切があるわけだが、人間とはこんなものであろう。大い [続きを読む]
  • 夫婦善哉について
  • 夫婦とはこんなものだろう。決して上品な知的な世界ではない。けれど人間臭いところがいい。大阪から生まれてきた文学であって、東京からは生まれてこない文学である。年中借金取りが出入りしたという冒頭の言葉も痛く人生を感じさせる。優等生の人生ではない。劣等生の人生である。成功者の人生ではないところが人の心を打つのである。一般の人にとって成功の人生はとてもとても難しいことなのである。多くの人が苦難の人生を歩く [続きを読む]
  • マニラよさようなら
  • 6月19日 晴れ朝6時出航する。朝焼けの美しいマニラ。船は岸壁を離れ、マニラは遠のき、思い出は募る。さんさんと輝く太陽の下、フィリピンの島々を後目に船は一路、セレベス島を目指して進んでいく。海は実に静かである。何もすることがないのでボストンバックを開け、小説を取り出す。織田作之助の夫婦善哉である。とにかく面白い。夫婦愛の深さ、人間の面白さ。大阪文学は自分に合っていると思う。href="http://novel.blogmura. [続きを読む]
  • マニラの街
  • 対日感情が悪いと聞いていたのでびくびくしながらマニラの街をタカシは歩いたが、実際はそんなに恐れることはなく彼らは親日派であった。好感が持てた。車も日本製で古く、決して豊かな国とは言えなかつたが、フィリピンの人たちの気質は非常に明るい。これは外から見ていると絶対にわからないが、フィリピン人の街を実際に歩いてみると日本人にはない明るさがある。バスの停留所の横で堂々と立ち小便をしているフィリピン人を見か [続きを読む]
  • マニラにて
  • 対日感情が悪いと聞いていたので、マニラの街中を歩くときは緊張した。若い女とすれ違った瞬間、日本人だと英語でいったのにはタカシは驚いた。トイレに入った時、後ろからJapaneseと言って肩を叩かれたのは驚いた。アメリカなら日本人は中国人としばしば間違われるのだが、ここでは日本人は日本人なのである。彼らは中国人と日本人の違いをよく知っており、日本人を中国人に間違うことはないのである。これは嬉しい光景であった。 [続きを読む]
  • マニラのホテルにて
  • しばらくして勝木さんがパンツ一枚で部屋に入ってきた。「もう帰るよ」帰りのタクシーの中で、「妹がセツクスしなかったと怒っていたぜ」と勝木さんは言う。悪いことをしたかなとタカシは苦笑する。異国の地で男と女がセツクスをすることは快楽かもしれないが、それは暗い記憶で幸せとは程遠い感覚である。本当に愛している女とセツクスするならそれは素晴らしいし、子孫を残すという意味でも価値ある行為であるが、愛していない女 [続きを読む]
  • マニラのホテルにて
  • 勝木さんの行きつけのホテルに行くと、そこは立派なホテルで、部屋の中には大きなダブルベツトが置いていた。部屋に入ると妹は素っ裸になりベツトの上に大の字になって寝た。僕はどうしていいかわからず、セツクスの経験がなかったから狼狽えたが、とりあえず裸になった。彼女の隣に行くと、彼女は大きな目玉でギョロリと僕を見た。三島由紀夫の仮面の告白ではないが、性欲は起こらず、性行為は全くしなかったから彼女は機嫌が悪か [続きを読む]
  • マニラにて
  • 6月18日  晴れ二等航海士の勝木さんが彼女を紹介するというので、マニラの繁華街エルミア地域の近くにある彼女の家に行った。2階建てなのだが1階は暗く、なんとなく陰気臭い。貧しいという感じである。勝木さんの彼女というのが若くて美人で、いいなと思っていると、勝木さんは彼女の妹を紹介した。近くに屋台があっていろいろ売っている。妹が安物の指輪を見ていて欲しがるのだが、僕は黙って見ているだけである。妹は機嫌 [続きを読む]
  • ルネタ公園にて
  • ルネタ公園の近くを歩く。別名リサール公園とも言う。公園の中に鳥かごに入ったオウムを木につるしているのを見てタカシは驚く。日本では絶対に見られない光景である。これは外国だと思った。1896年、フィリピン独立運動の英雄リサールがスペイン軍により銃殺された地である。美しい公園である。この公園の南には繁華街がある。けれども町並みは貧相で豊かな感じはしない。日本にくらべるとかなり見劣りがする。href="http://novel [続きを読む]