悠村隆道 さん プロフィール

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悠村隆道さん: 中論を勉強してます
ハンドル名悠村隆道 さん
ブログタイトル中論を勉強してます
ブログURLhttp://sekisinhenpen.blog.fc2.com/
サイト紹介文西嶋和夫先生がサンスクリット語から直訳された中論を勉強しています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/10/14 16:44

悠村隆道 さんのブログ記事

  • 中論・9−6頌 感受作用と瞬前
  • 第六頌 感受作用と瞬前西嶋先生の訳一切のものに関連して、見ることその他のさまざまの感受作用に関連して、瞬前が認識の対象になるということは絶対にあり得ない。見ることその他さまざまの感受作用の中においても、別のものに依り別の時点において、瞬前が先行させられているのである。中論を勉強しています一切のものを用いようと、または視覚やその他の感受作用を用いようと、瞬前が認識の対象になるということは絶対にあり得 [続きを読む]
  • 中論・9−5頌 瞬前の合理性
  • 第五頌 瞬前の合理性西嶋先生の訳何かに依って何かが前進しているのであり、何かに依って何かが前進させられているのである。何もないにも拘らず何かが何処かにあるのであり、何もないにも拘らず何処かで何かが作られているのである。中論を勉強していますこの世の中は何かによって何かが次へと動いているのであり、何かによって何かが次へと動かされているのである。この世の中は何もない様に思えるが現実には何かが何処かにある [続きを読む]
  • 中論・9−4頌 感受作用以前の状態
  • 第四頌 感受作用以前の状態西嶋先生の訳見ることその他のさまざまの感受作用が、まだ全く存在していない場合でも、具体的なさまざまの事物はそれなりに安定した状態として存在している。それらのものは将来といえども正に存在するのであって、もしもそれらのものが存在していないならば、ゆったりと休めるような状況が存在することもない。中論を勉強しています見ることその他のさまざまの感受作用の働きがまだ全く起きていない場 [続きを読む]
  • 中論・9−3頌 瞬前の実状
  • 第三頌 瞬前の実状西嶋先生の訳見ることや聞くことその他の中に、したがって正にさまざまの感受作用の中に、秩序正しい状態以前からさまざまのものが存在しており、そこにおいては現実が現実以外のものに頼ることなしに見出される。中論を勉強しています見ることや聞くことその他の五感によるさまざまの感受作用の中に秩序正しい状態である現実が存在する以前すなわち瞬前において様々のものが存在している。現在の瞬間において我 [続きを読む]
  • 中論・9−2頌 瞬前と実在
  • 第二頌 瞬前と実在西嶋先生の訳見ることその他の感受作用が認識がされない場合には、一切のものが将来といえどもこの世の中に存在することがあり得ないのであるから、したがって逆に、存在の中においてもあるいは現在の瞬間の直前においても、現実が秩序正しい存在として実在している以外にはあり得ない。中論を勉強していますもしも我々の感覚器官の感受作用が一切起きない状態にあるとすれば、現在のみならず将来においてもこの [続きを読む]
  • 中論・9−1頌 瞬前の存在
  • 第一頌 瞬前の存在西嶋先生の訳見たり聞いたりすることその他さまざまの感受作用が、現在の瞬間において正に顕示されている。そしてそのようなさまざまの感受作用に先行して、現実が単一な形で実在すると云われている。中論を勉強しています何かを見たり何かを聞いたりする様々の感受作用が、現在の瞬間において存在する事は確かな事である。そしてそのような感受作用の直前において、たった一回限りの現実がすでに実在していると [続きを読む]
  • 中論・第九章 瞬前に関する検証
  • 第九章 瞬前に関する検証に入る前に西嶋先生の解説です。道元禅師の正法眼蔵の中に、機先という言葉がある。機は「はずみ」の意味であり、現在の瞬間を意味するから、機先は現在の瞬間の直前を意味している。プールワ(PURVA)は正にその機先すなわち瞬前を意味すると解されるところから、瞬前という訳語を採用した。仏教哲学の一つの中心は、思考とも異なり感受とも異なる行為にあるのであるが、現実の行為は例外なしに現実の瞬 [続きを読む]
  • 中論・8−13頌 行為の実体と全てのものの存続
  • 第十三頌 行為の実体と全てのものの存続西嶋先生の訳われわれが、われわれ自身の行為に一時気の付かないことがあるとしても、断念する態度の取られていない状態が、さまざまの行為の実体である。行為を実際に実行することは、正に行為と行為する人とが一体になった現実の事態の中にあり、その他の全てのものを存続させ発展させる。中論を勉強しています私たちが自分のしている行為に対して無意識に実行していることがある、しかし [続きを読む]
  • 中論・8−12頌 現実の直視と幸福
  • 第十二頌 現実の直視と幸福西嶋先生の訳動作が行為であることははっきりしているし、行為が動作であることもはっきりしている。行為が行為以外のものとして動き出すということはあり得ないし、まず何かを素直に見ることが、幸福を得るための原因である。中論を勉強しています行いにおいて外見的な動作が観念的な行為である事は明確であるし、反対に言えば行為が動作である事も明確である。今実行している行為が別の行為として始ま [続きを読む]
  • 中論・8−11頌 行為の実行と学問的な領域
  • 第十一頌 行為の実行と学問的な領域西嶋先生の訳具体的な世界と抽象的な世界とが一つに重なった現実の世界が、ただ動いているだけのことであって、具体的なものも抽象的なものも行為の実行と同じものでは決してない。言葉を使って議論されたり頭の中で考えられたりする以前から、事実としての行為は正に議論の領域から抜け出してしまっている。中論を勉強しています具体的な世界と抽象的な世界が一つに重なったのが現実の世界であ [続きを読む]
  • 中論・8−10頌 抽象的な世界や具体的な世界と現実の世界
  • 第十頌 抽象的な世界や具体的な世界と現実の世界西嶋先生の訳抽象的な世界が具体的な世界を作り出すということでは決してなく、具体的な世界と抽象的な世界とが一つに重なった正に現実の世界があるだけである。言葉で議論されたり頭の中で考えられたりする以前から、行為の実行は行為として既に実行されている。中論を勉強していますこの世の中は抽象的な世界が具体的な世界を作り出すという事は絶対にない。この世の中は具体的な [続きを読む]
  • 中論・8−9頌 抽象的な世界や具体的な世界と現実の行い
  • 第九頌 抽象的な世界や具体的な世界と現実の行い西嶋先生の訳抽象的な世界でもなく、具体的な世界でもなく、正に抽象的な世界と具体的な世界とが一つに重なった現実の世界である。言葉を使って説明したりあるいは頭を使って考えたりする以前から、動作は行為として既に実行されている。中論を勉強しています現実の世界は抽象的な世界でもない、かと言って現実の世界は具体的な世界でもない。現実の世界は抽象的な世界と具体的な世 [続きを読む]
  • 中論・8−8頌 具体的なものと抽象的なもの
  • 第八頌 具体的なものと抽象的なもの西嶋先生の訳抽象的なものが具体的なものによって作られるということは絶対にないし、具体的なものが抽象的なものによって作られるということも絶対にない。何故かというと、この地上におけるさまざまの悪徳でさえも全て、それを実行する人に依存して正に具体化されているのであるから。中論を勉強しています抽象的な事が具体的な事物によって作られるという事は絶対にないし、具体的な事物が抽 [続きを読む]
  • 中論・8−7頌 行為の実行と現実の世界
  • 第七頌 行為の実行と現実の世界西嶋先生の訳行為の実行は、具体的な世界と抽象的な世界とが一つに重なった現実の世界そのものであって、具体的なものと抽象的なものとが一つに重なった現実が、行為の実行を作り出すということではない。(具体的なものと抽象的なものとの)二つのものの対立している状態が現実そのものであるから、抽象的なものだけが単独に存在するということは何処にもあり得ない。中論を勉強しています行いは具 [続きを読む]
  • 中論・8−6頌 自由の獲得と道義
  • 第六頌 自由の獲得と道義西嶋先生の訳結果に関連して淡白でないと、自由自在の境涯も存在しないし、至福な境涯も現われて来ない。道義がすべての行為の実行の中に含まれている場合には、目的という考え方の否定に固執し過ぎることも、一種の拘わりである。中論を勉強しています結果に対して淡白が良い、何故ならば結果に捉われると自由自在の境涯も存在しないし、結果に捉われると至福な境涯も現われて来ない。道義が全ての行いの [続きを読む]
  • 中論・8−5頌 現実世界の不存在と結果の不存在
  • 第五頌 現実世界の不存在と結果の不存在西嶋先生の訳宇宙秩序と宇宙秩序でないものとが融合した現実の世界は、現実の行いその他が何も存在しない場合には認識することができない。宇宙秩序の世界が現実的なものでなく、宇宙秩序以外の世界が現実的なものでない場合には、結果も具体的に作り出されたものとして認識されることがない。中論を勉強していますダールマとダールマでないものが融合した現実の世界において、現実の行いや [続きを読む]
  • 中論・8−4頌 一所懸命な行為と行為の認識
  • 第四頌 一所懸命な行為と行為の認識西嶋先生の訳真剣な態度がないと、行為の達成を認識することができないし、行為の原因を認識することも全く不可能である。真剣な態度がないと、現実の行いと行いの実行とが同じものである事が認識できず、行為の原因も認識することが全く不可能である。中論を勉強しています明確な意思や目的を持っていないと、行為をしている事に気が付かないし、その行為の原因はなんであるかを気が付く事は全 [続きを読む]
  • 中論・8−3頌 抽象的な世界と行為や行為をする人
  • 第三頌 抽象的な世界と行為や行為をする人西嶋先生の訳抽象的な世界が機能している場合には、行為や行為の実行も抽象的なものを作り出している。行為は理論的にはっきりしないものとして存在する可能性があり、行為をする人も理論的にはっきりしないものとして存在する可能性がある。中論を勉強しています頭だけで考える世界においては、行為や行為の実行も現実のものではなく頭の中で考えている世界を作り出している。行為は理屈 [続きを読む]
  • 中論・8−2頌 現実の行いと行為および行為をする人
  • 第二頌 現実の行いと行為および行為をする人西嶋先生の訳現実の世界における実行が実際にない限り、行為という抽象概念は、恐らく現実の行いをしていることとは何の関係もないであろう。現実の世界における実行が実際にない限り、行為をする人も恐らく行為をすることと無関係になってしまっているであろう。中論を勉強しています現実の世界において行いが実際になされないならば、抽象的概念である行為という言葉は、恐らく現実の [続きを読む]
  • 中論・8−1頌 行為と動作と現実
  • 第一頌 行為と動作と現実西嶋先生の訳現実に在るものが動作であり行為であって、現実に在るものがこの世の中を作り出す訳ではない。動作は抽象的なものでは絶対にあり得ないし、行為という抽象概念はあくまでも抽象的な世界を追い求めるように宿命付けられている。中論を勉強しています現実に存在するものは行いの外見である動作であり行いの抽象的概念である行為である。今現実に存在する動作と行為が改めて新しくこの世の中を作 [続きを読む]
  • 中論・第八章 行為と動作との融合に関する検証
  • 第八章 行為と動作との融合に関する検証に入る前に西嶋先生の解説です。この第八章から第二十一章までの十四章が、仏教哲学の中心である行為の哲学に関する解説に使われている。一般的に云って仏教哲学の中心は、現実の世界における行為にあると考えることができる。欧米文化の世界においては、人間がものを考える能力を基礎として、この世の中を専ら精神的な世界と考える観念論と、人間がさまざまの外界の世界からの刺激を感受す [続きを読む]
  • 中論・7−34頌 現実の世界と言葉に依る説明
  • 第三十四頌 現実の世界と言葉に依る説明西嶋先生の訳たとえば幻想であるとか、夢であるとか、ガンダルヴァと呼ばれる架空の都市とかは、生起であるとか継続であるとか消滅であるとかと同じように、単に言葉による説明に過ぎない。中論を勉強しています幻想とか夢とかガンダルヴァと呼ばれる架空の都市とかは、抽象的なものであり言葉による説明に過ぎず実在しない。現在の瞬間の出来事は現在の瞬間の事実なのに、例えば生起である [続きを読む]
  • 中論・7−33頌 綜合的な客観世界と現実の世界
  • 第三十三頌 綜合的な客観世界と現実の世界 西嶋先生の訳綜合的な客観世界は、生起、継続、消滅(という時間的な推移)の中には実在し得ないし、現実的でないものの中にも実在し得ない。綜合的な客観世界がまだ充分に現実的なものになっていない場合には、綜合的な客観世界でない世界が実現するということも、将来といえども決してあり得ない。中論を勉強しています生起、継続、消滅は現在の瞬間の具体的な事実として綜合的な客観 [続きを読む]
  • 中論・7−32頌 自己管理と霊魂の働き
  • 第三十二頌 自己管理と霊魂の働き西嶋先生の訳自己管理は個人の主観的な霊魂の働きによって実現するものではないし、自己管理が客観的な霊魂の働きと同じものであるということもない。そのような純粋な意味での現象そのものは、人間の主観的な霊魂の働きに依存しているものでもなければ、客観的な霊魂の働きに依存しているものでもない。中論を勉強しています現在の瞬間の事実である自己管理は主観的な考え方によって実現する訳で [続きを読む]
  • 中論・7−31頌 頭脳細胞の働きと現実の世界
  • 第三十一頌 頭脳細胞の働きと現実の世界 西嶋先生の訳抽象的なものが自己管理された存在として現われて来ることは決してない。そのような二次元的な頭脳の働きは、個々ばらばらに独立して存在する事物が、実は現実の世界そのものであることを、見抜くことができないものである。中論を勉強しています頭で考え出した抽象的な内容が自分を縛るものとして現われて来ることは決してない。頭で考える働きや感受する働きでは、この世の [続きを読む]