ノリ さん プロフィール

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ノリさん: ノリの悪い日記
ハンドル名ノリ さん
ブログタイトルノリの悪い日記
ブログURLhttp://noriharu-katakura.hatenablog.com/
サイト紹介文音楽、映画その他について気のむくまま
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供383回 / 365日(平均7.3回/週) - 参加 2015/10/24 00:07

ノリ さんのブログ記事

  • 5つの銅貨
  • レッド・ニコルズのことを書いたので、メルビル・シェイブルソン監督の『5つの銅貨』(1959, The Five Pennies) を久しぶりにみた。この映画、ヴィスタ・サイズだったんだ。南里文雄がこの主題歌を演奏しているものがある。 [続きを読む]
  • Ida! Sweet as Apple Cider
  • ディック・ミネに 『アイダ』というタイトルをもつレコーディングがある。レコーディングは 1936 年の 11 月になっている。もちろん、この二年前の1934年に、ミネが同じ女性名をタイトルに持つ『ダイナ』をヒットさせたことは周知の通りであるが、杉原泰蔵のアレンジはなかなかのものではないだろうか。この曲はもともとアル・ジョルスンやエディ・カンターの先達にあたり、ミンストレル・ショーの歌手であったエディ・レオナ [続きを読む]
  • ドレミファ娘の血は騒ぐ
  • 黒沢清監督の『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(1985) をものすごく久しぶりに見返していた。なぜ見返したかというと、この前インドに行ってガンジス川を渡ったとき川を渡る映画をいろいろ思い出していたら、その一本として『神田川淫乱戦争』が出てきたのだけれども、『神田川淫乱戦争』はDVDを持っていないのでこの作品にした。蓮實さんが『監督小津安二郎』を最初に出版したのは 1983 年のことで、その増補決定版の文庫本を帰りの飛行 [続きを読む]
  • インドから遠く離れて
  • 帰国した。行きに成田空港の書店で搭乗までの時間潰しをしていたら、「藤本隆宏」の名前があったので、もしかして面白いのではという期待で『現場から見上げる企業戦略論』というタイトルのついた新書を買って飛行機の中で読んだ。テレビを見たり、日本の新聞、週刊誌、新書類の読書をする習慣は、時間を無駄にするのがあまりにも馬鹿らしくすっかりやめてしまって久しいが、この新書は最低限の水準に達していて、それなりにフィク [続きを読む]
  • 印度の夜
  • ほんの短い滞在だったけれども、ビハール州の州都パトナーからガンジス川を橋で渡り、仏教生誕の地であり歴史的には日本とはまったく無関係とは言えない地域をネパールの国境に近いマドゥバニまで行ってきた。ビハール州は経済的にはインドで最も「貧しい」地域と言われるが、眼に実際迫ってきたのは、ガンジス川流域の自然がもたらしてきた様々な圧倒的な「豊かさ」であった。短い滞在ではあったけれども、現場の様々な細部に触 [続きを読む]
  • 道頓堀行進曲
  • インドのビハール州の州都、パトナーからネパールの国境に近いマドゥバニにやってきて、爽快なまでに英語が通じない現地のホテルに宿泊しているのだが、そこでは英語のメニューで料理を注文しているにもかかわらず、必ず別の料理や飲み物が出てきて、まるで不条理劇のようである。ホテルの部屋で夜、なぜか服部良一が編曲した『道頓堀行進曲』を聞いていた。不思議なのは『アラビヤの唄』のメロディが挿入されていることであ [続きを読む]
  • 短期的な経済価値と作品価値
  • 前回の記事で、一般には日本映画がピークを過ぎて経済的には崩壊しているとされる時期にさえ、充実した質の高い作品が作られていたことを三隅研次監督の作品を例にとって説明したが、そのような例は、実は枚挙にいとまがない。たとえば、前の記事で名前を出した中川信夫監督が1961年に倒産する新東宝で作った『東海道四谷怪談』(1959) がその例にあたるし、日活ロマンポルノで傑作を作った神代辰巳や曽根中生といった監督の作品も [続きを読む]
  • 物語や思想に還元できない面白さ
  • 日本のテレビ世帯普及率は、1957 年が 5.1 パーセント、58 年が 11 パーセント、59 年が 23.1 パーセントであり、いわゆる「キャズム(普及の谷間)」を超えるのは 1958 年頃である。実際、「一億総白痴化」が流行語になったのは 1957 年頃であった。映画館の年間入場者数は 1958 年の 11 億 3 千万人がピークであるが、映画製作本数、映画館数のピークは 1960 年であり 2 年ほど後にずれている。このことは、テレビの普及がすでにキ [続きを読む]
  • ジャン・ルノワール自伝
  • ジャン・ルノワール監督が書いたものは、みすず書房から発行されている翻訳の『ジャン・ルノワール自伝』しか読んだことがないし、それとて何度も繰り返し読んだという記憶はない。学生時代に買ったものだが、奥付けをみると1977 年 7月 5 日発行になっている。印象に残っているのは、ジャンが父親のオーギュストについて書いている部分である。「手」が一枚加わらないような仕事は、父には全然信用がなかった。インテリはうさ [続きを読む]
  • 三條町子
  • 『恋の蘭燈』(1951) を見て滂沱の涙にくれる。この映画はクリスマス映画だったんだ。暁テル子が出演しているけれども、彼女はこの1951 年に自分の代表曲をレコーディングしている。『東京シューシャインボーイ』はロバート・アルトマン監督の『M*A*S*H』に使われたし、大友克洋の劇場版映画『AKIRA』にも使われた。白光が映画で歌っている曲は、すでに前の記事で紹介したが映画の中では中国語でも歌っていた。恋の蘭燈 [続きを読む]
  • 逆光
  • 2013年10月発行のユリイカの特集『小津安二郎』にある蓮實重彦と青山真治の『梱包と野放し』と題された対談を何かの拍子で読んでいると、蓮實がこのような作品が許されてしまう日本の社会は、50 年かけて着実に退歩していると言う山田洋次監督の『東京家族』(2013) の「 NG ショット」のひとつを取り上げている。屋根の上で仕事をしている妻夫木聡を庭から蒼井優が見上げる俯瞰ショットで、彼女は太陽のほうを見て、黄色いブラウ [続きを読む]
  • Fats Domino と Elvis Presly
  • Fats Domino, 89, One of Rock ’n’ Roll’s First Stars, Is Dead - The New York Times合掌。高校を卒業したエルヴィスは、メンフィスのサン・レコーズのスタジオを訪れ、4ドル払ってレコードを吹き込む。そこでは4ドル払えば誰でも個人レコードを作れたのである。いったいどうやって発声しているのかと思うその声の魅力に店員の女性もやはり抗えなかったらしく、エルヴィスの録音をそのままテープに残し [続きを読む]
  • 谷間の灯ともし頃
  • 1933年のアメリカの曲 “When It's Lamp Lighting Time in the Valley”は、日本人が好きだった曲。女学校の唱歌としても歌われたらしい。1933年にレコーディングされた一枚であるウェイン・キング楽団の演奏を YouTube にアップされておられるのも日本の方のようだ。中野忠晴と中野リズム・シスターズが1938年に『夕陽山に沈めば』というタイトルで録音しているのを 最近Hiro Studio さんがアップしてくれている(いつもあり [続きを読む]
  • 南京豆売り
  • 『南京豆売り』(El manicero) は1920年代後半にできた曲で、キューバ音楽初のグローバル・ヒットとなって世界中に広まった。日本でも戦前から多くの歌手によってカバーされている。川畑文子 (1933), ディック・ミネ(1935),エノケン(1936) の録音を挙げておこう。川畑文子は、1934年にも、同じルンバのリズムの『シボネー』を『思い出のハヴァナ』という題名で録音している。『南京豆売り』は世界中で流行した証拠 [続きを読む]
  • あらゆるメディアは二度誕生する
  • 「あらゆるメディアは二度誕生する」と、メディアを歴史というか「持続」の中の断層として捉えた蓮實重彦の仮説を「ビッグデータ」という空間的な拡がりをイメージさせる語を聞くときでさえ想起してしまう。蓮實が言っている「第二の生誕」とは、メディアが複製技術の発明という第一の生を受けた後に、一度に大量の複製を生み出すシステムが確立し、社会がそれを制度的にあたかも「自然なこと」として受容する段階で生じるメディ [続きを読む]
  • 諏訪根自子
  • 1920年生まれと言えば、原節子、李香蘭、周センだけでなくヴァイオリニストの諏訪根自子さんもいる。彼女の少女時代の演奏のSP盤がYouTubeで何曲か紹介されている。諏訪根自子 Nejiko Suwa_"Perpetuum Mobile" ペルペテウム・モビール(Ries) - YouTube諏訪根自子 Nejiko Suwa_"Andante Cantabile" アンダンテ・カンタービレ(Tchaikovsky) - YouTube追悼 諏訪根自子 Nejiko Suwa_Humoresque - YouTube諏訪根自子 Nejiko Suwa_美は [続きを読む]
  • 汚れた肉体聖女
  • この1958年の作品、シネマヴェーラ渋谷で上映したんだなあ。映画館のスクリーンで見るまたとないチャンスだったのに、残念。見たかった。お色気路線は、日活ロマンポルノが最初ではもちろんなく、大蔵貢が率いた新東宝という映画会社の怪しいともいえる作品世界を忘れてはいけない (ジェンダーの扱い方にはかなりの問題があると思うけど)。映画館のスクリーンで見たいのは、このような作品であっても、日本映画の最盛期には当たり [続きを読む]
  • サセレシア
  • 最近知ったのは、小津安二郎の『早春』(1956)で初めて使われ『東京暮色』(1957) で全面的に使用され、『彼岸花』(1958) でも使われた斎藤高順の『サセレシア』は、ミスタンゲットの『サ・セ・パリ』と『バレンシア』をミックスした事で生まれたってこと。両曲ともミスタンゲットが1926年にムーラン・ルージュで歌ったものが最初である。小津安二郎映画音楽集 東京暮色 サセレシア 斎藤高順作曲 - YouTubeMistinguett - Ç [続きを読む]
  • 80年代初頭の日本映画のことなど
  • 邦画が頑張っていて市場占有率を上げたことはすでに書いたが、映画産業は最近シネマコンプレックスの形態だとは思うがスクリーン数も増え、観客数もわずかであるが上昇している。映画ぐらい面白いものはこの世にはないと思っている一ファンとしては素直に喜びたい。現在の邦画の市場占有率は、80 年代の初期の角川映画が台頭していた時期ぐらいには戻ってきているのだろう。70 年代の終わりから、80年代の初めって本当に東京で見 [続きを読む]
  • サッチモ
  • 1928 年というと、日本では『あほ空(青空)』が初めてのジャズのレコーディングとして発売された頃。1928年に、ホット・ファイヴはアール・ハインズ(ピアノ)らを擁したコンビネーションとなり、ルイの生涯絶頂ともいえるプレイが生まれる。1925年11月My Heart - Louis Armstrong & His Hot Five (Johnny Dodds, Kid Ory, Lil Hardin) (1925) - YouTube1926年2月Heebie Jeebies / Louis Armstrong and His Hot Five - YouTubeLou [続きを読む]
  • 非言語的なメディアの価値
  • かねがね不思議なのは、日本はソフト産業が駄目だと思っている人が結構いるってことである。しかし、それは「わかりやすい」嘘の一つであろう。たとえば、日本の映画産業と音楽産業を例にとってみる。日本の映画市場というのは総興業収入で 2,300 億円ぐらいの規模で金額ベースで見ると北米、中国に次ぐ世界第三位の規模である。邦画の興業収入市場占有率(シェア)は、2016 年で 63 パーセント、2015 年で 55 パーセントである [続きを読む]
  • 帝国の陰謀 / ローラ殺人事件 / ウディ・ハーマン楽団
  • 二十歳にもなっていない大学の新入生になったばかりの者のもとへ、それを待ち続けていたわけでもないのに、これこそを待っていたんだと思わせるような『夏目漱石論』(1978)『映画の神話学』『映像の詩学』『シネマの記憶装置』『「私小説」を読む』『表層批評宣言』(1979) といった書物がたった一年あまりの間にたて続けに出現してしまう。自分にいわゆる年表的な歴史意識があるとすれば、それは「蓮實重彦」という固有名詞がもた [続きを読む]
  • コニー・ボスウェルとビング・クロスビー
  • いつ聴いてもこの二人のヴォーカルはいいなあと思う。全然、脈絡もへったくれもないんだけど今のチャイナ・ドレスのデザインって1930年代の上海で生まれたんだなとふと思う。やっぱりスリットが入って脚を強調するところなんかが、いかにもこの時代らしい(拙記事もっと正直になろう - ノリの悪い日記 参照)。中国系の女優の知名度が国際的に高くなったのは、チャイナ・ドレスを着ているだけで30年代の記憶と自然に繋がってしま [続きを読む]
  • 山中貞雄と袁牧之
  • あまり指摘する人がいないので。二人の監督は同じ1909年生まれである。原節子と周センも同じ1920年生まれであることはすでに書いた。山中貞雄は原節子が出演する『河内山宗俊』を1936年に監督した。袁牧之は周センが出演する『馬路天使』をほぼ同じ時期の1937年に監督した。両作がそれぞれの女優が身売りを強要される話であることはいうまでもない。『河内山宗俊』には原節子追悼の際に蓮實重彦が改めて触れていたように、原節 [続きを読む]