sibaccio さん プロフィール

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sibaccioさん: Sibaccio Notes
ハンドル名sibaccio さん
ブログタイトルSibaccio Notes
ブログURLhttp://sibaccio.blogspot.com/
サイト紹介文フランス文学(プルースト・シムノン)/フランス音楽(サン=サーンス)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供57回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/11/01 10:16

sibaccio さんのブログ記事

  • サン=サーンスのさよならリサイタル
  • 老音楽家サン、サアンが最後の名残の指揮をした大音楽会も先夜御座いました。島崎藤村『平和の巴里』1913年11月6日、パリのガヴォー・ホール Salle Gaveau でサン=サーンスのさよならリサイタル recital d’adieu が開かれた。傷痍軍人のための慈善コンサートとして催されたこの機会をもって、サン=サーンスは公の活動から引退すると宣言したのである。【リサイタルの演目】Marche religieuse オルガンのための宗教的行進曲 op. [続きを読む]
  • サン=サーンスのアメリカ演奏旅行 (5)
  • この演奏旅行で三回に渡ってニューヨーク交響楽団との共演を果たしたサン=サーンスは、1906年11月27日、またしてもカーネギーホールの舞台に登場した。今度はオーケストラとの共演ではなく、サン=サーンスの独奏によるピアノ・リサイタルが開かれたのである。【演奏会の曲目】J-S. Bach : Concerto nach Italienischem Gusto, BWV 971J.S.バッハ:イタリア協奏曲J-P. Rameau’s Piecesラモーの小品いくつかBeethoven : Piano Son [続きを読む]
  • サン=サーンスのアメリカ演奏旅行 (4)
  • サン=サーンスのアメリカツアーは、当初ボストンから始まる予定であったが、訪米途上に見舞われた病気によって延期となっていた。万全とはいえないもののどうにか健康を取り戻したサン=サーンスは、すでにアメリカ各地を周っていた。1906年11月26日、カール・ムック Karl Muck (1859-1940) の指揮によるボストン交響楽団との共演で、ようやくボストン・デビューを果たすことができた。【演奏会の曲目】Prologue de ? Les Barbar [続きを読む]
  • シムノン『子犬を連れた男』
  • ぼくは悲しくもないし、郷愁もない。ぼくがあるがままに物事を見る、カメラの冷酷なレンズのように。それに、僕は情け容赦なく、仮借なく自分自身を見つめる。 (p.21)主人公のフェリックス・アラールはパリ3区のアルクビュジエ通り3番地のアパルトマンに、プードル犬のビブと暮らしている。仕事場である書店も、アルクビュジィエ通り東側の突き当たり、ボーマルシェ大通り沿いに構えている。こんなふうに、シムノンの小説では、実 [続きを読む]
  • 天文学者サン=サーンス
  • 星の世界をさぐることは、サン=サーンスにとって、単なる知的関心以上のものとなるのである。眼を宇宙に向けることで、彼は人間、芸術、世界、神の存在などについて思索を展開していくきっかけさえつかむのだ。海老澤敏「文筆家としてのサン=サーンス」サン=サーンスはたいへんな天文マニアであった。彼は音楽だけでなく、詩や哲学、考古学、自然科学と幅広い分野でその多才ぶりを発揮した人物であるが、なかでも天文学には最も [続きを読む]
  • サン=サーンスのアメリカ演奏旅行 (3)
  • 1906年11月、サン=サーンスはアメリカ各地を巡る演奏旅行を続けていた。ツアーの幕を開けたニューヨークに舞い戻ってきたサン=サーンスは、11月15日、再びカーネギーホールの舞台に登った。【演奏会の曲目】Ballet music from ? Henry VIII ?歌劇『ヘンリー8世』よりバレエ音楽2e Concerto pour piano, op.22ピアノ協奏曲第2番ト短調 … ピアノ:サン=サーンスCaprice sur des airs de ballet d’Alcesteグルックの歌劇『アル [続きを読む]
  • サン=サーンスのアメリカ演奏旅行 (2)
  • ニューヨークでツアー第一弾の演奏会を開催し、サン=サーンスはアメリカの聴衆に熱狂的に迎えられた。訪米途上で死線をさまようほどの病苦に見舞われ、まだ病み上がりの状態であったものの、サン=サーンスはシカゴにも足を運んだ。ニューヨーク公演5日後の1906年11月8日、サン=サーンスはフレデリック・ストック Frederick Stock, 1872-1942 率いるシカゴ交響楽団(セオドア・トマス管弦楽団)と共演した。演奏会は楽団の拠点「 [続きを読む]
  • サンペ『マルスラン・カイユー』
  • サンペ Jean-Jacques Sempé, 1932 は『プチ・ニコラ Petit Nicolas 』の挿絵を描いた人。物語を書いたルネ・ゴシニー René Goscinny, 1926-1977 の方は、バンド・デシネの超ロングセラー『アステリクス Astérix le Gaulois 』のシナリオ作家として知られている。イラストレーションにくわえて、サンペ自身が文章を付けた作品も数多く、そのほとんどは今、フランスで最も有名な文庫シリーズ Folio から出版されている。『マルス [続きを読む]
  • サン=サーンスのアメリカ演奏旅行 (1)
  • 1906年10月20日、サン=サーンスはアメリカ合衆国に向けて演奏旅行に出発した。サンパウロやリオ・デ・ジャネイロなど南米にはすでに二度ほど演奏旅行に出かけていたものの、北米への旅は今回が初めてであった。風邪の重い症状がみられたにもかかわらずパリを出たサン=サーンスは、ル・アーブルから北大西洋を渡る客船「プロヴァンス号」に乗り込んだものの、船上で症状はさらに悪化、インフルエンザと扁桃炎を併発した上にジフテ [続きを読む]
  • コンセルヴァトワールのサン=サーンス
  • コンセルヴァトワール(パリ音楽院) Conservatoire de Paris は、音楽家を養成する教育機関だけでなく、毎シーズンに演奏会を企画開催する演奏協会 Société des Concerts も擁していた。演奏協会のオーケストラは、現在のパリ管弦楽団 Orchestre de Paris の前身にあたる。1904年4月17日の日曜日、コンセルヴァトワール演奏協会は77年目のシーズン第19回の演奏会を開いた。タファネルの後1901年より首席に就いたマルティ George [続きを読む]
  • 幻の「ブラジル組曲」
  • 1899年5月24日付のデュラン宛の書簡によれば、サン=サーンスはブラジル訪問を前に、6つの楽章から成るピアノのための「ブラジル組曲 Suite brésilienne 」を作曲しようとしていた。手紙には楽譜の挿画をクレラン Georges Clairin, 1843-1919 に依頼するつもりだとか、5回開催するブラジル公演のうち2つの演奏会で、この新曲をプログラムに含める予定だといったことが書かれているという(Hess)。La Baie de Rio, prélude リオの [続きを読む]
  • ユルスナール『青の物語』
  • 三つの短篇を収めた作品集。いずれもユルスナール二十代の頃に書かれたものだが(解題によれば、1927年から1930年にかけて執筆)、一つだけ未発表のままに遺された。それが表題となっている《青の物語》。《初めての夜 Le premier soir 》「彼女は何か秘密が明かされるのを人生に期待するほど、本当に単純なのだろうか。人生が私たちにもたらすのは絶え間ない繰り言だけだというのに。(p.27)」... 心の機微をもっとそっけなく(で [続きを読む]
  • ミシェル・ビュトールの小説
  • 昨夏の2016年8月24日、フランスの作家ミシェル・ビュトールが亡くなった。Michel Butor, le 5 décembre 1964, à Paris. AFPビュトールの作品はほとんど小説しか読んでいないので、作家のことは語れないけれど、とにかく、普段同じ小説を二度三度と読む習慣がほとんどない中で、『心変わり』は繰り返し読んだことがあり、今もときどき、もう一度読みたいという欲求にかられることがある。『心変わり』の、列車が移動する様子、列 [続きを読む]
  • ブラジルのサン=サーンス (2)
  • リオ・デ・ジャネイロに続いて、サン=サーンスはサンパウロを訪れた。1899年7月5日、サンパウロ市内のスタンウェイ・ホール Salão Steinway で、サン=サーンス・リサイタルが開かれた。【リサイタルの演目】 Valse canariote, op.88 カナリアのワルツValse mignonne, op.104 かわいいワルツValse nonchalante op.110 なげやりなワルツScherzo, op.87 pour 2 pianos / with Henrique Oswald スケルツォ (2台のピアノ) … エン [続きを読む]
  • ブラジルのサン=サーンス (1)
  • 1906年の北米訪問よりも前に、サン=サーンスは南米に赴いている。ル・アーブルからニューヨークまでの北大西洋横断には6日以上を要するので、南米行きはさらに長い旅路であったと思われる。1899年6月、サン=サーンスはブラジルに到着した。1899年7月2日、すでに二回のコンサートを開いたリオ・デ・ジャネイロのサン・ペドロ・デ・アルカンタラ劇場 Theatro de São Pedro de Alcântara で、サン=サーンスは三度目のコンサート [続きを読む]
  • サン=サーンスのデビュー50年お祝いコンサート
  • 10歳でデビューを飾り、常に音楽界の第一線で活躍してきたサン=サーンスは1896年、楽壇生活50年を迎えた。ピアノやオルガン演奏の達人として、一時は革命児扱いまでされた作曲家として、バロック期の音楽家ラモーの作品全集の編纂にも尽力した研究者として、この半世紀、サン=サーンスの活動はほとんどたゆまず滞ることなく続いた。1896年6月2日、その節目を祝して、パリのプレイエル・ホール Salle Pleyel で記念演奏会 Festiva [続きを読む]
  • シムノンを読みながら
  • ある時期に体をこわしてしばらく養生していたころ、両親には気分転換に読書をすすめられた。その際、母の口から出たのがシムノンだった。子供のころ、両親の本棚には手が出せなかった。殺人、死、血など、ミステリーやサスペンスの不穏な表題ばかりが雑多に並ぶ本棚。漠然とした不安感に包まれた。そのせいか、読書の趣味において両親の影響を受けるようになったのはずっと後になってからだった。それでも、そんな書目をずっと見て [続きを読む]
  • サン=サーンス博士号を授与される
  • ロンドン発(6月14日):ケンブリッジ大学のある特別会議が昨日、サン=サーンス、ブルッフ、ボイト、チャイコフスキー、グリーグの各氏に音楽学名誉博士号を授与した。グリーグは病気のため授与式には出席できなかった。(Le Ménestrel 誌1893年6月18日号)チャイコフスキーの芸術は一層洗練されており、その設計はギュッと緻密である。それは味わい深いパテ料理のようである。(サン=サーンス)1893年、サン=サーンスはケンブ [続きを読む]
  • プルーストが聴いたサン=サーンスのピアノ
  • サン=サーンスは昨日コンセルヴァトワールにおいて、モーツァルトの「協奏曲」でピアノを弾いた。(プルースト)1895年12月8日、サン=サーンスはコンセルヴァトワール(パリ音楽院)の演奏会に出演して、モーツァルトのピアノ協奏曲を弾いた。客席には24歳のプルーストの姿があった。【演奏会の曲目】Symphonie en fa (Beethoven)ベートーヴェン:交響曲ヘ長調(第6番もしくは第8番)Concerto en la pour piano (Mozart), par M. [続きを読む]
  • ヴァントゥイユの七重奏曲 (2)
  • (【ヴァントゥイユの七重奏曲(1)】つづき)「七重奏曲」がどのような楽器で編成されているのかにも注目してみたい。実は、小説のなかでほぼすべての楽器の名前が登場する。小さな壇のうえにモレルとピアニストだけでなく、ほかの楽器の奏者たちも並ぶのを見て、私は最初にヴァントゥイユ以外の作曲家のものを演奏するのだと思った。ヴァントゥイユの曲としてはピアノとヴァイオリンのソナタしか残されていないと想いこんでいたか [続きを読む]
  • ヴァントゥイユの七重奏曲 (1)
  • もしヴァントゥイユの「七重奏曲」が実在したら、それは一体どんな音楽であっただろう。ヴァントゥイユは、プルーストの小説『失われた時を求めて』に登場する架空の音楽家で、田舎のしがない音楽教師として一生を過ごした人物。作曲家としてはピアノとヴァイオリンのための「ソナタ」を一つだけ完成させて、この世を去る。だがその後、ヴァントゥイユの手によって作られたとおぼしき別の作品が、第五篇『囚われの女』の後半、ヴェ [続きを読む]
  • 作曲家協会のサン=サーンス
  • 1887年から1891年の間、サン=サーンスは作曲家協会 Société des compositeurs de musique の会長を務めた。作曲家協会は1862年の設立された組織で、音楽に関するカンファレンスやレクチャーコンサートを開催したほか、作曲コンクールも実施していた。サン=サーンスは当初から会員として名を連ねていた。サン=サーンスは会長就任にあたって、演奏会のプログラムに取り上げる作品について次のような方針を打ち立てた。外国の作 [続きを読む]
  • クラヴサンを弾くサン=サーンス
  • 1888年、作曲家協会 Société des compositeurs de musique は、レクチャーコンサート concert-lecture を挟む全四回シリーズの演奏会を開催した。1月12日に最初のレクチャーコンサートが開かれ、サン=サーンスはクラヴサン(チェンバロ)を演奏した。さらに「フランスのクラヴサン奏者たちが用いた装飾音について」というタイトルでディスカッションにも登場した。PROGRAMME***Entretien sur le Clavecinpar M.Weckerlin対談「 [続きを読む]
  • シムノン『マンハッタンの哀愁』
  • シムノンの自伝的小説。後妻となるデニーズとの熱愛をモチーフにしている。原題が『マンハッタンの三つの部屋』とあるように、ニューヨークの安ホテルの一室、男の部屋、そして女の部屋をめぐって物語が展開する。舞台としては深夜のダイナーやバーも欠かせない。男の心理を中心に叙述している点ではいつものシムノン小説なのだが、あえて彫琢を施していないというか、ほかの「運命の小説」に比べると少し趣きが異なる印象。訳者も [続きを読む]