サラダ坊主 さん プロフィール

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サラダ坊主さん: サラダ坊主日記
ハンドル名サラダ坊主 さん
ブログタイトルサラダ坊主日記
ブログURLhttp://saladboze.hatenablog.com/
サイト紹介文千葉県千葉市花見川区の片隅に暮らす坊主頭のサラダ屋の生活と意見。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供202回 / 365日(平均3.9回/週) - 参加 2015/11/16 01:42

サラダ坊主 さんのブログ記事

  • Cahier(成長・記憶・苦痛・恥辱)
  • *最近、改めて「成長」ということに就いて考えることが増えた。 このように書き出すと、何となく典型的な自己啓発系の記事だと思い込まれてしまうかも知れないが、例えば「成長のための具体的で明確な方法論10箇条」みたいなことは、残念ながら書けないし、書こうとも思わない。物事の一般的な「解」を探究してみることが無益だとは思わないが、成長に関する一般的な法則を書き連ねたからと言って、それが実際の個別的な人生に [続きを読む]
  • Cahier(師走・宿命・軍曹)
  • *年の瀬で、何かと忙しい。師走ともなれば、小売業に携わる人間は皆、来る日も来る日もフロアを駆け回ることになる。靴紐が千切れるくらいに忙殺されて駆け回るのは、何も僧侶だけとは限らないのである。 正月休みを心待ちにして騒めいている世間の空気を、私たちは違った角度から捉える。年末年始を家族や友人と共にゆっくり過ごす、という感覚が、私の内部には既に存在していない。我々にとっては、年末年始こそ最高の書き入れ [続きを読む]
  • 「自立」に就いて
  •  「自立」という言葉は当たり前のように気安く用いられて、誰にとっても耳に馴染のあるものだと思う。誰でも小さいときは親に依存し、何もかも勝手に整えられて、自分で難しい判断を積み重ねる必要も持たずに生きることが出来た。だが、大人になれば、そんな安楽な御身分とは切り離されて生きることになる。或いは、そんな安楽な御身分を捨て去らない限り、人は誰も「大人」としての成熟を享受することが出来ない。尤も、そんな困 [続きを読む]
  • Cahier(繁忙期・「青の時代」)
  • *前回の更新から、思いの外、間が空いてしまった。 毎年、十一月の第三木曜日と定められているボジョレー・ヌーヴォーの解禁日辺りから、小売業の現場は俄かに忙しさを増し始める。特に百貨店は歳暮ギフトの早期割引で集客が上がり始めるし、十二月に入れば冬のボーナスシーズンだ。歳暮が終わる頃にはクリスマスが来て、それが終われば直ちに年末年始の買い物が始まる。光陰は矢のように足音高く過ぎ去っていく。 食品小売りの [続きを読む]
  • 「死」という毒薬を弄ぶ男 三島由紀夫「盗賊」
  •  先日、三島由紀夫の処女長篇小説「盗賊」を読了したので、感想を認めておきたい。 「仮面の告白」に先立って発表された「盗賊」は、三島由紀夫の遺した厖大で華麗な文業の経歴の中で、余り脚光を浴びない位置に佇んでいる作品ではないかと思う。後年の三島を思わせる文学的な特質の萌芽は随所に現われているが、実質的な出世作である「仮面の告白」と比較しても、その文体の未成熟は一読して判明である。人間の、短い言葉ではな [続きを読む]
  • Cahier(「盗賊」・文体・「作品」という芸術的単位)
  • *三島由紀夫の作品を集中的に読破するという俄仕立ての計画は、今のところ生温い速度で進んでいる。「仮面の告白」「愛の渇き」を読み終えて、今は三島の処女長篇と定義されている「盗賊」(新潮文庫)をのんびりと繙読しているところである。 私は漠然と「仮面の告白」が、三島の実質的な処女作だと思い込んでいたのだが、実際には「盗賊」の方が年代的に先行しているという、少し調べれば直ぐに判明するような素朴な事実を初め [続きを読む]
  • Cahier(日常性・演技・滅亡・美学的理念)
  • *引き続き、三島由紀夫の「愛の渇き」(新潮文庫)を少しずつ読み進めている。 以前に書いた記事の中で、三島由紀夫の作品に表現された精神的形態を「演劇的メンタリティ」という言葉で括ってみた。私にとっても未だ、漠然とした概念に過ぎないのだが、良くも悪くも三島由紀夫という作家には、人間の社会的生活を果てしない「演技の連鎖」として眺めている部分があるように思う。それは彼自身が「正常であること」への欲望に駆り [続きを読む]
  • Cahier(三島由紀夫・齟齬・仮装・心理)
  • *三島由紀夫の「仮面の告白」(新潮文庫)を先日読み終えたので、今は同じ作者の「愛の渇き」(同上)を繙読している。如何にも三島らしい、皮肉の利いた観念的な措辞が、じわじわと此方の精神に染み込んで来るような、苦い作品である。 「仮面の告白」は、緊密な構成と凝縮された文章によって形作られた佳品であった。語り手の私が「神輿」の内奥の虚無的な空間に想いを馳せる場面などは、後年の代表作「金閣寺」における究竟頂 [続きを読む]
  • 「正常さ」への切迫した欲望 三島由紀夫「仮面の告白」
  •  三島由紀夫の「仮面の告白」(新潮文庫)を読了したので、その感想文を認めておく。 三島の出世作であり、その代表作の一つにも計えられる「仮面の告白」には、所謂「処女作」に関する使い古された通説が見事に反映されている。つまり、或る作家の処女作には、その後の文学的経歴を予見させる原型的な特質が、残らず象嵌されているものだという紋切り型の常識を、極めて露骨な形で体現しているのである。 「仮面の告白」という [続きを読む]
  • Cahier(衆院選・開票・改革・パフォーマンス)
  • *先日、衆院選が行われ、当初は政権交代の可能性さえ謳われていた、小池百合子氏の率いる「希望の党」が大幅に失速し、解体した民進党の残党から生まれた、枝野氏の「立憲民主党」が予想外の健闘を見せた。だが何れにせよ、小池氏と前原氏の間で生じた思惑の齟齬が一転して、野党全体への逆風を呼び込んだ事実は動かない。野党共闘の約束を違えた前原氏に対する共産党の志位委員長の怒りは、合理的なものであったことが証明された [続きを読む]
  • Cahier(期日前投票・パネルクイズ予選会)
  • *荒天の中、朝から期日前投票に出掛けた。花見川区役所まで、シーサイドバスに揺られていく。同乗者は誰もいない。鬱陶しい長雨が、羽織ったチャコールグレイのコートに少しずつ染み込んでいく。悪天候の休日にわざわざ、バスに揺られて区役所へ向かう物好きなど、そんなに多くはないだろう。 ところが、バスが区役所に近付くに連れて、事態は異様な変貌を遂げ始めた。普段なら閑散としている区役所沿いの道路が、車列で埋まって [続きを読む]
  • Cahier(反復・学習・詩歌・単一性)
  • *子供は同じ遊びを執拗に繰り返すことを好む。一度気に入れば、無際限に同じ行為を反復して、嬉しそうに笑い声を立てるのが、小さな子供の普遍的な習性である。そうした行為に付き合わされる大人は、時にうんざりして溜息を吐きたくなるだろうが、子供にとって「反復」は「認識」を生み出す為の大切なプロセスである。 たった一度の「出来事」が「認識」を形作ることは難しい。「奇蹟」は「認識」を齎すのではなく、寧ろ「認識」 [続きを読む]
  • Cahier(「正解主義」・誤答・恐怖・奴隷)
  • *自分の外部に絶対的な「正解」が予め存在していると信じ込む態度を指して、私は「正解主義」という用語を提案したいと思う。 正解主義者は、自分の内部に絶対的な規範や、譲れない信念というものを持たない。或いは、持っていても信じ切ることが出来ない。その為に、物事の価値を判断する尺度が「他人」の所有物となっている。言い換えれば、正解主義者は常に外在的な価値観に従属することを、自らに対して命じているのである。 [続きを読む]
  • Cahier(方法・価値観・守破離・相転移)
  • *或る組織に属して労働に明け暮れる。年数が経ち、春が来る度に真新しい心身を携えた後輩が現れる。その繰り返しで、組織の新陳代謝のリズムは保たれ、旧弊な慣習にも徐々に罅割れが生じていく。 或いは、子供が生まれる。夫婦だけの静かな生活に、喜ばしい波紋が生じる。右も左も分からぬ赤児が、日毎に大きくなり、出来ることが増えていく。 何れの場合にも「教育」という問題は重要な意義を帯びている。何も知らない人間の真 [続きを読む]
  • Cahier(三毒・懲罰への欲望・感情の制御・排除の論理)
  • *今日、と言っても日付が改まったので昨日の話ということになる。職場で少し腹立たしいトラブルがあり、久々に厳しい口調で通達を発した。些細なミスの積み重ねが生み出した状況に過ぎないことは確かである。私の指導と監督が不充分であったことも認める。ただ、一人一人の意識の低さが連鎖して持ち上がった問題であったことに、無性に苛立たしい気分を掻き立てられてしまった。 怒りという感情は余り肯定的な取り扱いを受けない [続きを読む]
  • Cahier(正義・愛情・無底性)
  • *随分と昔に書いた「『正義』と『愛情』は相容れない」という表題の記事が、何の因果か、この「サラダ坊主日記」の注目記事の欄に突如として姿を現し、数日間、その状態を維持している。表題だけは漠然と覚えていたが、どういう中身の文章を書いたのかは、改めて読み返してみるまで殆ど思い出せなかった。それほど有用な事柄や知見が記されている訳ではない。そんなに熱心に読まれているようにも見えない。今までずっと、ネットの [続きを読む]
  • Cahier(ラピュタ・宮崎駿・自然・人間)
  • *仕事を終えて十時過ぎに帰宅し、テレビの電源を入れると、金曜ロードショーで「天空の城ラピュタ」を放映しているところだった。 金曜ロードショーで、スタジオジブリのアニメ映画の再放送に出喰わすことは、少しも珍しい話ではない。子供の頃、母親がVHSのテープにダビングした様々なジブリ作品を、腐るほど眺めて育った私にとって、テレビ画面に映し出される一つ一つのシーンは、懐かしいとすら感じないほどに記憶の表面へ [続きを読む]
  • Cahier(解散・改革・希望・ポピュリズム)
  • *本日付で衆議院が解散した。総選挙の投開票が十月二十二日に設定されると共に、テレビ画面の向こうに広がる政治の世界は大荒れの様子だ。東京都の小池百合子知事が「希望の党」の代表に就任して結党会見を開き、離党者の続出でゾンビと化した民進党の前原代表は、小池劇場の類稀なる影響力に縋って「合流」の奇策を掲げ、愈々「安倍一強」の政局が覆されるのではないかという観測が俄かに強まっている。 小池都知事が国政選挙に [続きを読む]
  • Cahier(大人と子供・愛の飢渇)
  • *偶に自分の幼少期のことを思い出す。自分がどういう経緯を踏まえて現在の状況や人格に辿り着いたのか、その流れのようなものを時折、辿りたくなるのだ。それは必ずしも感傷に耽る為ではない。そういう側面が一切存在しないと言い張る積りはないが、その渦中にいた当時は見えなかったものが、時間と経験の蓄積を通じて新たに獲得された視野によって、今更のように気付きや省察を齎すということは、確かに有り得る話なのだ。 況し [続きを読む]
  • Cahier(ヨーロッパ・近代・小説)
  • *最近は専ら海外の小説を読むことに、乏しい読書の時間を充てるように意識している。ウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」を舐めるようにちびちびと読み進めながら、日本語のみを理解し、一度も国境線を跨いだ経験を持たない、生粋の島国根性の持ち主として生活を営んでいる日本人の私が、敢えて海外文学に積極的な関心を懐こうと努めているのは、何故なのだろうかと自問していた。 ミラン・クンデラの一連の著書に限らず、小説 [続きを読む]
  • Cahier(ロヒンギャ・人道的危機・世界宗教)
  • *夜の十時過ぎに仕事から帰宅して、夕食の仕度が整うのを待ちながら、普段と同じ習慣に則って「報道ステーション」を見ていたら、ミャンマーで起きた大規模な人道的災害に関するニュースが流れていた。ビルマ語を操る仏教徒が人口の大半を占めるミャンマーにおいて、独自の言語を用い、イスラム教を信仰する「ロヒンギャ」と呼ばれる人々に対して長年、国家的なレヴェルでの悲惨な暴力が吹き荒れているのだという。そうした不条理 [続きを読む]
  • Cahier(高野山・空海・虚構性・他者の「無答責」)
  • *先日、珍しく土曜日に休暇を取り、母親と弟夫婦を自宅に招いた。夕方からは、地元の神社の祭礼があり、近くの通りは歩行者天国と化して、道に沿って一面に露店が軒を連ねた。台風の影響で弱々しい雨が降っていた。 子供を風呂に入れた後で、居間のソファに陣取って久々にNHKの「ブラタモリ」を見た。テーマは和歌山県の高野山で、弘法大師空海が切り拓き、創建した日本有数の霊場の様子が詳さに語られ、映し出されていた。  [続きを読む]