このゆびと〜まれ! さん プロフィール

  •  
このゆびと〜まれ!さん: このゆびと�・まれ!
ハンドル名このゆびと〜まれ! さん
ブログタイトルこのゆびと�・まれ!
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/02200224
サイト紹介文 「日々の暮らしの中から感動や発見を伝えたい」
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供329回 / 365日(平均6.3回/週) - 参加 2015/11/20 13:31

このゆびと〜まれ! さんのブログ記事

  • 指導者の条件⑤――「勇(ゆう)」
  • そして、指導者になるための五番目の条件、それは「勇」です。「勇」とは、勇気の勇です。ああ、現代では、勇気のない人びとの、いかに多いことよ。己の心に照らして、それが正しく、他の多くの人びとのためになると判っていることであっても、行動できない人の、あまりにも多いことよ。勇なき民の多さに憂(うれ)えているのは、私だけではありません。心ある数多くの人たちは、この勇なき人びとの、その行動力のなさに、実践 [続きを読む]
  • 指導者の条件④――「義(ぎ)」
  • 一番目に「礼」、二番目に「智」、三番目に「信」と言いました。四番目に大事なことは「義」です。「義」とは、正義の義です。義には、二つの面があります。一つは、他の人びとから恩義を受け、何かを与えられたとき、そこに感謝の心が生まれ、報恩をしていくという意味での義があります。受けた恩を忘れずに報恩していくという意味での義です。しかし、これは指導者の条件としての義ではありません。そうではなく、指導者に従っ [続きを読む]
  • 指導者の条件③――「信(しん)」
  • 王道に入るための条件の三番目は、「信」です。この「信」の基は、もとより仏に対する信仰にありますが、ここで指導者の条件として取りあげたい信とは、仏への尊崇のみではありません。信には、あと二つの面があります。一つは、多くの同胞たち、仲間たち、他の人びとを信ずるという意味での信があります。この信は、チームワークをつくり出し、数々の共同的な作業、組織的な仕事をしていくときに、どうしても欠くべからざるもの [続きを読む]
  • 指導者の条件?――「智(ち)」
  • 指導者としての第一の条件は「礼」であると述べました。では、第二の条件とはいったい何であるかというと、それを私は「智」であると言いたいのです。この智という字は、知識の「知」の下に「日」という字が付いています。すなわち、単なる知識のみならず、経験を通し、知識が智慧に転化した段階での「智」であると言ってよいでしょう。この智は、指導者にとってはひじょうに大事な条件の一つです。それは、ものごとをよく知って [続きを読む]
  • 指導者の条件①――「礼(れい)
  • 第一の条件をあげましょう。みなさんは聞きなれない言葉を聞いて驚くことでしょう。それは、「礼」という言葉です。礼儀の礼です。これが第一の条件なのです。この礼の心は、最高の指導者、すなわち頂点に立つ人にとっては、「魂の高貴さ」として、その姿を現します。高貴なる姿として、人格として、雰囲気として、その姿を現してきます。しかし、読者のみなさんは、まだ、その真なる指導者に到る途上にいる方がたでありましょ [続きを読む]
  • 真なる指導者
  • 指導者の条件とは何であるかという観点より、「人生の王道論」を語ってみたいと思います。指導者の条件ともいいうる、この「人生の王道論」は、およそ、この地上に生を享けて生きていく人間であるならば、指導者として生きていかんとする人間であるならば、必ずやそれを通過していかねばならない関門なのです。この道を通らずして、真に人びとの上に立ち、多くの人びとを導いていくことは難しいのです。すなわち、いままでに、天 [続きを読む]
  • 正義の根本にあるものは、「神の正義」と「人々への愛」
  • 宗教的な観点で言うと、まず、「政教分離」の問題があるでしょう。確かに、そう憲法に書いてあるわけですが、それは、天皇陛下が現人神として存在し、戦争中に日本軍が「天皇陛下万歳!」と言って突っ込んでいったようなことが原因にあります。つまり、それをまたやられたら困るために占領軍が入れた一項であって、それによって私たちが迷惑をこうむる必要など全然ないのです。さらに、マスコミの扱い方にしても、「オウム真理 [続きを読む]
  • 神仏の前に謙虚さを、人々には愛を示す人を政治家に
  • 人間は強い者も弱い者もあるし、富める者も貧しい者もあるけれども、協力し合えるところは協力し、自分の余りたるものについては、ほかの者に使ってもらうなりすればよいでしょう。そして、自分が恵まれていることに対しては、感謝する心、お返ししていく心が大事なのです。したがって、この世の中で選ばれてエリートになりし者たちは、それだけの「自己犠牲を払う精神」が必要だと思います。やはり、「自分を犠牲にしてでも多 [続きを読む]
  • 信仰なき民主主義は、底が浅くなる
  • 宗教と政治を別に考える向きもあるかもしれませんが、「信仰なき民主主義」は、どう見ても底が浅いと思います。底が浅すぎるのです。左翼の人たちは、最終的に、「唯物論」や「無神論」のほうに飛びつきやすいわけですが、彼らにしても、弱い人たちを人権侵害から守ろうとしているとは思います。ただ、弱い人たちの人権を守るときに、そこが弱肉強食のジャングルのような世界であれば、守りたくても守れません。やはり、「それ [続きを読む]
  • 無神論では、暴政下の人権侵害を止めることができない
  • 「自分の国は自分で守り、自分の国は自分で発展させる」ということが大事ですが、さらに大切なのは、「信仰心」のところです。ここが、明治以降、だんだんと薄れていきましたし、戦後になって特に薄れてきています。あるいは、信仰心については、家庭や個人に任せるようなかたちになっているのかもしれません。しかし、日本は戦後、アメリカに似せながらも、この部分が根本的に違っているのです。アメリカは信仰国家です。「神 [続きを読む]
  • 霊的世界の真実?(神がいるなら、なぜ地獄を消してしまわないのか?)
  • (地獄はある意味で病院である)地獄というものは、ある意味では罰なのですが、別の意味においては病院なのです。地獄霊は、まさしく病人と同じです。「地獄を亡くせばよい」という考えは、例えば、「病人をなくせばよい」という考えと同じなのです。これは、「爆弾を落として病院を粉砕すれば、病人がいなくなるかどうか」ということです。あるいは、「病人は特別な生き物だから、地上に置いてはいけないと考えるかどうか」とい [続きを読む]
  • 霊的世界の真実?(神がいるなら、なぜ世の中に悪があるのか?)
  • (「神の絶対性と」と「悪の存在」は、ほんとうに矛盾するか?)善と悪については、古来、宗教家や哲学者が、いろいろと議論をしてきました。「神が善一元の存在であるならば、悪があることがおかしいし、悪霊、悪魔が存在することもおかしい。そういうものが存在するということは、神の属性のなかに、そういうものがあるということだろうか。また、神の属性のなかに、そういう性格がないとすれば、この宇宙を神がすべて支配して [続きを読む]
  • 霊的世界の真実?(神はほんとうにいるのか?その証拠はあるのか?)』
  • (「第一原因」としての神)神に関しては、昔から、さまざまな研究、探究がなされてきました。例えば、神を「第一原因」として論ずる人もいました。つまり、物事には原因がある。「自分が、今、生きている」ということは、「自分には両親があった」ということである。そういう原因があって自分がある。そして、その両親も、元を探れば、その両親がいた。その両親にもまた両親がいた。こうして探っていくと必ず前者というものが [続きを読む]
  • 中国の反日宣伝を打ち砕いたオバマ氏の行動
  • ここまでは「心の在り方」における優位戦思考である。オバマ大統領の広島訪問には、演説に盛り込まれた言葉にこだわるよりも大きな外交上のプラスもあった。それは何より献花に訪れたオバマ氏の行動である。オバマ大統領に任期間際に一つの外交遺産を加えたいという動機があったのはたしかだが、日本側にとっては、オバマ大統領と安倍首相が揃って広島の原爆犠牲者に献花したことは、日本を「第二次世界大戦の勝者としての米中共 [続きを読む]
  • 坪井直さんや森重昭さんの姿勢こそ日本人らしい
  • 米側からは事前の実務協議の過程で、「大統領が広島に行くのであれば、安倍首相も真珠湾に来るべきだ」という意見もあった。これに対して日本側が、「それは過去に拘泥(こうでい)するもので、かえってオバマ大統領の広島訪問の価値を下げる」と応じると、米側はそれ以上、口にしなかったという。これは平成27年4月の安倍首相の米上下両院合同会議での演説で、「日米間の歴史問題は“和解”の実を得た」という日本側の認識に米 [続きを読む]
  • オバマ大統領の広島訪問に当初は慎重だった米政府
  • 日下公人著書「新しい日本人が日本と世界を変える」より転載します。―――――――――――伊勢志摩サミットを終えた平成28年5月27日夕、オバマ大統領は、安倍首相とともに広島市の平和記念公園を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花した。原爆を投下した米国の現職大統領が被爆地である広島、長崎を訪問したのは初めてのことで、オバマ大統領は慰霊碑前での演説で「悲惨な戦争で罪のない人々が殺された。私たちは歴史を直視する責 [続きを読む]
  • 謎に秘められた天才・写楽!八十の別人説を生み出す
  • 六大浮世絵師の一人に数えられる、東洲斎写楽は多くの謎に包まれた浮世絵師だ。まずその活動期間が異常に短い。特異な表情の役者絵の雲母(きら)摺り大首絵二十八枚が刊行され、浮世絵界にセンセーションを巻き起こしたのは1794年5月。以降、わずか10ヶ月の間に140余点の作品を精力的に発表するが、翌年2月を最後にパッタリとその活動を終息、忽然と浮世絵界から姿をけしてしまうのである。写楽の絵のすごいところは、他の浮 [続きを読む]
  • 生涯に六十数回!宮本武蔵の不敗伝説はかくして生まれた!
  • 日本剣道史上のスーパースターと言えば、ご存じ宮本武蔵である。諸国をめぐりつつ幾多の他流試合を行ったが、一度として負けることはなかったという。武蔵はただひたすら剣に強かったばかりでなく、美術的な才能にも恵まれていた。このことが武蔵の人間的魅力に奥行きを与えている。それも五十歳を越えてからのわずか十年で、書画や彫刻に優れた作品を残したのだから、ただ驚くばかりだ。今日、重要文化財に指定される「枯木鳴鵙 [続きを読む]
  • 家庭を持つ女性にとっての「人生の勝利」とは(第6話:最終話)
  • (人生に勝つポイント)1.高学歴の母親は、子供に期待をかけすぎて、子供が早く燃え尽きてしまうことがある。2.人には「伸びるべきとき」がある。小中学校時代にピークが来ると、そのあと下がっていく傾向がある。3.成人してからあとは「親の力」ではなく「個人の力」によるので、親は子供が大人になってから困らないようにしてあげることが大事。4.一流どころの男性は、「自分がお仕えしなくてはならない女性」とは結婚 [続きを読む]
  • 家庭を持つ女性にとっての「人生の勝利」とは(第5話)
  • (「平凡」であるからこそ、「幸福」なこともある)「平凡であることの幸福もまたあるのだ。平凡であるからこそ、『ささやかなこと』にも幸福を感じることがあるのだ」ということを知らなくてはいけません。親が偉くない場合もあります。課長以上になれない会社員も、日本では半分以上います。しかし、課長になれないからこそ、残業をせずに、さっさと家に帰ってきて、親子水入らずで、すき焼きをつつく喜びもあるわけです。も [続きを読む]
  • 家庭を持つ女性にとっての「人生の勝利」とは(第4話)
  • (あらゆる面で「完璧」を目指すのではなく、各人が自立する)そういう意味では、「あらゆる面で完璧を目指そう」とか、「最高を目指そう」とか思わないほうがよいでしょう。自分が個人で持っている能力に期待することが大事かと思います。女性として、自分が自立して要領よくやれるところについては、やっていかなくてはなりませんし、旦那頼りだったものを、自分でやらなくてはいけないところもあるでしょう。また、ご主人の [続きを読む]
  • 家庭を持つ女性にとっての「人生の勝利」とは(第3話)
  • (「仕事での成功」と「家庭での成功」の両立は、なかなか難しい)家庭に入り、子育てで人からほめられるのを急ぎすぎると、“現代の貴族”といわれた人たちにも、実は悲劇が起きることもあります。また、会社に勤めて出世する人は出世する人なりに、仕事の面では恵まれていて、面白いこともあるでしょうが、「家庭的なところでは、なかなか、うまい具合にいかない」というようなこともあります。両方とも成功しようとして、仕 [続きを読む]
  • 家庭を持つ女性にとっての「人生の勝利」とは(第2話)
  • (新入社員のなかから「将来の経営者は」は見抜けない)大学時代によくできて、会社に一番で入ったら、将来、社長になるかというと、必ずしもそうではなく、大会社の場合には、そういうことは、ほとんどありません。昔、役所などでは、入省順位で、だいたい将来の出世が見えているような面もありました。今はどうなっているか、私は知りませんが、やや変わっているかもしれません。しかし、民間企業であれば、もはや、「入社試 [続きを読む]
  • 家庭を持つ女性にとっての「人生の勝利」とは(第1話)
  • 「勝ち組、負け組」や「負け犬」といった言葉が、以前、流行りましたが、女性の社会進出に伴って、女性の人生を「勝ち負け」で判断することが多くなっているように思います。しかし、その基準は「この世的なステータス」である場合が多く、必ずしも天国的ではないように感じています。特に、家庭に入った女性にとっての「人生の勝利」とは、どのようなものなのでしょうか。(高学歴の母親は子供に“ノルマ”を課しやすい)この [続きを読む]