vingt-sann さん プロフィール

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vingt-sannさん: PARISから遠く離れていても…(2018年6月旅行記)
ハンドル名vingt-sann さん
ブログタイトルPARISから遠く離れていても…(2018年6月旅行記)
ブログURLhttps://ameblo.jp/vingt-sann/
サイト紹介文何度かのフランス・パリ女1人旅を通して触れた美術、文学、映画など…芸術に対する思いを綴ったエッセイ。
自由文自己紹介 ヴァンサンという名前の由来はフランス語の20に日本語のさんをつけたもの。
20という数字は私の愛する20区から出来ている街、Parisを表しています。
スペイン、ポルトガルタイル絵付け講師です。
ブログ/ AZULのタイルに魅かれて
ホームページ/絵付けタイル工房AZUL
      
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供23回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2015/11/30 10:47

vingt-sann さんのブログ記事

  • ⑤マレに残る中世の面影を訪ねて。シュプレヒコールが…
  • モンモラシー通り51番地の”二コラ・フラメル”の家を後にしリヴォリ通り方面へ向かった。通りをこのまま進めばボーブール通り(rue beaubourg)に突き当たり右へ折れてまっすぐ行けばメトロのランビュートー駅でポンピドーセンターも右手に姿を現す筈。ボーブール通りに出て歩き出すと何やら後方からザワザワと騒がしい音が近づいてくる気配が。ゆっくりと近づいてくるのは街宣カー。大音量のスピーカーが何やら繰り返し訴えている [続きを読む]
  • ②マレに残る中世の面影を訪ねて。ニコラ・フラメルの家へ
  •  現在は国立工芸学校の建物の一部としてその形骸だけを留める中世の物見塔を後にして、次に向かったのはニコラ・フラメルの家であった。雑誌掲載の地図を携帯に保存しておいたので方向は大体わかっていた。国立工芸学校正門が面するサン・マルタン通りをセーヌ川方向に真っ直ぐ行きモンモラシー通りに突き当たったら左に折れればいい。後は道なりに歩いていけば…実は住所を控えるのを忘れ、海外の為インターネット使用は控えてい [続きを読む]
  • 読者の皆様へ。私にとってブログ(書くこと)とは…
  •  先ごろアメーバブログにおいて「読者になる」は「フォローする」という英語に取って替わった。 当然のごとく「読者」という言葉は「フォロワー」ということになる。 しかしどうもこの言葉に私は違和感を覚えてならない。しっくりこないのだ。 IT用語辞典BINARY(バイナリ)によれば、「フォロワー」とはSNSにおいて特定のユーザーの更新状況を手軽に把握できる機能設定を利用しその人の活動を追っている者のことだという。  [続きを読む]
  • ①マレに残る中世の面影を訪ねて。国立工芸博物館の敷地にまつわる話
  •  パリという街は、観光スポットを巡るだけでなく気儘に小路を散策したりするだけでも充分楽しい。 だがそこは時間の限られた旅人であるわが身、一刻も無駄にしまいと予め今回散策のコースの一つに選んだのがこのコース。 題してタイトルの「マレに残る中世の面影を訪ねて」 大分昔に芸術新潮という雑誌で特集した記事を参考に予定を立ててみた。 以下の地図(赤線上から下へ)が今回実際に歩いたコース。 何回になるか予想がつ [続きを読む]
  • 再訪。13区「うずらの丘」(Butte Aux Cailles)
  •  ゴブラン織りの展示(一つ前の記事 )を観てからゴブラン駅そばのカフェでランチを摂り、次に向かった先は「うずらの丘」(Butte Aux Cailles)。 今度「うずらの丘」へ行くなら最寄り駅のコルヴィサールから直接行かずに、ここゴブランの裏道を散策しながら行こうと決めていた。 ギャルリー・デ・ゴブラン(ゴブラン織り美術館)の建物のすぐ脇から続いているクネクネとした小路に沿って歩いていく。   人通りも殆どなくパリ中心部 [続きを読む]
  • 13区のギャルリー・デ・ゴブラン(Galerie des Gobelins)へ
  •  今度パリに行ったらぜひとも訪れてみたい美術館があった。 数あるパリの美術館の中でもマニアックな?部類に入るのか、ほとんどのガイドブックには載っていない。もっとも「地球の歩き方」のようなメジャーなガイドブックでさえ紹介していないのだから当然だろうが何とももったいないことである。 その名前はGalerie des Gobelins(ギャルリー・デ・ゴブラン )。 Manufacture des Gobelins(国立ゴブラン織り製作所)の工場敷地 [続きを読む]
  • (後編)4度目の正直?Alain Vaghタイルギャラリー
  •  「Bonjour!」 そう声がして奥の空間から私の前に姿を現したのは1人の女性だった。 エキゾチックな顔立ちで正しくマダムと呼ぶに相応しい女性が笑顔を浮かべている。 こちらも「こんにちは」と挨拶を返し、後を続けた。 「日本から来ました。これで4度目です。やっと開いてました。入れて良かったー」  (※注 たどたどしい仏語&英語使いと身振り手振りを少々ひっくるめるとおそらくこんな感じだろう) それを [続きを読む]
  • (前編)4度目の正直?Alain Vaghタイルギャラリー
  •   今回の旅の中心となるカルチェ・ラタン散策に、アレーヌ(古代ローマ遺跡/lリュテス闘技場 )に隣接するホテルを選んだのには理由があった。 といってもこの遺跡に特別な興味があったというものではない。(ホテルの窓から広々としたアレーヌや街の景色を眺めるということは魅力だったが) 一言でいうなら、ホテルの面するこのモンジュ通り(Rue Monge )が自分が訪れたいと思う多くの場所へのアクセスにとても便利であるというこ [続きを読む]
  • ソルボンヌのこと。(幸運そのⅠ)
  • Bonjour 鳥たちの爽やかな合唱で目覚める。 いや目覚めと同時に耳にそれが届く、そんな感じだろうか。 ベッドの窓際にある小さな窓の目隠しを少し開けると眩しい白い光が目に跳び込む。 まだ誰もいないアレーヌの姿を見下ろし、この景色を独り占めできる至福。 ああ、パリにいるんだという喜びが身体の細胞の隅々まで行き渡る瞬間。  さて何から始めようか。 語りたいことがありすぎてそのどれもが我先にと前へ出ようとす [続きを読む]
  • カルチェ・ラタン。<アレーヌ>が窓から見える部屋で
  •  梅雨明けもあっという間で、7月に突入。 昨日、ああ日付はもう変わったので一昨日のことになるのだが6/30の朝にパリから帰国した。 滞在日数11日間、飛行時間を入れて約2週間弱の旅。 普段から不規則になりがちな生活をしているため、時差ボケなど特に感じることもないのは有難いといえるだろうか。 いやそれどころか日本にいるときよりも向こうに行ってからのほうがかえって体調が良くなったのは不思議。 行きの飛行 [続きを読む]
  • 6月のPARIS、カルチェ・ラタンへ
  • わが心の故郷PARISへ旅立つ日が近づいている セーヌ河岸のブキニスト(古本市) 今回の旅の宿はカルチェ・ラタンパリ植物園の近く、リュテス闘技場からは目と鼻の先にあるホテルアラブ世界研究所やその傍のお気に入りのタイル屋も近い 昔、冬に泊ったホテルはムフタール街のすぐ傍今回地図を見て意外と両者の距離が近いのを知ったあの頃の自分は寒さに震えホテルに閉じこもりがちだった 後に駆け足でこの地区を巡ってはみたけれ [続きを読む]
  • 森有正の「言葉」に触れる
  •  『本離れ』という言葉を聞くようになってからもうどのくらい経つだろう。 本当に昔に比べて人々は本を読まなくなったのだろうか?(私の言う本とはマンガ本の類を除く、文芸書一般のことを指す) 実際にどれだけの数が減ったかは知らないが、少なくとも本屋の棚で自ら手に取り本を選んで買うこと自体は減少傾向にあるといえる。 その証拠に町の小さな書店というものがここ随分と姿を消しつつある。 自分の住む国立(くにたち)  [続きを読む]
  • パンテオンを仰いで<カルチェ・ラタン>
  •  カルチェ・ラタン… Quartier Latin… その言葉を耳にしたり目に触れる度に込み上げる思いをなんと名付けようか。 個人的に特別な思い出がそこにあるわけでもない。 それはきっと自分だけのイメージに纏わるものであるのだろう。 郷愁と憧れと、そして羞恥が入り混じったようなその思いとは。  カルチェ・ラタンとは、パリ左岸の5区と6区にまたがる区域の総称である。 見所としてはリュクサンブール庭園 、パン [続きを読む]
  • 12区高架橋上の緑溢れる散歩道(Promenade Plantée)
  •  前回は12区鉄道廃線跡の高架下アトリエ街の様子を紹介した。 今回はその続きで、高架上の様子がどのようになっているのか御紹介したいと思う。  最初に一つだけ、前回バスチーユとリヨンの間に残る国鉄高架跡と記したが、これはあくまでも位置関係を示したにすぎなく決して区間のことではないので断っておきたい。 現在、この高架橋の上はプロムナードプランテと呼ばれる緑溢れる散歩道に、バスティーユオペラ座近くのドーメ [続きを読む]
  • 夜桜夢幻
  • 私の住んでいる場所から目と鼻の先にある小公園。 ひっそりとし住宅街の中に在り、大きさは猫の額ほどしかない。 設備と言えば長椅子のカタチをしたベンチと小さなベンチが1つずつ、それに小さな水飲み場があるだけだ。 けれどもその猫の額の真ん中には一本の桜の木が在る。 私のお気に入りの秘密の場所…。 ここを通る度に思い出す場所がある。それはPARISのフュールステンベルグ広場だ。(以前の記事でも取り上げた) 今宵は、 [続きを読む]
  • 12区高架橋下のアトリエ街『ヴィアデュック・デ・ザール』
  •  バスチーユの新オペラ座が建てられた場所は、かっての国鉄の貨物ヤード跡。 その後方に位置するバスチーユとリヨンの間に残る国鉄高架跡は、現在では高架の上下共にパリらしい魅力的な場所としてすっかり親しまれている。   まずは高架下から見てみよう。  左側、ドーメニル通りに沿って続く赤レンガの高架跡。 ヴィアデュック・デ・ザール(芸術高架橋) Viaduc des Artsと呼ばれる職人たちのアトリエが並ぶ私のお気に入り [続きを読む]
  • パリ左岸13区『うずらの丘』そぞろ歩きの基本に返る
  •  パリの楽しみ方の醍醐味は、やはり『できる限り自分の足で歩くに勝るものはない』ということだ。 約2年余り前にこのブログを立ち上げわりと最初の方にもそぞろ歩きの楽しみについて語っている通り。→歩く。そしてまた、歩く また私のそんな思いを具体的なものへと導いてくれたといっても過言でない本との巡り合いの大切さ。→ 私のとっておき街歩きのバイブル ぜひ未だの方は以下に取り上げる記事との関連もあり目を通して [続きを読む]
  • 2018年賀状
  • 今年の年賀状、作ってみました。 年々出す枚数は減っていくけれど、昔からの知り合いや遠くに住む友人にはたかが年賀状、されど年賀状という思いがあるから…。 日頃ブログを読んで下さる皆様方にもそんな気持ちが伝われば嬉しいです。 今年は自分にとってのPARISというものについて、考えを巡らしていけたらと思っています。また皆様とコメント欄を通じて交流する [続きを読む]
  • アベスにはアムールがいっぱい!!
  •  2017年も残すところあと10日余りとなった。 今年最後を飾る記事は肩の力を抜いたものにしたいと思う。 さて、アベスという地名を聞けばピンとくる方も多いはず。 映画「アメリ」の舞台で脚光を浴びた場所であるが、驚いた!改めて調べてみたら初公開が2001年ともう大分昔…。 最も自分が見たのはわりと最近3、4年前の話なので、そういう感じは受けないのだろう。 ところでアメリの話はまた次の機会に譲るとして、アベ [続きを読む]
  • イスラム文化☆芸術の殿堂「アラブ世界研究所」後編
  •  前回は建築、ファサード(正面)部分の特徴的な構造について主に説明したが、今回は建物の中へ。 私が観たイスラム美術を中心に御紹介したいと思う。 美術館は上の方の階だったと記憶しているが今回確かめたら7階が入口だとわかった。 ところがいざ直行を試みようとしたものの、エレベータは吹き抜けでガラス張りというとんでもない代物。(高所恐怖症なもので) 初っ端から心が挫けそうになったが仕方がない。 もう忘れたけど [続きを読む]
  • イスラム文化☆芸術の殿堂「アラブ世界研究所」前編
  •   もう随分と昔の話になるが、まだパリへはツアーで数回ほどしか訪れたことがなかった時代の話。 当時仕事していたデザイン会社に入ってきたのはうら若き二十歳位の男性。 なんとなくオシャレな雰囲気が漂っていて聞いたところ、パリに半年か1年ぐらい住んでいて日本へ帰ってきたばかりだという。それで「パリでもし自由時間に行くとしたらあなたのいちばんのおススメはどこ?」と聞いてみた。その返ってきた答が「アラブ世界研 [続きを読む]