大叔父・大田節三の慕情 さん プロフィール

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大叔父・大田節三の慕情さん: 大叔父・大田節三の慕情
ハンドル名大叔父・大田節三の慕情 さん
ブログタイトル大叔父・大田節三の慕情
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/toyo0181
サイト紹介文シアトルからロスアジェルスそして・・・胸の中に仕舞っていたものは・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供223回 / 365日(平均4.3回/週) - 参加 2015/12/12 21:23

大叔父・大田節三の慕情 さんのブログ記事

  • わたらせ渓谷鉄道、うさぎと亀を口ずさんで・・。
  • ここは280年前、神社に画期的な彫刻を施した、彫刻師達が住んでいた『銅街道」の宿場町。秋になると美しい紅葉を「渡良瀬川」に、映し、沢山の人たちを心を潤している。穏やかな流れは、対岸まで歩いて渡れるほど、と、付いた名前。が、一旦暴れると、手が付けられず、見る間にあふれる川の水かさは、多くの民家を、砕いて流したという。昔、知る人たちは、流れる家より、増水した川の水が、子供心に恐ろしかったと・・・今は [続きを読む]
  • 赤城・駒ヶ岳の夜道、ライトの灯りで・・。
  • 昨日、1時間20分ほど、道路に車を止め、公道に姿を見せるまで待ってくれた女性を捜しに、赤城山の大沼まで行きました。会えませんでした。手掛かりは、外人の女性、流暢な日本語は、外人ではありませんでしたが、ライトに照らされた顔は、外人でした。?? この辺りは黒檜山を下り始めた頃、このあたりで、駒ヶ岳に着くころには、暗くなると、覚悟を決め、なら景色を撮ろうとした頃です。?? 岩場の無い道は、腰を下ろ [続きを読む]
  • 上州、赤城・黒檜山から駒ヶ岳 1
  • 昨日、年内は登れないとしていた山に登りました。群馬県を訪れる度、いつかは登りたいと思っていた山、赤城山。空を眺めて、あきらめたことも、今日こそはと思い、胸を膨らませた時に、雑用?が先行してしまったり、群馬県(私には上州と呼んだほうがはるかに近親感が湧きます)に逗留していて、この機を逃せない。冬の前に、紅葉が残る前にと、意を決し、昨日(12日)、赤城山大沼に出かけました。曇りの筈ですが、青い空。赤城神社 [続きを読む]
  • 渋川赤城神社
  • 平成17年 渋川市津久田の赤城神社で、上州花輪彫刻集団を率いた関口文治郎の名前が出た。文治郎の資料では一番新しいもので・・。もともと赤城神社、1774年近郷の村々が、お金を出し合って完成させた神社。類焼もあり、ぼやもありで、記録は残っておらず、冒頭平成17年の改装で、胴羽目の彫刻の裏面に、東上州上田沢村 彫物師 関口文治郎安永3年ノ7月〇〇日弟子 助次良 徳次良 善次良 傳次良 と、案内看板にも書いていま [続きを読む]
  • 西沢渓谷、七ツ釜を。
  • 雄々しい西沢渓谷の流れを見れるのは、今月いっぱい。耳がシンと冷たく、手はかじかみ、上空わずかの風に、舞い散るブナの葉。紅葉酒のノンアルコールビールさえ、ザックの中で出番がありません。ただ歩くだけ。一方通行のマナーは約5時間、私はプラス2時間で。西沢渓谷まもなく冬です。最近、いい性格になった。どんな小さな祠にも、手を合わせるようになった。竜神の滝。駐車場から1時間ほど、白肌の巌を滑るよ [続きを読む]
  • 冠稲荷神社 2
  • 1767年、彫刻大工、前原藤治郎と小倉弥八が、本殿胴羽目が背面を彫った後、冠稲荷神社をあとにする??。1815年、本殿側面の胴羽目を彫ったのは、飯田仙之助、藤原義長、小久保仙五郎。45年後、本殿の3方が彫刻で埋まる??。まもなく、明治。冠稲荷神社は、後世、天皇家の仕事をするとは思いもしない、彫刻大工に、日高聖天宮を彫らせる。1857年伊勢崎下渕名生まれの弥勒寺音次郎、音八親子。飯田仙之助の門人で [続きを読む]
  • 冠稲荷神社は、朱かった。
  • 先の長い話となると、極めるまでには、強固な意志と忍耐が必要で、挫折する場合もある。幸い、私には、一生にやるべきことを考えるという、思考のページは破って捨てる、信条があって、物事を知るのに、期限は1年、半年、3か月と区切ってしまうので、挫折する余裕がないわけであります。そんな私だから、生涯一つをめざし、成している人を見ていると、自分の身の愚かさを棚に上げて、人間として、叶わないなぁ〜と、今度生まれた [続きを読む]
  • すすきの草原、箱根。
  • 寒いと言葉が出た、陽の当たらない朝、予定を1日伸ばした、箱根。行きの箱根裏街道(正式名です)は崖崩れの復旧工事で通行止め、迂回路は細い山道で、すれ違いに要注意でした。箱根の映える紅葉は、11月に入ってからでしょう。箱根湿地園の花を・・・。キリシマリンドウ(青色)ヤマラッキョウ(赤いのですが・・・)十文字草十文字草ホトトギスウメバチソウ黄金色になる見ごろ、少し早かったかもしれません。仙石原入り口にある茶 [続きを読む]
  • タヌキ、それいけえ〜化学復興。高畑勲の窓
  • 最近、隣町多摩の町が寂れている。こんもりした山の木を伐採し、キツネを追い出し、住みよいベットタウンにしたけど、最近、老人ばかりになって、灯りが消えた窓が多くなった。タヌキの反対に押し切られ、開拓をやめればよかったかもしれない。最近タヌキが道を横切ると、会話に出た。秋の陽ざし、まさか工事に反対したタヌキが、それ見たことかと、ハチマキ、たすきに変えて、駆け足、昔住んだ、多摩の山、住みよい街になるか、 [続きを読む]
  • いけぇ〜男一匹、暴れ者・カマキチ!
  • 陽を受ける、朝の一杯のコーヒー、味は格別。変わっていくさまざまの雲を楽しめる余裕は、秋の陽ざしあれば、と。出かけたいけど、今日は本読みと訪問者の相手で、この時間、陽ざしの残像に、あの山、この山、今年は叶いそうもないけど、想像だけでも良しとして・・。昆虫物語 みつばちハッチ〜勇気のメロディ〜 女房、娘を助けてくれたハッチなのに、逆恨みで、ハッチを狙ったが、ハッチの身の上を聞いてしまったば [続きを読む]
  • 長瀞渓谷の、天女!
  • あらぁ〜 困った!昨日、ブログを中断と、書いたばかりなのに、ブログの新規投稿のテンプレートが、元に戻っていて、これでは中断する理由がなくなってしまった。舌の根も乾かないうちに、回れ右!です。シンプルなテンプレート、手っ取り早い機能、集中ができる。少なくとも、私とは「うま」が合います。いいものは崩さず、守り・・・ですね!10月15日、観光をメインにして訪れた、景勝地長瀞渓谷、舟下りの観光客でにぎわう宝 [続きを読む]
  • 秩父・宝登山の投稿で、困った!
  • 宝登山1847年から1874年、長い年月をかけて、再建した社殿。彫刻大工は、上州花輪彫刻の系列、飯田仙太郎の倅、飯田岩次郎。完成時は56歳。岩次郎は、父の仙太郎の兄、宮大工・飯田和泉藤原金軌の元、武州熊谷宿に住み武州に多くの彫りを残している。昨日のブログ、小林源八郎とは、小林流の同門同士になるのでしょうか。明治、玉泉寺の住職は、神仏分離令が出る前に、神官になって、玉泉寺の敷地に建てたもので、神仏とともに敬 [続きを読む]
  • 源太郎、箕郷町生原で、鑿を置く.
  • タバコをくゆらせ、いつも長い時間椅子に坐って、参拝する人たちを眺めている。そびえる岩、ポロリと落ちはしないかと思わせる、巌の上に坐っている岩に食い込むような榛名神社の双竜門。社殿は関口文治郎、上州花輪彫刻集団の異才。海老紅陵をの龍が、彼の最後の仕事。のち、1856年、文治郎の師、石原吟八の門人、小林源八の息子、小林源太郎(長谷川源太郎)が、双竜門の龍を彫った。その源太郎が、最後の仕事になったのが、高 [続きを読む]
  • 私、河童の与太郎、宝登山で恋をしました。
  • 私、河童の与太郎、秩父で恋をしてしまった。ただ、三面記事、エロを期待なさる方は、ここでUターン、読む記事このブログじゃない、コンビニの書籍コーナーへと。宝登山に登って晴れか雨か、昨日サイコロ振って、出た目で、来ることになった、バカな私、河童の与太郎。ふらり寄った、宝登山神社隣の、玉泉寺。暗い天井見て、腰が抜けた。羽衣ひらひら、25人の天女。よくもまぁ描いたものと・・・。しばらく眺めていて、社務所の [続きを読む]
  • 陽に燃えた2代目常八主信、終焉の鑿。
  • 雨が降るといえば、臆病に、家に籠り窓を開ければ、素足に秋の深さが、足袋をはき、履けば暑くてまた素足。なんとも、いでたちに面倒な八王子の天気。明日の予定にテレビの天気予報をあちこちチャンネルを横目に、チンチロリンで、決めようと・・。2度降り、勝ったほうに明日の行き先を。1度目が勝ったら秩父宝登山、2度目が勝ったら部屋の片づけ。チンチロリン、勝ったのは1回目の賽の目、4.5.6で.宝登山に、買い出しに小走りした [続きを読む]
  • 塗師・石原一喜、向拝の化粧。
  • ? https://blogs.yahoo.co.jp/xpointx07からお借りしました。黙して語らずに嬉しそうに一言、ヤブカがすごかった。家の合間、姉も手伝ってくれました。10月9日、この日で彩色の仕事を終わらせた、石原一喜さん。大変だったのは、?この模様だったと。成した仕事に奥さんが、云います。初めての仕事、「心配でした」と、笑顔。資料の無い上での仕事、塗色の調べは雲をつかむよう!多 [続きを読む]
  • マラソンの発祥地、安中市の熊野神社。
  • 群馬県安中市、50歳以下の家臣は、明け六つ(午前6時頃)の太鼓を合図に安中城を出発し、中山道を碓氷峠の熊野権現まで、7里余り(約29キロメートル)を走った。1855年のこと。到着には凡そ3〜4時間程かかったようで、熊野権現には班毎に初穂料が奉納され、代わりに餅や切り干し大根、キュウリ、御茶などの昼食が与えられ、小休止した後に安中城に帰還したそうです。(往復約58キロメートル)。 出発は「安中城」 [続きを読む]
  • 吾妻川、流れの傍で咲いていた!
  • もともと、頭の中、知識の収納スペースが狭く、いろんな方に教えて頂いたのに、収納スペースを超えてしまうと、途端に眠くなり、寝たら最後、入らなかった知識が、しばらく戻ってこない。あそこも、ここもと、時間惜しさに宿をとって、訪ねてみるものの、計画の半分も物にできない始末。電話の向こう「年」です、はっきり言われます。今日は、群馬中之条町「吾妻川」沿い、鳴く水音を追って送り、岩を見つけて川風に朝の一服、き [続きを読む]
  • 群馬県、鏑川に響く、諏訪神社の踊り!
  • 参拝の後、ご利益いただく本殿の彫刻を眺める足元から、川の流れが伝わってきます。群馬県下仁田町、諏訪神社真下を流れる鏑川。10月6日、7日はお祭り。諏訪神社・社殿の棟梁は、宮大工大隅流の流れの、矢崎房之進、善次郎、彫刻は矢崎善次郎、房之進の次男坊。宮大工で彫刻にも優れていたといいます。上州花輪彫刻集団には名は無く、新しいページが作られて・・・。創設は1836年から10年かけた1846年。現存する [続きを読む]
  • 群馬県下仁田、諏訪神社の祭り
  • 群馬県大仁田諏訪神社のお祭りが、今日と明日7日。ひと段落した仕事の開放感が、車を飛ばさせました。大通りにどっしりした、大崩山(467m)が見えて、山あいの風情があります。ここの山車は女性がメイン、山車に乗る女性は、引手をあおるのではなく、くねくねと腰を左右に振り、後へ突き出す踊りで、官能的でもあります。それでも、女性、なかなか上手とは・・・。狭い道路で、勾配もあり、引手は大変。それでも、静かな町は囃子 [続きを読む]
  • 越生、聖天宮だった、大宮神社へ。
  • 埼玉県越生町、八王子から高速で1時間足らず、大高取山山麓に、徳川家光から代々10石の御朱印を賜っていた、簡素な神社が、なだらかな丘の中腹に葵のご紋を輝かせている。「大宮神社」1853年、本殿は焼失し、再建の宮大工棟梁は地元、中島久蔵藤原長義、彫物は上州花輪彫刻集団、石原吟八郎の流れ、初代小林源八、2代小林源太郎の息子、小林丑五郎が、彫っている。2代目小林源太郎で眼に引くのは、榛名神社、双竜門の扉の [続きを読む]
  • 小江戸 川越の店。
  • 八王子の夕暮れは、灯りが消えて、人通りが少ない、一日の終わりと、思うだけだけど。川越、夜空に浮かぶ蔵の屋根のシルエットを眺めていると、寂寥感が漂ってくる。きっと私らの前に生きていた日本人の、生活が、建物の姿に移って、浮かんでくるからなのかも知れない。??ここは昔デパート。山吉デパート、設計はりそな銀行を設計した「保岡勝也」氏トルコ人が経営する装飾ガラス店日本で85番目にできた八十五銀行・「りそ [続きを読む]
  • 川越-蔵の街ぶらり・・。
  • 川越、今、小江戸のキャッチフレーズに、観光客が同じ日本であって、エキゾチックな雰囲気に、沢山の人が訪れる町。私も2年前?観光で数人と闊歩し、楽しいひと時を過ごしました。9月24日、越生の神社2社を訪ねた後の、帰り道、寄りました。うだつがあり、幾度も塗り重ねただろう蔵の造りを、見ていると、形容しがたい「といき」が、ぽッ・。明治には町内3分の1の1300軒が、焼失したのに、死者が出なかった町。184 [続きを読む]
  • 越冬態勢のウラギンシジミを探せ♪ 八王子から
  • 昨年私を苦しめた女性がいる。煩悩、3時間考えて、捨てきれないと云えば、とよさんから煩悩を取ったら、何が残りましょう!と、小気味のいい啖呵。その後??の絵、ウラギンシジミを捜して真夜中まで、捜せず、ギブアップ!絵の陰でケタケタ笑っている姿が浮かび、案の定、クスクス笑ったという。越冬態勢のウラギンシジミを探せ♪その方、越後の雪の中、越冬して播磨地方で羽化した、茶目美人。美人にして、茶人。ちゃめ!働き者 [続きを読む]