大叔父・大田節三の慕情 さん プロフィール

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大叔父・大田節三の慕情さん: 大叔父・大田節三の慕情
ハンドル名大叔父・大田節三の慕情 さん
ブログタイトル大叔父・大田節三の慕情
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/toyo0181
サイト紹介文シアトルからロスアジェルスそして・・・胸の中に仕舞っていたものは・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供238回 / 365日(平均4.6回/週) - 参加 2015/12/12 21:23

大叔父・大田節三の慕情 さんのブログ記事

  • 岸又八の龍穏寺にツリフネソウ
  • 標高770m。安房、上野、下野、相模、武蔵、上総、下総、常陸の、関東八州が見渡せるという由来から命名された、関八州見晴台の山麓、埼玉県越生側に、「龍穏寺」が・・ある。太田道灌親子のお墓があって、10月というのに、今年は山吹の花が咲き、セッコクの花も咲いているといいます。訪れたのは2年前。道灌のお墓というだけで、足を運んだもの。龍穏寺の敷地には、江戸時代では一般は参拝できなかった、熊野神社が。も [続きを読む]
  • 榛名神社海老紅陵の龍にタムラソウ! 
  • 上州のなにがしなる村に、鑿を研ぎ、樹齢400年のけやきに、彫りを渡世にする男があった。どんな男か。頑丈でどんな道でも衝き進んで行ける、小さい車に乗った、6月のはじめ、塚原卜伝、護身法印相の免許皆伝を持つ、武術にも長けた彫物大工は、1808年、榛名神社の海老紅陵の龍を彫り上げた翌年、77歳、彫りかけの観音様を見ながら、土間の入り口で、生涯を閉じた。関口文治郎。知らせを聞いた、榛名神社の氏子たちは、「稼ぎを全 [続きを読む]
  • 気分転換になる、花たち。
  • 荒い道、登ったり下ったり、ずいぶん車には負担をかけていた。クラッチの摩耗なのでしょう、登り坂での鈍いスピード。アクセルを踏んでも加速しない。遠出の運転を前に、脳裏は、小さな臆病風がじわりじわり膨らみ、ボディーブローの連打で、ノックアウト寸前のボクサーの姿が。ここは花を見ながら、気を取り直し、修理が完了するまで、気長に待つことに・・・。まゆみキンロバイエゾリンドウキレンゲショ [続きを読む]
  • アサマフウロ、浅間山麓の異変。
  • 自生地は少ないけど、種子からも増えて、丈夫な花と・・。浅間山麓に沢山咲くというけど、現地では見たことは無く、箱根で撮ったファイルですが、歴史を覗いてみると、浅間山、1783年の天候異変。9月上州三の倉・室田で無しの花・林檎の花が咲き、12月、水上村、小野子村の三原山で、ツツジの花が咲いたと、吾妻郡三原山で、5・6月ごろ鹿が度々鳴いて、上州碓氷郡の中で、9月に下記の花が咲いた・・・。(群馬県史資料編12)この [続きを読む]
  • 明け方の空に残る星・アケボノソウ、小川町・青麻三光宮
  • 1833年、上州花輪彫刻集団の花形、石原流2代目石原常八主信が、手掛けた埼玉県、小川町の「八宮神社」本殿。この神社の宮大工棟梁が林兵庫正尊、外国船が日本に来たら「容赦なく蹴散らすように!」と、不穏な時代。天候も今年のように容赦なく、民は、徐々に食すら満足に摂れなくなっていく。飢饉のさなか、1842年、本殿の傍にこじんまりした、「青麻三光宮本殿」が建てられています。この仕事を請けたのが、「八宮神社 [続きを読む]
  • 秋雨に、苦手な本を手にしました。
  • 本を読むのは苦手、読まなくて済むなら、その分、ぼんやりしていたい。「晴耕雨読」4文字の言葉が無くならないように、雨の八王子、『宮大工棟梁・西岡常一「口伝」の重み』西岡常一著『宮大工の人育て・木も人も「癖」があるから面白い』西岡さんの弟子、菊池恭二さん書物を、「古建築修復に生きる・屋根職人の世界」と、同時に読み始め、どの冊子も、職人の世界の厳しさ、慧眼の深さに、背筋が伸びる思い。来週初めまでは、仕 [続きを読む]
  • ほっこり、八雲神社。
  • 彫物大工、飯田仙太郎が箭弓神社の社殿を完成させたのは、1835年。68歳で亡くなる前年。大里群明戸の彫物大工と後世に伝えられ、武州人といわれるけど、仙之助、生まれは、上州花輪宿。渡良瀬渓流の流れを見て育ち、2代目石原吟次郎の門下で彫物大工の素養を、開かせた温厚な性格の彫物師!息子岩次郎が生まれ、兄、河明戸で大工棟梁、飯田和泉藤原金軌の元、早くから移り住み、武州での仕事が多く、上州での彫物が見あた [続きを読む]
  • 東松山 箭弓神社で
  • クレームがついた。花輪集団の彫師たちの、絵を作れと。インターネットで、見ているのですが、自分で探してると、見つけられない。独りよがりと反省し、作ったのが??文字が細かくて見ずらい!関口文治郎を語るのに、系統図は作っていたけど、インターネットや神社の看板を見ると、違いがあった。看板は群馬県と埼玉県の2社にあり、どちらも、??赤線、飯田仙之助の系統は、初代石原常八になっていたもの。そこで、約1か月ば [続きを読む]
  • 灰とニラの花
  • かまどの薪の灰を持たされて「ニラ〜採ってきて」おふくろの好きな「ニラのおひたし」の隣には「茄子の味噌煮びたし」があってトマト。ニラをほうばるたびに、口の中が、きゅっ、キュッと鳴っていた記憶に、主夫、スーパーで買おうかと思うけど、いつも忘れ、食べる機会を失くしている。花が咲くとは思わなかった。この年になるまで。あの時、刈った後、灰を巻かずに野放図にしていたら、こんな花が咲いたのだろうか?いまだピン [続きを読む]
  • 深谷市・横瀬神社に、こむらさき
  • 江戸中期、上州黒保根、花輪宿に、彫師集団の礎を作った石原吟八郎の門下に、稀有な才能を持った彫師がいた。前原藤治郎。石原常八親子の石原流、花形彫師の陰に押されて寡作。最初の仕事は吟八郎の弟子となって参加した、1746年。大里郡江南村上新田の「諏訪神社」妻沼聖天堂が、利根川の大洪水で工事を中断した時の仕事で、聖天堂の工事関係者は全員、諏訪神社に関わった。それから15年後の1761年。藤治郎は秩父三峰 [続きを読む]
  • 伊勢崎神社・ねこと野の花
  • 外に出ると頭痛がして、夏バテ、気温の変化に追いつかず、涼しくなる日のために、体力温存おとなしくしているところです。まもなく、脅威の台風が来ます、充分お気を付けくださいますよう!伊勢崎神社は棟札に石原常八郎の作、というので出かけた伊勢崎市。薄暗い日の木立の中の神社の彫刻、緻密な彫りにしばし、目を凝らしましたが、石原流の彫りの流れでは、斬新なデザインでした。再度訪れようと思っています。 [続きを読む]
  • 氷川神社・江戸風鈴。
  • ポリ袋に入ったように蒸し暑さもたまらないけど、雨、降るか降らないからの曇天に、左右される心地も、そぞろ。ウン、降らないと、決め、出かけたのは昼近く。埼玉県深谷市、群馬県伊勢崎市、戻って川越と、この地方、どこでもトロンとした目つきになるほど、やはり蒸し暑かった。2ヶ所の神社巡りを終え、川越市宮下町に着いたときは、日暮れ。安堵に灯がついて浴衣姿の女性がたくさん。氷川神社の風鈴祭りだった。この神社は、 [続きを読む]
  • 檜原村、山に入っても川遊び。
  • ? キンギョ〜 金魚・・・   金魚〜キ〜ンギョッ ?掛声が似合わない季節に移るのに、背筋が伸びない暑さ。夜店で買った金魚は、金魚鉢の中でギブアップ!川のアユも、岩間の陰で、ゼイゼイ!?? 釣り人、坊主。一匹も釣れない。頭フリフリ、帰り支度直前の釣り師。こんな日(2018.8.26)は、山奥、檜原村に涼を求めに、が・・・・。檜原村、山に入っても川で遊びたい、暑さでした。?? 吉祥寺の滝?? 6月の [続きを読む]
  • ヤマボウシ、甘いか、苦いか、三峰神社。
  • 1700始め、高松又八を元祖とした上州黒保根の、彫刻花輪集団の活躍が、かげりを見せ始める。1800年にはいると外国軍艦が、どっと押し寄せ、事件も起こり「鎖国の日本、平穏を壊されたくない」の、思いは、通じなくなる不穏な時代に入る。1800年、天台宗三峰山観音院高雲寺(三峰神社)。関口文治郎69歳、文治郎の彫りを、武州塗師棟梁、善次郎、配色森田清吉が彩色した、社殿を眺めて、秩父を後にする。53年後、神社水舎を手掛けたの [続きを読む]
  • 雨の三峰、黒川の清流を足に留める文治郎。
  • 1791年、裏参道から黒川の渓流に、足を止め、前原藤次郎親子、並木源治らに、文治郎が声をかける。ここらで「飯にしようか」表参道、鳥居をくぐって、三峰神社社殿までは、一時半(3時間)は山道。800年代、淳和天皇が弘法大師に彫らせた11面観音像と、本堂を建てた。戦いで、山主が絶え、140年の荒れ地の時代もあった。27年の歳月をかけて荒廃を嘆いた、修験者が全国を行脚し、集めた金で、1502年再建した社殿。その後は、徳川の加 [続きを読む]
  • エスケープの口実、今だ思い浮かばず
  • 昨日友達の家で草むしりをしながら、タブレットを観ていたら、投稿記事のファイルが、ごっそり抜けているのが判り、少し残念、というより、む〜かついた。パソコンでは、全ファイルは見ることはできるのですが・・・。規則になんか違反していたのか、人の顔を載せるときは、だいたい許可を得ているのだけど・・。今朝は、睡眠十分とれて、すっきり。関東地方夕方から雨も、今は晴れ、太陽がまぶしい。仕事の電話が来る前に、虎視 [続きを読む]
  • はないちもんめ
  • 勝ってうれしい 花一匁 負けてくやしい 花一匁 隣のおばさんちょっと来ておくれ 鬼が怖くて行かれません お釜をかぶってちょっと来ておくれ お釜がないので行かれません お布団かぶってちょっと来ておくれ お布団破れて行かれません あの子がほしい あの子じゃわからん 相談しましょ そうしましょ?昨日から、やたら口に出てきて、不思議・・・。2か月ばかり社寺に取りつかれて日増しに口数が少なくなって、入り口が見え [続きを読む]
  • 男の艶、掌の鑿。2代目常八。
  • クーラーをつけない昼のひと時は、短いけど、ぐっすり眠れ、2日間も眠っていたような気がします。八王子、静かな日曜日です。群馬県みどり市花輪町の、江戸時代は、足尾銅山の銅を運ぶ道を、銅街道と呼び、日光東照宮の参拝者の通る裏街道、宿場で賑わった村でした。沼田城主、真田昌幸のから700石の知行を受けていた、蜷川佐右ヱ門。その息子佐平太が武士を捨て、江戸に赴いて、彫師「島村俊元」に、ごり押しで弟子になる。この島 [続きを読む]
  • 元気になって、風、爽やか!
  • 出かけた、今年最高気温を記録した熊谷市、風が吹いて、からりとした天気でした。東松山市では「まなびのみち」公園の木立の中では、寒さを感じるくらい。このまま、この陽気でいてほしい!関口文治郎を語り、彩るのに、とんでもない方向に進んでしまい、かといって、投げ出すわけにもいかず・・・。群馬県みどり市の花輪町の18世紀の彫物師たちの、系列図を頼りに裏付けをとるのは、大変な作業。調子に乗って、系列が崩れた日に [続きを読む]
  • 眼は天井。味方はあなた・花!
  • せわしいお盆が過ぎて、八王子の朝は、心持過ごしやすくなって、目覚めのすっきり感が、いまいち状態の回復を、あとは待つだけ。思い立ったら動いている、瞬発力が程遠く、カレンダーを眺めて、グダ、グダ、「ハードボイルドも今は面影ないねぇ〜・・」の、図星の一言。腹も立たないが、眼・・天井の隅をヘロヘロ、泳ぐばかり。「捲土重来」胸に秘めてン十年、その兆し、今だ表れず、慰めてくれるのは、あなた・・! は〜な~ハ〜 [続きを読む]
  • 泡の風呂桶、必殺技!
  • 日暮れて「迎え火」墓所までは行けなかった。やもお(め)にされて17年。不思議と忙しいときに、この習慣。迎え火はいつでも焚いているからと・・送り火は、送らなくていいだろうと、焚かない。姿かたちが蒼い煙で消えた時、浮かんできたのが風呂場の風景。書類のありかを聞きにドアをあけた瞬間、飛んできたのが泡だらけの風呂桶のお湯。スポーツに、2匹の犬、庭の花があれば「いい」の女性。若い時から、崩れていく体に敏感になっ [続きを読む]
  • Rain.....Rain...パソコンが動いて...
  • 庭の花も花、山の花も花・・・。海辺も、川辺も、道にも、野辺にも、垣根も、あぜ道も、花が咲いて、パソコンが動いて、箱根。台風、雨が降って花、艶が・・・!どうせ降るなら、こんな程度がいい。??写真 2018.8.9 箱根 [続きを読む]
  • ブログの画像にカーテンが・・・。西明屋の訂正文。
  • パソコン、台風の所為か、暑気あたりの所為か、乱暴に扱うからか、ブログの画像がサクサクと出ません。機械は今年初め、買い替えたばかり、画像が出ないのが私だけなら、修理に出そうかと・・・。6月27日に投稿いたしました「東向八幡宮」の記事で、誤りが判りました。下記の分は、当日に記したものですが、赤字が誤記と訂正箇所。昨日判明したものです。榛名山の麓、箕郷の西明屋の氏子から神社の改装を依頼されたのは、1783年 [続きを読む]
  • 彫刻師は人気商売。高鳥天満宮
  • 寺院は、国家が官学の寺院として建て僧侶が主体となって大名や豪族を捜して建てるか、出家しない一般の民衆が信仰のために金を貯めて建てるか。群馬県に入ると、小さいお堂の傍に、田んぼの一角に、住家の傍に、道の端に、数基の墓石が目立つ。供養のお寺が少ない時だった。人は形のあるものに、安心の親近を感じてしまう。畑を耕し日暮れ、地蔵に手を合わせ無事の今日に安息する。生活にゆとりができると、在俗の信者に、祠の造営 [続きを読む]
  • 幻の名工 石原常八雅詖・高尾に登る。
  • 70市町村のある群馬県。そのうち26市町村の社寺に彫り物をした花輪の彫師集団、1750年代最も彫師たちの中で、現在なお、棟札、墨書がなく、裏付けの取れない、幻の名工。石原常八雅詖(まさとも)二代目、三代目石原常八を花形名工に育てた初代。群馬県も火事の多かったところ。初代が彫った寺社もほとんど焼失し、再建されないまま、世に知られることがない。遠く離れた八王子。年間350万人が、登山する高尾山。寺院の中に [続きを読む]