大叔父・大田節三の慕情 さん プロフィール

  •  
大叔父・大田節三の慕情さん: 大叔父・大田節三の慕情
ハンドル名大叔父・大田節三の慕情 さん
ブログタイトル大叔父・大田節三の慕情
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/toyo0181
サイト紹介文シアトルからロスアジェルスそして・・・胸の中に仕舞っていたものは・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供291回 / 365日(平均5.6回/週) - 参加 2015/12/12 21:23

大叔父・大田節三の慕情 さんのブログ記事

  • 小菅の渓流、15戸の故郷。
  •                                    向こうは、三頭山(みとうさん・1531m)。山梨県、小菅村。奥多摩湖、小河内ダムの上流で720人が小菅川沿いに住んでいる。大正15年、都心の水瓶、ダムを造るのに、立ち退きを迫られ、7年間の補償問題に翻弄された村でもあります。昭和7年、多摩川と、小菅川の合流地点の15戸の家族は、水没する、田畑に耕作意欲を失い、借金を繰り返し、塗炭の苦 [続きを読む]
  • 奥多摩湖、怪獣モスラに決壊される
  • ロシリカ国の水爆実験場のインファント島から、30センチの双子の妖精、小美人が呼んだ、モスラが、太平洋で、防衛隊の洋上爆撃のナパーム弾で炎上した海で、姿を消した後、奥多摩湖で暴れダムを決壊し下流に、甚大な被害を与えた後、また姿を消した。モスラ、次は米軍横田基地、青梅街道を抜けて、東京都心へむかっている情報が・・・。違うツてば・・・昨日じゃない、1961年・・・。。原作・中村真一郎、堀田善衛、福永武彦。 [続きを読む]
  • 八海山、八ッ峰の手前まで
  • 日本の豪雪地帯、家々の1階の窓は、窓は、雪に押しつぶされないように、板でふさいで、夏もこのまま、造りを3階立ての構造にしている。街道を走れば、2階建ての新興住宅の風景に見慣れているわたしには、濃紺、こげ茶、暗い赤の外壁の建物が、異様な景色に見えました。十日町のアーケードの商店街は、午後4時というのに、開いている商店はなく、かろうじて、時計屋に灯りが付いていものの、人の姿はなく。それでも朝の街道には [続きを読む]
  • 清津峡の青と紅葉 十日町
  • 朝焼けの、光がまぶしい八王子です。5日の清津峡の渓流の流れも、まぶしかった。紅葉より、水の青さに目を奪われていました。4か所の展望台は、暗いトンネルを歩いてから、なおさらの、色合いだったのでしょうか。5日は観光、朝、棚田を見てこの清津峡。この後、ナビは八海山を検索しています。 [続きを読む]
  • 十日町、清津渓の青い流れ
  • おはようございます。都心より3度は低い八王子は、冷たい風が吹いてます。空は抜けるような青空。日本3大峡谷と言われ、雨にかかわらず、駐車場が一杯だった「清津渓」とばっくちで引き返した4日、あくる日は連休中日。離れた駐車場で、お帰りの車を待って、と、待つことしばし。たばこを2本。?売店とホテルがあるここから100m向こうが、トンネル。  カメラではうまく撮れません。  水と冷気、紅葉は見惚れる [続きを読む]
  • 気になって、車と久留馬
  • 跳ね起きた時に「ビリッ」と古傷が痛む寒さになると、少し体調を整えなければと思うようになりました。これからしばらくは、自宅で過ごすことになります。とはいえ、悠悠自適とはいかず、これが曲者、運動不足になって、困るわけです。群馬の名前、どこからなのか!大正14年に刊行された、群馬県群馬郡誌に「久留馬」の由来は、渡来人、呉人(くれびと)が馬と住むんでいたところ。ここで「久留馬」は、和名抄(930年代 [続きを読む]
  • 八王子の銀杏並木
  • 今日は、八王子図書館に無い、図書が届いていたので、受け取りに。少し疲れ気味か、いつもなら、しゃかりきしているのに、今日は、ぼ〜っとして。4キロの銀杏並木を見て、何枚か。歩道橋にいた、カメラマンは、もう少し散っていれば、「綺麗ですがねぇ〜と」頷いて、陽が高いので奥多摩湖の紅葉狩りに出掛けた、今日でした。 [続きを読む]
  • 高尾山で撮った・・・・
  • 昨日ブログを見た友人が、カメラの修理の間、無くては困るだろうと、自分のカメラを使えと、奥さんと訪ねてきました。土手を横切った動物を避けようと、宙を舞って河原の突っ込んだ「気の置けない仲間」わたしより大怪我をし、酒に目のない友達。高尾山でも行こうかとなり、登ってきました。「阿呆だな!意外と」カメラをいじくり、何やらセッティングしはじめ、これでどうだと、撮らされた?思わず「おっ」ひょっとして、写りの悪 [続きを読む]
  • 棚田、いつぱいあるけど
  • 「星峠の棚田米」買えば少し高いけど、魚沼産。うまい!ここの棚田は集落が観光客のために、整備し、管理をしている。大型バスもはいれて・・・・集落の方は、観光料をもらっているわけではない。語らず、田んぼ、畦を堅牢に、秋の疲弊した土を耕して、水を張って細菌を取り除く。黙々と・・・・・明日、労働の糧、米を造っている。声を掛け、米5キロでも買えば、励みになるだろう〜に、しっかり3脚立てて、写真撮って、 [続きを読む]
  • 十日町「星峠の棚田」
  • 5日、宿のフロントに、カメラの入っているバックを忘れました。気づいた、親父さんが、部屋まで届けて下さったので、つい≪命より大切≫と言ってしまった。大した技量も、いいカメラも持っているわけではないのに、軽佻不落な自分に、身体が熱くなっていた。「棚田が有名ですよ」と、主人。知らなかった!博物館が目的、所詮、日帰りの予定だった。が、「清津峡」を見たばかりに、泊まることになって・・・・。それならば。棚田の [続きを読む]
  • 5日、新潟十日町、着けば雨!
  •                             ※八王子インターまでの道路(晴れ)5日、新潟十日町の博物館に、縄文時代の「火焔型土器」が展示しているというので、出掛けました。高速道路は車、車。空はカラカラの天気、のんびりと。が・・・・。トンネル、10キロを抜けると、川端さん川端康成さん!ほどではないけど、そこは、「大雨の国」博物館、骨の折れた傘をさすのに、ズボンの裾は膝までびしょ、びしょ。お [続きを読む]
  • 1500年のロマン
  •          ※小屋は遺跡が国の指定にされたセレモニーで、急きょ造ったもの。?渋川の街に、日本の真ん中の案内の、地蔵があって、  渋川市のを分断するように吾妻川が流れている。  上流に向かって、左の掌を額に当てると、榛名山が、?右の方には、子持山が、谷川岳の手前に見える。    ?前方は、小野子山(違うかもしれない?)?振り向いて右手に穂高岳が見え、?真後ろには、赤城山が見渡せる。?この四方の [続きを読む]
  • 転石苔を生せず・・どっこい!
  • おはようございます。秋の気配を感じないまま「冬」でしょうか?なんとなく、もったいない。せっかくの秋の風情。ひとつ、ことを始めると、集中してしまう不器用さ・・。ブログの更新も怠りがちに・・・。とはいえ、更新しなければ、なんとなく、尻がムズムズし・・・。転石苔を生せず。とどまらず、行動すれば、苔も生えず、斬新でいられると、好いように解釈して今日も元気です。 [続きを読む]
  • 車川、車の松!
  • 花車、香車、車火、糸、井戸車、風車車川、きれいな名前の川が、群馬県箕郷町があって、隣接地に、冨岡、和田山、白川村、善地村が1889年合併した車郷という村がある。早朝、予定外の小雨にも、ワカサギ釣りに夢中な方がいっぱい、いた。この静けさに、釣り人の邪魔にならなければ、ボートで、しばらく時を過ごしたかった!鳴沢湖。その近くを、榛名湖に通じる126号線が、なだらかに。紅葉への変わり目、稲 [続きを読む]
  • まゆみ
  • ? 榛名山の「まゆみ」が種子を見せました。  5月から榛名を訪れ10数回、ようやく見た「まゆみ」  満開ではありませんが、充分まんぞく。  この日は10月24日の夕方。  あいにくの曇り日でした・・・・が、  恋人「まゆみ」と呼んで、半年、この日を待っていたもので、  今度は、「太陽」の晴れ着を着た満開の「まゆみ」を、  心待ちにしている、ところです。    [続きを読む]
  • 榛名山麓「車川」・川を渡って・・・。①
  • 群馬、榛名湖への道、126号。車川、一級河川に「群馬の松」があって、数回、通っているのに、案内看板まで、気が付かなかったわけで。脇見運転しない、優良ドライバーといえば、おお〜ォよし、よしだけど、改めて、石碑・案内看板を見直すと、気づかないのは「単なる阿保」だった。この地は、群馬のにとって、歴史に欠かせない場所だった。それを何度も「阿保さ加減」に、丁寧に教えて下さったのが、山の師匠、トレッカーたかさん [続きを読む]
  • ネコの手になりたい!
  •                                ※ ????岐阜の植物とオブジェ留守をいいことに、八王子の?ミッキーマウス?があぐらをかいて、爪楊枝をくわえていた、事件。プロジェクトを組んで対応するというので、ついで、模様替えをすることにしまして。ついては、大工さんが、入っている間、ブログもとぎれとぎれに・・・。夜行性は、赤色に反応するというので、まず「赤色」をできるだけ捨 [続きを読む]
  • 船にのってきた馬、どうして?群馬
  • 群馬県は、馬の生産地だった、歴史があって、古墳の数もピカ一。埴輪の数は、ダントツ№1.馬は1500年ほど前、朝鮮から運ばれたもの。                                       ※ ? 群馬県立歴史博物館・ぐんまの森外来者が1500前、馬を運んだ船は、どんな船?ここで、【博物館曰く】大阪の古墳から出た船形埴輪を復元した船が?。これに乗って、馬の生産、飼育・技術の専門家が渡 [続きを読む]
  • 台風に備えて。いろづく銀杏。
  • 八王子が4キロを街路樹にしている銀杏が黄色になり始めました。真っ黄色になるのは後3週間くらい。今年は、早くなるのでしょうか?小雨の今日でしたが、明日からは出掛けには不都合な雨になりそうなので、作家・安倍公房のお墓参り。月命日は22日なのですが、行かないよりはいいわけで・・・。墓参り、帰りはいつものこと、妙に落着きを取り戻すのが不思議です。台風の間は、出稼ぎは中止とし、しっかりと、食糧を買いだめし、図書 [続きを読む]
  • 大黒様に顔がみえて、ゲンノショウコ。
  • {大黒様のつぶやき} 『コメントを見て、ここは、一役! わしの前の道は、狭く、葉っぱが茂って見通しが悪い。 後ろは、背丈ほど低い小道の東小屋。 昨日のカメラマンは、背伸びをして撮ったよう。 だれも手を合わせない・・・こんないい顔しているのに。 お金は大事なものだけどねぇ・・・・ウン。 まぁ〜いいっか、わし、後ろ姿にも、御利益ありますので・・・』                     つぶやき終わり [続きを読む]
  • 高尾山の「あかり」
  • リフレッシュ、昼から大急ぎ、高尾山に登りました。登ったといっても、途中までケーブルカーで、途中から研究路4号に入り、しっかり気分転換。平日の山、登山者も実にマナーがいい。すれ違いの挨拶、100パーセント返えって、気分がいい。最近、これがよくて、登るような気がしてきた。それにしても今日の山は人が多かった。研究路、花は咲いていないけど、満足の午後でした。今日は高尾山の「あかり」で。?高尾山麓の民家・登る時 [続きを読む]
  • 箕輪の「郭馬出西虎口門」に・・。
  • ? 井伊直政が城主の時代、(1590〜1898年)の、城門の柱の礎石が見つかった。平成14年のこと。見つかった礎石は現在1つ。郭馬出西虎口門。見つからない瓦から板葺きと判明したという。? この門の復元に、丸2年、昨年11月に完成したもの。関ヶ原の戦い以前では、関東地方最大規模の門。箕輪城、南北に1.5キロ、東西に0.6キロほど。出来立ての虎口(出入り口)の門を見るだけなら、30分もあればいいのだけど、この城跡は、類に見ない、 [続きを読む]
  • 上州、箕輪城の花達
  • 1598年、井伊直政、テレビ大河ドラマ「井伊直虎」で、井伊家の再興を胸に、立身出世願望を果たしていく、井伊直政は、徳川家康から、見事12万石をしっかり頂き、30歳で上州、榛名富士の裾野、養蚕の盛んだった、箕輪城城主になる。8年後井伊直政は、高崎に城を移築。その城が?今は高崎の真ん中に姿を見せているが、8年住んでいた、箕輪城は1500年頃造られたもの。鍬ともっこで、苦労したであろう、空堀があちこちにあり、4時間か [続きを読む]
  • 甘楽小幡の引札、群馬。
  • ? ?小幡地区、雄川堰に並ぶ商店の方々は、小幡八幡宮の下、  弁財天にお参りしたのでしょう。? 引札天和3年(1683)に越後屋(現在の・三越デパート)が呉服の宣伝に「現金安売り掛け値なし」という引き札を十里四方に出したのが、引き札の始まりと言われる。商品の広告だけでなく、開店、改装のお祝い、得意先配り、街頭配りなどにも使われた広告。30×40センチくらいで、障子に張ったりもして、今では、歴史資料として、 [続きを読む]