古事記・日本書紀・万葉集を読む さん プロフィール

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古事記・日本書紀・万葉集を読むさん: 古事記・日本書紀・万葉集を読む
ハンドル名古事記・日本書紀・万葉集を読む さん
ブログタイトル古事記・日本書紀・万葉集を読む
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/katodesuryoheidesu
サイト紹介文コピペで学位は自己責任で。 「上代語ニュース」にまとめも。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供89回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2015/12/13 00:06

古事記・日本書紀・万葉集を読む さんのブログ記事

  • 「ブラジル先住民の椅子―野生動物と想像力―」展について
  •  「ブラジル先住民の椅子―野生動物と想像力―」展が東京都庭園美術館で開かれている。伝統的な椅子、動物形態の伝統的な椅子、ほかに動物彫刻の椅子が展示されている。これらは、「椅子」ではなく「こしかけ」である。背もたれがない。そして、横座りする代物である。つまり、このように座るのではなく、このように座るのである。 「国家に抗する社会」(クラストル)の椅子は背もたれをもってふんぞり返ることがないようになっ [続きを読む]
  • ヒルコ論 其の二
  • (承前) 中国では、七夕に、牽牛織女の天の河の懸け橋になるとの民間伝承があった。淮南子逸文に「烏鵲填河成橋而渡織女。」(劉文典撰「淮南鴻烈集解」)とあり、我が国では懐風藻に、「鵲影(じやくえい)波を遂(お)ひて浮かぶ(鵲影遂波浮)」(33、藤原朝臣史「五言七夕一首」)、「仙車(せんしや)鵲の橋を渡り(仙車渡鵲橋)」(56、出雲介吉智首「五言七夕」)などとある。一夜限りで消えてしまう淡いものと認識されて [続きを読む]
  • ヒルコ論 其の一
  •  国生み説話(注1)において、いわゆる生みそこないが起こっている。その生みそこなった子は、ヒルコ(水蛭子、蛭児)である。 然れども、久美度(くみど)に興して生みし子は、水蛭子(ひるこ)。此の子は葦船に入れて流し去(す)つ。次に、淡嶋(あはしま)を生みき。是も亦、子の例(つら)には入れず。(記上) 遂に為夫婦(みとのまぐはひ)して、先ず蛭児(ひるこ)を生む。便ち葦船(あしのふね)に載せて流(なが)す( [続きを読む]
  • 記紀のカワラについて 其の二
  • (承前) 柳田国男の研究は、実証的側面はさておき民俗学を確立したとリスペクトされ、後の人にも考え方が引き継がれている。例えば、石塚尊俊『女人司祭』(慶友社、1994年)に、「脱穀技術が発達し、稲扱ぎ箸が千歯(せんば)にかわり、さらに脱穀機によって一気に脱穀してしまう時代になると、もう刈ったイネをそのまま外に積んでおくというようなことはしなくなる。すなわち、トシャク・イナムラ・イナコヅミというような言葉 [続きを読む]
  • 記紀のカワラについて 其の一
  •  「甲(鎧)(よろひ)」と「かわら」という2つの言葉についての記述は記紀のなかで2つの場面に見られる。 九月の丙戌の朔甲午に、大彦命を以て北陸(くぬがのみち)に遣す。武渟川別(たけぬなかはわけ)をもて東海(うみつみち)に遣す。吉備津彦をもて西道(にしのみち)に遣す。丹波道主命(たにはのみちのぬしのみこと)をもて丹波に遣す。因りて詔して曰はく、「若し教(のり)を受けざる者あらば、乃ち兵(いくさ)を挙げ [続きを読む]
  • 大山守命の反乱譚の歌謡について 其の三
  • (承前)(注1)契沖・厚顔抄に、「君ハ応神天皇ナルヘシ。……妹[ハ]大山守皇子ノ同母妹ニ、大原皇女、澇田皇女アリ、此皇女等ヲ労ハリ給フ歟、若ハ此二人ノ皇女ノ内ヲ、太子ノ妃トシテ妹ヲ思出トハノタマフカ」、相磯1962.に、「「君」は、大山守命であろうか。敵讎ではあるが、肉親の兄である。……「妹」は、……ここでは、前句の「君」の妃である。……」(171頁)といった説が呈されている。ほかに、居駒2003.、西郷2006 [続きを読む]
  • 大山守命の反乱譚の歌謡について 其の二
  • (承前) 封じ込めて包み隠すことが、「籠む」である。「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(ご)みに 八重垣作る その八重垣を」(紀1)と使われている。大山守命は服の中に鎧を着けている。鎧は、金属の器、鋺(かなまり)として使える。大きなものだから2人でモッコ形式にかついだら、たくさんの水が汲めるのではないですか、と口説いている。そこで相談だが、この身を助けてみたらどうかと言っている。この解釈が正しいことは、こ [続きを読む]
  • 大山守命の反乱譚の歌謡について 其の一
  •  古事記に記された宇遅能和紀郎子の下準備については、拙稿「応神記、大山守命の反乱譚の表現「具餝船檝者」について」(http://www17.plala.or.jp/joudaigonews/hunekadi.html)で述べた。ここでは、ここでは、記50・51、紀42・43歌謡について検証する。 是に、其の兄王(あにみこ)、兵士(いくさ)を隠し伏せ、衣の中に鎧(よろひ)を服(き)て、河の辺に到りて、船に乗らむとせし時に、其の厳餝(かざ)れる処を望みて、弟 [続きを読む]
  • 結界と敷地と庭のことー「鎌倉の至宝」展に関連してー
  •  「鎌倉の至宝―古都万華鏡―」展(鎌倉国宝館)が開かれている(〜6月3日)。 黄梅院蔵の円覚寺華厳塔図なるものを見た。華厳塔を再建するための勧進に用いられたものという。朱線で「結界」が記されている。その範囲内は神聖な場所ですよということのお墨付き(お朱み付き)を得ているものという。勧進のために描かれた図だから華厳塔はまだ建っていない。そこにすでに朱線で寺域が示されている。 異国降伏御祈祷記というもの [続きを読む]
  • 有間皇子自傷歌(万141)について
  •  有間皇子の自傷歌をして知られる挽歌は、万葉集の巻二に見られる。  有間皇子自傷結松枝歌二首 磐白乃濱松之枝乎引結真幸有者亦還見武 家有者笥尓盛飯乎草枕旅尓之有者椎之葉尓盛  有間皇子の、自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首 磐代(いはしろ)の 浜松が枝を 引き結ぶ ま幸(さき)く有らば また還り見む(万141) 家に有れば 笥(け)に盛る飯を 草枕 旅にし有れば 椎の葉に盛る(万142) 万141番歌の3句目の訓 [続きを読む]
  • 久米禅師と石川郎女の問答歌―万96〜100番歌―について
  •   久米禅師(くめのぜんじ)の、石川郎女(いしかはのいらつめ)を娉(あと)へし時の歌五首 み薦(こも)苅る 信濃の真弓 吾が引かば 貴人(うまひと)さびて 否(いな)と言はむかも 〔禅師〕(万96) み薦苅る 信濃の真弓 引かずして 強(し)ひ避(さ)る行事(わざ)を 知ると言はなくに〔郎女〕(万97) 梓弓(あづさゆみ) 引かばまにまに 依らめども 後の心を 知りかてぬかも〔郎女〕(万98) 梓弓 弦 [続きを読む]
  • 万葉集の題詞、左注にあらわれたる「娉」字の読み方について
  •  万葉集には、「娉」の字が使われた題詞、左注が見られる。  内大臣藤原卿娉鏡王女時鏡王女贈内大臣歌一首(万93題詞)  久米禅師娉石川郎女時歌五首(万96〜100題詞)  大伴宿祢娉巨勢郎女時歌一首〔大伴宿祢諱曰安麻呂也難波朝右大臣大紫大伴長徳卿之第六子平城朝任大納言兼大将軍薨也〕(万101題詞)  大伴宿祢駿河麻呂娉同坂上家之二嬢歌一首(万407題詞)  右郎女者佐保大納言卿之女也初嫁一品穂積皇子被寵無儔而 [続きを読む]
  • 万葉集における「心」に「乗る」表現について
  •  万葉集において、「心」に「乗る」という表現が見られる。「心に乗りて」、「乗りにし心」、「妹は心に乗りにけるかも」の3つの形がある。「心に乗りて」 ももしきの 大宮人は 多かれど 情(こころ)に乗りて 念(おも)ほゆる妹(万691) 赤駒を 厩に立て 黒駒を 厩に立てて それを飼ひ 我が行くが如 思ひ妻 心に乗りて 高山の 峯(みね)のたをりに 射目(いめ)立てて 鹿猪(しし)待つが如 床敷きて 吾が [続きを読む]
  • 「稲羽の素菟」論 其の二
  • (承前) 口に出して数を数えることは「読む」という。声に、ひぃ、ふぅ、みぃ、と唱えることである。月齢を見ることも「読む」という。竪杵は、餅つきに残るように、声を掛け合いながら搗く。他方、唐臼は足を使った一人操作で、黙って作業する(注9)。陶土を搗くために、水車小屋に設けられたものも唐臼である。記に、「今将レ下レ地時、……即伏二最端一和邇、捕レ我、悉剥二我衣服一。」とあり、唐臼の並ぶさまを髣髴させる [続きを読む]
  • 「稲羽の素菟」論 其の一
  •  古事記にのみ所載の稲羽(因幡)の素菟(白菟)の説話は、子ども向けの童話のように考えられている。 故、此の大国主神の兄弟(あにおと)、八十神(やそかみ)坐(ま)しき。然れども皆、国を大国主神に避(さ)りき。避りし所以は、其の八十神、各(おのおの)稲羽(いなば)の八上比売(やかみひめ)に婚(よば)はむの心有りて、共に稲羽へ行きし時に、大穴牟遅神(おほあなむぢのかみ)に帒(ふくろ)に負(おほ)せて、従 [続きを読む]
  • 玉依毘売(玉依姫)に託された歌と歌問答について 其の二
  • (承前) 近代に産業化された日本の養殖真珠では、アコヤガイを母貝にして行われることが多く、生産量も多い。天然に真珠を作る貝としては、他に、アワビやシロチョウガイ、クロチョウガイ、ハマグリ、イチョウガイなどがあり、大きさや色や輝きはさまざまである。万葉集にも登場する鰒玉(あわびだま)のことを本真珠と呼び、最も貴重なものと捉えていたようである。アワビは岩肌に棲息し、それを採るために海人(あま)は潜水漁 [続きを読む]
  • 玉依毘売(玉依姫)に託された歌と歌問答について 其の一
  •  これまで、筆者は、拙稿「海神の宮門の設定について」、「ソラツヒコ(虚空津日高、虚空彦)としての彦火火出見尊(火照命)の役割」、「鵜葺草葺不合命(鸕?草葺不合尊)の名義について」によって、記紀の海宮遊幸章について考究を進めてきた。その最後の部分が、鵜葺草葺不合命(鸕?草葺不合尊)(うかやふきあはせずのみこと)の話である。母親の豊玉毘売(豊玉姫)(とよたまびめ)は養育せず、その妹の玉依毘売(玉依姫) [続きを読む]
  • 応神記、大山守命の反乱譚の表現「具餝船檝者」について 其の二
  • (承前) 山口2005.の議論に、「単に、〈艤装する〉の意であれば、「具ふ」で十分であり、「餝る」は不要である。」とするが、船を出航させるための準備は、別に「装ひ」、「船装ひ」という語があるとおり、きちんとしたものでなければならなかった。準備したつもりでいざ出航してしまい、それが中途半端なものであったらもはや取り返しがつかない。命に関わることだから、万端整えて十分すぎるほどに確認することが求められ、ヨ [続きを読む]
  • 応神記、大山守命の反乱譚の表現「具餝船檝者」について 其の一
  •  古事記の応神天皇条に、皇位継承者に定められなかった大山守命が反乱を起こした記事がある。太子であった宇遅能和紀郎子は、大山守命の野心を知り、その反乱を収めるためにさまざまな計略をめぐらす。攻めてくるのを察知してまず川のほとりに兵を伏せ、山の上に御座所を設けて、自身に装った舎人を呉床(あぐら)に座らせ遊んでいるように見せかけた。また、大山守命が川を渡ろうとする時のために、船の中の簀の子に滑りを施して [続きを読む]
  • 万葉集における「船装ひ」と「船飾り」について
  •  万葉集中に、「船飾(ふなかざ)り」、「船装(ふなよそ)ひ」と関係する歌は、4首指摘されている。 八十国(やそくに)は 難波に集ひ 布奈可射里(船飾り) 我がせむ日ろを 見も人もがも(万4329)  右の一首は、足下郡(あしがらのしものこほり)の上丁(かみつよほろ)丹比部国人(たぢひべのくにひと)。 難波津に 余曽比余曽比弖(装ひ装ひて) 今日の日や 出でて罷らむ 見る母なしに(万4330)  右の一首は [続きを読む]