たけのしん さん プロフィール

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たけのしんさん: 番外札所
ハンドル名たけのしん さん
ブログタイトル番外札所
ブログURLhttp://bangai.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文四国遍路や西国巡礼をはじめとする諸巡礼に関する研究ブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供112回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2015/12/13 08:29

たけのしん さんのブログ記事

  • 白鳥温泉〜與田寺の遍路道
  • 黒川温泉と白鳥温泉の2つの温泉がありましたが、黒川温泉は閉館となってしまいました。四国のみち=遍路道は白鳥温泉の敷地内を通っています。分岐点ここから1番へ戻る道は3つ① 水主神社・與田寺経由② 白鳥神社へ直行③ ②の途中から引田へ直行右は②③へ行く道左は①へ左に行きます。お堂が見えます。入野山庚申堂さらに進むとお寺が見えます。浄土真宗西本願寺派龍王山宝幢院三宝寺三宝寺は大窪寺を出てから目標のお寺に [続きを読む]
  • 大窪寺阿伽井
  • 寂本「霊場記」の大窪寺にはお寺の前を川が流れています。しかし、今は川は流れていません。槙川は奥之院の胎蔵峯から流れてきています。大窪寺の鐘楼の横に水路があり、貯水槽らしきものもありそうですが、閼伽井はありません。あかの渕のような場所がお寺のそばにあったのでしょうか?前を流れる川は暗渠になったのでしょうか?まだ、謎です。 [続きを読む]
  • 大窪寺〜白鳥温泉の遍路道
  • 1番から88番までは一応歩きで繋いでいましたが、88番から1番は未歩行。前から歩こうとしていましたが、台風が来たり急な予定が入ったりで後回しになっていました。今回は、昼頃に大窪寺を出て白鳥温泉泊。翌日三本松にて終了予定。大窪寺一丁石前山七十丁で始まった丁石も写真館と野田屋の間にて一丁となりました。しかし、大窪寺を出て左に向かうと――八十八庵の自販機の横に二丁地蔵が!東にも丁石が伸びているのです。三 [続きを読む]
  • 大窪寺東西南北
  • 大窪寺の東西南北の100町(11KM)四方に大門があったといいます。これは寂本「霊場記」にもありますが、大窪寺門前の由緒書にはさらに詳しく書いてあります。西は大川郡長尾町多和中山の大門北は大川郡寒川町石田門入の門入東は徳島県阿波郡市場町大俣大影南は徳島県美馬郡御所野東南は遺基が現存するようです。また、中門が東西にあり、西は大川郡長尾町多和小学校横一夜庵東は大川郡白鳥町五名長野 堂尾庵堂尾庵とはどこのこ [続きを読む]
  • 長谷寺と金刀比羅神社
  • 1番霊山寺へ行くために撫養港に上陸した遍路が最初に向かったのは阿波駅路寺之一、長谷寺だったのでしょう。長谷寺は「ちょうこくじ」高野山真言宗ですが山号は豊山本尊十一面観音の観音堂が本来なら本堂ですが、大日如来本尊のコンクリート造の方丈兼仏堂の方が今は本堂のようです四国曼荼羅霊場第2番薬師如来は阿波北嶺薬師第19番お隣の鳥居から登ると金刀比羅神社があります元は長谷寺内の一社でしたが、神仏分離令で独立し [続きを読む]
  • 菅公聖蹟二十五拝
  • 天満宮1100年(菅原道真公没後1100年)の平成14年に記念発売の天満宮専用朱印帳を購入しました。そこで菅公聖蹟二十五拝を始めました。菅公聖蹟二十五拝は松浦武四郎が選定した天神巡礼です。第1番 菅原院天満宮 京都府京都市第2番 錦天満宮 京都府京都市第3番 菅大臣天満宮 京都府京都市第4番 吉祥院天満宮 京都府京都市第5番 長岡天満宮 京都 [続きを読む]
  • 藤川天満宮
  • 薩摩川内市の藤川天満宮へ参拝しました。臥竜梅が名所なのですが、菅原道真公のお墓が。それから西郷隆盛の愛犬の銅像これは「ツン」といい、薩摩犬の雌で兎狩りでは優秀な猟犬だったそうです。藤川天神に西郷隆盛が参拝したときに、前田善兵衛氏にお願いして譲り受けたそうです。 [続きを読む]
  • 寂本「四国徧礼霊場記」93
  • 大窪寺入口への道が二つに別れている。これは今も同じ。西側の仁王門から入るか本堂に真っ直ぐに入るか2つの山門が今はある。後は女体山から鎮守山王権現を経て入る道もあるが、ここには載っていない。本坊の遍照光院。正面に本堂の薬師堂。その左に鎮守権現と弁才天。さらに御影堂。阿弥陀堂と塔跡があるが、今の大師堂の場所だろうか。前を流れる川に阿伽井。本堂より18町、2km山側に上り奥之院がある。本尊は阿弥陀如来で閼伽 [続きを読む]
  • 寂本「四国徧礼霊場記」92
  • 長尾寺観音堂と鎮守の天照大神。今の鎮守は天神宮。ここまで四国霊場記で鎮守が天照大神とされる寺が、4,6,85とあったが現在では見られなくなっている。神峯寺は独立した神社で現存するが、他はどうなったのか?廃仏毀釈時に皇祖神の鎮守は問題ありとして存在を消されたのだろうか。他に仁王門があり阿弥陀堂がある。本坊は観音院。 [続きを読む]
  • 熊谷寺〜法輪寺の遍路道
  • 馬頭観音さんと道標石小山にお墓と小堂が松浦武四郎の遍路日記には熊谷寺と法輪寺の間の小庵のことが記載されている。この辺りの字の名称は大法寺。昔はお寺があったはず。お隣の地名は法林地。寺ではなく地ですが法林寺から来ているのでしょう。昔の法輪寺は白蛇山法林寺といい、そのお寺があった地名が法林地(多分)。このお堂は毘沙門堂庚申様と道標石進んでいくと道路工事中なんか鳥居の場所が違うような・・・振り返ってみて [続きを読む]
  • 焼山寺〜杖杉庵の弘法大師
  • 焼山寺から遍路道を下りて、やや広い幅の道に分岐がありますこの場所に居られたらしいのですが、大正時代に見晴らしの良い場所に移動宝珠?薬壺?両手で何かをお持ちなので一見するとお地蔵様に間違えそう何と書いてあるのだろう。最初は石にも見えましたが、梵字のア、2番目は寂、3番目は直感で釋とみましたが、山冠の字のよう。4番目は道かなあ。分かりません。空海の里サイトに昔の写真がありました。註釈で地蔵像になってい [続きを読む]
  • 浄蓮庵〜焼山寺の弘法大師
  • 一本杉の浄蓮庵で一休みして峠を下る道に弘法大師がいらっしゃいます。一本杉ではなく一本松と読めます愛南の大峯講or石峯講?の方が建立されたのでしょうか?文久元年だから1861年ですね。この大師像ですが、かつては一本杉の前にあったのではないかと思います。多分、ここが昔の居られた場所のような気がします。 [続きを読む]
  • 広野〜臼嶽の遍路道
  • 広野から臼嶽を通り建治寺へも通じる道があります建治寺遍路道保全道が公式名称です広野の街中から右へ曲がり坂を登りますへんろ道標、へんろ札がありますそして分岐かな?という場所立札は壊れていて何方へと行けば良いかわからない右へ行くとしばらく道が続きますがこの後は畑に出て道が無くなった左に行くと二股?右はすぐに行き止まり左も畑これ以上進めず、断念南馬喰草からこの道に行く方法もありますが、似たような状況かど [続きを読む]
  • 十楽寺〜熊谷寺の遍路道
  • 十楽寺の前の道からも行けますが、お馴染みの照蓮道標もありますしもう一本手前の道を行ってみましょう林観音庵がありますさらに進むと目引大師続いてJAの手前に板野十六地蔵第四番札所旭北集会所に御花大師茶堂庵さらに進んでいくと左にお堂が見えますので左折して立ち寄ってみましょう平井水大師があります西光院の奥之院とのことこの西光院に板野十六地蔵の1番が真っすぐ進んで民家の脇を行き火の見櫓で元の道に合流します熊谷 [続きを読む]
  • 井戸寺〜徳島市内の遍路道
  • 井上八幡神社をお参りして真っ直ぐに行きましょう。北岩延のお地蔵様大通りとの交差点に出ました右折のマークがありますが、無視して真っ直ぐ行きます意外とクルマが多いかも裏道なのでしょうかしばらく行くと南岩延の蔵王堂あれ、行政シールがあるので一応遍路道認定されているのかお馴染みの照蓮道標も直進したいところですが、橋はなく航空写真では渡れそうも実際は無理そう右折して大通りの橋を渡りましょう。橋の上から見ると [続きを読む]
  • 寂本「四国徧礼霊場記」91
  • 志度寺仁王門の前、右に自性院、左に西蓮坊(今の円通寺)の塔頭。門を入り右に鐘楼がありその後に塀に囲まれた清浄光院。池を挟んで本堂が左にある。本堂に向かって左手の門寄りに奪衣婆堂。本堂の右側に鎮守、弁才天、閻魔堂。弁才天は今は場所が移動している。閻魔堂の前に本観音とある。今は薬師堂のある辺りか?本堂の十一面観音の他に観音堂があったのだろう。聖観音だろうか?閻魔堂の閻魔大王は十一面観音と一体の像とある [続きを読む]
  • 寂本「四国徧礼霊場記」90
  • 八栗寺奥に五剣山がある。五つの山は横に並んでいるものの東西南北中の五峰に見立てられている。中峰に蔵王権現が祀られている。北峰には弁才天、南峰には天照大神が祀られている。中峰の中腹に大師が求聞持法を修した岩窟があり、これが奥院の聞持窟。五つの岩窟の中央に大日如来、四方に阿閦、宝生、阿弥陀、釈迦の四仏の像。本堂傍に岩洞があり、大師作の不動明王。これはどこだろう。図の護摩窟の場所だ。観音堂、鐘楼がある。 [続きを読む]