suetumuhanaのブログ さん プロフィール

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suetumuhanaのブログさん: suetumuhanaのブログ
ハンドル名suetumuhanaのブログ さん
ブログタイトルsuetumuhanaのブログ
ブログURLhttps://suetumuhana.muragon.com/
サイト紹介文日常のエッセイ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供77回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2015/12/14 20:22

suetumuhanaのブログ さんのブログ記事

  • 思い出のメロディー
  • この年齢になると当然のことながら最新の音楽番組より毎年お盆の頃に行われる「思い出のメロディー」のほうが耳になじんだ曲が流れます。たまたまテレビのスイッチを入れるとあべ静江さんの出番でした。相当むかし片思いの彼女に手紙をしたためた友人は彼女から返事の電話があるまでどういうわけか「みずいろの手紙」の歌詞がお気に入りでよく口ずさんでいました。そしてそのあと見事に玉砕でしたけどその彼ももうとっくに還暦まじ [続きを読む]
  • 本日、大文字
  • 智恵子抄の千恵子さんは東京には本当の空はないと言ったそうです。私は中京の生まれで嫁さんは左京の生まれなんでこんなに南のほうから見る大文字は本当の大文字じゃないと二人とも思っています。私は結婚するまで毎年御所で大文字を真正面に見ていたし嫁さんは鴨川の河原でもっと近くで大文字を眺めていたそうです。そんなわけでそれぞれに様々な想い出を綴った大文字はこんなにちっちゃくはないと叫びながら下京からの大文字は本 [続きを読む]
  • ふと目を覚ました
  • 毎日熱帯夜です。夜中に暑さで目が覚めます。我が家は夜中にクーラーをつけません。窓を開けて寝ています。夜中何か鳴いています。こんな夜中にセミは鳴かないだろうとよくよく耳を澄ますとかすかな虫の音でした。それでも秋が来ているのだと嬉しくなりました。 [続きを読む]
  • 紅茶はミルクが先です
  • 学生時代にスコットランドからやってこられた方に英会話を習いました。勉強の後は手作りのデザートが出てくるのが楽しみの一つでした。さてその時の紅茶の淹れ方なんですがその方の言うことにはまずコップにミルクを入れてから紅茶を注ぎましょうということでした。これは厳密に毎回そうでした。なぜなのかあるいはそうしたほうがどのようにいいのかの説明はありませんでしたけれど必ずそうするのですということでした。私は今もま [続きを読む]
  • 夕顔の花の咲くのが・・・
  • 今年はほんとに暑い。そのせいかどうかはわかりませんけれど今年の夕顔は花の数が少々少ないように思います。夜中も暑いので情緒も少し足りませんけれどまぁ夜中に夕顔の白い花びらと南の空に赤い火星が輝いているのがちょっと慰めだったりします。 [続きを読む]
  • NHKBS京都人の密かな愉しみ
  • ちょうど夕食時に「京都人の密かな愉しみ」の再放送があります。役者さんの京ことばにはいろいろといいたいこともありますがとにかくちょっときゅんとします。ちょうど今やっているのが若い職人修業中の仲間のお話です。年とってから思えばあの頃は本当にいい時間で人生にももがいて色んなことを我慢してそれでもなかなか思うようにならないことが多くてとそんな頃です。最後にゆっくり流れる「北山杉」は私がカラオケでよく歌う歌 [続きを読む]
  • 三人で京料理を食べに
  • ちょっと本格的なお店に出かけました。夜はそこそこするんでしょうけどお昼は私たちの手に負えそうな値段なんで今日は気取って夏の京料理となりました。歴史のあるお店で(といっても京都のことですから生半可なことではなくて現御主人で十二代目だそうです)屏風やお軸もどうもいいものらしくそこはその辺のことに詳しいお客さんが来られても恥ずかしくないものだと思われます。三人のうちの一人は陶芸家です。ある器を持ってこの [続きを読む]
  • 今日は確かに命日です
  • 突然病院の公衆電話から電話がかかってきました。当時まだ携帯電話がありませんでした。また入院したとのことでした。早速、お見舞いに行きました。花束を抱えていくつかの映画のビデオテープを持って病室を訪ねました。意外と元気でした。治ったらもう一度大好きなイタリアに行くんだと言っていました。映画「旅愁」が大好きだったのでそれからのイタリアかぶれでした。それから数か月、ご家族から訃報が知らされました。イタリア [続きを読む]
  • 荒井由実のひこうき雲
  • 私たちの大好きだったフォークソングはかぐや姫やら三輪車やら古時計やらそんなものが多かった。今思えば白黒写真のような音楽だったしそれが私たちのお気に入りだった。そんなある日荒井由実のひこうき雲というLPを友人が持ってきた。まるでカラー写真のような音楽だった。それから約20年が経ち友人はガンでこの世を去った。暑い暑い今日のような日だった。自宅でもたれた葬儀に喪服を着てご焼香の列に並んだ。その時の陽射し [続きを読む]
  • むかしはこんなに暑かったかなぁ
  • 祇園祭の宵山、宵々山あたりは高校生の頃はちょうど期末試験が終わるころで試験の勉強よりそのあとのお祭りに誰と四条通を歩くかが大きな課題でした。多くの友人がそして私もが試験前にあの子という人に電話をして、それも公衆電話から電話をして宵山一緒に行きませんかなどと作戦を実行するのです。そしてこれまた多くの友人と私も含めてが撃沈してその上試験もさんざんという結果になるのが毎年のことでした。あの頃は暑さなんか [続きを読む]
  • 夕顔
  • 今年もせっせと夕顔の種を春に蒔きました。このあたりの梅雨明けが発表されたころに最初の花が咲きました。源氏物語を読んでちょうど明石あたりで挫折することを明石源氏というんだとか。私はもう少し先まで読んで挫折いたしました。それでも我が家の娘たちに光源氏のような方が現れないかと毎年夕顔を咲かせています。牛車で通れば目に付くようなところに咲いているんですが源氏の君はなかなか現れないようです。 [続きを読む]
  • 今年初めての鱧をいただきました
  • 小さいころ、魚屋さんがうちまで来ていました。天秤のような秤を持って片方に魚を乗せてもう片方におもりを乗せて支点のひもをずらしながら重さをはかって値段を決めていました。その魚屋さんが持ってくる鱧にはいつも「酢味噌」が付いていました。私は長いこと鱧を梅肉で食べるということを知りませんでした。今日お昼に伺ったお店では「鱧のおとし梅肉にされますかそれとも酢味噌にされますか。」と尋ねてくださいました。私はす [続きを読む]
  • きょうも雨
  • こういつまでも降り続くと気が滅入ってしまします。今なら気象情報があっていつ頃止みますよとわかるんですがノアの頃の雨はほんとにいつやむことだろうと彼らは思ったことでしょう。箱舟の中で毎日今日も雨と思ったことでしょう。ちょうど人生で、この試練がいつ終わるのかわからないように。 [続きを読む]
  • お昼を喫茶店でいただきました
  • むかしよくありましたよねぇ。ちょっと年季の入った建物の二階が喫茶店になっていて壁にサークルや同好会の演劇の公演のポスターが張り巡らされたようなところ。鴨川の近くでふらっと入ったところがそんなところでした。壁が書棚になっていて漫画やら単行本やら何の決まり事もなく雑然と並んでいました。よく見ると色んな情報がならんでいてそれこそ昔だったら何らかの集会やら討論会はたまた自主ゼミのようなものまであったんだろ [続きを読む]
  • 暑い暑い夏が来た。
  • 夏は大嫌いです。おそらく去年も今頃から約二か月ほど暑い暑いと言いながらなんだかんだ早くこの夏が終わらないかなどとこの欄に書いていることだと思うのですが毎年祇園祭の声を聴くころから大文字のころまで大げさに言うとどうやって人生を過ごそうかと思うほど嫌な季節です。玄関近くの板の間に寝そべって本を読んでも頭に入らないほど暑いのが嫌いです。おそらく寒い国の方々が春を待ち望むように私は今頃から秋を待ち望むので [続きを読む]
  • あの引っ越し屋さんのコマーシャル
  • 「ブドウでも送るわ。」「いいよ。取りに行くし。」あのコマーシャルいいなぁ。メールもlineもなかったその昔、彼女が大学を卒業して故郷に帰ってその故郷がぶどうがよく採れるところでした。そこで二人で提案したことは。はがきを一日一枚毎日書いて送るということでした。いきかうはがきはみるみるたまっていって箱いっぱいになりました。本当にあのコマーシャルのようにぶどうをもらうように彼女のふるさとへ行きました。あ [続きを読む]
  • テキサスから
  • 学生時代、教会に留学生がやってきました。おんなじ年ごろでした。彼女はテキサスからやってきました。そのころの私はまだアメリカ大陸の大地を踏みしめる前だったんでその彼女がすなわちアメリカ娘でした。今思えばアメリカ人でも様々な人がいるんだということぐらいわかるんだけれどテキサスからですよ。その明るい個性の彼女は南部のヤンキー娘そのものでした。夏休み中教会にいましたけどどこでどうして国に帰ったかももう忘れ [続きを読む]
  • 大きな地震がありました
  • かつて、阪神淡路大震災を経験しました。震源の真上ではなかったものの相当の揺れを経験しました。そのあと東北で大きな地震がありました。そのたびに不条理な死というものをいやというほど見せつけられました。それでもキリスト者は神の味方でした。神の解釈を何とか自分の都合の良いように改竄し、どんなに多くの人々のいのちが奪われようとそこに自分への神のはたらきのみに目を注ぎどれほどの人々の悲しみがあることすら想像で [続きを読む]
  • 映画の力
  • 若いころもう40数年も前のことです。私は一つの映画を観ました。もう亡くなられた永六輔さんが主役をつとめられた「春夫の飛んだそら」という映画です。障がい者教育特に知的障害のある子供たちの教育に生涯をささげられた方の話でした。若かった私は純粋に感動しました。日常の何事にも疑いや憎しみを持たない彼らに本当の現場はどうであれ素晴らしい生き方だなぁと思いました。それから40数年たった今日「ゆずりは」という映 [続きを読む]
  • またこんなことが起こってしまった
  • 新幹線のなかで鉈を振り廻すとはなんということでしょうか。まして、その事件で一人のいのちが失われるなんて。若い看護士さんが車で連れ去られていのちを奪われるなんて。こんな時にも何とか神の存在を証明しようと様々申し開きと理論建てを懸命です。神の存在を言い訳するどんな理屈を述べようと神の不存在という言葉のほうが明らかに力を持っています。キリスト教徒は「それでも・・」と言い訳するんでしょうか。そこはもう「わ [続きを読む]
  • 今年も夕顔の種をまきました
  • 毎年の暑いのに耐えられなくて気分が滅亡的になるんでちょっとでも現実逃避しようと夕顔を咲かせます。今年も種を買いました。袋には八粒の種が入っていました。袋の裏側に少々の情報として「発芽率7割です」と書いてありました。その通りの6粒が双葉を出しました。発芽率通りなんだけどどうもその発芽しなかった2粒の種が気になります。同じように土に植え同じように水をやり丁寧に世話をしたんですけどどうも初めから双葉を出 [続きを読む]
  • スヌーピーとサザエさん
  • 小さい頃、風邪を引いての医者帰りのによく本屋さんによってサザエさんを買ってもらった。どうせ家で寝てるしかないんでラジオを聴くかサザエさんを読むことぐらいしか時間潰しの方法がなかった。あと、熱で食欲がないので富美家のそんなにコシのないうどんを食べることぐらいしか楽しみがなかった。さて中学校になるころスヌーピーが好きという友人がいた。私はそのころピーナッツの面白さがわかりませんでした。その後英語を習う [続きを読む]
  • 旧友の電話番号
  • 最近電話番号を調べるということをしなくなりました。家の固定電話でも各人が持っている携帯電話でもその機会そのものに電話帳機能が備わっていて知り合いや仕事関係で電話をかけるにはたいがいそれで間に合うしかかってきた電話ですら相手の番号や登録してあればその名前が表示されます。さて先日ほんとに久々に古い友人に電話をかけることになりまして久々に家に備え付けの電話番号簿なるものをめくりました。あのあいうえお順に [続きを読む]
  • 蛍の季節なのに
  • 四条通をバスで通過。四条烏丸少し西に行った函谷鉾の町内のビルの二階でもう祇園囃子のおけいこが始まっていました。まだまだ夜は涼しいので聞いていても違和感があるしでもそれはそれで体は楽なんでこんなすがすがしい気候でのお囃子はそれにしてもちょっとという感じです。本来はもう耐えられない湿度と気温の中夜になっても全く涼しくならなず鴨川の河原に若者は逃げ込みおじさんたちは鴨川の床でビールをあおってもそれでもま [続きを読む]
  • 私はIVYファンです。
  • 若いころに受けた洋服のセンスの基本はIVYルックでした。ちょうどメンズクラブという雑誌を誰かが教室に持ち込んでそれをみんなで見るような年代です。この服装にはきちんとした決まりがあってそのルールをきちんと守った服装にするのが「おしゃれ」というよりIVY信奉者の矜持というものでした。ブレザーのボタンはこれにしてくださいとかネクタイピンはこれにしてくださいとかズボンのダブルの折り目の幅は何センチですとか [続きを読む]