suetumuhanaのブログ さん プロフィール

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suetumuhanaのブログさん: suetumuhanaのブログ
ハンドル名suetumuhanaのブログ さん
ブログタイトルsuetumuhanaのブログ
ブログURLhttps://suetumuhana.muragon.com/
サイト紹介文日常のエッセイ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供76回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2015/12/14 20:22

suetumuhanaのブログ さんのブログ記事

  • 季節の変わり目に風邪をひきました。
  • 今どきの若者はそんなことはないと思いますがずーっと昔の若者は東京に出ると頭の中で長渕剛の「とんぼ」がなることがあったようにまた、アメリカの空港に着いたとたん「ホテルカリフォルニア」とか「カリフォルニアの青い空」が頭の中を回るように若かったころ聞いた音楽はずーっと心のどこかに残っていて何かの機会を得てふと飛び出すことがあります。例えば清水寺の三年坂を歩くとどういう訳かうめまつりの「北山杉」が流れてく [続きを読む]
  • あと何年の人生なのか
  • 昨日、珍しくテレビドラマをみた。若者が京都でそれぞれ職人になってまだまだ半人前の修業中の一生懸命の迷いながら、また時々仕事がうまくいって喜ばしい思いをしたりというドラマだった。それぞれ京料理の料理人、庭師、京焼の見習い、おいしい野菜を作ろうと一生懸命な農家の若者それにパン職人の見習いが叱られたり励まされたりしてまたその若者が高校の同級生という事もあって一年に一度五山の送り火の翌日に悩みを打ち明けた [続きを読む]
  • ざくろがたわわに実る頃です
  • ざくろの赤い実がパカッと割れて木にたわわに実っているのを見ると小学生の頃を思い出します。校庭のはしっこの講堂の入り口あたりにざくろの木があって今頃の季節になると赤い実がたくさんなるのです。その頃の私たちは毎日全員帰宅の鐘が鳴るまで毎日校庭で遊んでいました。ある日のざくろの実が大変おいしそうに見えて一つとってみんなであの小さいつぶつぶの実を食べました。甘酸っぱくてとてもおいしかったものです。ところが [続きを読む]
  • 下鴨の洋食屋さん
  • 元々、下賀茂神社近くは苦しい受験生の頃の思い出が詰まっているんであのあたりを歩くとなんともほろ苦くて切なくてその頃の自分にけっこうおもしろい人生が今のところ続いているよと報告したくなるような所なんです。まぁ、細い道が入りくねっていてその中を通り抜けるとおいしい洋食屋さんがあります。一軒目は受験生の頃からつまり30数年前にはすでに存在していたお店でもう一軒はできて三年ほどの新しいお店です。今回は、そ [続きを読む]
  • 二日前の続きです
  • さすがに京都の放送局です。諸口あきらさんの追悼の意味を込めて昔のレコードをならしてくれました。さてそこで不覚にも目じりからツツーっと涙がこぼれました。全くの不意打ちでした。何を思い出したんだろうか。もう45年ほど前の出来事なのにそんな風景をふと思い出したのか全く自分では意識してなかったことだけに少々驚きました。ちょっと自覚する事柄はそういえばあのころは本当に毎日が楽しかったという事です。それはまだ [続きを読む]
  • ラジオを聴きながら寝ます
  • 小学生のころから寝るときに必ずラジオを聴く。その頃は各民放で深夜放送が始まったころなんだと思う。ここ京都の地元の放送局も今のように東京からの放送の受け流しではなく独自の深夜番組を放送していた。コマーシャルも近所のパブや映画館やワインパーラ−やピザレストランやさらには書店までもがスポンサーになっていた。そんな中一番楽しみだったのが諸口あきらさんの放送だった。それほどレコードをかけるんではなくて話が中 [続きを読む]
  • 友人の訃報
  • 突然、電話がかかってきた。友人の訃報だった。まだ若い。子供さんもまだ学生さんだし、仕事も丁度、人生で一番脂ののる頃だ。その日の夜の教会での祈祷会はピリピ人への手紙の一章だった。「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である」のおなじみの箇所だった。さてこんなことが言えるのは生きるのがよほどつらいか(おそらく、パウロは相当厳しい人生の送り方をしていただろうけど)確信をもって神を見 [続きを読む]
  • 彼女が神様に呼び出されたのは夏だった
  • 映画を観るのが私たちの楽しみのひとつだった。二人とも映画が好きでその上そうしゃべることもなく時間が過ごせるしその後今日の映画がどうだったこうだったと感想の時間がまたお楽しみだった。二人はその日「ある愛の歌」をみた。雪のニューヨークはなんだか寒さがきりっとして肌を刺す空気が気持ちよさそうだった。いつものようにカウンターだけの酒場で当時はやっていたブラッディマリーやソルティドッグなんかをいただきながら [続きを読む]
  • パイ屋さんでアルバイト
  • 大学も4回生になるとそうそう授業がなくてその上卒業論文の方も順調でしたんで就職の心配もなかったもんだから毎日のようにパイ屋さんでアルバイトをすることにしました。パイのなまえと値段の覚えが悪くて大変苦労しましたが今であったならたぶん機会をピッとあてれば値段とオーダーが通るんであんな苦労はしなくても済んだんだけどそれはそれで当時のことで仕方がないことだったんでしょう。さてそのアルバイト代で卒業前に海外 [続きを読む]
  • 鴨川の水が冷たくなる頃
  • 河原の風が心地よいので鴨川沿いに丸太町から三条まで歩いてみました。東側も西側もきれいに歩道が整備されていて歩くのにもジョギングするのにもコースが出来上がっています。三条京阪に乗って大阪へ行くのには三条通の河原で風にあたりながら待ち合わせです。もう何十年も前、大阪の野球場でアメリカの有名な牧師の宣教大会がありました。二人で行くことにしたのですが始まるのが夕方からで野球場のナイター用のライトを照らして [続きを読む]
  • 宗教が自殺を防ぐことは可能だろうか
  • 身近に自ら命を絶った人がいるとしてその人に「キリスト教」を伝えていれば、その人が自殺を思いとどまっていただろうか。あの時「イエス様」を伝えておけばと悔しがるのはある意味宗教家のまじめな一面だと思いますがさてそれさえできていれば命を救えたと思うのは絶体絶命の時に正義の味方が現れて助けてくれるのとは別だと思う。ともに寄り添う信仰というのと上から命綱を垂らすような信仰とは別物だと思うのであります。 [続きを読む]
  • 今夜は大文字
  • ようやく夏の終わりの兆しを感じるような「送り火」の日になりました。夏の終わるのが待ち遠しくて一つ一つの行事を指折り数えてその日を待っています。その第一歩が「下賀茂神社の古本市」と「五山の送り火」です。あと化野念仏寺の万燈会や地蔵盆、高校野球の決勝戦と続きます。今日だけ仕事を休んでいます。きのう、おとといと少々体をつかった仕事だったので、いま、身体じゅう身がいってます。(筋肉痛です)本を読んだりしよ [続きを読む]
  • むかしヒロシマに行ったこと
  • ヒロシマに行くのにはやはり夏だろうというほどの理由でもないんですが、そもそももう仕事をしていたのでその頃しか休みがなかったのかそれともまだ学生時代だったんでしょうけれど当時入っていたサークルの夏合宿を終えてから行くことにしたのかもうそれほど遠い記憶のかなたの出来事なんです。とにかく真夏の日差しの痛いほど肌に感じる頃原爆ドームと公園と記念館に行きました。今は外国人の訪問者も多いとのことですが当時どう [続きを読む]
  • 7月も今日でおしまい
  • 今からもう20年ちかく前、この暑いさなかに友人が癌を患って亡くなりました。その葬儀が行われたのが7月の下旬でこのような暑い頃でした。今では珍しくなった自宅からのご出棺で私たちはご自宅の前に並んでお送りしました。喪服を着ていたことと日差しが容赦なく照っていたことそれに出棺の時の茶碗を割る音で強烈にその日を覚えています。生前に一度病院にお見舞いに、当時のことですから数冊の本とビデオテープをもっていきま [続きを読む]
  • ようやく後祭り
  • 明日は祇園祭の後祭りの山鉾巡行です。私がまだ幼い頃、先祭りと後祭りが分かれていたんだけれどそのうちどちらも17日に巡行するようになりました。また最近後祭りと先祭りが分かれて巡行になりました。このようになると嫌いな夏も一歩一歩過ぎてゆく感じがしてちょっとだけ心が安らぎます。この後、8月半ばに大文字の送り火があってその後地蔵盆でようやく夏の終わりが見えてくるんです。その頃下賀茂神社での古本市もあるしも [続きを読む]
  • 夏に喫茶店
  • 高校に入学したての頃は喫茶店は不良のたまり場じゃないかと思っていてなかなかお店に入れなかった。ちょっと雰囲気の緩いところはそうでもなかったんだけど当時まだ純喫茶という言い方が残っていてそんな格調高いお店なんかにはとても高校生同士では入店できなかった。ところがそんな日もやがて過ぎて、春から夏へと季節が変わる頃僕たちは学校の帰りに歩道から地下へ細い階段を下りてゆく静かな喫茶店を見つけよく寄ることになっ [続きを読む]
  • 祇園祭
  • 今日は祇園祭のお稚児さんが八坂神社に御位もらいに行かれる日です。我々京都の街中で高校生活を過ごしたものにはこんな些細なことでも祇園祭の一つ一つの行事に思い出が残っています。ちょうどこのころは高校では二学期の期末試験の真っ最中です。一日目の試験を終えれば少しでも早く帰宅して明日の試験に備えて勉強をしなくてはと普段のんびりしている私でも思ったものです。ところがこの日家に帰る道と四条通を馬に乗ってお稚児 [続きを読む]
  • 汚い話ですが
  • 小学生の頃近所の公園で私たち数人が夜集まって花火をしていました。何しろ街中の公園なので住宅街の真ん中にあります。当時の私たちのしていた花火はきれいな火花が出るよにうなものではなくて我々がクラッカーと呼んでいた点火してしばらくすると「パーンッ!」と大きな音が出る当時我々が「クラッカー」と呼んでいたものでした。あんまり大きな音を出すものですから近所のおばさんが「音がうるさい。」と公園に怒鳴り込んできま [続きを読む]
  • 鉾がそろそろたちます
  • 四条通を中心に京都の街中にそろそろ鉾が建つ季節です。おそらく高校や中学校では2学期の期末試験の始まる頃でしょう。早く家に帰って試験勉強をしなければというのにちょうど八坂神社へ御位もらいに行かれるお稚児さんとかち合ってなかなか家にたどり着けなくて一刻でも早く試験の準備をと思うのになかなか家に帰れないというようなのも京都の風物詩でしょうか。もっとほんとのことを言うと試験の準備どころか頭の中ではこの宵山 [続きを読む]
  • 久しぶりの3人
  • 今から30数年前私たちは教会で出会いました。みんなそれなりにまじめなキリスト者でまだ人生に希望もあったし、結構浮ついた証にも心ときめかしたものでした。当時の牧師は結構信者一人ひとりの信仰の状態にきびしくて今思えば信仰なんて一人ひとり違って当然なんですがそこを何の根拠があってのことか信仰に行動を伴うことを常に要求されました。人間に神のことなどわかるはずがないのにさらにもう一歩進めて言うと神が存在する [続きを読む]
  • 今年も夏を乗り切れ
  • 中学の国語の先生はもう文学少女がそのままお年を召されたというようなおばあさん先生でした。と言っても定年が60歳だったとしたら今のわたしとそう変わらないのかもしれません。その先生からは茶道をクラブ活動で教えていただいたし、おうちに遊びに行った折には百人一首をしましょうとなんとも優雅の極みのようなことを言われて時を過ごしました。その先生がおっしゃったことで今でもよく覚えているのは暦のことで昔の人の使っ [続きを読む]
  • 眼科へ
  • 本日、眼科での予約をした日で、夕方には診療に出かけました。まだ日の高いうちに受付を済ませます。まだ先生はみえていません。さて今日は半年に一度の視野検査と眼底検査の日です。この病気になって経験したこの視野検査というのは時間も長くかかり一点を見つめる時間が長いのできっとかなりの精神の集中がいるんだと思います。両目の検査を終えたころはもう「ふーっ」とため息をつきたいような状態です。それでもその後の診療で [続きを読む]
  • 扇風機を出しました。
  • 毎年のことですが、祇園祭のお稚児さんが決まる頃に扇風機を出します。我が家はそれほどクーラーを使わなかったんで3台の扇風機をぞれぞれいろんなところでいろんな時間に扇風機をまわします。ところが去年の夏の終わりころ新しいクーラーをみんなが集まる部屋に付けました。電気代も昔のものに比べて随分と安くつくそうです。それでも夏が嫌いな私はこの扇風機をしまう頃が早く来ないかともう心は五山の送り火の頃にすっかりとん [続きを読む]
  • 神の忍耐
  • 最近つくづく思うのだけれど、礼拝の説教においても信者の証においても神のことを語る時それが本当の神の姿かと思うんです。例えば礼拝で「神はそのようなことを望んでいません。」とか「神は喜んでおられます。」とかいう言葉をよく聞きます。さて本当の神の姿など無限の存在が有限の我々に分かろうはずはないのであってそのように神のことを分かったように言うのはそのそばで神が「おいおい私はそんなものではない。」とそれこそ [続きを読む]
  • インド料理店
  • 大通りの交差点でインド出身の方であろう人がインド料理店のチラシを配っていました。お店はすぐそこでこの料理がおいしいですよなどと案内して下さるので「日本に来られてもう長いんですか。」と尋ねましたら「まだそんなに長くありません。」とのお返事でした。私は京都の夏の暑さが大嫌いなので「日本とインドでは夏はどちらが暑いですか。」と聞きましたところその方が自信満々に「インドです。」とおっしゃっいました。たまた [続きを読む]