OLDBOY浮雲 さん プロフィール

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OLDBOY浮雲さん: OLDBOY浮雲の旅日記
ハンドル名OLDBOY浮雲 さん
ブログタイトルOLDBOY浮雲の旅日記
ブログURLhttp://89338823yo.blog.fc2.com/
サイト紹介文国内外の旅、山歩き街歩き、ちょっと一杯、スポーツ観戦などなど、思いついたことを徒然に綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供389回 / 365日(平均7.5回/週) - 参加 2015/12/15 10:36

OLDBOY浮雲 さんのブログ記事

  • とうじそば・・・Vol.1518
  • 昼神温泉の街灯を見上げたり、寝覚ノ床を見下ろしたり、ブラブラしていると昼食時になった。開田高原の麓の蕎麦屋に入った。旅館でもあるとのことで、昔ロケで三国連太郎が泊まったんだと女将。   入口には各種の看板が架かっていたが、公営結婚式場と言う古ぼけた看板が目を引いた。昭和40年代頃までは、町の社会福祉協議会が盛んに結婚あっせんをしていたそうだ。小さく、社協特別会員の章もかかっていた。ところで「とうじそ [続きを読む]
  • 妻籠宿・・・Vol.1517
  • 中山道69宿、うち木曽路11宿、その11宿のうち妻籠の次、最後が馬籠の宿だ。この馬籠を舞台に庄屋の当主・青山半蔵を島崎藤村が書いた。「木曽路はすべて山の中である」で有名な『夜明け前』だ。江戸時代には尾張藩が持っていた山林は明治になって国有化される。半蔵の想いとは違っていく・・・・。馬籠へは寄らなかったが妻籠へは行った。   今日の1曲は、夜明け前は暗いので ♪ 夜明けのスキャット ? にしよう。今日もご [続きを読む]
  • トムソーヤと御嶽海・・・Vol.1516
  • さて木曽路に、もどろうかい。(西郷どんを見た後は影響され言ってみたくなる。)木曽は上松、トムソーヤクラブ村。赤沢森林鉄道に乗ってみた。木曽五木、ヒノキ、あすなろ、サワラ、ねずこ、コウヤマキなどに囲まれた森の中をゆっくり走る。線路はやはり人をひきつけるようで、若い女性も列車が過ぎ去ったあと身を乗り出して撮っていた。      ご存じの木曽檜だが、平安時代から世に知れ大量に切り出され、江戸時代には木々 [続きを読む]
  • 夏の夕焼け・・・Vol.1515
  • 夕焼けは特に夏が美しい。西空はオレンジ色に染まり、上見ればピンク色に雲が染まっていたりする。しばらく立ち止まり、見惚れることが多くなった。唱歌や三橋美智也や堺正章など、夕焼けを歌った歌は山ほどあるのに、最近まで夕焼けのことを忘れていた。ということでモドキを一句、夕焼けを 飽きず見上げる 夏の空  散歩道TV番組「プレバト」だった。師匠の名もわかった。夏井先生だ。まだ夏井先生の本や季語の本は買ってはい [続きを読む]
  • 小洒落た年寄り・・・Vol.1514
  • 洒落ている年寄り、というより、年寄だから小洒落ているのかもしれない。最近、そう思うことがあった。TVで所ジョージのダーツの旅か何かでレポーター役の加藤綾子が滝枝垂れ桜で有名な三春町へ行った。畑脇で男がしゃがんでいる。「おとうさん、何をしてるんですか?」と加藤。「宝探しだよ」とお爺さん。「えっ!」と加藤。「なーに、ただの草むしりだよ」とおじいさん。ここで一気に加藤の顔が満面の笑みになって緊張も解けてい [続きを読む]
  • DA PUMP、 USA・・・Vol.1513
  • 久々の登場だ。昔のダ・パンプのifも好きだった。今はUSA ♪ Come on Baby America 〜♪だ。ルート66など、アメリカに憧れた時代を思い出す。流行るものは子どもを見ているとよく分かる。以前「そんなの かんけ〜ネエ〜」などと言って孫娘たちが突然道端で踊り出した。「何だ、それは!」と少しきつく言ったら、妻が「今、子どもたちの間で大流行しているのよ」と言う。「デス イズ ア ペ〜ン デス イズ アン アッポロ [続きを読む]
  • また、いつか See You Again・・・Vol.1512
  • 定刻にリムジンはやって来て出雲空港へと向かった。30分ほどで空港に到着し機上の人となった。来る時にはカメラを出すのを忘れて、見事な富士山を撮ることが出来なかったので、帰りはカメラを手元に置いていた。私の腕では上手には撮れないことはわかっていたが、ひょっとしたら東京の夜景を撮れるかもしれないなどと思ったからだった。陽は落ちて夜の帳が降り始めていたが宍道湖の上空からは大橋川もはっきりと見ることが出来た [続きを読む]
  • そば御縁珈琲・・・Vol.1511
  • 出雲大社からはバスでJR出雲市駅に向かった。出雲空港行きリムジンに乗るには1時間ばかりあったので喫煙できる喫茶店を探した。駅構内に「レストハウスいづも」という名だったか定かではないが該当するお店があったのでそこに入った。出雲では、大社にちなんでやたらと“ゴエン”モノが多い。このお店のメニューにも御縁があった。“そば御縁珈琲”とあった。「何ですか?」と私。「そば3割、コーヒー7割、の割合で炒って点てた [続きを読む]
  • 出雲大社・神無月・・・Vol.1510
  • 出雲日記が終わらないうちに木曽へ行ってしまった。急いで出雲を締めくくろう。もちろん出雲大社へも行った。      ふと見上げると雀も顔を出していた。すずめ四季さんなら見事に撮ってくれるだろうななどと思いながらも雰囲気だけでもとシャッターを押した。十九社もおわしマシ19の神々が10月にやって来てここで寝起きすると言う。寝殿はひとつ屋根で神々の玄関(入口)は19か所ある。が、中に入れば部屋の仕切りはないそ [続きを読む]
  • 星降る里の露天風呂・・・Vol.1509
  • 信州南木曽・妻籠宿から清内路峠を越えて飯田市の南・阿智村に到着。昼神温泉「ゆるいの里・恵山」に草鞋を脱いだ。「ゆるい」は地元の言葉で「ごゆるりとお過ごしください」という意味らしい。恵山は恵那山のことだろう。夜ももちろん風呂を浴びたが、やはり朝の露天風呂は極楽だ。今回の旅は仲間の企画にくっついて来たものだったので事前に行先地のことなど調べはしなかった。が、昼神?は気になっていた。なにか“云われ”があ [続きを読む]
  • 木曽路をゆく・・・Vol.1508
  • 台風13号の接近情報は知っていたが、7日木曽に出かけた。木曽福島の蕎麦屋には著名人の色紙がずらりと並んでいた。津川雅彦も亡くなったが、ここにも亡くなった方の色紙も多くあった。現役で活躍の方ももちろん多い。木曽の空は台風の気配ひとつなく、空は青空、雲は白、夏の盛りの木曽街道だった。今日もご訪問くださってありがとうございました。From Kiso With Love 木曽路より愛をこめて [続きを読む]
  • 猛暑日には氷河でも・・・Vol.1507
  • 知人がボランティアがらみのメールを送ってきた。「我が家にはエアコンがないので、毎日タオルを5〜6本使ってる」などとも書いてあった。貧しくてエアコンが買えないのではないことはわかっている。「そうか、彼は自然派スタイルか!」などと感心したが、歳も歳、まあほどほどに、などとも思ってしまった。「お体にお気をつけください」と返信したが、素っ気がないので写真を1枚添付した。4年ばかり前に撮ったものだが、少しは涼し [続きを読む]
  • 平田の生活バス④ヤマタノオロチ・・・Vol.1506
  • 江戸時代初期まで斐伊川は日本海に注いでいたのだという説明書きを「古代の丘」で見た。「おお、ひいかわと読むのか」と、妙に感動した。なにせNHK大河ドラマ「西郷どん」を熱心に見ているせいで「ひいさま」と結びつき、すぐに覚えた。(遊郭で遊んでいた頃の“ひいさま”はおもしろかったが、将軍になった慶喜は役回りとはいえ可哀想で残念だが・面白くない・・、なにせ史実とは違ってもドラマは面白い方がいい)「斐伊川が洪水 [続きを読む]
  • 平田の生活バス③かつて線路があった・・・Vol.1505
  • 一畑口駅の話に戻るが、「この駅は、スイッチバックになっているでしょう?」と生活バスのドライバーは言った。そういえばここに電車で来てタクシーを待っているとき、電車は来た道を帰って行った。逆進して雲州平田駅、そして出雲大社駅方面に向かっていったことを思い出した。「戦前は、あの1138段の階段下まで電車が行っていたんですよ」とドライバー。ピンと来たら、彼が言った。「そうなんです、鉄の供出です」と。「一畑口駅 [続きを読む]
  • 平田の生活バス②・1138段・・・Vol.1504
  • バスは大通りから左に折れ細い道に入った。旧道だろう、森の中の傾斜地だが人家が散在していた。「へえ〜、こんなところに人が生活しているのか」と少々驚いた。「なるほどな、それで生活バスか!」と納得もした。バスは、このような山の中や、町から離れた不便な田園地帯などにある集落を巡回しているのだった。苔むした階段を横切る。「下からお薬師様まで続いています。1138段あります」と運転手さん。「歩いて登ってみたくなり [続きを読む]
  • 平田の生活バス①・・・Vol.1503
  • 一畑薬師参拝を終え、茶店でビールと軽い食事を済ませ駐車場へ出た。バス停で時刻表を確認しバスを待った。境内では一人、茶店前では別の一人、駐車場でバスを待っていた時に別の2人、参拝客らしき人はこれだけだった。皆、自家用車でやってきたようだ。猛暑で平日だからかもしれないが、人は居ないようなもので、静けさが身に染みた。セミの声は聞こえなかったが、芭蕉の句などを思い出していた。そうそう、僧坊に集団がいた。地 [続きを読む]
  • 一畑パークへ行こうかナ♪・・・Vol.1502
  • 「何か気がつきませんか?」とタクシー・ドライバーは言った。「平な空き地が多いでしょう」と続けた。一畑薬師への入口・大駐車場に到着してからのことだ。「どうします?」と彼は言う。ここで降りるか?どうするか?ということだった。「まだ上へ行けるんですか?」と私。「ええ、本堂下まで行けるんです。多くの方はそこまで行きます」と彼。「じゃあ、私も本堂下まで」と私。そんな会話があって、駐車場から少し先に進んだ時、 [続きを読む]
  • 一畑薬師参拝・・・Vol.1501
  • 某社から出稼ぎ仕事をいただいてタバコ代とビール代を稼ぎに出雲路へやって来たのだが、来る前から、時間を捻出できたらココ一畑薬師には詣でたいと思っていた。幸い、仕事の仕込みはトントンと進み、時間が出来た。もちろん帰れば、仕上げ仕事が山積しているが、まずは、それはそれ、一畑薬師にやってこれたのだった。白内障の手術をしたばかりなので参拝を思い立ったのだった。いいタイミングだった。目のお薬師さま。1100年の歴 [続きを読む]
  • 古代の丘へ・・・Vol.1499
  • お兄さんに道を尋ねたときは咄嗟だったので「古墳の丘は?」などと口走ってしまったが正しくは「古代の丘」だった。それでも意図は通じた。しかし住宅団地の頂上あたりまで来てもそれらしきものは微塵もない。炎天下も手伝ってか人は人っ子一人見当たらない。道を尋ねようにも聞き様がない。すぐわかるだろうと高を括って来たので地図も持ってこなかった。「仕方がない、使うか」とスマホの電源を入れた。うっかりして充電をし忘れ [続きを読む]
  • 一畑電車・・・Vol.1498
  • 宍道湖の北岸を走る私鉄電車だ。松江しんじ湖駅と出雲大社前駅、出雲市駅を結んでいる。私が乗った時の電車の内装は座席が木で囲まれ少し洒落ていたが、こんな内装ばかりではないそうだ。しんじ湖駅から2つ目の駅「朝日ヶ丘」駅で降りた。降りたのは私も含めて3人だけだった。駅舎を出ると道があり、左へ下るか右へ上がるかのみで正面はコンクリートの壁、周囲は木々でおおわれて家ひとつない。下車した1人はすぐ左に下って行き線 [続きを読む]
  • 高尾山ビアマウント・・・Vol.1497
  • 健康登山はもう1年以上していないが、先日高尾山の山上ビアガーデンへ行って来た。下界より確実に気温は低く心地よい。        黄昏時から飲み始め、やがて下界にポツポツと灯りが広がっていく。大都会・東京の夜景の登場だ。「この時間が何とも言えないネエ」仲間も思いは同じようで話が弾み酒量も増す。山上酒談笑声。時々木々に風が渡る。ふと下界に目を移すと話に夢中で忘れていたが 光の花が小さく咲いたりして [続きを読む]
  • 川端柳・・・Vol.1496
  • さあ、帰ろう。? 何をくよくよ川端柳 水の流れを見て暮らす ?ん?坂本龍馬? どこのドイツだ 都都逸だ。と誰かが言っていた。おもしろいもので、違う言葉を続けて覚えていることも多い。? 何をクヨクヨ川端柳 明日は明日の風が吹く ?スカーレット・オハラ「風と共に去りぬ」だ。Tomorrow is another day これじゃ味も素っ気もない。明日は明日の風が吹く素晴らしい訳だ!日本語ってイイネ!だ。あちらから歩いてきた [続きを読む]
  • 馬やど・・・Vol.1495
  • 黄昏時、国宝・松江城方面に向かってブラブラ歩きをしていたら、街角に男が2人立っていた。チラシをくれた。私は、この類のものは必ず貰うこととしている。「ありがとう」と言って。なぜか、というと、理由はある。ボランティアで時々街頭や駅前に立ち、チラシ配りをするからだ。青少年の健全育成のためにとか、明るい社会の為にとか、少々自分のガラではないと思いつつも駆り出されてチラシやバンドエイドなどを配る。気持ちよく [続きを読む]
  • 呑み屋小路・・・Vol.1494
  • 知らない街を歩く楽しみのひとつが“飲み屋街探索”だ。駅周辺や繁華街周辺などに多い。大通りから小路に入ってウロウロするとだいたいわかる。灯が入るともっと魅力的に輝き出すだろうな、などと横丁を歩く。時間があるときには、昼間に探訪しておく。この小路もよさそうだな、などとチェックを入れる。酒のあとのラーメンはここだな、などと、これもまたチェック。宍道湖だからシジミだな、などとつぶやく。そういえば、やたらと [続きを読む]