プロレス今昔ファミリー さん プロフィール

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プロレス今昔ファミリーさん: プロレス今昔ファミリー
ハンドル名プロレス今昔ファミリー さん
ブログタイトルプロレス今昔ファミリー
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kon-jyaku
サイト紹介文富山県氷見市の接骨院院長による「昔」を懐かしみ、「今」を応援するプロレス感謝ブログです(^^)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供8回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2015/12/25 22:56

プロレス今昔ファミリー さんのブログ記事

  • 足根洞症候群について
  • 11月3〜4日、大阪府立国際会議場において第26回日本柔道整接骨医学会学術大会が開催されます。2年前の新潟大会では、一般発表の他に整復治療手技固定分科会でシンポジストとして「足部外傷」のテーマの中で「足根洞症候群」の話をする機会を頂き大変貴重な経験となりました。時間も経過しましたので、ここでスライドと共に紹介させて頂きます。(*後日、一般用にもっとかみ砕いて分かりやすく説明致します)足根洞症候群につい [続きを読む]
  • 院の紹介
  • (本町)高崎接骨院は「元気」「感謝」そして「改善」をモットーに、氷見市中心(商店街)にある地域密着型の接骨院です。 日頃から感謝の気持ちを忘れずに、学術の研鑚、技術の修練、そして仁術の錬磨と、「三術の向上」に励んでいます。痛み症状等でお困りの場合は我慢せずに。まずは気軽に御相談頂けたらと思います。 [続きを読む]
  • K・カーン 対 A・ジャイアント(1982.4.1)
  • 昭和57年4月1日、蔵前国技館で行われた第5回MSGシリーズ優勝決定戦は何とA猪木が当日になって、負傷欠場というまさに「エイプリル・フール」そのものと言える発表によりA・ジャイアントとK・カーンの間で行われる事となりました。何とも余裕の表情のアンドレに対し繰上げ的に決勝に進出したカーンは対照的にかなり厳しい表情です。しかしながら昨年、アクシデントと言えアメリカでアンドレの足を折り更に今大会では、アン [続きを読む]
  • G馬場 対 T・ファンク(1981.4.26)
  • 昭和56年4月26日、全日興行・後楽園ホールインターナショナル王座争奪トーナメント2回戦としてG馬場 対 T・ファンクというまさに「トーナメントならでは」のカードが実現しました。師匠力道山が巻いていたベルトゆえに、是非とも手にしたいであろう馬場はスタートからペースを掴みテリーをコーナーに追い詰めて、耳そぎチョップを食らわしそしてカウンターの16文キックをお見舞いするもテリーもバックドロップで反撃しローリ [続きを読む]
  • G馬場 対 J・ブリスコ(1981.4.17)
  • 昭和49年12月2日・鹿児島、5日・日大講堂で行われたNWA世界ヘビー級選手権、G馬場対J・ブリスコ当時は1勝1敗の痛み分けでしたがそれから6年4か月後の56年4月17日、秋田に於いて事実上の決着戦が、第9回チャン・カン公式戦として行われたのです。まるで今から世界タイトルマッチを闘うような雰囲気でG馬場が入場しました。迎え合う両者元世界王者・2人の全身から、凄いオーラが発せられているかのようです。まずは16 [続きを読む]
  • 海賊ガスパーズ乱入から正式参戦まで(1988.2.7〜3.3)
  • 昭和62年上半期、新日マットを騒がせた海賊男その後、しばらく鳴りを潜めていたのですが翌年2月7日、札幌で行われた猪木対ベイダーの試合にいきなり乱入し更に新日本プロレス本社に、「ビリー・ガスパー」なる名前で乱入を匂わせた挑戦状を送りつけたのであります。そして2月29日、後楽園ホール大会のセミファイナルに2人の海賊男が予告通り乱入し試合中の藤原喜明、木村健吾を襲撃したのでした。翌3月1日、今度は新日本社に [続きを読む]
  • 長州力、谷津嘉章 対 カネック、S・マキナ(1981.11.27)
  • プロレス界にとっても歴史的語録(*実際は発していないとの事)ともいえる長州力「かませ犬」発言の約10ヶ月前昭和56年11月27日、徳島市体育館に於いて第2回MSGタッグリーグ公式戦として長州力、谷津嘉章 対 カネック、S・マキナの一戦が行われました。TVオープニングマッチとして行われたこの試合番組開始でのアマレスコンビの入場時にいきなりR木村、A浜口、寺西勇の国際軍が襲い掛かります。(*国際プロレスは同年 [続きを読む]
  • J鶴田、谷津嘉章 対 B・ブロディ、J・スヌーカ(1987.12.16)
  • 昭和62年12月16日、日本武道館「87世界最強タッグ決定リーグ戦」最後の公式試合として、そして事実上の優勝決定戦としてJ鶴田、谷津嘉章 対 B・ブロディ、J・スヌーカの一戦が行われました。五輪コンビとして初の、そして自身では5度目の優勝を狙う鶴田はブロディに対して、珍しく延髄蹴りを浴びせます。更に得意のジャンピング・ニー・パットを食らわせようとしますがスヌーカとの6年ぶりのコンビ復活で2度目のそして自身 [続きを読む]
  • 藤波辰巳 対 B・ベイダー(1989.4.24)
  • 平成元年4月24日、新日…いやっ、プロレス界にとって初の東京ドーム興行となった「格闘衛星・闘強導夢」その開催を記念して、日米ソ3国8選手による闘強導夢杯争奪&ⅠWGP王座決定トーナメントが当日行われました。準決勝第1試合は藤波辰巳対B・ベイダーの一戦この大会直前、自ら保持していたⅠWGP王座を返上した藤波は10分過ぎ、猪木ばりの延髄斬りを繰り出し更に猪木の秘技である腕固めを決め、試合を優位に進めます。 [続きを読む]
  • 北斗晶 対 紅夜叉(1993.6.11)
  • 平成5年6月11日、後楽園ホール全日本女子プロレス・マットに1人の暴走レディースが殴り込みをかけてきました。その名は紅夜叉リングに登場するや「バリバリだぜぃ!」と全開アピールです。迎え撃つ全女は何とあの北斗晶が受けて立つ事に!かくして「女・番長対決」として北斗晶対紅夜叉の一戦が開始されたのであります。赤い特攻服姿でふんぞり返る紅夜叉に対し赤い革ジャン姿で仁王立ちの北斗白いタンクトップ姿になった紅は北 [続きを読む]
  • スクランブル・ファイヤー・デスマッチ(1993.10.31)
  • 平成5年10月31日のWING・小田原興行(野外リング)に於いて金村ゆきひろ、中牧昭二 対 外道、邪道による「スクランブル・ファイヤー・デスマッチ」が行われました。設置されたリング四方には沢山の松明が立てられおり4者は「火闘」を展開したのであります。5分過ぎ、中牧と外道がもつれ合って場外に飛び出すやセコンドの非道がリング中央で点火したところに邪道が金村を抱えると何とパワーボムでその炎へ落としました。ま [続きを読む]
  • A猪木 対 B・ガズパー(1988.3.19)
  • 1988年春に新日マットを急襲しそのまま強引に、シリーズ参加した海賊ガスパーズ3月4日の長崎大会では、早くも猪木と一騎討ちを行い反則暴走の果てに、救出に入ったマードックをも滅多討ちにしました。翌週の愛知大会では、長州、M斎藤と対戦しパウダー攻撃で、これまたメチャクチャにし斎藤を負傷に追い込みます。そして最終戦の19日、後楽園ホールに於いて決着をつける形で、猪木と再戦を行いました。先に入場した猪木は気合十 [続きを読む]
  • A猪木 対 S・マシン(1984.9.7)
  • 1984年8月24日、新日主催の後楽園ホールに於いて突如乱入した怪覆面男・ストロング・マシン2週間後の9月7日、福岡スポーツセンターで早くもA猪木との一騎打ちが決定しました。今回もマネージャーの若松市政と共にこれまで同様2重の覆面を被っていたのですがついにその正体を・・・というより真の覆面姿を晒したのであります。しかしながら何とも機械的過ぎてやはり表情は全く伺いしれません。そのマシンは、試合前の隙を狙っ [続きを読む]
  • 前田明 対 P・オンド―フ(1983.4.21)
  • 1983年4月21日、蔵前国技館「欧州ヘビー級王者」としてヨーロッパ遠征から華々しく帰国した前田明の凱旋試合が3分36秒で終わった事は今でもハッキリ覚えています。前田の対戦相手である「鋼鉄男」P・オンド―フは前週(4月15日)の福山大会で長州力とは、両者リングアウトで引き分けたのですがその後、帰国の挨拶をしていた前田の前に立ちはだかり早くも睨み合いを展開していました。若干24歳の前田は非常に落ち着いた表情腰には [続きを読む]
  • A猪木 対 J・ベンチュラ(1982.4.21)
  • 1982年3月31日新日・愛知大会ローデス、マードックの執拗な攻撃で膝を負傷した猪木は翌日の第5回MSGシリーズ優勝戦を欠場その後の経過が心配されたものの3週間後、蔵前国技館で開催された難民義援金募金興行には、メインで出場する事となりました。今回の対戦相手は「WWFからの刺客」という事で初来日を果たしたJ・ベンチュラド派手な衣装の中身は素晴らしい肉体美まさに「ザ・ボディ」であります。序盤から怪力ぶりを見 [続きを読む]