御朱印curator さん プロフィール

  •  
御朱印curatorさん: 御朱印ミュージアム〜御朱印・御朱印帳の収集展示
ハンドル名御朱印curator さん
ブログタイトル御朱印ミュージアム〜御朱印・御朱印帳の収集展示
ブログURLhttp://gosyuinmuseum.blog.fc2.com/
サイト紹介文御朱印ミュージアムへようこそ! 御朱印巡りでいただいた、御朱印や御朱印帳を紹介しています。
自由文これから御朱印巡りをはじめる方にも参考になればと思います。
ぜひご覧ください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供88回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2015/12/29 18:09

御朱印curator さんのブログ記事

  • 生田神社
  •   神功皇后元年(201年)三韓外征の帰途、今の神戸港にて船が進まなくなったために神占を行ったところ、稚日女尊が現れ、「私は活田長峡国に居りたい」と申されたので、海上五十狭茅という者を神主として祀られたのがはじまりといわれています。  当初は砂山に祀られていましたが、延暦18年(799年)大洪水により砂山の麓が崩れ、山全体が崩壊するおそれがあったため、村人の刀祢七太夫が祠から御神体を持ち帰り、そ [続きを読む]
  • 湊川神社
  •  楠木正成を祭る神社で、地元では”楠公(なんこう)さん”と呼ばれています。延元元年(1336年)湊川の戦いで正成は足利尊氏に敗れ殉節し、その墓は長らく荒廃していましたが、元禄5年(1692年)徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を建立しました。  幕末には維新志士らによって祭祀されるようになり、1867年(慶応3年)尾張藩主徳川慶勝により楠社創立の建白がなされ、明治元年(1868年)明治天皇は大楠公 [続きを読む]
  • 新倉富士浅間神社
  •   慶雲3年(705年)甲斐国八代郡荒倉郷の氏神としてお祀りしたのが創建です。戦国時代には武田信玄の父信虎が北条氏との戦にあたり、境内地である新倉山に陣をとり、当社で戦勝を祈願し勝利したことにより、刀が奉納されました。  本殿です。神社は山の上に立地していて晴れていれば富士山を望めます。  境内にある塩釜神社と荒濱神社です。新倉富士浅間神社の御朱印です。住所:山梨県富士吉田市新倉3 [続きを読む]
  • 新屋山神社
  •   天文3年(西暦1534年)の創建です。ご祭神は大山祇命、天照皇大神、木花開耶姫命です。日本一の金運神社として有名です。  写真左は本宮の拝殿です。拝殿では宮司さんに無料でお祓いをしてもらうことができます。写真右は小御岳社で、恵比寿様と大黒様が祀られています。  新屋山神社の御朱印です。住所:山梨県富士吉田市新屋1230 [続きを読む]
  • 小室浅間神社
  •   延暦12年(793年)征夷大将軍坂上田村麻呂が東征の際、現鎮座地より富士山を遙拝して戦勝を祈願し、戦勝後の大同2年(807年)神恩に感謝して社殿を造営したのに始まるといわれています。  社殿と護良親王の古墳です。南北朝時代、鎌倉で討たれた大塔宮護良親王の首級を雛鶴姫が持って落ち延び、この根本に葬った伝えられています。また社殿の裏には富士山溶岩流があります。境内にある神馬舎です。流鏑馬祭 [続きを読む]
  • 春日大社
  •   神護景雲2年(768年)中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために創設されました。奈良の平城京に遷都した710年(和銅3年)藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山に遷して祀り、春日神と称したのに始まるという説もあります。  写真左は二之鳥居です。上の写真の一之鳥居からは1kmくらい歩きます。参道には多くの鹿がいて、餌をもらおうとして寄ってきます。  南門とその入った [続きを読む]
  • 大神神社
  •   三輪明神ともいわれ、日本で最古の神社といわれています。後方にそびえる三輪山を御神体としているため本殿がないという特徴があります。写真右は拝殿です。“三輪そうめん”の生産地としても有名なエリアです。  写真左は巳の神杉で、大物主大神の化身の白蛇が棲むことから名付けられたご神木です。蛇の好物の卵が参拝者によってお供えされています。写真右は祓戸神社で、心身を祓い清めてくださる神様が祀られてい [続きを読む]
  • 熊野速玉大社
  •   熊野速玉大神と熊野夫須美大神が主祭神で、熊野本宮大社・熊野那智大社とともに熊野三山の1つです。創建年代は不詳です。  もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていましたが、いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれています。神倉山にあった元宮に対して現在の社殿は新宮と呼ばれています。  写真は境内にある八咫烏神社と新宮神社、熊野恵比寿神社です。    熊野速玉大社の御朱印と [続きを読む]
  • 熊野那智大社
  •   熊野本宮大社、熊野速玉大社とともに熊野三山の一社です。他の二山と違い、御滝の神様を併せ祀っているため一柱多く神様を奉斎しています。元々は御滝の近くで祀られていましたが、約1,700年前に現在の場所に遷りました。  主祭神は熊野夫須美大神です。写真右は拝殿です。すぐとなりには西国三十三観音第1番札所の青岸渡寺があります。那智の瀧までは徒歩だと15〜20分くらいかかります。   熊野那智大社 [続きを読む]
  • 熊野本宮大社
  •   熊野本宮大社は熊野三山(本宮大社・速玉大社・那智大社)の中心であり、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮です。熊野坐大神の御鎮座の年代は明白ではありませんが、社殿は崇神天皇65年(紀元前33年)に創建されたと『皇年代略記』や『神社縁起』に記されています。  御祭神は熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に共通する熊野十二所権現と呼ばれる十二柱の神々です。御社殿は大鳥居から15 [続きを読む]
  • 紀伊山地の霊場と参詣道
  • 【紀伊山地の霊場と参詣道】和歌山県・奈良県・三重県にまたがる3つの霊場(吉野・大峰、熊野三山、高野山)と参詣道(熊野参詣道、 大峯奥駈道、高野山町石道)を登録対象とする世界遺産を巡ります。★の寺社にはオリジナル御朱印帳があります。霊場名寺社名所在地最寄駅吉野大峰吉野水分神社奈良近鉄吉野線「吉野駅」からロープウェイ「吉野山駅」下車吉野大峰金峯神社奈良近鉄吉野線「吉野駅」からロープウェイ「吉野山駅」下車 [続きを読む]
  • 到岸寺
  •   慶長5年(1600年)の創建で、開山は古本山盛徳寺第14世一可良憲上人です。浄土宗のお寺としては珍しい大日如来が本尊です(一般的には浄土宗は阿弥陀如来が本尊です)。  写真左は本像の金剛界大日如来像で像高2m35cmあります。福島市内に現存する坐像では最大の木造仏です。町なかの大仏さまとして、人々の信仰を集めています。 到岸寺の御朱印です。御朱印をいただいた際に大仏の手ぬぐいも一緒にいただけ [続きを読む]
  • 誓願寺
  •   永禄10年(1567年)良念により開かれたとされています。文禄2年(1593年)に建築された本堂は、天保3年(1832年)と明治14年(1881年)の火災で焼失し、現在の本堂は明治36年(1903年)に再建されたものです。誓願寺の御朱印です。住所:福島県福島市五月町11-13 [続きを読む]
  • 東安寺
  •   文政9(1826年)の火災により詳しい記録は残っておらず、何らかの理由で曹洞宗の僧を招き再興されたといわれています。その後も明治14(1881年)甚兵衛火事の際に諸堂を焼失し、現在に至っています。東安寺の御朱印です。住所:福島県福島市早稲町9-15 [続きを読む]
  • 常光寺
  •   永正3(1506年)劫外長現大和尚により開かれ、文禄2(1593年)に福島に城下を移す際、現在の場所に移り長安寺と称しました。  さらに寛永15年(1638年)に定光寺と合わさり、寺号を長安寺から常光寺に改めて現在に至っています。本尊は福満虚空蔵菩薩です。常光寺の御朱印です。住所:福島県福島市清明町9-24 [続きを読む]
  • 黒沼神社
  •   主祭神は黒沼大神で、かつて福島の地が湖水であった時の水神と言われています。第13代成勢天皇の御代に当所に祀られたと伝えられています。福島縣護國神社のすぐとなりにあります。黒沼神社の御朱印です。福島縣護國神社の社務所にて期間限定でいただくことができます。住所:福島県福島市堂殿6 [続きを読む]
  • 福島稲荷神社
  •   永延元年(987年)朝廷に重用された陰陽道博士従五位下、安倍晴明が奥州に下向した際に信太明神を勧請したことに始まります。  写真左は太子堂で昭和37年に建立された聖徳太子を供養する法隆寺夢殿を模した八角形の社殿です。写真右は古峯神社で、栃木県鹿沼市の古峯神社の御分社です。日本武尊が祀られています。  写真左は足尾神社で、猿田彦命が祀られています。足を患っている人や足の弱い人の祈りと共 [続きを読む]
  • 福島縣護國神社
  •   明治12(1879年)戊辰の役に従軍した殉国者で相馬・田村・会津の招魂場に祀られていた御霊と、西南の役に殉じた管内人の御霊が最初に合祀され招魂社として造営されたのがはじまりです。  昭和14年(1939年)の制度改革により内務大臣指定護国神社となり、福島縣護國神社と称しました。写真右は境内入口にある信夫山天満宮で、祭神は菅原道真でず。昭和63年(1988年)太宰府天満宮より分霊を勧請して創建されました [続きを読む]
  • 三光神社
  •   反正天皇の時代の創建と伝えられています。創建以来、武内宿禰の末裔の武川氏が神職として奉職し、代々引き継がれています。  神社は真田山に鎮座し、昔は姫山神社と称しましたが、全国的には真田山の三光の名称の方がよく知られ今では三光神社と称しています。本殿の前には三田幸村のねぶたのような像がありました。 大阪七福神の寿老人像と真田の抜け穴脇にある真田幸村の陣中指揮姿の銅像です。  [続きを読む]
  • 天龍寺
  •   暦応2年(1339年)後醍醐天皇の菩提を弔うため足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれました。嵐山や渡月橋、亀山公園などもかつては境内地でした。  写真左は法堂で正面須弥壇には釈迦三尊像を安置し、後の壇には光厳上皇の位牌と歴代住持の位牌および開山夢窓疎石と開基足利尊氏の木像が祀られ仏殿としても使用されています。また、平成9年に法堂移築100年・夢窓国師650年遠諱記念事業として加山又造画 [続きを読む]
  • 化野念仏寺
  •   弘仁2年(811年)空海が五智山如来寺を建立し、野ざらしになっていた遺骸を埋葬したのが始まりとされています。後に法然が念仏道場を開き、念仏寺となりました。  境内にある西院の河原には約8000体もの石仏・石塔があり、観光客も訪れています。写真は延命地蔵尊が祀られた地蔵堂と仏舎利塔です。仏舎利塔の前には石製の鳥居がありました。  本堂裏手には竹林があり、そこを登っていくと開けたところに六 [続きを読む]
  • 二尊院
  •   承和年間(834〜847年)嵯峨天皇の勅願により慈覚大師が建立しました。百人一首にも詠われた小倉山のふもとにあり、紅葉の名所です。はその名の通り釈迦如来と阿弥陀如来の二尊が祀られています。  写真左は弁天堂で弁財天の化身である九頭龍大神・宇賀神が祀られています。写真右は江戸時代初期の豪商である角倉了以翁像です。  本堂奥の石段を登りきったところにある湛空堂です。二尊院で教えを広めた湛 [続きを読む]
  • 東福寺
  •   もともとは延長2年(924年)藤原忠平によって建てられた藤原氏の氏寺である法性寺の巨大な伽藍がありました。嘉禎2年(1236年)九条道家がこの地に高さ約15メートルの釈迦像を安置する大寺院を建立することを発願し、寺名は奈良の東大寺と興福寺の二大寺から1字ずつ取って東福寺としたそうです。  三門と本堂です。三門は応永32年(1425年)足利義持による再建で、現存する禅寺の三門としては日本最古のものです。 [続きを読む]
  • 禅林寺(永観堂)
  •   仁寿3年(853年)空海の高弟である真紹僧都が、歌人文人であった故藤原関雄の山荘を買い取り、都における真言の道場の建立を志し、毘盧遮那仏と四方四仏を本尊とする寺院を建立したのが始まりです。写真右は釈迦堂です。  写真左は阿弥陀堂で、本尊阿弥陀如来立像が祀られており、”みかえり阿弥陀”の通称で知られています。遅れる者を待つ姿勢、自分自身をかえりみ人々とともに正しく前へ進む姿勢を表しているそう [続きを読む]
  • 大覚寺
  •   平安時代初期に在位した嵯峨天皇が離宮を営んでいたこの地に、嵯峨天皇の信任を得ていた空海が、離宮内に五大明王を安置する堂を建て、修法を行ったのが起源とされています。  本尊は不動明王を中心とする五大明王です。写真右は御影堂で、大正14年(1925年)大正天皇ご即位に際し建てられた饗宴殿を式後賜り移築したものです。  写真左は宸殿で、江戸時代に後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物です。 [続きを読む]