blondcoco さん プロフィール

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blondcocoさん: blondcocoの人生相談
ハンドル名blondcoco さん
ブログタイトルblondcocoの人生相談
ブログURLhttps://ameblo.jp/blondcoco/
サイト紹介文あらゆる人生相談お受けしてます。30代・40代の方のうつは得意です。開運のお手伝いもできます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供64回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2016/01/01 20:40

blondcoco さんのブログ記事

  • その人は昔
  • その人とは、昔つきあっていたことがあった。一年ぐらいのものであったと思う。それ以前に、単なる友人同士としての交遊が、5年ほどあった。それからどうしてつきあうようなことになってしまったのかについては、いまだによく判らない。別に告白した訳でもなく、告白されたということもなかったのだ。「あたし、今でもあの駅に降り立つとね、嗚呼この近くで涙??君がアルバイトしていたんだなって想うのよ。おそば屋さんだったっけ [続きを読む]
  • 涙探偵 3
  • 涙??は、顔中に毛のない男からの指示を受けて、チラシ配りに出かけたが、その日は晩秋とはいえ陽射しが強く、ちょっと歩いただけでも汗がにじんでくる。直感から「事務所に戻る??んだ!」という声が聞こえた。彼は忘れ物を取りに帰るという口実を考え、事務所へと戻る??ことにした。事務所の中には、いつもの二人の秘書がいるだけだろうと、涙??は推測した。顔中に毛のない政策秘書が、通りを通行中の主婦をつかまえて、何やら話 [続きを読む]
  • 涙探偵 2
  • 選挙事務所との奇妙な同居生活が始まってから、2週間が経った。そんなある日の、カラスがやけに騒がしく鳴いていた朝のこと。涙??探偵の事務所に、一通の封書が届いた。カード会社からだった。何だろう?と思い、封を開けると、それは請求書であった。どこからどう見ても、裏返して見ても、それは請求書だった(請求書的な請求書であった)。涙??本人名義のクレジットカードから、多額の買い物がされていた。その金額(請求額)は [続きを読む]
  • 涙探偵 1
  • 涙??探偵事務所に、二人の男がやって来た。一人は背が低くて太っていて、髪の毛が全く生えていなかった。眉毛も生えてなかったし、髭も全く生えていなかった。全身はわからないが、少なくとも顔の周辺には、全く毛のようなものはなかった。もう一人の男は、185センチを超す長身の若者で、三つ揃いのスーツを着込み慇懃におじぎをしたが、あごひげをたくわえていた。よく見ると、頭髪の髪の量が異様に多くて、無造作な髪型にしていた [続きを読む]
  • ミクコ38歳 13
  • ミクコが降り立ったその小さな地方都市は人口が7万人だと聞いていたが、駅舎から真っ直ぐに伸びているカントリーサイドの商店街の半分ぐらいはシャッターが閉まっていた。駅舎のすぐ前のロータリーには、制服姿の女子高生たちがあちこちに数人ずつ固まって、お喋りをしながら、??や??が来るのを待っているようだった。しかし彼女たちには、現実感がなかった。どこかメタフォリカルであった。それにしても多少メタフォリカルでは [続きを読む]
  • その年から
  • その年、つまり1998年が1QQ8年に変わった年以降、大きな変化があった。見えない世界のことを語っても、変人扱いされなくなったことだ。少なくとも1998年以前は、見えない世界のことを語ろうものなら、たちまち変人扱いされていた。危険思想の持ち主のように思われることもあったし、少なくとも頭のイカれたおかしな奴だと思われていたものだ。目に見える世界だけが唯一の世界であって、目に見えない世界(形のない世界、非 [続きを読む]
  • その年、そして事を成す
  • その年は、長野で冬季オリンピックが開催された。欽ちゃんこと、萩本欽一さんが、開会式の総合司会をした。映画「タイタニック」が大ブームで、主人公を演じたレオナルドディカプリオが、妙齢の女性に異常なほどの人気だった。宇多田ヒカルや浜崎あゆみ、ゆず、椎名林檎、aiko、モーニング娘。が、メジャーデビューした。ルーズソックスが大ブームで、女子高生たちは、皆ひざ上20センチの短いスカートをはいていた。中村ミツルのイラスト [続きを読む]
  • あの日から150年
  • 高杉晋作は、藩内きっての美人と云われていた、お雅を嫁に貰った。だが、晋作とお雅の間には、情を通じあうということは少なかったようだ。(情を通ずるというのは、今でいうSEXのこと)晋作はあちこちの遊里に行っては、そこの女を買い、彼女らと親密に情を通じあうことを好んだ。(金で契約した女との方が、居心地が良かったようだった)おそらく晋作にとって、家庭というものは、生活する場であると考えていたのであろう。つまり家庭 [続きを読む]
  • あなたへ
  • 人から悩み相談をお受けする際、たいていの場合、その方のこれまでの半生をお聞きすることがあります。そしてその時お聞きするお話の内容が、ぼくに深い感銘を与えることが、これまでに何度かありました。ある場合は、一冊の長編小説よりも重々しく、あるいは一本の長編映画よりも深い感動を伴ったりもしました。その方の喉を震わせて出てくる声から発っせられるナラティブ(人生の物語)が、ぼくの心に深く刻み込まれたのです。それは [続きを読む]
  • ミクコ38歳 12
  • 「あなたは険(けん)のない、とてもいい笑顔をいつもそうやってするの。だからね、あなたはきっといい役者にはなれないわね」心外だった。僕は芸能事務所からスカウトされて、それでどうしたらいいのだろうと思って、ミクコさんに相談したのだった。「演技のとても上手い役者さんを何人か知っているけどね、彼ら彼女たちには、全員に険があったの」ミクコさんは、僕を見つめながら云う。「険があるってことは、屈折した心を持っているのね。 [続きを読む]
  • 「あっしには、かかわりのねえことで」
  • 1990年代に一世を風靡した女の子他人数のアイドルグループに、一人の不祥事が報じられると、他のメンバーにも次々と飛び火したことがあった。初期メンバーのおよそ半数に、不幸が襲ったのだ。そしてついには、プロデュースした人にも病気という魔の手が襲いかかった。(驚くべきことに、現在も進行形で、かつてのそのグループの人たちに不幸が襲っている)これは、単に正負の法則でそうなったとは考えにくい。おそらくは、同情したの [続きを読む]
  • 「死んでたまるか!」
  • 俳優Mさんの出自を知るに、ぼくはいつもどうしようもなく暗澹たる気持ちに襲われる。Mさんの母は、伊豆の温泉地の旅館で仲居をしていた。日銭を稼ぐために(当時は何処の旅館でも、ごく当たり前のように行われていたのだが)、母親は宿のお客さん数百人と寝た。そして間違えて出来てしまった子が、Mさんであった。父親が誰かなんて、判る訳がない。母親とて、別に愛の結晶ではなかったから、M少年を可愛がることはなかった。むし [続きを読む]
  • 不安定な時代
  • とりわけ現代ほど、不安定な時代はないだろう、とぼくは思う。それなのに、多くの人は安定を求めている。そもそも現実世界において、安定なんか存在していないのに。たとえ、宝くじで7億円当たったとしても、芸能界でスーパースターになれたとしても、スポーツ界で大成功をおさめたとしても。それは、一瞬の花火の如きの輝きでしかない。(そのことで、未来が保証されている訳では決してない)それでも1QQ8年までは、多少の安定感はあ [続きを読む]
  • 「人の死は天が決めることだよ」
  • 司馬遼太郎の代表作のひとつ「竜馬がゆく」(文庫本で全8巻)を、遅ればせながら読んだ(3ヶ月かかった)。1960年代の半ばに書かれた作品を、50年遅れで読んだのだ。その当時にこの小説を読んでいたら、ぼくももしかしたら孫正義さんや武田鉄矢さんみたいに、事を成していたかもしれなかった。読むのが遅すぎた(泣)。武田鉄矢さんは、50年前に5ヶ月かけてこの本を読み終えた時、外へ飛び出して大声で泣きながらシャウトしたとい [続きを読む]
  • 断らない3
  • 俳優さんでも、自分のやりたくない役がきても断らないで引き受けている人の方が、長く活躍しているようです。(好きな役しかやらない人は、すぐに消える)歌手の人でも、自分の専門外のジャンルの唄にも積極的にチャレンジして歌唱している人の方が、ヒットを飛ばし続けています。自分の好きな唄ばかりに固執していると、やがて行き詰まることになってしまった人は、けっこういます。自分は歌い手だから、役者の仕事は引き受けないと [続きを読む]
  • 断らない2
  • プロ野球選手になろうと思ったら、12球団のどこかからドラフト指名されなければ、なることは出来ません。どんなに野球が好きで、自分では上手いと思っても、世間(プロ側)から評価されなければオファーを受けられないのです。プロ野球だけが例外で、他のスポーツは本人が希望すれば、その道に進むことができます。柔道であれ、ボクシングであれ、フィギュアスケートであれ、陸上競技であれ、水泳であれ、卓球であれ、バレーボー [続きを読む]
  • 断らない1
  • 他人からオファーを受けた仕事を断らないで、その仕事に就業すると、だいたいにおいて上手くゆくようです。幕末の土佐藩は、30万両にも及ぶ借金を抱えていました。その返済の目処は、まったく立っておりません。ある日のこと、当時参政であった後藤象二郎が、部下の岩崎弥太郎に対し、その借金30万両全部をお前が返せ!と命じた。その代わりに、藩の所有する軍艦、商船、港湾の土地などを無償で与えたのでした。あなたがどこかの会 [続きを読む]
  • 波動
  • この地球上に生きるすべての生物、そしてすべての物質には、波動というものがある。波動には大きく分けて、正の波動と負の波動がある。負の波動の中でも、特にやっかいなのが、邪の波動である。しかるに、この邪の波動を有している人はけっこう多い。邪の波動を持っている人と結婚してしまうと、当然のことながら起居を共にするので、その人の持つ邪の波動に汚染されて、やがては若くして病気になったり、場合によっては夭折してしまう [続きを読む]
  • 文体
  • 一人一人の顔が違うように、一人一人の思考の仕方も異なっている。それなのに、文章を書かせてみると、大体の人が同じような文体で文章を書いていることに気づく。文章を読んだだけでは、名前が記してなければ、一体どこの誰が書いたのかが分からない(男なのか女なのか、それすら分からないこともある)。文章というものは、匿名性が高いものであると云わざるを得ない。しかし、さすがにプロの作家ともなれば、それぞれに文体が異なって [続きを読む]
  • 女の鏡
  • 武市富子という人は、土佐藩勤皇の志士、武市半平太の妻だった。半平太が獄につながれて、やがて切腹の命令が藩主山内容堂から告げられるその日まで(およそ2年あまりの間)、富子は自宅にあっても、布団の中では寝ずに、着衣のまま板敷きの上に薄い布をかけただけで、つまりは獄の中にいる夫と同じようにして過ごした(夏は蚊帳を用いず、冬も布団を重ねなかった)。半平太が捕縛された日の朝、二人は捕らえに来た者たちを待たせておい [続きを読む]
  • お義父さん
  • お笑い芸人はなわさんの歌う「お義父さん」が、いい唄だと世間で話題になっているようである。ぼくも娘を持つ父親として、義理の息子からこのように思ってもらえたら、きっと凄く嬉しいことだろう。ある意味、実の息子が仮にいたとしても、その嬉しさの比は、義理の息子からの想いの方がずっと嬉しいに違いない、とぼくは思う。戦国時代。徳川家康の家臣の中に、本多忠勝という男がいた。彼は、家康が若い時分からの側近中の側近で、戦場に [続きを読む]
  • 漱石の少年時代
  • 漱石が子供の頃、喜いちゃんという友だちがいた。或る日、喜いちゃんが一冊の本を彼の元へ持ってきた。なんでも昔(江戸時代)の有名な人が書いたとされる本で、少年の漱石には読んでもちっとも解らなかったが、喜いちゃんはこの本を買ってくれないか?ともちかけてくる。50銭でどうだい?それ以上に価値のある本なんだ、と云う。少年の漱石は少し考えて、25銭なら買ってもいいと云う。喜いちゃんは、それなら25銭でもいいよと云 [続きを読む]
  • パーマネントブルー
  • 昭和40年代前半に、一人の高名な女流作家の方が失くなられ、その方の書斎に遺された備品などを、編集者の人が整理している時だった。その作家の机のひきだしの奥の方から、原稿用紙にびっしりと書かれた小説が出てきた。そこには、メモのような手紙が添えられていた。<自分は四国在住の女子高校生15歳ですが、初めて小説を書いてみました。どうか先生に読んでいただきたくて送らせてもらいました>そのような文面であった。その [続きを読む]
  • 阿寒に果つ
  • 昨年のことだが、たくさんのハードカバーの単行本を棄ててしまった。主に1970年代に発行された、五木寛之と渡辺淳一の本だった。およそ30〜40冊ほど、ゴミとして出してしまったのだ。1980年代に家を増改築した際、近所のシャッター付きの車庫を父親が借り受け、その中へそれらの単行本も入れられてしまった。そのまま1〜2年放置していた為、カビ臭い匂いが本にこもり、紙が茶色く変色してしまった。それでも埃を払っ [続きを読む]
  • やり残したこと
  • みずきくんの仕事先へ、一人の女性が訪ねてきた。みずきくんの携帯の電話番号が判らなかった(最近変えていたのだ)ので、悪いとは思ったけどお仕事先に来てしまったのだという。その女性は、みずきくんと高校時代に同じクラスで一緒だった人だ。彼女の用件とは、同窓会の報らせだった。急ではあるが、20日後に同窓会を急遽開くことになったという。担任だった先生が、九州の高校に転任することになった為、その先生の送別会と同窓会 [続きを読む]