iohe さん プロフィール

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ioheさん: 添乗員森田世界の旅
ハンドル名iohe さん
ブログタイトル添乗員森田世界の旅
ブログURLhttps://ameblo.jp/iohe/
サイト紹介文添乗員として行く海外情報を書いています。 かわいい娘たちとおっかない妻との記録も書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供399回 / 365日(平均7.7回/週) - 参加 2016/01/02 05:53

iohe さんのブログ記事

  • 緑つらなる丘陵に、突如現る一枚岩。
  • 10月18日、メデリンの朝。昨日見られなかったメデジンの大聖堂へ。ルネッサンス的大聖堂が大きい、そして総レンガ造りなのがまた凄い。 さて今日はメデジンから東へ83?、1500m前後の標高に連なる丘陵は、どこまでも人の手の入る緑豊かな農地が広がる。酪農も盛んなようだ。目的はこれ、遠くに見える一枚岩、ピエドラデルペニョールの山。石英が混ざり所々キラキラと輝く様は、古くから土地の人より信仰の対象になっている。周囲 [続きを読む]
  • メデジンにマツコ・デラックス、byボテロ。
  • 10月17日、カルタヘナで朝。アヴィアンカ航空のストライキでカルタヘナ-メデジン間のフライトはキャンセルになり、ボゴタ経由で行くことに。予定より早く起き、遅い到着に変更。 さらにフライトが遅れたらやっかいだな、と思っていたが予定通り13時37分にボゴタ経由でメデジンへ着いた。正確にはメデジンでない隣町の国際空港は街まで50?離れており1700mの高台にある空港から緩やかにアンデスの斜面を下る。その途中にあったレ [続きを読む]
  • カルタヘナ旧市街、とコロンビアの歴史。
  • 10月16日、カルタヘナ旧市街。 16世紀初めに、スペイン人が中南米を支配すると、まずアステカの都メキシコと、インカの都ペルーに2大副王領を建設したが、1717年その中間にありカリブ海に面したコロンビアをペルーから独立させ、ボゴタを都にグラングラナダ副王領を建設した。100年以上の歳月をかけ1782年に現在の形となるサンフェリペ要塞が完成すると、要塞と海の間にあった町もまた4?に渡り堅牢な城壁(市壁)で囲まれた。179 [続きを読む]
  • カルタヘナ、難攻不落のサンフェリッペ城塞。
  • 10月16日、ボゴタの朝。ボゴタの朝は気温10℃と肌寒い。平均渡航国100国のお客様を前に格好良く行きたかったが、3日前の挨拶コールで、トンでもない間違えを犯していた。 朝晩25度、日中は30度を超える夏日です。半袖だけのご準備でどうぞ。なんて言ってしまった。僕の10年来頼りにしている天気予報サイト、weatherundergroundで(bogota)ボゴタと検索すると、気温は27度から33度と出る。それをそのまま伝えたわけだが、ちょい待 [続きを読む]
  • ボゴタの黄金、シパキラの塩。
  • 10月15日。ボゴタからの。先住民族が小さな国家を持っていた1000年前。首長が粉した太陽の神が、黄金のイカダに乗り湖の中心で神への捧げ物を沈めた。そんな儀式が行われていた事が想像できる、黄金のイカダの繊細なミニチュアはグアダビーダ湖畔から発見されている。 これを見られたらもう宜しいか?次のサロンへ移動する日本人のガイドさんに耳打ちをする、今からシパキラへ行きましょう、と。責任は僕が持とう。(というか、事 [続きを読む]
  • コロンビア共和国、首都ボゴタの黄金博物館から。
  • 10月15日、何故かメキシコで未明。 狭い部屋で男三人、お近づきのビールを飲んだものの僕は一睡も出来ずに3時45分の目覚ましアラームを迎える。 4時45分ロビーでお客様を迎え、スーツケースを転がしてアヴィアンカのカウンターへ。人の列が出来ておりホっとする。7時52分、アヴィアンカ45便はコロンビアへ向けて飛び立った。4時間30分のフライトに機内食が出るが、それに気付かず寝てしまう。 コロンビア共和国。日本の面積の約3 [続きを読む]
  • 男三人肩を並べて、メキシコの夜。
  • 10月14日、夜。メキシコシティー、マリアッチと共の夕食の後は、再び空港へ向かう。 日付が変わった午前1時のコロンビア、ボゴタ行きのアヴィアンカ23便に乗るためだ。 4時間半後の午前6時にボゴタに到着しそのまま観光に入る。飛行機ではしっかり寝ておきたい 閑散とした夜の空港、閑散としているのはアヴィアンカ航空がストライキ、えっ、ストライキ?をしているからだ。 えっ、パイロットがストライキ?そうかそうか、いきなり [続きを読む]
  • ロデオボーイ、メキシコを歩く。
  • 10月14日、メキシコの夜。 メキシコ合衆国、面積は日本の5倍、人口1億2千万人↑首都メキシコシティーに、アメリカ大陸ではサンパウロに次ぐ2000万人が暮らす。メキシコに、マンモスを追って氷で覆われていたベーリング海峡を渡ったモンゴロイドが定住したのは2万年前。1万1千年前にベーリング海峡の氷が溶けて以降、アメリカ大陸は巨大な陸の孤島の中、各地でモンゴロイドによる文明が育まれて来た。 メキシコでは当初(紀元前) [続きを読む]
  • ツワモノ達と夢の中、ドリームライナーはメキシコへ。
  • 10月14日、成田空港。14時を過ぎてお客様がポツポツと受付へいらっしゃる。こんにちは、添乗員のモリタです、どうぞ宜しくお願いします、ではパスポートを。 お客様のパスポートを見る意味は不明だが、本人様確認と言ったところだろうか。 パスポートを手にしたときの分厚さに、写真のページまでパラパラめくりながら、僕の知らないビザや見たことのないスタンプに目移りをする。 3日前にご挨拶のお電話をした時、いやその前から [続きを読む]
  • 雨が降ってきたので妻に電話をした。
  • アパートの一室で(失礼、一室しかなかった)、地蔵が立った。そして外へ出た。子供の下校の時間だ、今日は妻から任されている任務が一つ。 以前行けなかったスイミングの振り替えを今日にしたが、家とクラブの送迎バスは振り替え時には利用出来ない、との事。自転車で一緒に行くように、と。 近ければよいが3?位あるからね、父ちゃんの付き添いだ。はい、よろこんで。なに、自転車の鍵が見つからないだって?仕方がない、小学2 [続きを読む]
  • 醤油ラーメンに、メンマとネギをお願いします。
  • 木曜日、5時半に目を覚ます。シャワーを浴びる、鍋に湯を沸かす、コップにコーヒーを落とす。 下の階の人が帰宅する。2交代の工場で働く人の勤務時間がだいたいわかるようになってきた。これからお休みの時間だ。 地蔵の様に床に座る。昨日手にしたツアーのアンケートを三つ折りにする、そして旅程に目を通す。 畳んだ布団に寄りかかる。相棒のタブレットをオンにすると、片隅に佐野実の文字、ラーメンが食べたくなる。 ガスコン [続きを読む]
  • 打ち上げ花火、どこから見っぺか。
  • 土曜日、朝まで雨が降っていたが、昨年覚えた鴻巣市の花火大会が、今夜は中止だってさ。4尺玉復活!とあるのは昨年は失敗したからだそうな、午後から晴れてたから惜しかったけど、父ちゃんヒマだし明日も行ける。 日曜日は子供二人バドミントンの特訓があるため、18時に終わったときにはもうすぐ花火も始まる時間。会場は電車で二駅または自転車で10?、打ち上げ花火、どこから見っぺか?自転車で行こう、しかしうちの近所は駅前 [続きを読む]
  • さぁ休もう。
  • 8月の後半から今月5日まで、休みは3日しかなかったけど、上手くやれたかな?忙しいのは(自業自得)良いのだけど、僕には貯まらないお金は入るけど、こういう時に注意しないとミスをして何かをロスして、余計な出費がかかりやすくなる。が、それもなく、身体に以上もなく乗りきった。クールビズで駅に降りれば、関東平野は秋の気配、アパートのたんすや本棚の整理でもしようか。地球の歩き方も気がつけば10年以上前の物も、捨てよ [続きを読む]
  • ミスミナイ村からニューヨークそして日本。
  • 10月3日、アンデスから。どこまで行くのか、ミスミナイ村にて地元の人の生活様式を見学します、と日程表にある。ミスミナイ村とは初耳だが、果たして僕はそこへ行ったことがあるのかないのか、この地域は結構フラフラしているので定かではない。 アンデスの絶景に見とれ山を登り切ると、これからのジャガイモ畑の中に豚と牛の声の聞こえる集落に着いた。携帯電話で、いやラインで僕らが来ることを知っていたお嬢さん達が、バスを [続きを読む]
  • アマゾン川の支流からニューヨークそして日本。
  • 10月3日、マチュピチュの朝。2泊したマチュピチュのエルマピホテルに別れを告げて、8時53分発のペルーレイルに乗った。ウルバンバ川の流れに逆らい上流へ、その始まりはクスコの先チチカカ湖の手前ララヤ峠にある。この川の流れの先にはアマゾン川、アンデス山脈にギアナ高地そしてブラジル高原の水脈を一手に引き受けるアマゾン川は世界最大の流域面積を誇る。少し早く始まったアンデスの雨季だが、これからの本格的な雨季を前に [続きを読む]
  • マチュピチュにて。
  • 10月2日、マチュピチュ村エルマピホテルの朝。 午前8時半、マチュピチュ遺跡行きの乗り合いバスに乗り20分、いろは坂を約400m登ると遺跡の入口に到着する。今日も何も心配することのない晴天日、暑くなりそうだ。上の道はインカ道、インカの時代の情報は全長3万?の整備された道を走るチャスキ(飛脚)により伝えられ、リャマが荷を運んだ。このまま行けば太陽の門を越え(全ての道は)クスコへ至るが、振り返る、振り返り1000人 [続きを読む]
  • チコンとマコン。
  • 10月1日、リマ、憂鬱な朝。昨日6個のスーツケースがロストした。泊まっているリマのホテルはコスタデルソル、空港の向かいにあるホテルだ。マチュピチュへ行くにはインカ道を最低3日間歩くか、電車で行くかの二つに一つ。この電車にはスーツケースを持ち込めないため、マチュピチュ観光2泊3日に必要な荷物をリュックに詰めて、スーツケースは3日後、マチュピチュから帰ってきた時受け取れるようこのホテルに置いていく。その準備 [続きを読む]
  • 下からも上からも、両サイドからもイグアスの滝。
  • 9月30日、イグアス2日目の朝。今日は午前中の予定はなくゆっくりと起きる。が、前日添乗員が余計なことを言ったため何人かのお客様と薬局を巡る。捜し物はガラナ。このアマゾンの媚薬ガラナに関しては前述も後述もする。12時前、少し早めの昼食はブラジル名物シュラスコ。コブ牛一頭の様々な部位に鶏のハツ等を頂くが、僕が好きなのはサラダバーにあるケールの炒め物に、パルミートというヤシの新芽だ。今日の天気予報は晴れ、雨 [続きを読む]
  • アルゼンチン側イグアス国立公園。
  • 9月29日、イグアスは雨。イグアスに四季はないが、この時期30度を超える日が差し時折雷が鳴り夕立のような雨が降る。そんな自然現象に一喜一憂しながらイグアスを歩くものだが、今日は雨、ずっと雨、予報にはいつもの晴れ、曇り、カミナリ、雨マークではなく、雨のマークしかない2日間。どうにかならないもんか。宿泊先のブラジル、フォズドイグアスからイグアス川に架かる友好の橋を渡りアルゼンチンへと入国する。1984年に世界 [続きを読む]
  • シェラトンリマからブラジルへ。
  • 9月28日、朝のシェラトンリマ。シェラトンリマの朝ごはんが美味しい。先日行ったスペインでは、オレンジジュースの生絞りがあろう物なら600円出して飲んだ飲んだものだが、アマゾンを持つペルーでは普通に朝からオレンジの生絞りだけでなく、パイナップルにピーチ、イチゴにパパイヤまで何でも揃う。お客様が各国で見たであろうウチワサボテンの実も食べ放題だ。僕が好きなのは、世界のライスと反比例する、ナンチャッてでない象 [続きを読む]
  • 男女が絡み合うリマの夜。
  • 9月27日、夜のリマ。ロマスデラチャイから一度シェラトンに戻る。しかしリマ市内の渋滞がすごい、日本人なら秩序がないから渋滞すると言えようが、ペルーでは運転が上手いからそれでも何とか進んでいると言える。ぶつかることのないギリギリの隙まで進む、、がどうしたことだろう。ひどい、 シェラトンに戻り隣のスーパーへ行く。キヌアにチアシード、コーヒーやハーブティー、ワインやピスコにピスコ入りチョコレート、、、 本当 [続きを読む]
  • この季節、霧により出現するロマスデラチャイの花畑。
  • 9月27日、リマの朝。 人口3000万人のペルー、その首都リマに1200万人が住むだなんて世界の平均値を大きく上回る。デカい。旧市街地に接するシェラトンを出て1時間が過ぎてもまだリマ市内、デカい中心部の慢性的な大渋滞。ようやくバスも走りはじめる。目の前にはオレンジ売り。それからバナナ売り。そういえばリマから北へ進む道を、町並みを見るのは初めてだ。今日の行き先はロマスデラチャイ、、、ってなんだ?リマの郊外に出る [続きを読む]
  • イカ、ワカチナ、ナスカの地上絵。
  • 9月26日、イカにて。イカ、神経系や筋肉が良く発達していて、たいていの種類は夜に行動する、、、ウィキペディアを間違えた、イカ、ペルー南部イカ県イカ郡にある都市、人口21万人。紀元前800年頃形成されるパラカス文化は、織物に多彩色土器、そして地上絵においてもその後のナスカ文化に影響を与えた。1563年ジェロニモルイスによりスペインの植民地となる。 イカは晴天日が多くペルー人の間では太陽の地として知られる。イカの [続きを読む]