隊長 さん プロフィール

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隊長さん: 常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ハンドル名隊長 さん
ブログタイトル常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ブログURLhttps://ameblo.jp/kappa1959/
サイト紹介文常陸国を中心に神社を探険しています。神社に隠された秘密を明らかにして、古代史を解明しています。
自由文九州王朝の残影を探す為に常陸国を中心に神社探険しています。
百嶋神社考古学の成果(神代系図)を駆使し神社に隠された秘密を明らかにし、栗本慎一郎が言う、天皇システムを解明し、現代の閉塞した社会に風穴を開け、支配者の作った税金をはじめとした収奪システムや恐怖心の上に成り立つ宗教システムに気付き、完全なる自由の獲得と、GO JAP PAYな輪廻からの卒業するためのヒントを書き綴って行きます。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供61回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2016/01/09 08:46

隊長 さんのブログ記事

  • 141.小川神社探検記(長野県上水内郡小川村小根山)
  • 前稿(140.細野神社と鈿女神社探検記)で、次回は白馬村の霜降宮細野諏訪神社の報告を予告しましたが、現時点では細野神社との関連が見つからず、白馬村にはほかに霧降宮と雨降宮と呼ばれる諏訪神社があり、それはそれで面白そうなのですが、創建が鎌倉時代と新しいこともあって、掘り下げて調べることを止めました。なにかわかったらその時記事にしたいと考えています。今回は白馬村から長野盆地に越える大町街道沿いの小川村小根 [続きを読む]
  • 140.細野神社と鈿女神社探検記(長野県松川村)
  • 有明山神社からほとんど流れの無い芦間川沿いに下りてくると、水量がしっかりとした乳川と合流します。そこから車で1分ほどR147を北上(新潟方面)すると、右手に細野神社があります。 細野神社 拝殿   神楽殿                          拝殿の彫刻乳川はにゅうかわと読み、丹生川ではないか、つまり水銀が採れたのではないかと思い浮かんだのですが、ちかわと読み、源流にある乳房の形をして [続きを読む]
  • 番外34.佐竹氏以前の太田を考える−太田地名の考察
  • 常陸佐竹研究会の年一度の会報「常陸の佐竹」最新号に寄稿した ものです。常陸太田市史通史編の上巻の「大田部と屯倉」の項に、太田地名は、「常陸国風土記」久慈郡の条に、「郡の東七里、大田の里」、『和名抄』に久慈郡大田郷とみえる「大田」の地名は、全国各地に分布し、『新編常陸国誌』には「大田ヲ以テ名トスルモノハ、美田多キヲ以テナリ」とあり、黒崎貞孝の「常陸紀行」や吉田東伍の「大日本地名辞書」には「其土平遠或 [続きを読む]
  • 138.仁科神明宮探検記(長野県大町市社宮本)−スサノヲ系統の足跡を追って③
  • 引き続き長野県は大町市の仁科神明宮です。長野という名称は長髄彦(ナーガスネーク彦)の気配を感じ、信濃はシナノコ篠子−コノハナサクヤヒメ=かぐや姫の気配を感じています。彼らの父親スサノヲが秦の始皇帝からの呼称を引き継ぎ、秦(シン)→シナと転訛した可能性を百嶋先生は資料に残しておられます。秦は中国語ではQIN:チンと発音します。始皇帝嬴政(いんせい)の嬴は渦を意味しており、スサノヲ系統の中心者はウズ= [続きを読む]
  • 136.若一王子神社探検記(長野県大町市)−スサノヲ系統の足跡を探る旅
  • われわれは、百嶋先生が言っていた、イヨ(卑弥呼宗女)と御年(みとし)を理解すれば、記紀(日本書紀、古事記)が根本から崩れ落ちるという言葉を実感しつつあります。それは宮崎神話が創作だと理解することにもなるのですが、先生は音声で九州王朝はスサノヲ王朝であると考えていたらしいことをほのめかしておられました。百嶋先生は九州熊本の出身だけあって、さすがに九州王朝が幻であったとは口には出せないようでした。われわ [続きを読む]
  • 番外33.建御名方は事代主であり、磐鹿六雁である−そして未来への希望
  • 常陸国の神社探検記で記しておくべき重要な神社は残すところ鹿島神宮ぐらいになってきました。これまでに無謀にも浅薄な知識で書き綴ってきた神社について、もう一度進化しつつある解釈でまとめておかなければならないと、赤面しながら思う今日この頃であります(笑)われわれの歴史の研究の重要性は、神社に祀られている欠史八代の神を明らかにすることから、現在の統治体制を理解し、隠された真実を公表することで悪魔教の連中( [続きを読む]
  • 135.羽梨山神社探検記(笠間市:旧岩間町上郷)
  • 134.筑波山探検記で、筑波は波が着いた場所だから着く波だという説を紹介しました。さらに闇オカミが避難のために船出した大分県の闇無浜からの連想で、羽梨は葉無で葉(加葉=加用=カガヨウヒメ=ミカボシに対応する女神=コノハナサクヤヒメ)がいなくなったから、ハナシではないかと推測しました。あるいは三保の松原に代表される羽衣伝説の姫がいなくなったからかもしれません。全景拝殿扁額本殿の千木(内削ぎ)だが鰹木は三 [続きを読む]
  • 134.筑波山神社探検記-筑波、足尾、加波山の秘密
  • 足尾山、加波山と続いてきた筑波山塊の神社探検は、最高峰の筑波山でとりあえずの完結となります。新解釈系図で推測した、スサノヲ系統の流れを確認するために、常陸国で吉備〇彦の痕跡を探したことからこの探検は始まりました。探検隊会議でのブレーンストーミングの結果、「親父ギャグ解読法」で吉備津(きびつ)を踵(きびす)と連想し(笑)、かかと(踵)は足の後ろだから、足尾山だと狙いをつけての出発でした。足尾神社探検 [続きを読む]
  • 番外32.ワタは海であり綿であった−大幡主は大山祇である論の序章
  • ワタツミ(海神)を綿津見と書くからわれわれが綿と結び付けたと単純に考えてはいけません。われわれの考察はそんなに低レベルではありません(笑)通説も一通り引用しておきましたが、現在流布されている通説は、経済至上主義東インド会社(ハザールマフィア)と連携した明治維新勢力(中心は藤原イカスリ、薩摩長州)によって筋道を立てられた似非東アジア史(中国史、朝鮮史を含む)に沿う形で構成されています。国家神道、つま [続きを読む]
  • 番外31.ワタツミとはなにか-英語表現から古代史を解く20170912改訂
  • 「番外30.神籠石考-綿花栽培の可能性について」で最も重要な事を書き漏らしていました。金山彦-スサノヲ系統から、秘密の綿花栽培施設であろう神籠石をお得意の「武力」で略奪したと考えられる、イカスリ劉一族は、また津の渡しでもあります。瀬戸内海を葦船で往来しアヒルや鵞鳥にも例えることができます。(関連記事:番外21.大山祇系統は高木系(分家)に下剋上されたのか?)彼らは百嶋資料でヘブライの最下層民とされている白 [続きを読む]
  • 133.加波山三枝祇神社(親宮)探検記-加波は樺であり加葉である
  • 足尾山から尾根伝いに林道を北上すると、加波山に到着します。加波山は茨城県南部では筑波山に継ぐ高さがあり、名前のユニークさもあって足尾山よりもメジャーだと思います。 ユニークさだけではなく加波山事件があり、明治初期の自由民権運動の黎明時においては重要な意味を持つ事件でした。筑波山は江戸時代末期の水戸藩の尊王檄派による天狗党が挙兵したところです。筑波山塊はどうもアグレッシブなエネルギーに満ち溢れている [続きを読む]
  • 番外30.神籠石(こうごいし)考―綿花栽培の可能性について
  • 神籠石(こうごいし)とは、九州から奈良県の山岳部に建造された石垣に囲まれた施設を言い、朝鮮式山城だとか祭祀場だとかはっきりと用途のわかっていない施設です。詳細はwiki【神籠石】を参照ください。また、単純に大きな岩、一般的には男岩と女岩が対で並んでいるものも神籠石と呼ばれているようです。神籠石は百嶋CDにも出てくるので名前だけは知っていましたが、音声データだったので、表記は皇后石なのか交合石なのか、 [続きを読む]
  • 132.秩父神社探検記(埼玉県秩父市番場町)
  • 今回も引き続き秩父市の神社です。秩父三社の一つ、秩父夜祭で有名な秩父神社です。 拝殿 由緒書祭神は八意思兼命 (やごころおもいかねのみこと)知知夫彦命 (ちちぶひこのみこと) - 八意思兼命の十世孫で、初代知々夫国造天之御中主神 (あめのみなかぬしのかみ) - 鎌倉時代に合祀秩父宮雍仁親王 - 昭和天皇の弟。昭和28年に合祀古代史的には最初の二神に注目すればよいでしょう。百嶋系図では、八意思兼命は豊玉彦になりま [続きを読む]
  • 131.若御子神社探検記(埼玉県秩父市荒川上田野)20170815追記
  • 引き続き秩父市の神社です。社名は若御子神社。祭神は神日本磐余彦神武天皇(カムヤマトイワレヒコジンムテンノウ)。三峰神社からくねくねと山道を下り、旧荒川村の市街地に入り一息つきながら彩甲斐(さいかい=再会、間違っても最下位ではありません)街道=国道140号線を走っていると右側の林に鳥居が見えました。他県の神社を見て歩くときは、神社誌などの資料が無かったり、ネット検索にもかからない神社は、下調べができ [続きを読む]
  • 130.三峰神社探検記(埼玉県秩父市三峰)
  • 今回は秩父三社の一つ三峰神社です。秩父三社とは、三峰神社、宝登山神社、秩父神社です。宝登山神社は昨年秋に探検していますので、今回は残りの二社を廻ることになりました。三峰神社はとても山深いところです。山育ちの私でも圧倒されるほどの深山です。 参道からの風景遡ること2ヶ月前、昨年秋に一緒に宝登山神社調査に行った九州の研究者の方から電話が入り、「今、三つ鳥居の事をまとめているのだけれど、関東にも三つ鳥居 [続きを読む]
  • 129.石船神社(茨城県城里町岩船)石舩神社(常陸太田市西染町)探検記
  • 今回の探検は、常北(常陸国北部)の城里町(旧桂村)岩船(いわふね)に鎮座する石船(いしふね)神社です。祭神は鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ:別名、天鳥船神)   鳥居                             参道にあった岩 御神橋と拝殿  扁額                              拝殿内にある大鏡 私が写っています。  g">   岩船  ”いわふね”を [続きを読む]
  • 128.星宮神社探検記(常陸太田市小島町)(改定20170720)
  • 今回は常陸太田市(旧金砂郷町)小島町の星宮神社です。以前紹介した、116.雷神社探検記(常陸太田市藤田町)から車で5分程度南西側に位置しています。茨城県第二位の前方古円墳梵天山からもすぐ近くで、星宮神社自体も古墳時代前期の4世紀に築造されたとみられる全長約100mの前方後円墳になっています。 祭神は天御中主命境内社は諏訪神社(祭神は建御名方命)古墳の上にある拝殿由緒沿革を茨城県神社誌より引用します。応 [続きを読む]
  • 127.足尾神社探検記(石岡市小屋)-足尾の正体とは?
  • 番外28.比多珂は天日鷲だった?の最後に吉備津彦あるいは吉備武彦の痕跡を探さなければならないと書いた手前、探検隊ではブレーンストーミングで、吉備(キビ)について思い当たることを、これ以上は一滴も出ないところまで浅知恵を搾り出しました。(笑)なおかつ、リブログ”420 栃木、茨城県境に跨る鷲子山上神社 北関東への神社調査 ⑤” でも、もうすでに常陸国において吉備津彦は発見していますと書いてしまいましたので [続きを読む]
  • ”スポット102 研究者による研究会を創らなければならない”
  • 在野の神社考古学者、百嶋由一郎氏の遺された膨大な資料を元に古代史を研究し、その過程を発表する人が増えるのは嬉しい限りです。同じ資料をもとに研究しても、解釈はそれぞれです。現在でもまったく異なる解釈が出ています。柔軟な発想と精緻な分析が百嶋先生の脳みそに隠されていたことに近づく事ができることでしょう。現在は九州の研究者が多いのですが、東日本、特に東北の研究者が参加して頂けることを心待ちにしています。 [続きを読む]