六文錢の部屋へようこそ! さん プロフィール

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六文錢の部屋へようこそ!さん: 六文錢の部屋へようこそ!
ハンドル名六文錢の部屋へようこそ! さん
ブログタイトル六文錢の部屋へようこそ!
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/rokumonsendesu
サイト紹介文心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供107回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2016/01/13 23:27

六文錢の部屋へようこそ! さんのブログ記事

  • 熱中症のブルース
  • 毎日毎日熱暑の地獄脳みそとっくに沸騰しせっかく拾って集めた文字も脳に達する寸前でジュッと蒸発消えてゆく          拾いきれない文字の列うごめく蟻の列が行く霞み揺らめき流れの果は決して届かぬ綾なす秘義のチョットだけよのお披露目騒ぎアウシュビッツのそのまたあとに詩を書くことは野蛮であるか40度をこす気温のなかで書を読むことの蛮行をこそ問え             こうなりゃひたすら「松の実」だい [続きを読む]
  • 小売業の変遷とドラッグストアの激戦!
  •  私がこの地に住まうようになってから半世紀に及ぶが、なにせ当時は田んぼの中の一軒家、歩いて行ける範囲に買い物ができるところはまったくなかった。 結構離れた商店にまで車で出かけた。当時は路上駐車の規制が緩かったので、ちょっと留めて買物をし、また少し移動して別のものを買うといった具合であった。 やがて、都市化の波が郊外に及ぶに至って、ポツポツと小売店が現れ、ちょっと離れた場所には当時「市場」といってい [続きを読む]
  • 嗚呼! 柳ヶ瀬哀歌!
  •  久々に岐阜の中心街に出る。 街は静かだ。 平日ということもあって、私のようなジジババがちらほら。 かつて、休日ともなれば、ひとと肩触れ合わずして歩くことが困難だった日々を回想してみる。 あれは私の10代の頃だたから、もう60年前か。 美川憲一が「柳ヶ瀬ブルース」をヒットさせたのは1966年だからそれからももう半世紀以上になる。 古き良き思い出をもつ者にとって、時は残酷に振る舞うことがある。        [続きを読む]
  • 「モネ それからの100年」展とアメリカ村 
  •                先週のことである。白川公園内にある名古屋市美術館の「モネ それからの100年」展に行った。 予想していたより面白いものであった。そのコンセプトが、モネを印象派という共時的な時代のなかでみるのではなく、むしろ、没後100年近い現代から振り返って通時的に彼の仕事を位置づけようとするものだということは、そのタイトルからもわかっていたのだが、その展示方法を含め、その奥行きは想像以上 [続きを読む]
  • 牧野剛氏の墓所は濃尾平野の突き当りにあった。
  •  1960年代の後半のある日、畏友の須藤勝彦氏から、私たちの後輩、堀田英樹氏(当時現役の学生)が面白い店でバイトをしているから一緒に行かないかと誘われて、今池商店街からほど近い「壺」という飲み屋へ行った。  そこのママさんが個性的で面白い人で、その人と堀田氏などを巡る話をしだしたら長くなるので端折るが、その店のカウンターで、まだ学生服を着た(私も2年生ぐらいまでは学生服だった)現役の大学生が飲んでいた [続きを読む]
  • 信州上田は別所温泉 山本宣治ほかの活動家記念碑
  •  先月の信州の旅で載せていなかった情報などについてである。 かつて信州はいわゆる「左翼」の強い土地であった。ここでかつてというのは、戦前、戦中、そして戦後の一時期までのことである。 その一つの源流は、戦前の地主と小作という農業生産のあり方の中で、一方的に搾り取られていた小作人の農民運動にあった。その中から、タカクラ・テルや山本宣治などの活動家を輩出した。 真田の隠し湯といわれる別所温泉の一角に、彼 [続きを読む]
  • ついに舞台に立つ! フォルテピアノとフレンチジャズ 
  •  面白いコンサートへ行ってきた。 「ジャコバン国際ピアノ音楽祭 2018in岐阜 6月10日のマチネ・コンサートで まず前半は「フォルテピアノで聽く名曲たち」そして後半はフランスのジャズピアニストのソロ演奏というその組み合わせ自体が面白い。              フォルテピアノのリサイタルというのは初めてで、媒体を通じてではない生の音も初めてだ。当日の楽器はモーツァルトなどが弾いた時期から数十年下った1 [続きを読む]
  • ナンテンたってアイドル! 南天の唄
  •                ナンテンはとても強い植物で、知らない間にあちこちからでてくる。 さして広くないうちの庭(玄関先と居間の南側に少々)にも、ふと気づくとこんなところにという場所から生えてくる。 「難を転じる」という縁起担ぎもあり、また、生薬の原料でありそれ自身解毒作用があるということでそれなりに尊重してきたが、そのあまりにも旺盛な繁殖力に業を煮やして、ここ何年かは専守防衛の精神を発揮して [続きを読む]
  • ついに田んぼが見えなくなった! 私たちが隔てられてあるもの
  •  半世紀前、私が今の住まいに来た折、四方八方が田んぼであった。簡易舗装の道路の脇に、ポツネンと建ったわが家は、六、七月に周囲の稲が青々と風に波打つ折などには、絶海を往く孤舟のようであった。           やがて西方に、材木を収容するための倉庫が建ち、ついで南に隣接する田が埋め立てられて、一階は店舗、二階は住宅という三軒続きの長屋が建てられた。 それでもなお、東方と北方は田んぼが広がっていた。 [続きを読む]
  • 黒人問題などはない! 映画「私はあなたのニグロではない」を観る
  •  アメリカにおける「黒人問題」を題材にしたドキュメンタリー映画である。と同時にそれは決して「黒人問題」ではない。なぜかをみてゆこう。              悲惨な場面も出ては来る。激しい怒りの波もある。しかし、この映画はそれをもってして感情に訴えかけるアジテーションではない。あくまでも理性や対話に訴えかけるものとなっている。言ってみれば、人間への信頼に依拠しているといっていい。 しかし、問題が [続きを読む]
  • ある艶笑噺とわれらが首相
  •  むかしから語られている、少々えげつない艶笑噺をひとつ。 浮気がバレそうになった亭主と、それを追い詰めるかみさんの話です。 テは亭主、カはかみさんです。           カ「あんた、あの女と浮気したでしょう」 テ「そんなことはしてないよ」 カ「嘘おっしゃい。二人をラブホの前で見かけた人がいるのよ」 テ「たまたま前を通りかかっただけさ」 カ「中へ入っていったと言ってたわ」 テ「入ったことは入った [続きを読む]
  • 「中くらいの友だち」の一周年記念コンサート
  •  『中くらいの友だち』という面白い名前の同人誌がある。 ありていに言えば韓国で暮らす日本人と、在日韓国人との架け橋のような雑誌である。 日韓、あるいは韓日の間には、隣国だけあって深い歴史的経緯があって、ともすれば政治やイデオロギーとして語られる側面が多いのだが、ある意味では、それらを棚上げして、とりあえずは相互の文化交流のようなところに視点を据え、そこから見て考えたことを率直に表現するということが [続きを読む]
  • どっこい、生きている がしかし、手抜きの花便り
  •            私ぐらいの歳になると、一週間も日記を更新しないと、「とうとうあいつもくたばったか」といわれそうです。            こうやって書いている段には、「どっこい、生きている」という証拠なのですが、本当は自分の身辺におこった出来事に関して少し長い話を書きたくてその準備を進めてはいるのです。            にもかかわらずそれをちゃんと書けないのは、並行して某雑誌のための [続きを読む]
  • 「ゆるふわ鉄ちゃん」のゆるふわ思い出
  •  私は鉄道が好きだ。しかし、乗り鉄、撮り鉄をはじめ、やたらその歴史やメカに詳しいコアな鉄ちゃんたちがいるなか、私はそのどれにも属さないというか及ばないのだ。 乗るのも好き、眺めたり写真を撮るのも好き、六角精児のように車内で飲むのも好き、ただし、それを極めるために、わざわざ乗りに出かけたり、どこかの撮影ポイントに出かけるようなことはしない。ようするに怠け者なのだ。 だから自分のことを「ゆるふわ鉄ちゃ [続きを読む]
  • 南北首脳会談の重み それは私たちとも関連する
  •  やっとここまで来た。 いろいろ思惑絡みだとシニカルに見る人たちがいるが、そんなことは外交上当たり前のことなのであって、ともかくは戦後七〇年以上にわたって分断されていた人たちの代表がこうして同じテーブルに着いたことを素直に評価すべきだろう。 その成果は、消極的には、少なくともここしばらくは互いに軍事的な面での衝突はあるまいということであり、積極的には、これを契機に一挙に話し合いが進み、戦争状態の解 [続きを読む]
  • 居ながらにしての躑躅(つつじ)三昧
  •  この時期、わが家はツツジがこの世を謳歌している。 玄関先には赤いツツジが燃えるように咲き誇っているし、一階の居間の南側はガラス戸越しに白いツツジがまばゆいように咲いている。 その同じ木の高い部分はなんと私の2階の居室からも窓越しに見えるのだ。                       これは一階の居間からのもの 緑と白のカーテンになる この白い方は樹高は4mを越える。樹齢は40年以上である。 玄関 [続きを読む]
  • 日曜日の私的出来事二題
  • ■今季初、たけのこを買って湯がいた。 会席などに使う小さくて品のあるものではなく、地上にドッかと姿を表したものだ。そのうちでも小ぶりではあったが。 米ぬかひとつかみと、鷹の爪二本を入れて湯がくこと二時間。うまくアク抜きができたようでエグ味はまったくない。          薄皮の部分は、少し生姜を利かせた薄味の出汁で、おひたし風に食べるとほんのり甘みがあっておいしい。 生わかめも買ってきたので、若 [続きを読む]
  • これが現代ロシアの一面? 映画『ラブレス』を観る
  •  『ラブレス』とはなんと直裁的なタイトルだろう。 ひとつの家族の崩壊を描いている。ボリスとジャーニア夫妻は離婚を前提にしていて、既にそれぞれの恋人がいる。そしてその両者ともに、自らの新しい生活の「邪魔」になる12歳の息子、アレクセイを引き取ろうとせず、相手に押し付けあっている。 そのことをアレクセイは知っている。知って泣いている。             お互いが新しい相手ととのセックスシーンを演じ [続きを読む]
  • 私が若い頃には見たこともないハナミズキの歴史物語
  •  ソメイヨシノを追いかけるようにあちこちでハナミズキが咲いている。 この土曜日に行った岐阜県図書館の中庭では、ちょうど見頃の紅白のハナミズキが咲いていた。               このハナミズキは、いまや公園で、街路樹で、あるいは個人の庭園で、若い人たちには当たり前の光景になっている。しかしである、私のように古い人間にとっては、これほど多くのハナミズキを目にするようになったのは、せいぜい3、40年 [続きを読む]
  • 月見寺、隠れ城からの絶景に酔う 木曽三川紀行の最終章 
  •  桑名紀行の帰途であるが、養老山脈沿いに北上し、岐阜県は海津市へと至った。目指すはその養老山脈の中腹にある臥龍山行基寺である。 ここは、奈良時代、東大寺の大仏造営などに関わった高僧、行基入寂の地とあるが、主要な説では生駒山の近くで没したとあるから、これは異説の方であろう。ただし、木曽三川の洪水に苦しむ民のため、この地に寺院の造営を進言したのが行基であったということは事実のようである。        [続きを読む]
  • 「西郷どん」にまで及ぶ薩摩義士と多度大社の動物虐待?
  •  先般の桑名訪問の続きだが、昼食に桑名名物蛤のうどん御膳を頂いてから、次に向かったのが海蔵寺だった。  ここは知る人ぞ知る宝暦治水事件の一つの最終地点である。 宝暦治水事件の詳細は以下のWikiを見ていただく他はないが、宝暦三年、幕府は、最大の難工事といわれた木曽三川(木曽、長良、揖斐)各河川の改修工事を薩摩藩に命じたのであった。その背景には、次第に力を付けつつあった薩摩藩に対する警戒もあり、その力を [続きを読む]
  • 桑名紀行 六華苑・七里の渡し跡・蛤うどん御膳
  •  過日、歴史や故事来歴に詳しい人とともに桑名を訪れた。 桑名はこれまで何度も通ったことがあったが、いつも「通る」だけの通過地で、街そのものに足をとどめたことはない。 岐阜から大垣経由で、養老山脈に沿って南下する。山裾に早咲きの桜などが散見でき、のどかな山里の風情が広がる。                         桑名駅で名古屋から来た人と落ち合い、最初の目的地六華苑へ。 ここは、山林王とし [続きを読む]