武蔵宮 さん プロフィール

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武蔵宮さん: JNR-M
ハンドル名武蔵宮 さん
ブログタイトルJNR-M
ブログURLhttp://jnr-m.sblo.jp/
サイト紹介文北海道から九州まで、旅先で目にしてきた国鉄型機関車などの写真や、線路のある風景を載せております。
自由文国鉄時代の残り香を求めて、時に歩き、時に自転車をこぎ、何だかんだで北へ南へ。現役車両だけでなく、保存車両を探し、廃線跡を眺めて幾星霜。ちょっとした暇つぶしや旅のご参考になれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供366回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2016/02/01 19:50

武蔵宮 さんのブログ記事

  • 黎明期
  • 交通科学館の奥に置かれていたEF52-1。国産初の大型機ですが、半端な性能で高速運転に不向きだったため、1932年以降に旅客用EF53・貨物用EF10へ移行。当初は国内で常設展示されていた数少ない電気機関車でもありました。かなり窮屈な場所に置かれていたEF52でしたが、移転後には広々とした場所へ置かれました。90年前に造られた時代背景や開発系譜を思いながら見ると、感慨深いものがありますね。 [続きを読む]
  • カツカレー
  • 交通科学館の思い出と言うと、食堂車ナシ20-24で食べたカレーでしょうか。確か平日には弁当販売のみでしたが、土日だと調理室で用意したカツカレーがありました。廃車を逃れた唯一の20系食堂車で食べられる料理。そんなに食堂は混雑もせず、質的にも良いものではなかったですが、何と言うか味のあるカレーだったなぁと。京都移転後は調理をしなくなったようなので、もう食べられないんですね。 [続きを読む]
  • ホーム下
  • 交通科学館で保存されていたDF50-18。1号機が各地を渡り歩いて四国で保存されたのに対して、大阪で保存された18号機は最後まで四国を離れなかった1両。関東では全く見られなかった箱型車体、DD13とともに大阪の街を離れて津山へ移転しました。 [続きを読む]
  • 1967
  • 貨物支線の多かった関西では、裏方であり主役でもあったDD13。街なかで見られたDD13も、交通科学館閉鎖で津山へ移転。埋立地から線路が消え、名残の機関車も消え、街は変わり続けています。 [続きを読む]
  • セカンド
  • 大阪環状線弁天町駅の高架下にあった交通科学館。関東の子供にとって、いつか行ってみたい場所でした。大人になって訪れてから数年、少し手狭な博物館は姿を消してしまいました。保存されていた車両は梅小路と津山へ移転。あの時、津山機関区の扇形庫で見たブルーシートにD51-2が収まっていました。 [続きを読む]
  • 環状(外)
  • 大阪環状線の201系。東海道本線用で水色だった気がしますが、更新後に中央本線快速と同じ色に。大阪環状線では環状運転よりも乗り入れの方が多くなり、オレンジ色を見られる機会は減ってしまいました。 [続きを読む]
  • 外へ
  • 整備されて車庫から姿を現したEF65-1。長らく宮原機関区の車庫で眠りについていたようですが、博物館への移動を前に久しぶりの外へ。存在を忘れられかけていたトップナンバーですが、現在では京都の博物館で保存されています。 [続きを読む]
  • 出羽
  • 宮原客車区のオロネ24-4。秋田運転区に集中配置されていたオロネ24の1両で、他の車両が廃車になる中、関西へと流れ着きました。大阪の片隅で眠りについていた開放A寝台車、今では京都の博物館で展示されています。 [続きを読む]
  • 操車
  • 札幌行廃止後の「トワイライトエクスプレス」方向転換で忙しいDE10-1028。新大阪駅の西へ伸びる宮原客車区を中心とした車両基地は吹田操車場・大阪両側に連絡線で接続する要衝。新大阪駅のすぐ隣で、昔ながらの客車入換が行われていました。 [続きを読む]
  • 1975
  • 大阪行で最後尾のカニ24-10。青地にステンレス帯だった電源車も塗装変更されましたが、なぜか愛称表示の周りだけ登場時から変わらない白枠になっていました。 [続きを読む]
  • 往復
  • 札幌行から42分後、新大阪駅へ寝台特急「トワイライトエクスプレス」大阪行が到着。「トワイライトエクスプレス」は3編成あったので、繁忙期には毎日運転が可能でした。昼に出発する札幌行では、前日・同日2本の大阪行とすれ違っていた…というのも、もう過去の話ですね。 [続きを読む]
  • 旅客線化
  • 吹田操車場から片町線鴫野駅へ、さらに放出駅から関西本線竜華操車場へ向かう貨物線。かつて大阪環状線淀川電車区の隣にあった淀川駅も、この貨物線の途中から連絡していました。湾岸や阪和線の貨物列車が廃止され、百済駅への連絡のみで本数が減っていましたが、近年になって旅客線化が浮上。元から確保されていた複線用地を整備し、工事が進んでいるようです。新大阪駅付近では吹田操車場側につながっていましたが、新大阪駅へ分 [続きを読む]
  • 摂津
  • 大阪貨物ターミナル駅隣で保存されているEF15-120。EF65に追われて関西へとやってきた竜華機関区所属機で、阪和線・紀勢本線を走っていました。EF15が廃車になった国鉄末期には竜華操車場も機関区も消え、近畿南部に貨物列車も通らなくなり、ついに阪和線への連絡線も廃止。変わりゆく街の中、残ったのはたった1両の機関車。 [続きを読む]
  • 計画
  • 安威川沿いに造られた新幹線大阪第一運転所。新大阪側から入る形ですが、当初は貨物輸送も計画されていたため、東京側にも分岐が準備されていました。隣接する大阪貨物ターミナル駅。元は新幹線の貨物輸送を中継する計画でしたが、貨物輸送が実現しないまま、1982年にようやく開業。吹田操車場の北側から分岐した連絡線でつながっています。後から整備された吹田貨物ターミナル駅に近く、もしかしたら存続が危ういかもしれません。 [続きを読む]