武蔵宮 さん プロフィール

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武蔵宮さん: JNR-M
ハンドル名武蔵宮 さん
ブログタイトルJNR-M
ブログURLhttp://jnr-m.sblo.jp/
サイト紹介文北海道から九州まで、旅先で目にしてきた国鉄型機関車などの写真や、線路のある風景を載せております。
自由文国鉄時代の残り香を求めて、時に歩き、時に自転車をこぎ、何だかんだで北へ南へ。現役車両だけでなく、保存車両を探し、廃線跡を眺めて幾星霜。ちょっとした暇つぶしや旅のご参考になれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供366回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2016/02/01 19:50

武蔵宮 さんのブログ記事

  • 新田
  • 川崎貨物駅で入換中の神奈川臨海鉄道DD55-17。ここは民営化後に川崎貨物駅となるまで塩浜操車場だった場所。塩浜操車場の開業は1964年で、日本最大に膨れ上がっていた浜川崎駅の貨物を分散する形で浜川崎駅との区間のみ開通。多摩川の地下を通って東京貨物ターミナル駅へ向かう区間は1973年になってから。他の操車場と違って線路の多くが残っていますが、中央の仕訳線は再編されて原型をとどめていません。 [続きを読む]
  • 残景
  • 北袖駅に止まっている石油タンク車。工場の鉄道利用が多かった頃、京葉臨海鉄道の交換駅には化成品など様々なタンク車が並んでいました。今も残っているのは、他と同じくコンテナ車と石油タンク車のみ。専用線が減り、ほとんどの交換駅は通過点へと変わっています。 [続きを読む]
  • 村田
  • 京葉臨海鉄道の千葉貨物駅に止まるKD60-1。DD13タイプに変わって導入された臨海鉄道の新標準60t機。高速機関S6A3-TAで性能が強化されています。廃止された京葉線の千葉貨物ターミナル駅に代わる主要な拠点。駅名も千葉貨物駅に変わり、コンテナの玄関口となっています。 [続きを読む]
  • りんてつ
  • 大宮工場に検査で来ていたKD55-103。京葉臨海鉄道の主力機KD55には、DD13の独自発注型と国鉄で廃車となったDD13の編入車がありました。DD13-346だった編入車KD55-13は機関換装でKD55-103へ。50年以上の歳月を過ごして来たDD13は、鮮やかな青を纏っていました。 [続きを読む]
  • 過渡期
  • 蘇我駅から分かれる京葉臨海鉄道の主要品目は石油。タキ44000・タキ43000・タキ1000と同じシルエットながら大きさの違うタンク車が連なっています。先頭のKD55-201はDD13タイプの55t機で最も新しい1995年製。増強型機関DMF31SDI搭載で外観も角形ライトに改良されましたが、時代は変わり、後の新型は別の60t機へ変わりました。 [続きを読む]
  • 本千葉
  • 海の上に立つ高架橋を埋め尽くす貨物列車。京葉線には新旧の石油タンク車が集まります。400m内陸にある外房線の本千葉駅が最寄り駅。京葉線もなく水運が盛んだった頃、船溜まりは旧市街の玄関口だったのかもしれません。 [続きを読む]
  • 1106
  • 花に彩られた晴れの日。寝台車を引くEF65-1106。東京機関区があった頃に何度もあったEF65-1000番台とオハネフ25-200番台の組み合わせ。機関区も寝台特急も無くなってEF65は裏方になり、オハネフ25は耐寒改造されて行先を九州から北海道へ変え、最後には訓練運転だけとなった組み合わせも姿を消してしまいました。 [続きを読む]
  • 1103
  • 信号待ちで道路のすぐ脇に止まった、手の届きそうな距離の青い車体。ちょうど40年前に東京機関区へ配備されたEF65-1103。西へ向かった数々の寝台特急も、東京機関区も、もうありません。 [続きを読む]
  • 並走
  • 東飯能駅で並ぶ八高線と西武池袋線。南へ向かう八高線に対して、西武鉄道はここから西へ曲がって行き止まりの飯能駅へ。東飯能駅から直進して飯能駅で折り返さない連絡線も計画されましたが、西武秩父線からの貨物輸送が低迷していたため、実現せずに細長い空き地のまま。市街地を蛇行する鉄道は時代の生き証人かもしれません。 [続きを読む]
  • 侘び寂び
  • 7本もあった高麗川駅の側線は留置線に転用された2本を残して切られています。草むらの向こうに残っていた転車台も既にありません。侘しさの漂う広い駅、街の玄関口として変わる日は来るのでしょうか。 [続きを読む]
  • 高炉の町
  • 草に埋もれた側線の彼方にそびえるセメント工場。少し前まで高麗川駅から600mほど離れた日本セメントへ専用線が繋がっていました。寄居経由の秩父鉄道、拝島経由の青梅線から高麗川駅へ石灰石が搬入され、セメントは川越線経由でも出荷されていました。石灰石輸送の盛んだった東武鉄道とは工場の反対側にあった専用線で越生線に接続。周辺ではセメントを中心とした鉄道網を形成していましたが、既に全ての貨物輸送が廃止。高麗川駅 [続きを読む]
  • 日高
  • 山手線を回り続けていた205系は姿を変えて、高麗川駅で埼玉県最後の非電化路線と連絡。電車も本数は少ないのですが、ディーゼルカーの方はさらに本数が少なめ。関東平野西部の街を結んでいますが、都心へ向かう近隣の私鉄とは大きく差があります。 [続きを読む]
  • 乗り換え
  • 国鉄末期までタブレット交換をしていた川越線は東北新幹線建設を機に電化。続いて八高線の高麗川以南も電化されて電車が直通していますが、北側は非電化のまま。埋立地を走っていた通勤電車とワンマンのディーゼルカーが並ぶ光景。いつ見てもアンバランスです。 [続きを読む]
  • 途切れた道
  • 川越線と八高線の接続する高麗川駅。石灰石とセメントの集散地だった時代も過ぎ去り、使わなくなった信号機と途切れた線路が目立ちます。貨物用の側線を再利用した留置線には、転用された通勤電車の姿。 [続きを読む]