小梅日記 さん プロフィール

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小梅日記さん: 小梅日記
ハンドル名小梅日記 さん
ブログタイトル小梅日記
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/koume87
サイト紹介文主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解きます。
自由文旅日記や万葉集、百人一首などもあります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供90回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2016/02/16 17:16

小梅日記 さんのブログ記事

  • 三月二十二日
  • 三月二十二日 風呂を焚く。三浦公へ行く。塩路と高柳が来て、あす、西の店へ牡丹を見に行かないかと誘う。同意する。それからは羽織を洗い、半着縫いと大いに忙しくしていると酒井省安が来た。今年初めてなので一杯出す。幾太郎の話となる。雄輔に灸点を頼む。ところが夜になってからすえようとした跡に来た。12時前に小梅は風呂に入った。 [続きを読む]
  • 三月二十日、二十一日
  • 三月二十日 大いに雨が降る。下駄の歯を入れさせる。今日は左氏の会で皆がきた。主人は二日酔いで気分が悪そう。竹田もきて、ブラリを取る。1匁。三月二十一日 おおいに快晴する。学校当番だ。その後に三箇所に行く。雨夜中。善之助主が雄輔に灸点を教えに来る。あり合わせで一杯出す。小出蔵助が潮路へ行くにつき挨拶にくる。塩路は雪駄を持参して下駄を取りに来た。 [続きを読む]
  • 三月十九日
  • 三月十九日 くもる。塩路嘉一郎が来て今日の昼過ぎにおいで下さいという。昼過ぎに鉄助が誘いに来た。連れだって行き夜の十時前に帰宅。おおいに接待されたそうだ。秋月と鉄助が送ってきて秋月はすぐに帰った。大雨となる。塩路から二重寿司や取口を家内に贈られた。糸を染めにやったら前田から状がきた。覗いてから安兵衞を梅本に持たせてやり、直覚へ木綿を一丈取りに行かせる。伊佐の分は帯にするそうだ。 [続きを読む]
  • 三月十八日
  • 三月十八日 くもる。柴やが柴6荷持参。18匁5分の掛け。朝、廻状を岩橋へ持参する折、沼野へ寄って紀州名所など10冊返した。浅草海苔10枚送る。田中店から酒1升とる。塩路が来て明日の午後から来て欲しい。家内にも言ってくれよとのこと。 [続きを読む]
  • 三月十六日、十七日
  • 三月十六日 今日から手紙が来る。勝二郎から八百助小皿を持ってくる。防風と夏めばる3。三月十七日 おおいに天気は吉。2時頃から三浦公へ行く。帰りに出口と田中へいく筈。6時過ぎに帰った。廻状が来た。これは公方様の思し召しを以て中将様の御忌日は今月の12日で解けたとのこと。虎之丞からあん餅。 [続きを読む]
  • 三月十五日
  • 三月十五日 おおいに快晴する。今日は登城の筈だったが行かない。左氏の会の連中が来る。左氏の会では去年で仕回り終わったのでこれからは後漢書を読む筈。富永、山本、田中、佐川が来る。栗山は来ない。田中が後に残り一盃出す。真善も4時頃くる。ともに一盃だす。10時過ぎに帰る。千太郎は向井川へ遠藤蔵主と共に呼ばれたそうだ。餅を少々土産にくれる。八百助がわけぎをくれた。棒屋がきて虎之丞をあつらえる。ともに酒を飲ま [続きを読む]
  • 三月十四日
  • 三月十四日 左氏の会。竹田源右衛門が初めて会に来た。魚三尾と状ふうしを七つくれた。松下寿代がおつぎを連れてくる。酒を出す。夕方に帰る。安兵衞もうえにきて布を貼る。昨日の傘を楠本屋に返しにいさをやる。酒を北町の田辺屋で取りあり合わせの切手で払う。 [続きを読む]
  • 三月十三日
  • 三月十三日 学校当番で午後から出かけた。虎之丞が江戸絵を6枚持って来た。京都の前田へ手紙を出す。岩橋で一杯のみ、滝本へ行く。楠本屋にも行く。雨が降り出し傘と下駄を借りた。 [続きを読む]
  • 三月十一日、十二日
  • 三月十一日 くもる。小雨降る。お金の家に母君が行った。蚊帳のことを頼む。羊羹一本持参して丸山へ雄輔が取りに行く。いさがちしゃを沢山持ち帰る。三月十二日 三浦公から今日稽古(出張教授)に来るようにとのことだったが、主人は体調が悪いので十七日からと申し上げた。丸山へ約束の詩を持参したが風邪だとかで逢えなかった。帰りに林良泰方へ行く。薬三服貰った。岡崎屋で太刀魚とホウボウを取る。 [続きを読む]
  • 三月十日
  • 三月十日 小雨が降る。夜は大雨となった。小梅、雄輔、久野らで金比羅に参った。いさを連れて帰る。虎之丞も同道。鈴木正五郎にもらったうるか(鮎の内臓の椎漬け)を残す。せんべい代は30文。今日は御法事が済みご機嫌。夏の帷子着用で総登城なれども主人は行かず。塩路、高柳らが来たが14日に延ばす筈。沼野も来る。布目だし。出口が虎之丞にこぼれ梅を持たせ寄越す。 [続きを読む]
  • 三月七日、八日、九日
  • 三月七日 天気良し。今日から本を読みに来る。4時頃に内田が来た。浅草海苔20枚持参。弓の稽古があるとのこと。夜、久野、続いて浅之助がきた。肴を取り寄せ酒を出す。少々、雨が降った。三月八日 三月九日 くもる。10時頃に了吉がきた。机、挟箱、手道具などを取りに来たのだ。酒を出す。と、沼野正五郎もきた。一緒に?んだが昼前に帰った。沼野は吉野紙三束、羊羹一本を持って来た。三月九日 くもる。 [続きを読む]
  • 三月六日
  • 三月六日 観如院様ご逝去で停止となっていた普請が解禁となった。鳴り物停止は14日まで。寒い。炬燵をまた拵える。夜、野上省安から書状が来た。主人は返事を書く。安兵衞が朝すすめのことで来た。酒飲ます。夏目が4時頃きてたので酒飲まして正住寺へ提灯を返しにやった。畳のことも頼んだ。かせ(綿糸)に糊をする。 [続きを読む]
  • 三月五日
  • 三月五日 天気良し。少々寒い。遠藤蔵主方へ若狭の小鯛五つを取りにやる。三井八郎右衛門から来る内に二つくれた。虎之丞は昼頃に帰った。出口の隠居は風邪気味。ご新造も気分が悪いそうだ。今夜から糸染めがくる。味醂粕漬け一重〈重箱〉が内田からきた。 [続きを読む]
  • 三月四日
  • 三月四日 曇る。雨の降らない内にと2時過ぎに久野が帰る。虎之丞も松枝も行く。夕方、いさが帰る頃から降り出し8時頃は大降りとなってあちらこちらが雨漏りする。が、すぐに雨は上がった。観如院様ご逝去のため禁止されていたきたる6日から普請しても良いとのこと。同じく14日から鳴り物も苦しからずとの布令。この廻状は岸から来て岩橋へ回した。2月29日に出した状がくる。若狭で小鯛三尾上がる由。 [続きを読む]
  • 三月朔日、二日、三日
  •  三月朔日 晴れてよろしき天気なり。野呂清吉が来て酒を出す。安兵衞もきた。今日も明日も総登城ながら主人は行かず。夜、塩路嘉一郎が来た。筍を三本持参。酒を一盃だす。北丁へ一升取りに行き雨が降り出す。三月二日 極上の天気なり。三月三日 おおいに快晴する。ゆるやかなり。さて今日はお茶事が停止でみな淋しく梅本へみなで行った。また、みなでうちに来る。となりの亀も安兵衞、房吉ら皆が来た。夜は鷺の森へ参った。 [続きを読む]
  • 二月二十九日
  • 二月二十九日 正住寺へ桜花見に行く。小梅は妙宣寺へ参る。まず出口と田中に寄る。久野も同道して2時過ぎに正住寺に着いた。主人は藩校の当番で出勤したが終了後に直ちにやってきた。桜の花は未だ満開に至らない。田中忠左衛門夫婦子ら四人と滝本源三郎と先に来ていた。夕方には送礼があって、是はまた珍事だと見物した。さてさてものの哀れを感じて気分がよろしからず八時頃に帰った。魚三匹買ってきて一つ?む。出口で出がけに [続きを読む]
  • 二月二十七日、二十八日
  • 二月二十七日 おおいに快晴。昼過ぎに虎吉がくる。今日は真善の方で花見があると昨日呼びに来た。酒券2枚持参して行き夜更けに帰った。雄輔も招かれたが行かなかった。市川左内、武之丞らが同座し、木村熊太郎来る。二月二十八日 風呂焚く。今年初めての左氏の会が行われ皆々くる。守谷、覚円寺、鉄介だけがこないだけ。終わってから一盃出し、夕方帰った。 [続きを読む]
  • 二月二十六日
  • 二月二十六日 直川へ参る。小梅、雄輔、久野、虎吉、万次郎、いさ等。風が立つ。4時過ぎに帰る。主人は雄輔のことで有馬に行った。随分快く請け合ったそうで大いに酔って帰る。マンボウが日高で獲れたのを貰ったとか料理にして出されたそうだ。脂気なく吸い物はかんてんのようだったという。夕方に虎吉が帰った。 [続きを読む]
  • 二月二十五日
  • 二月二十五日 弘太郎がくる。雪駄をとられる。左氏の会は旧年中に読み仕舞ったのだがまた今日から始める。書は何を読むのか。今晩から内田虎吉が寄宿したいという。このことはいさにも言う。雄輔が仏参で寄ったのでこのことを告げると請け合う。内田から魚一籠が届いた。鯛2,トリ貝5。雨が降り出す。夜、久野と虎吉が来る。左氏の会は今年初めてなので富永、栗山、田中がくる。終わってから一杯だす。帰る段になって雨が降って [続きを読む]
  • 二月二十四日
  • 二月二十四日 風があった。小梅は直川参りで2時過ぎに帰った。桜は未だ蕾。世間は活気なくて直川も参詣人は十四人ほどだった。※直川参り本恵寺 直川観音 1300年前に役行者が開いた寺。現在も六十谷から山道を登っていく「墓の谷」として参詣人や登山の人で賑わっている。小梅の家はお城の見える釘貫町にあるので紀ノ川を渡りかなりの距離がある。昔の人は健脚だったと改めて感心。  [続きを読む]
  • 二月二十二日、二十三日
  • 二月二十二日 おおいに快晴。雄輔は吉田に二度も行く。また、百武へ細工のことを頼むことがあってその間に聞きに行った。主人は三浦殿へ教えに行く。母君が仏参に出かける所へ鈴木左衛門が三浦殿からの断りの手紙を持参。二月二十三日 快晴する。吉田法連寺の真善から使いがくる。揚げ物、みき、菓子が贈られた。勿論、お礼は納められる。夜。雄輔は金比羅へ詣り、片原へも行く。安兵衞がきたのでヘッツイを見にやる。五つで十八 [続きを読む]
  • 二月二十日、二十一日
  • 二月二十日 天気良し。八百屋で金壱分を崩す。札八枚を受け取りあとは明日とのこと。二月二十一日 曇る。田中の直吉をいさが送って行く。10時頃にでて2時頃に帰った。のぞき(?)を借りてきた。これはお蔵まちの所持品とのこと。その時、遠藤蔵王主の養子の音七を初めて連れてくる。足袋と吉野紙一束を持参。主人は学校当番を済ませて栗山へ行くが留守だったので直ぐに帰った。昼過ぎに善之助らがきた。塾の当番。酒販を出す。 [続きを読む]
  • 西国六番 壺阪寺 南法華寺
  • 西国六番 壺阪寺  壷阪山南法華寺ご本尊 十一面千手千眼観世音菩薩開基  弁基上人(真言宗元興寺の高僧)ご詠歌 岩をたて水をたたえて壺坂の 庭のいさごも浄土なるらん万葉のふるさと大和三山と奈良盆地を一望できる壺坂の山の上にある。歌舞伎や浄瑠璃でよく演じられる、おさわ、沢一の「壺坂霊験記」の舞台でもある。山全体が境内なのか、とにかく広い。仁王門から入り、礼堂、多宝塔、大講堂、慈眼堂など坂道を登ったり [続きを読む]
  • 西国七番 岡寺
  • 西国七番 東光山 龍蓋寺 岡寺ご本尊 如意輪観世音菩薩開基  義淵僧正ご詠歌 露岡寺の庭のこけ さながら瑠璃の光なりけり明日香の岡の上に建つお寺。近くには飛鳥寺、甘樫丘、板葺宮跡など古代史好きにはたまらない場所が散在している。数年前にレンタサイクルで巡ったがどこも素晴らしかった。この岡寺は草壁皇子が開祖の義淵と共に育てられた別荘だった。草壁皇子は天智天皇と持統天皇の皇子で27才で亡くならなければ天 [続きを読む]
  • 西国八番 長谷寺
  • 西国第八番 豊山 長谷寺ご詠歌  いくたびもまいる心ははつせでら 山も誓いもふかき谷川ご本尊 十一面観世音菩薩開基  徳道上人朱鳥元年(686)に天武天皇の病気平癒を祈って道明上人が「銅板法華説相図」を初瀬山の西の岡に安置したことがはじまりとされている。その後、神亀四年(727)に徳道上人が聖武天皇の勅願によって十一面観世音菩薩をお祀りした。徳道上人は観音信仰に厚く西国三十三所霊場を開いた人でこの長谷寺 [続きを読む]