じゃがいもピザ さん プロフィール

  •  
じゃがいもピザさん: 二人のユダ
ハンドル名じゃがいもピザ さん
ブログタイトル二人のユダ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/jagaimopiza
サイト紹介文一人は革命家のユダ。一人は乞食に売られたユダ。ともにイエスの弟子となった二人のユダの絶望と裏切り。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供118回 / 151日(平均5.5回/週) - 参加 2016/02/19 08:16

じゃがいもピザ さんのブログ記事

  • 第13章 メトセラがいない その1
  • メトセラの爺さんがいない。エルサレムの街を後にする時に気がついて、確かめると朝から誰も姿を見ていないらしい。ヨハネに頼まれて、Qはアンデレと二人でメトセラの爺さんを探すことにした。来る者は拒まず。去る者は追わず。いわば出入り自由のイエスの弟子たちであり、ある日、誰それの姿が消えるなど珍しいことではなかったが、昨日までのメトセラにそんな気配はなく(神殿での一件以降、頻繁に何処かへ出かけているらしいこ [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その10(最終)
  • Qは慄(おのの)いていた。胸が震え、足が震えていた。イエスが「空は“神の神殿”の天蓋である」と宣言したとき、Qは天が誇らしげに瞬いたような気がした。イエスが「海は“神の神殿”の廻廊である」と宣言したとき、Qは見晴るかす地中海から、どーん、どーんと勇ましげな海鳴りが聞こえたような気がした。そしてイエスが「大地は“神の神殿”の祭壇である」と宣言したとき、Qは大地が嬉しさに身悶えしたような気がして、Qの [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その9
  • 「空を見よ!」 イエスは宣言した。「空は“神の神殿”の蒼穹の天蓋である。 日輪を導いて人々に活気を与え、夜は星屑を散りばめて人々の心を慰める」「海を見よ!」 イエスは宣言した。「海は“神の神殿”を巡る碧き廻廊である。 すべての命の母たる海は神殿に集う人々を懐深く抱擁する」「大地を見よ!」 イエスは宣言した。「大地は“神の神殿”の大いなる祭壇である。 樹々は諸手を伸ばして神を迎え、花々は神の座を華や [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その8
  • 小高い丘を這い登ってくる嘲笑や悪罵に背中をかき乱されて、Qはどうしていいか解らなかった。どんな顔をすればいいのか解らなかった。振り返って、イエスを嘲弄する者たちを睨みつければいいのだろうか?それとも落ち着いて“神の神殿”が見える振りをすればいいのだろうか?不安にかられてQは仲間たちをキョロキョロと見回した。が、周りには新参者が多いせいか、Qの視線は同じように不安そうな視線とぶつかるばかりだった。そ [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その7
  • イエスは小高い丘を登った。風に潮の臭いが混じり、遠くに碧く地中海が見えてくる。頂上付近でイエスは群衆を振り返ると、大きく両手を広げ、そして宣言した。「見よ、これが神の神殿だ!」だが、そこには何もなかった。イエスが広げた両手の間には何もなかった。Qがどんなに目を凝らしても、そこには水晶の廻廊も黄金の礼拝堂も見つけることはできなかった。ぞくりとした。まさか、これでは能面の祭司長の思う壺ではないのか!? [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その6
  • イエスに従いながら、Qは何も心配していなかった。エルサレム神殿を「ちっぽけでみすぼらしい」とイエスが言い放った時はさすがに驚いたが、イエスが口にしたことは必ず実現する。この聖地で奇跡が起きるのだと、むしろ胸は高鳴っていた。澄明な水晶か、無垢の黄金かで出来た、山のように巨大な“神の神殿”が人々の前に顕現することをQは確信していた。イエスはどんどん歩いて行く。「いつまで歩かせるつもりかね」「どこまで行 [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その5
  • それからしばらく祭司長との間に神学論をまじえた応酬が交わされたのちに、イエスは人々を引き連れてエルサレム神殿を出た。弟子たちが続く後に、祭司長と祭司たち、商人たちが続き、時ならぬ論戦を見守っていた中庭の群衆たちもその後をぞろぞろとついて行った。神殿とその維持費の必要性に固執する祭司長に、イエスは「神の神殿はすでにある」と一蹴し、すかさず祭司長が「ならば我々にも、その神の神殿を見せていただきたい」と [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その4
  • 「ならば、神殿など潰してしまえばいい」Qたちを背後に控え、イエスは凛然と言い放った。その左右には、ペテロとアンデレの兄弟が力こぶを見せつけるようにしながら腕組みをして祭司長と憤懣やるかたない商人たちを睨みつけていたが、もちろんその威を借りるイエスではないことは蛇足ながら付け加えておこう。「おやおや。神の使いの預言者が神殿を否定されるとは??。引っ込みがつかなかくなったとはいえ、ずいぶん無鉄砲なこと [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その3
  • エルサレム神殿。聖地の中心街を廻廊で矩形に縁取り、白い大理石の壁と広い階段と天井を支える無数の円柱を幾何学的に組み合わせた、見上げるばかりの壮大な美しい神殿である。そこかしこに黄金の祭具が散りばめられた、その中庭で、イエスの一行と祭司長たちが向かい合っていた。「浮世離れも度が過ぎますよ、預言者殿」ひょろりと背の高い祭司長は笑顔を浮かべながら言った。しかしそれは能面に笑い皺を刻んだような代物で、腹の [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その2
  • イエスのそんな荒っぽい振舞いを見るのは初めてで、Qたちが呆気(あっけ)に取られている時、すぐに動いたのはペテロとアンデレの兄弟だった。奇声を上げながらイエスの先回りをするように山と積まれた生贄の鳥籠を台から落とし、両替商たちの机を片っ端からひっくり返す。「おりゃあ!」水を得た魚のようにと言ってもいいのかもしれない。漁師で鍛えられた兄弟の赤銅色の筋骨が久々の力仕事に活き活きと躍動しているようにさえQ [続きを読む]
  • 第12章 イエスキリスト、神殿に吠える。その1
  • それから彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、宮の中で売り買いしている人々を追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛を倒し、また宮を通り抜けて器具を運ぶことを誰にもお許しにならなかった。そして彼らに教えて言われた。「『私の家はすべての祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのにあなた方はそれを強盗の巣にしたのです」祭司長、律法学者たちは聞いて、どのようにしてイエスを殺 [続きを読む]
  • 第11章 Qに訪れた小さな奇跡 その5(最終)
  • そしてもう一人のユダ、熱心党員のユダは大袈裟なぐらい感激し、手を取らんばかりにQに感謝してみせた。「そうですかあ。貧しい人の気持ちは貧しい人でも解りませんかあ・・・・・・」言われてみればそうですよね。ほら、よく言うでしょ?男の気持ちは男でなければ解らないし、女の気持ちは女でなければ解らない、って。あれって嘘ですもんね。同じ男でも何を考えてるか解らない男はいっぱいいるし、それは女性の場合でもそのはず、同じ [続きを読む]
  • 第11章 Qに訪れた小さな奇跡 その4
  • この奇跡がイスカリオテのユダの胸倉を掴んでキレたことの副産物なら、ワリを喰ったのもそのユダだっただろう。強引に会計係になったユダがしばしば浄財をくすねて酒を買っていることが、半ば公然の秘密化しながら、誰も面と向かって注意することがなかったのは(前述したように)イエスとその一行の間では仲間を疑うことは禁忌となっていることと、そしてもう一つは乞食の稚児に売られたというユダの憐れな境遇に遠慮があったこと [続きを読む]
  • 第11章 Qに訪れた小さな奇跡 その3
  • マリヤはまだ懸命に言い訳を探している。顔を真っ赤に染めて。Qは何も言わないでいた。助け舟になるようなことは何も言うつもりはなかった。だって楽しいから。美しくて、賢く、そして気品も漂うマグダラのマリヤを、まさか揶揄(からか)える日が来るなんて!これは奇跡だ!とQは思った。何十年と顔面に貼りついていた“貧相”が、ある日どこかへ行ってしまったことなんか別にどうだっていい。マリヤのような素晴らしい女性を、 [続きを読む]
  • 第11章 Qに訪れた小さな奇跡 その2
  • 《Qに訪れた小さな奇跡 前回の投稿》 今日はいい日だ。イエスとのことを別格にすれば、今日は人生最良の日かもしれない。顔を真っ赤に染めて小さく首を振るマリヤを見やりながら、Qは思った。ユダの胸倉を掴んでわめき散らして以来、その街にイエスが逗留している間マリヤは姿を見せず、今日新しい街に入ったその夕暮れにQは久し振りに宿舎を告げるその甘い息に包まれたのだった。一週間振りくらいになるだろうか。とりあえず [続きを読む]
  • 次回から《二人のユダ》を再開します。
  • この物語もそろそろ佳境。イエスに神殿で吠えさせた後は怒涛の如く最後の晩餐へとなだれ込む腹積もりですが、その前にちょいとお断りを??時空列を軽くすっ飛ばし、利己的遺伝子論との対決や、エホバの証人との対決など、これまで好き勝手に書いてきたわけですが、以後はさらに時系列までいじってしまいます。《二人のユダ》と題しながら今まで余り出番のなかった創作キャラ・熱心党員のユダが最後の晩餐の日にイエスと大激論を交 [続きを読む]
  • とりあえず、お詫び・・・・・・
  • すみません。「突然ですが・・・・・・」を不格好な〆にしてしまいました。神智は人知を凌駕する。人を活かすはずの“真理”がなぜ人を殺させてしまったのか。この二律背反(アンビバレンツ)を止揚(アウフヘーベン)してみせれば何とか格好もついたと思うんですが・・・・・・でもそれはやっぱり禁じ手なんですよね〜ものを考える力を養うせっかくの好いテーマであることが一つと、カルトから目を覚まさせる手段のはずが、解答を晒してしまえ [続きを読む]
  • 突然ですが、麻原彰晃の死刑執行について思うところがありまして その14
  • 異能力を求めて、麻原彰晃の異能力に出逢い「(再会の約束を天界でした救世主とその弟子なのに)こんなにも参じるのが遅くなってしまいました」と詫びるような思いでオウムに入信した林郁夫であったが、それでも目を覚ます機会は何度でもあった。運命的な出会いをした恋人同士でも何気ない一言で百年の恋も醒めるように、不可思議な力を備えてはいても、その正体は社会に復讐を期す“鬼”の異能力だったと林郁夫が気がつくチャンス [続きを読む]
  • 突然ですが、麻原彰晃の死刑執行について思うところがありまして その13
  • とはいえ、筆者は麻原彰晃と面識はない。オウムの支部に行ったこともなければ、シャクティーパットを体験したこともない。言ってみれば、麻原の命懸けのヨガ修行やそれに伴う異能力などすべては伝聞。それもオウムサイドの宣伝を鵜呑みにしているだけだと批判されても仕方がないところだろう。しかし筆者には一つのエピソードが魚の骨のように喉にひっかかっているのである。件(くだん)のシャクティーパットのものだ。横になった [続きを読む]
  • 突然ですが、麻原彰晃の死刑執行について思うところがありまして その12
  • 閑話休題。密教系の新興宗教・阿含宗に林郁夫はしばらく通いつめていたが、やはりここも見限ってしまう。管長の桐山靖男が「自分も死ぬ前には悟りを開けるだろう」などと、うっかり本音を漏らしてしまったために。「管長でさえそんな心許ない状態なのに、どうして弟子たる自分が悟りを開くことができるだろうか?」打ちひしがれて阿含宗を去った林郁夫は、ここで最悪の選択をする。以前からその存在は知ってはいたが、谷底を覗き込 [続きを読む]
  • 突然ですが、麻原彰晃の死刑執行について思うところがありまして その11
  • もののついでに、林郁夫が「仏典のどこにも残されていなかった」と嘆いた“悟り”を開くための修行法についても、ざっと説明しておこうかな。前述したとおり、仏典に修行法が残されていないはずがありません。では最初期の仏典の中で、釈尊の弟子たちはどのような一日を送っていたのかというと、朝、托鉢に出かけて一日一食の食事を済ませれば、あとは終日、洞窟や、樹の下や、僧房や、精舎の中で(あえて言うなら、のほほんと)坐 [続きを読む]
  • 突然ですが、麻原彰晃の死刑執行について思うところがありまして その10
  • おっと、補足。“凡夫”とは書いたけど、それはあくまでも仏教界から見てのこと。実際には、出家者が我ら俗世に住む者と一ミリでも優れているというわけではありません。釈尊がどれほどの偉業を成し遂げたかといっても、しょせんは世捨て人。義務も責任も放棄して城を出た、社会的な立ち位置は公園のホームレスとそう変わりはないのです。そんな仏教界が我々を“凡夫”と呼ぶとき、それはいぎたなく眠る公園のホームレスが「寝るよ [続きを読む]