むぎ さん プロフィール

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むぎさん: むぎの城さんぽ
ハンドル名むぎ さん
ブログタイトルむぎの城さんぽ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/mugiide
サイト紹介文日本百名城や史跡・城郭めぐりの旅の記録と日本城郭検定の問題でお城の勉強をしよう!という日記です。
自由文日本城郭検定準1級〈武者返級〉合格。1級合格目指しブログを通して予習復習しながら勉強中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供203回 / 365日(平均3.9回/週) - 参加 2016/02/20 05:52

むぎ さんのブログ記事

  • 平賀城(長野県)
  • 平賀城(ひらがじょう)別名 龍岡城構造 山城築城者 平賀義信築城年代 不明指定史跡 県指定史跡場所 佐久市平賀城平【 地図 】武田氏の佐久侵入は1504年〜1520年(永正年間)であり、その時には佐久には平賀城(笠原氏)、岩尾城(大井氏)、望月城(望月氏)、芦田城(芦田氏)など20余の城が存在していました。1541年(天文10年)諏訪口と佐久口の両方から武田晴信の信州攻略がはじまりました。佐久郡の [続きを読む]
  • 大戸関所(群馬県)
  • 大戸関所(おおどせきしょ)設置 1632年(寛永8年)廃止 1868年(明治元年)9月場所 吾妻郡東吾妻町大戸【 地図 】大戸関所は信州街道の要点をおさえる場所として重要な関所でした。草津温泉をはじめとする湯治客や善光寺参りや武家商人の荷物、各地の産物の輸送路とされていました。この道は江戸と北信州を結ぶ最短距離で中山道を凌ぐほどの活気を呈した街道にありました。関所の門関所の通行の門限は、明六つから [続きを読む]
  • 成田氏館(埼玉県)
  • 成田氏館(なりたしやかた)別名 −構造 平城築城者 成田助高築城年代 1053年(天喜元年)指定史跡 市指定史跡場所 熊谷市上之545【 地図 】藤原鎌足の子孫、藤原道宗の子である助高が成田の地に館を構え成田氏を名乗りました。成田氏は「関東八家」と称されるほど勢力を拡大し、成田親泰が忍城城主になるまでの四百年間をこの館で過ごしました。「のぼうの城」でおなじみの成田氏の館跡です。標柱道沿いに標柱。そ [続きを読む]
  • 岩尾城(長野県)
  • 岩尾城(いわおじょう)別名 琵琶島城・藤ガ城・藤ヶ城構造 平山城築城者 大井行俊築城年代 1479年(文明11年)指定史跡 県指定史跡場所 佐久市鳴瀬岩尾【 地図 】佐久郡大井庄の地頭大井氏の支族大井行俊によって築かれた平山城で城主の平常の居館と戦時の軍事的防塞として使用されていた城です。遠景平地から一段上がった高台に岩尾城跡があります。高岩寺再興予定地ナビの案内で連れて来られたのはここでした。本 [続きを読む]
  • 西城(埼玉県)
  • 西城(にしじょう)別名 長井城・西城城構造 平城築城者 藤原道宗築城年代 平安時代末期指定史跡 −場所 熊谷市西城長安寺1142【 地図 】斎藤実遠が武功を上げたことで源頼朝から長井庄を与えられ、西城を築き長井斎藤氏の祖となりました。1478年(文明10年)7月17日に太田道灌に鉢形城を攻略された鉢形城城主の長尾景春は、鉢形城を捨てて敗走。各地を転々とし、斎藤氏に受け入れられ長井城(西城)に一時避 [続きを読む]
  • 栗橋城(茨城県)
  • 栗橋城(くりはしじょう)別名 古河旧城構造 平城築城者 野田右馬助築城年代 1457年〜1460年(長禄年間)指定史跡 −場所 下総国猿島郡五霞町元栗橋【 地図 】室町時代に鎌倉北条氏照氏がここ北関東の一帯を上杉謙信から守りぬくために支城として築城させたものであるといわれています。天正18年まで北条氏の拠点として機能し、小田原合戦の後に廃城となりました。法宣寺法宣寺の裏に虎口、「七曲がり」と呼ばれ [続きを読む]
  • 江田館(群馬県)
  • 江田館(えだやかた)別名 上江田城構造 平城築城者 江田頼有築城年代 1210年(承元4年)指定史跡 国指定史跡場所 太田市新田上江田町924【 地図 】鎌倉攻めに従軍した江田行義の館であったと伝えられ、戦国時代には金山城主横瀬氏の家臣矢内四郎左衛門が館を拡張して居館としたと伝えられています。周囲には黒沢屋敷、毛呂屋敷、柿沼屋敷と呼ばれる郭があり、反町館跡と同様に戦国時代に城郭化されたと推定されて [続きを読む]
  • 丸岡城(福井県)
  • 丸岡城(まるおかじょう)別名 霞ヶ城(かすみがじょう)構造 平山城築城者 柴田勝豊築城年代 1576年(天正4年)指定史跡 国指定史跡 国重要文化財内部撮影 可場所 坂井市丸岡町霞町1−59【 地図 】丸岡城は、戦国時代の1576年(天正4年)一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の勝豊に築かせた、現存天守閣では最古の建築様式を持つといわれる平山城です。外観は二層、内部は三層の望楼型天 [続きを読む]
  • 山城サミットin佐野
  • 山城サミットin佐野11月25日(土)、26日(日)と山城サミットが開催されました。そして26日(日)現地見学会だけは絶対に外せまい!と、はりきってやって来ました(*^▽^*)無料シャトルバス普段は車でレストハウス前の駐車場まで行けるのですが、この日は自家用車での乗り入れは出来ないので特設大駐車場から無料シャトルバスにて唐沢山城跡へ。レストハウス前事前に申し込みをしていた「千田先生・宮武先生と主郭を歩く」 [続きを読む]
  • 福井城(福井県)
  • 福井城(ふくいじょう)別名 結城氏北ノ庄城・新北ノ庄城・福居城構造 平城築城者 結城秀康築城年代 1601年(慶長6年)指定史跡 −場所 福井市大手3-3−17−1【 地図 】柴田勝家の北ノ庄城があった場所に結城秀康が新たに築城しました。本丸には四重五階の壮大な天守のほか、三隅には艮櫓、巽櫓、坤櫓(月見櫓)があり、中央には本丸御殿が建てられていました。御本城橋と大手門跡ここから、登庁ならぬ、登城です [続きを読む]
  • 嶺城(群馬県)
  • 嶺城(みねじょう)別名 田中城構造 丘城築城者 北條丹後守築城年代 1558〜1570年(永禄年期)指定史跡 −場所 前橋市嶺町601-2【 地図 】嶺城は北條丹後守(前橋城の城代の一人)が築城し、家臣の田中大弐が居城していた為、田中城とも呼ばれています。標柱と案内看板嶺城本丸という標柱と案内看板があります。実際の本丸はまだこの先の丘の上にあるのですが嶺城の大事な目印になっています。見学者駐車場は [続きを読む]
  • 庭谷城(群馬県)
  • 庭谷城(にわやじょう)別名 庭屋城構造 断崖築城者 庭屋左衛門尉築城年代 不明指定史跡 町指定史跡場所 甘楽郡甘楽町庭谷697 【 地図 】庭谷城は築城年代は不明ですが国峰城の小幡氏の出城で、重臣庭屋左衛門尉が城主を務めていました。1590年(天正18年)豊臣秀吉の小田原北条攻めにより国峰城とともに落城しました。ここを右折して(カーブミラーに写ってる方向)、民家の間を道なりに進んで行くと突当りに建 [続きを読む]
  • 茂呂城(群馬県)
  • 茂呂城(もろじょう)別名 −構造 平城築城者 那波宗元築城年代 永禄年間(1558年〜1570年)指定史跡 −場所 伊勢崎市美茂呂町3612【 地図 】退魔寺を本丸とし、広瀬川の河岸段丘を利用して築かれています。石田三成がこの地を通過した折、この付近に毎夜妖怪が現れ庶民が難渋していると聞きこれを退治した。そこで石田氏の徳をたたえ寺号を退魔寺と改め、寺紋を石田氏の紋にしたという所伝が伝わります。退魔 [続きを読む]
  • 力丸城(群馬県)
  • 力丸城(りきまるじょう)別名 −構造 平城築城者 那波宗広築城年代 1366年(貞治5年)指定史跡 ―場所 前橋市力丸町【 地図 】力丸城は1366年(貞治5年)に那波氏の一族である日向守宗広により築城されました。1367年(貞治6年)2月1日、那波日向守宗広がはじめてここに移り住み、明治初年まで東群馬郡後勢多郡に俗していました。善昌寺の前の道を突当りまで進むと正面に城址碑が見えて来ます。力丸古城 [続きを読む]
  • 宿阿内城(群馬県)
  • 宿阿内城(しゅこうちじょう )別名 阿内城構造 平城築城者 三輪右丹築城年代指定史跡 −場所 前橋市亀里町【 地図 】1477年(文明九年)、白井長尾景春が後継者争いで反乱を起こし、「長尾景春の乱」の舞台となった城址です。関東 管領・上杉顕定が景春に五十子陣を追われ、上杉顕定が逃げてきたのがこの宿阿内城です。標柱や石碑などは無く、このカルタの看板が城址の目印となっています。本丸本丸は真っ平で畑となっ [続きを読む]
  • 内匠城(群馬県)
  • 内匠城(たくみじょう)別名 井戸沢城・稲荷城構造築城者 倉股大炊助築城年代 永禄年間指定史跡 −場所 富岡市岡本2310 【 地図 】内匠城は国峰城主小幡氏の家中旗本の倉股大炊助が居城としていたとされる城です。豊臣秀吉の北条氏攻略(天正18年)の際に、上杉軍の藤田信吉が国峰城を攻め落とし、この城に在城し改修したと伝わります。高速道路の側道(上信越自動車道の富岡ICインターチェンジ南側)を進みます。 [続きを読む]
  • 祝!上野三碑
  • 上野三碑(こうずけさんぴ)山上碑(やまのうえひ)指定史跡 国特別史跡場所 高崎市山名町山神谷2104【 地図 】ユネスコの「世界の記憶」(旧・記憶遺産)に!国内候補の古代石碑群群馬県の「上野三碑(こうずけさんぴ)」が登録されました!上野三碑は、飛鳥時代〜奈良時代前期、今の高崎市内に建てられた山上碑(やまのうえひ)・多胡碑(たごひ)・金井沢碑(かないざわひ)の総称。日本に18例しか現存しない古代(7 [続きを読む]
  • 茶臼山城(群馬県)
  • 茶臼山城(ちゃうすやまじょう)別名 茶臼山城・寺尾千臼城・寺尾古城・茶臼の城・鷹ノ巣城構造 平山城築城者 新田義重築城年代 鎌倉時代指定史跡 −場所 高崎市城山町茶臼山【 地図 】西上州やまびこ街道を挟み周辺には5つの城址があります。その中のひとつ、茶臼山城は城山団地の後方にそびえる山稜上に築かれた鎌倉時代の城です。案内看板西上州やまびこ街道沿いにある案内看板。この道をよく車で通るのでずっと気にな [続きを読む]
  • 日光東照宮(栃木県)
  • 日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)場所 日光市山内2301【 地図 】日光東照宮は、1617年(元和3年)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です。徳川家康は、1616年(元和2年)4月17日に駿府城で75歳の生涯を終え、直ちに久能山に神葬されました。そして御遺言により、一年後の1617年(元和3年)4月15日、久能山より日光に移されお祀りされました。神厩舎(しんきゅうこ)日光東照宮 [続きを読む]
  • 荒砥城(長野県)
  • 荒砥城(あらとじょう)別名 新砥城構造 山城築城者 山田氏築城年代 室町時代指定史跡 −場所 千曲市上山田 【 地図 】村上氏の支族である山田氏に築かれた山城。 川中島合戦の頃には武田軍と上杉軍による争奪戦が繰り広げられました。1582年(天正10年)武田氏滅亡後、上杉景勝の川中島統治時代には屋代秀正が上杉に従いますが、その翌年には屋代秀正が徳川家康と通じて荒砥城に籠城、上杉諸将に責められ落城したと [続きを読む]
  • 寺尾中城(群馬県)
  • 寺尾中城(てらおなかじょう)別名 −構造 山城築城者 尹良親王築城年代 1398年(応永5年)指定史跡 −場所 高崎市寺尾町【 地図 】寺尾中城は南北朝時代、南朝の拠点として世良田政義が整備して尹良親王を迎え入れたと伝えられています。駐車場観音山ファミリーパークの駐車場に駐車して公園内にある寺尾中城祉へ。公園内を北に向ってどんどん進むと自然の森入口のゲートがあります。ゲートゲートは獣の進入を防ぐた [続きを読む]
  • 飯山城(長野県)
  • 飯山城(いいやまじょう)別名 −構造 平山城築城者 泉氏築城年代 不明指定史跡 県指定史跡場所 飯山市飯山田町2753【 地図 】旧城主の泉弥七郎を城主とし、上杉謙信死去後はその家督をめぐって上杉景勝と上杉景虎が争う御館の乱が起きました。景勝が景虎に勝利すると甲斐の武田勝頼と和睦した際に、飯山城は武田氏に譲渡されました。武田氏が滅亡し織田信長麾下の森長可の城となったが、本能寺の変で信長が死去すると [続きを読む]
  • 設楽原決戦場(愛知県)
  • 設楽原決戦場(したらがはらけっせんじょう)場所 新城市竹広 大宮清水1−9【 地図 】天正3年5月21日、三河国長篠城をめぐって、織田信長・徳川家康連合軍3万8千と武田勝頼軍1万5千との間で行われた戦いです。長篠・設楽原の戦いとも呼ばれ、織田軍が馬防柵で鉄砲三段撃ちを行ったことで知られています。遠景馬防柵「馬防柵」は武田の騎馬軍団に対抗するために信長が考えだした作戦とされています。馬防柵の丸太は、 [続きを読む]
  • 古宮城(愛知県)
  • 古宮城(ふるみやじょう)別名 −構造 平山城築城者 馬場信房築城年代 1571年指定史跡 市指定史跡場所 新城市作手清岳【 地図 】古宮城は甲斐の武田信玄が侵攻するため、馬場信房に命じて1571年に築城させた城です。県内唯一の甲州流の築城といわれ要害を誇った城ですが、1573年(天正元年)に奥平・徳川連合軍の手によって落城しました。今年4月、続100名城に選定されました。遠景目の前のこんもりとした [続きを読む]
  • 小丸山城(長野県)
  • 小丸山城(こまるやまじょう)別名 八沢城・木曽小丸山城構造 山城築城者 木曽親豊築城年代 1394年〜1428年(応永年間)指定史跡 −場所 木曽郡木曽町福島【 地図 】木曽義仲より十一代目木曽親豊が居館を構えた頃「小丸山城」を築き、長子信道を住まわせ小笠原氏、飛騨氏の侵攻に備えました。案内看板木曽青峰高校グラウンド側の道路(本丸と二の丸の間の道)に案内看板があります。二の丸二の丸は木曽青峰高校に [続きを読む]