むぎ さん プロフィール

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むぎさん: むぎの城さんぽ
ハンドル名むぎ さん
ブログタイトルむぎの城さんぽ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/mugiide
サイト紹介文日本百名城や史跡・城郭めぐりの旅の記録と日本城郭検定の問題でお城の勉強をしよう!という日記です。
自由文日本城郭検定準1級〈武者返級〉合格。1級合格目指しブログを通して予習復習しながら勉強中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供181回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/02/20 05:52

むぎ さんのブログ記事

  • 飯田城(長野県)
  • 【飯田城】いいだじょう【別名】長姫城・三本杉城・六本杉城【構造】平山城【築城者】坂西氏【築城年代】13世紀初期【指定史跡】―【場所】飯田市追手町 地図【城郭検定】出題あり飯田城は、室町時代に飯田を治めていた豪族である坂西氏が山伏の修行場であったところに城を築きました。戦国期には武田、織田、徳川、豊臣と侵攻、支配が繰り返され改修されました。関ヶ原の戦い後は小笠原氏、脇坂氏を経て、堀氏が明治維新まで在 [続きを読む]
  • 第2回団員総会
  • 第2回団員総会第二回目となる攻城団団員総会に参加して来ました。昨年は都合がつかず、記念すべき第1回に参加出来ず残念でした。そして第2回も最初9月に開催予定だったのがラリーと重なり断念したのですが団長さんの怪我のおかげ?で日程が変わり、参加出来るようになりました。本丸御殿まずは午前11時よりガイドツアー開始です!今回は名古屋城のガイドさんの案内です。しかし、参加人数も多くガイドさんの声は小さく…ほと [続きを読む]
  • 鈴岡城(長野県)
  • 【鈴岡城】すずおかじょう【別名】―【構造】平山城【築城者】小笠原宗政【築城年代】室町時代初期【指定史跡】県指定史跡【場所】飯田市駄科1729 地図隣接する松尾城の支城として位置する鈴岡城。信濃守護職を歴任した小笠原氏の城で松尾城・鈴岡城・松本城(深志城)と小笠原一族の領地でしたが、分家した三家のうち隣り合っている松尾との内紛が激しかったとされています。武田氏の侵攻により落城、国境に接する下伊那では [続きを読む]
  • 八幡山砦(群馬県)
  • 【八幡山砦】はちまんやまとりで【別名】上の城・中城【構造】砦【築城者】小幡氏【築城年代】不明【指定史跡】―【場所】甘楽郡甘楽町小幡 地図小幡にある八幡神社の背後に聳える山頂は眺めが良く、周囲の城址をぐるりと一望出来ます。砦は公園化されていて展望台もあり、そこからの眺めは妙義山や群馬サファリパークも望めます。案内看板と駐車場八幡宮を目指して行くと駐車場があるのでここで案内看板を確認して八幡宮にお参り [続きを読む]
  • 駒場城(長野県)
  • 【駒場城】こまんばじょう【別名】阿智城【構造】山城【築城者】不明【築城年代】不明【指定史跡】村指定史跡【場所】下伊那郡阿智村駒場 地図駒場は東山道と三州街道と下条海道が合流する交通の要所で、戦国時代には織田・徳川軍と武田軍の争いの通過点ともなった場所です。また、駒場の山中で病に倒れた武田信玄をこっそり火葬したという長岳寺があります。阿智公園目指して進みます。グーグルマップに案内してもらうと阿知川の [続きを読む]
  • 西平城(長野県)
  • 【西平城】にしだいらじょう【別名】―【構造】山城【築城者】不明【築城年代】不明【指定史跡】―【場所】飯田市山本 地図いつ、だれが築城したかは定かではありません。しかしこの辺りは松尾小笠原氏が支配していたことが知られています。そのことから久米ヶ城の支城ではないかと推定されるも、文献なども残っていないため確かなことは解っていません。入口浄玄寺の入り口に西平城の登り口の案内看板があります。浄玄寺こちらの [続きを読む]
  • 横尾八幡城(群馬県)
  • 【横尾八幡城】よこおはちまんじょう【別名】―【構造】山城【築城者】尻高三河守【築城年代】1521年〜1528年(大永年間)【指定史跡】町指定史跡 【場所】吾妻郡中之条町横尾 地図【車サイズ】軽〇 普通△ 大型?横尾八幡城は尻高三河守によって築城され、後に塩原源太左衛門が城代となり1580年(天正8年)真田昌幸の吾妻進出によって富沢豊前守が配されました。昌幸は長男信之に上州利根・吾妻の二郡の支配を命 [続きを読む]
  • 桃瀬の水牢(群馬県)
  • 【桃瀬の水牢】ももせのみずろう【別名】―【構造】水牢【設置者】斎藤氏【設置年代】1521年〜1528年(大永年間)【指定史跡】町指定史跡【場所】吾妻郡中之条町横尾1648 地図水牢は、人を水の中に入れる水責めの一種で主に年貢の取り立てに使われたといわれています。水牢跡は沼田藩の中でも吾妻東部だけに残されている遺構で全部で八ヶ所あったと伝わり、この地が最も原型をとどめている場所です。吾妻東部にしか見 [続きを読む]
  • 落合五郎城(岐阜県)
  • 【城】おちあいごろうじょう【別名】美濃落合城・落合城・落合五郎館【構造】平山城【築城者】落合五郎兼行【築城年代】平安時代末期【指定史跡】―【場所】中津川市落合 地図平安時代の終わり頃、木曽義仲の家来であった落合五郎兼行が美濃口の押えとしてこの地に館を構えました。しかしここは推定の地で、発掘調査では確かなものがみつかっていません。案内看板おがらん公園入口にある案内看板。鳥居おがらん四社の扁額を掲げた [続きを読む]
  • 旧松葉家(岐阜県)
  • 【旧松葉家】きゅうまつばけ【別名】−【構造】古民家【建築者】松葉氏【建築年代】明治初期【指定史跡】県重要有形文化財【場所】飛騨市神岡町城ケ丘1−1 地図松葉家は手斧梁14本からなる小屋組で造られた古民家で明治元年に神岡町割石地区に移築された建物で岐阜県の重要有形文化財に指定されています。神岡城内旧松葉家は神岡城内に移築、展示されています。もともと萱葺屋根だったのが、現代の建築基準法により移築の際萱 [続きを読む]
  • 愛宕山城(群馬県)
  • 【愛宕山城】あたごやまじょう【別名】碓氷城【構造】山城【築城者】不明【築城年代】不明【指定史跡】―【場所】安中市松井田町坂本 地図愛宕山城は江戸時代に愛宕社が歓請され、愛宕山と呼ばれるようになったのが由来です。武田勢が上州侵攻のため構築したものを1582年(天正10年)北条氏によって改修されその後、松井田城攻撃に備え大道寺氏によって手が加えられたものと考えられます。入口国道18号線沿いにあるこのあ [続きを読む]
  • 坂本城(群馬県)
  • 【坂本城】さかもとじょう【別名】城の峰城【構造】山城【築城者】甘楽大夫朝政【築城年代】不明【指定史跡】―【場所】 地図碓氷湖の南に虚空蔵山狼煙台を眼下に築かれた坂本城は、中山道、東山道守るための位置にあり、愛宕山城ともに松井田城の西の抑えとして重要な位置にありました。林道赤沢線この道を進むと坂本城の大手道へと繋がる入口があります。城山橋この橋が見えて来たら近いです。この橋の先の右側に鉄塔があります [続きを読む]
  • 西平城(群馬県)
  • 【西平城】にしだいらじょう【別名】大島上城【構造】山城【築城者】不明【築城年代】室町時代【指定史跡】―【場所】富岡市野上西平 地図小幡氏の関連城と思われる西平城は別名大島上城と呼ばれ、西平城に対して小幡氏に仕える家臣の小間氏の城である大島下城が北の丘陵地に築かれていました。入口上信越自動車道に沿って走る側道脇に入口があります。余談ですが、この入口の手前に「大島の火祭り」というお盆の行事として毎年8 [続きを読む]
  • 大山城(群馬県)
  • 【大山城】おおやまじょう【別名】―【構造】山城【築城者】野宮淡路守信勝【築城年代】不明【指定史跡】―【場所】富岡市神農原 地図大山城は宮崎城や神農原城の対岸にある鏑川の断崖上にあります。この周辺には上信越自動車道で削られてしまった城址など五つの城址が並ぶ軍事的に重要な地帯であったことが偲ばれる場所でもあります。城主は野宮淡路守信勝から28代まで続き、天正18年豊臣秀吉勢に抵抗し国峰城が落城とともに [続きを読む]
  • 八幡山城(岐阜県)
  • 【八幡山城】はちまんやまじょう【別名】―【構造】丘城【築城者】河尻権守【築城年代】1491年(延徳3年)【指定史跡】市指定史跡【場所】飛騨市神岡町朝浦601 地図八幡宮山城は、江馬氏ゆかりの武将河尻権守が荒廃した八幡宮を城内に取り込むように築城しました。しかし、二代目玄蕃の時領主江馬時正と交戦し城を攻略されてしまい敗走してしまいました。その時城は八幡宮とともに兵火に掛けられ焼失。その後江馬氏は15 [続きを読む]
  • 神岡城(岐阜県)
  • 【神岡城】かみおかじょう【別名】東町城・沖津城・野尻城【構造】平山城【築城者】江馬氏【築城年代】1564年(永禄7年)【指定史跡】市指定史跡【場所】飛騨市神岡町城ヶ丘1 地図16世紀末、甲斐の武田信玄が越中攻めの際に重臣である山県三郎兵衛昌景が江馬氏に命じて築城させたのが神岡城(東町城)です。その後、豊臣秀吉によって天下統一を成されると金森長近が飛騨一帯を支配するようになり神岡城は山田小十郎が城代 [続きを読む]
  • 高原諏訪城(岐阜県)
  • 【高原諏訪城】たかはらすわじょう【別名】旭山城・旭日城・江馬城【構造】山城【築城者】江馬時経【築城年代】1582年(天正10年)【指定史跡】国指定史跡【場所】飛騨市神岡町殿 地図高原諏訪城は江馬氏下館の背後にある山城で、街道の抑えとしての役割を果たすための重要な拠点でした。1582年(天正10年)飛騨南部を支配していた姉小路自綱と飛騨全域をめぐって争った八日町合戦で江馬輝盛が敗れ討死すると姉小路方 [続きを読む]
  • 傘松城(岐阜県)
  • 【傘松城】かさまつじょう【別名】吉田城【構造】山城【築城者】金石文銘【築城年代】1299年(永仁7年)【指定史跡】県指定史跡【場所】飛騨市神岡町釜崎 地図傘松城は観音山に築かれた山城で、近年の研究調査によって江馬氏の山城であることが判って来ました。江馬氏下館からも東に見える山に位置し、高原諏訪城からは死角ととなる洞城や石神城も見通すことが出来るため、高原郷へ至る複数の峠道を監視したり統治するには必 [続きを読む]
  • 江馬氏下館(岐阜県)
  • 【江馬氏下館】えまししもやかた【別名】江馬氏城館・江馬氏館【構造】居館【築城者】江馬氏【築城年代】14世紀末頃【指定史跡】国指定史跡【場所】飛騨市神岡町殿573-1 地図【城郭検定】 出題ありここは史跡江馬氏館跡公園です。江馬氏は室町時代から戦国時代にかけて北飛騨を治めていました。戦国期には飛騨の覇権をめぐり、南飛騨を治める姉小路氏、三木氏との争い敗れ権力を失うこととなりました。エントランス広場こ [続きを読む]
  • 山形城(山形県)
  • 【山形城】やまがたじょう【別名】霞ヶ城【構造】平城【築城者】斯波兼頼、最上義光、鳥居忠政【築城年代】1357年(延文2年)、1592年(文禄元年)、1623年(元和9年)【指定史跡】国指定史跡【場所】山形市霞城町 地図【スタンプ設置場所】最上義光歴史館・山形市郷土館受付窓口・二ノ丸東大手門櫓内部【城郭検定】出題あり山形城は室町時代の初めに斯波氏によって築城され、安土桃山時代には最上氏によって改修さ [続きを読む]
  • 巌山城(福島県)
  • 【巌山城】いわやまじょう【別名】岩山城【構造】湖城【築城者】穴澤加賀守俊恒【築城年代】1565年(永禄8年)【指定史跡】―【場所】耶麻郡北塩原村桧原 地図桧原湖中に半島として浮かぶ堂場山に築城された巌山城。1585年(天正13年)11月、伊達政宗に攻め込まれ落城しました。案内看板桧原城とともに案内看板上に記されていたことで知りました。こちらもそのうち桧原城とセットで訪れてみようと思います。平成30 [続きを読む]
  • 天童城(山形県)
  • 【天童城】てんどうじょう【別名】舞鶴城・天童古城【構造】山城【築城者】天童頼直【築城年代】1375年(天授元年・永和元年)【指定史跡】―【場所】場所天童市天童4146 地図山形城城主斯波兼頼の孫の頼直が築城し、天童古城に入り天童氏を名乗るようになりました。1584年(天正12年)10月、南北朝以来この地を支配していた天童氏は最上義光に攻められ落城しました。愛宕池愛宕池の横目で見ながら主郭のある愛宕 [続きを読む]
  • 天童陣屋(山形県)
  • 【天童陣屋】てんどうじんや【別名】天童織田館・天童御陣屋【構造】陣屋【築城者】織田信美【築城年代】1830年(天保元年)【指定史跡】―【場所】場所天童市田鶴町4 地図天童織田藩は織田信長の次男織田信雄の流れをくむ藩で、織田家は群馬県甘楽町の小幡藩や山形県高畠町の高畠藩を統治し、信雄の孫である信美が天童に入り、1831年(天保二年)に天童織田藩が成立しました。天童御陣屋絵図喜太郎稲荷神社入口に天童陣 [続きを読む]
  • 桧原城(福島県)
  • 【桧原城】ひばらじょう【別名】小谷山砦・小谷山城【構造】山城【築城者】伊達政宗【築城年代】1585年(天正13年)【指定史跡】―【場所】場所耶麻郡北塩原村桧原舘山 地図桧原城は伊達政宗が築城した桧原湖沿いの砦です。天文の始め、1532年に松本宮内が18間地取りしましたが完成させることはなかった城です。そこに1585年(天正13年)伊達政宗が築城し、城番として後藤孫兵衛が伊達氏の拠点として住んでいま [続きを読む]