のぼさん さん プロフィール

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のぼさんさん: 万年青年の独り言 part 2
ハンドル名のぼさん さん
ブログタイトル万年青年の独り言 part 2
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/49nobosan
サイト紹介文一型糖尿病から腹膜透析の日々。五井先生の信仰に助けられての生活。 世界人類が平和でありますように
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2016/02/24 16:09

のぼさん さんのブログ記事

  • 人間のすべては神のみこころにある
  • 今日は10月1日。その月の始まり。思えば今年は「万年青年の独り言 part 2」から始まった。腹膜投石 いい加減俺のタブレットも腹膜透析と言う言葉に慣れ親しんでもらいたいものだ。毎日四回。それぞれ約一時間かかるのだ。四時間と言えば人工透析が一日約五時間病院のベッドの上で休んでいれば良く、それも一日おきだから、腹膜透析を諦めて人工透析に移る患者さんも出て来ても可笑しくない。それでは何故わたしは腹膜透析にこ [続きを読む]
  • 感謝は光なり
  • 世界人類が平和でありますように ずっとブログを更新することがなかった。何事も無かったのかと言えばその反対で色んな試練に見舞わされた。飼い犬のウィスが歩行者を脅してしまい、警察に訴えられてしまったのだ。その人を噛んだ訳ではない。ただ歩道にウイズが出てしまい、あろう事か鎖から離れてしまったのだ。また不利な点はある。もともとは息子から押し付けられた飼い犬で彼が餌代とか狂犬病の注射もするといっていたのだ。 [続きを読む]
  • 自分が無いということが一番のんきだ
  • 今日のDaily sayings の言葉によると自分の無いということが一番のんきだ自分があるから下手に悩んで苦しむ。 矛盾しているなどと考えたらそうして考えること自体が余計なことで考えて解決できるとは限らない。理屈は落とし穴なのだ。ひらめきに打開策あり御心のままになさしめ給え  世界人類が平和でありますように [続きを読む]
  • 一番暑い夏は過ぎた
  • 世界人類が平和でありますように毎日これだけはクリアーしようと思っていることが可燃物のゴミを出すこと何と自分ても驚くほど冷蔵庫の中に食べ残しの食料が残っている食べなけれは棄てれば良いのにそれができない。納豆。残り物に成りやすい。豆腐もついつい残って古くなる。それらを全て処分したときの気持ちの良さは最高だ。これも消えて行く姿である。自分の周りが少しずつ綺麗に成ることの喜びがある。世界人類が平和でありま [続きを読む]
  • 記事にしようとしていたことがなくなる感覚
  • 世界人類が平和でありますようにあのことも書こう、このことも書こうとメモしておいたことが、時を逃してしまうと忘却の彼方に記憶が曖昧になり、何にも書けなくなってしまうことがある。私の知る93歳のおばあちゃんはこの何十年日記を書いているとのことだ。半分惚けてしまったかのような日常の繰り返しの小生にとって惚けない事の秘訣が日記を書くことにあったのだと知った。日記さえつけておけば事実が自分の味方をしてくれる。 [続きを読む]
  • 陽が暮れる
  • 今日も一日が終わる。カラスか何を相談していろのかもう直ぐに暗くなる山間でうるさいほどだ。カラスのことはカラスに任せよう。早く家に帰り一人寂しく夕食である。世界人類が平和でありますように [続きを読む]
  • 永遠の命
  • 穏やかな夕陽を浴びて他に何も望んでいない自分がいる。毎日同じことの繰り返しのように時は過ぎ去る。 でも父や母は今この時私を見守ってくれている。そう信じて私は生きて行く。父よ 母よ そしてそのまた父と母とに繋がる永遠の命 世界人類が平和でありますように [続きを読む]
  • 今はもう秋
  • あの日差しの強い夏は今では少し懐かしい。窓辺の南部風鈴の音色が心地よい涼しさをもたらしてくれる。今年は一度も海水浴に出かけることはなかったが、誰かに頼んでも、全身蕁麻疹の痒さで苦しむ肢体を海水に浸らせることが出来たらと願っていたが、それが叶う事はなかった。救いと言えるものがあった。顔面神経痛になったり、はたまた全身蕁麻疹になったりするその原因がはっきりと分かっていたことである。世界人類が平和であり [続きを読む]
  • 駐車場を広く使おう
  • 今まで廃車すれは良いものを倉庫代わりに使ったりときにはウィスの犬小屋として利用していた愛車ワゴンRとサヨナラすることにした。思えばドンネルに入って視野が真っ暗闇になづてしまいハンドルを思わず右に切り、側溝にぶちあててしまった。車の芯が曲がってしまい、修理出来ないと言われる状態の車を私は何とか我が家の駐車場までかえってきたのだった。まるで何事もなかったかのように。ウィスも私も怪我をしなかったことに誰 [続きを読む]
  • 私の誕生日 (8月16日)
  • 世界人類か平和でありますようにこの祈りの言葉と共にこれからも生きて行く。日本が平和でありますように日本を愛し日本という国に誇りをもって私達の天命が完うされますように私達一人一人には天命があるのだということを信じ守護霊さま 守護神さま五井先生 ありがとうございます自分の守護霊にいつも感謝するそしてこの祈りを教えてくれた五井先生に感謝する この3ヶ月ほど私は顔右半分を顔面神経痛に冒され、それが少し治り [続きを読む]
  • 親父の夢 7月7日
  • おやじの懐かしい声。楽しく彼独特の節をつけて歌っている。それで目が覚めた。暖かい日射しの中「隠岐大漁節」を歌っている。 ちょっと紹介すると (はぁ) 網を曳くときは心が躍るよ (あよいしょ ヨイショ ヨイショ)       海に 海に黄金の花が咲く  (はぁさて)      出雲大社に松江を廻り      お出でなされや隠岐の島   (はぁどんとね どんとね)親父は合いの手まて自分で歌う。そうだっ [続きを読む]
  • 出雲大社参り  7月19日
  • 黒住教に見切りをつけた私は次の日には旧西郷町の中町にある出雲大社の社務所を訪ねていた。初めてのご挨拶なので西町の秀月堂で美味しいそうな冷凍もできる生菓子も持参する。なんと心のすっきりする行動てはあった。そしてその翌日には出雲大社へと参らせてもらう。世界人類が平和でありますように日本が平和でありますように私達の天命が完うされますように守護霊さま 守護神さま五井先生 ありがとうございますMay Peace Prev [続きを読む]
  • 神に愛される者
  • ここまでくるのに相当時間がかかった。今日からは五井先生の日々の祈りのその日のタイトルでわたしがインスピレーションを受けたことを日記的に書こうと思う。今日の内容は僕が作って実は焦がしてしまった「けんちん汁」なのだがそれを書く時間がもうない。新しいカテゴリーの説明だけでゆるしてもらいたい。ウィズと散歩 7/04世界人類が平和でありますように日本が平和でありますように私達の天命が完うされますように守護霊さま [続きを読む]
  • 死の恐怖からの解脱
  • 隠岐の島町を夜中に物凄い雨風を伴う前線が過ぎ去った。サッシの窓を20cmほど開けて置いて寝たのだが、夜中に窓際のベッドから落ちていた。ここ一週間ほど全身の蕁麻疹で苦しんでいたこともあった。苦しみと恐怖の中救急車を呼ぶ事まで考える始末だった。そんな日々だったから今までにない恐怖を味わい死んでしまうのかと想い。何度も絶叫を重ねた。夢だと思っていない私は近所にしらせよう、どうにか助けてもらおうと有らん限りの [続きを読む]
  • 信仰者に望む (7月2日)
  • 超越せる神仏を認識して、幾分なりとも神仏の力を得ている人々の行為言動が、唯物論のそれよりも劣っているようでは困りものである。 貧乏生活や病床にありながらも、その貧しさや病気にとらわれず、神仏の愛を賛美できるような心境にあれば、その人は貧して貧せず、病んで病まずでありまして、神仏をそこに現わしているのである。 不幸にあって不幸の感情を超え、恨みにもって愛をむくい、報いを求めず人を愛し、己れ如く他人を [続きを読む]
  • 宗教の門 (7月1日)以下 「宗教と平和」より
  • 人間はいづこよりきたり、いづこにゆくか、人間とは一体何か、こうした疑問は哲学的疑問であり、これをなんらかの行動にうつして自己全体で知ろうとするところから、宗教がはじまる。眼に見、耳に聞き、手にふれるこの現象生活の利害関係だけを問題にしての宗教入り、というのは実は宗教の門に入ったのではなくて、依然として、その人は唯物論の世界だけの人である。だから神と人間との真実の関係や、与えられた生命の正しい生かし [続きを読む]
  • 6月30日 法然・親鸞の教え方
  • 人間という者は欲望をなくせ、といわれても、なかなかなくせるものではなく、恐怖するな、怒るな、哀しむな、執着するな、といわれても、その性情が容易なことでなおせるものではありません。 法然、親鸞は、そうした性情をなくのだ、とおせなどとは少しもいいません。私たちもあなた方も、そうした肉体人間の想念感情においては、同じことなのだ、そのような想念はどうでもよい、怒ったら怒ったまま、泣いたら泣いたまま、たたひ [続きを読む]
  • 6月29日 自分の想い世界に影響する
  • 怒りの想い、争いの想い、恐怖の想い、妬心、悲しみ、などの想念は、みずからの血を汚し、血液の循環を乱す、と、医学者もいっておりますが、血を汚し、血液の循環を乱すということは、自己の生命の運行を損っていることになります。 しかもそればかりでなく、そうした想念は、そのまま波動となて、他の人々、社会、人類に伝わって、それぞれに悪影響を与えてゆくのです。人間一人の想念は自己に影響することは勿論、このように他 [続きを読む]
  • 6月28日 世界平和のための生き方
  •  世界を平和にするためには、幸福にするためには、神の心のままに各自が、この人生を生きぬいていかねばなりません。 神の心とは愛であり、光明であり、調和であります。そうした心が人間の本心なのであります。 ですから、こうした心から離れた想念は、すべて神を離れた迷いであり、業であるといい得るのです。 結局は悟ろうとも、悟りたいとも思わず悟っている境地、業想念と本心とをはっきり区別して、業想念はすべて消え去 [続きを読む]
  • 6月27日 本心そのままでいきている人
  •  悟りとは、自己の本心を光り輝せること。生命をさわりなく生かしきれる状態をいうのです。 悟りといっても、種々と段階のあることで瞬間的に、自己の本心を現わしたり、生命を生かしきったりすることも悟りでありますが、常に変りなく、本心をそのままで生きぬいている人があるとすれば、その人は釈尊と同じような正覚を得た人というべきでしょう。 本心そのままで生きている人の状態は、どのようかと申しますと、 慈悲深く、 [続きを読む]
  • 6月26日 悟りとは
  •  悟りとは、本心と自分とが全く一つになるということなのであります。 迷ったり、怒ったり、恨んだり、妬んだり、哀しんだり、恐れたり、執着したりする想念というものを、ハッキリ、自分ではない、と思いを定めることなのです。 自分とは、神と一つである本心そのものであり、もろもろの想念は、過去における自分の迷いの足跡が、今現われて消えてゆく姿である、と思い定めることなのであります。 自分が自分の創造主であるこ [続きを読む]
  • 6月25日 神に近づいている生き方
  •  いかに神社に詣で、仏閣に参じたとしても、それだけでは神を信じているとも仏を信じているともいえないのです。 真に神仏を信じ礼する者は、まず神の愛を信じ、自己が神の分霊として、この世界におけるなんらかの天命をもって生れて来ている者であることを信じなければなりません。 自己が神からはなれて存在するものではないのであり、自己の内部も外部も、すべて神の生命で充たされ、蔽われているのですから、ただひたすら神 [続きを読む]
  • 6月24日 神は親なのです
  •  神様は大祖親(おおみおや)なのですから、肉体人間の親以上に、人間の幸福を願っておられるのです。人間に罰を与えて苦しめたり、弱い肉体人間をいじめたりすることは絶対にないのです。 神様に敬虔な気持になることは必要にきまっていますが、神様を恐れたり、神様は自分を遠くはなれたものであると思ったりする必要は毛頭ありません。そうした神様の愛が守護神となり、守護霊となって、より身近にいて肉体人間が幸福な世界を [続きを読む]
  • 6月23日 想い方のトレーニング
  • 私はいつも本心と業想念とをハッキリ区別することを教えているのであって、いかなる感情の現れも、自己を痛め、他を痛めるようなものであったら、それはすべて一応業想念とみて、その感情を一時意志力で抑えるか、抑えられなければ抑えられないでよいから、表面に出てしまったら、その直後その感情は過去からの業想念の消え去る姿である、とその想念にしがみついていたり、把われていないで突き放してしまい、守護霊守護神への感謝 [続きを読む]