octpus さん プロフィール

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octpusさん: かかみの歳時記
ハンドル名octpus さん
ブログタイトルかかみの歳時記
ブログURLhttp://octpus11.hatenablog.com/
サイト紹介文岐阜在住 築90年の古民家に起き伏しする媼の俳句日記
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供196回 / 365日(平均3.8回/週) - 参加 2016/02/27 14:04

octpus さんのブログ記事

  • 春祭
  •  下世話な言い方ですが「娑婆」に舞い戻って3日目になります。あれよあれよという間に入院、手術と進み17日間のの入院の間、いつの間にか花は若葉に。これで完治ならいいのですが、長丁場の戦いになりそうです。取り敢えず今は通院にて放射線治療と飲み薬が毎日です。こう申せば詳しい病名は申さなくても大まかにはお分かりのことでしょう。まさかまさかの罹患です。身内に同病の者は全くなく、自分には関係のないことと思っ [続きを読む]
  • 行く春
  • 昨日受診してきました。即、入院です。お産以来の入院ですし、その後の治療を考えると不安はありますが今は早く楽になりたいという気持ちのほうが強く案外冷静です。我が身の留守の男世帯にもちょっとした試練です。 ブログは残念ですが当分の間お休みします。     行く春や我が身ばかりをよそにして [続きを読む]
  • 草萌える
  • 再び「俳句」について 昨日の朝刊、この地方の文芸欄に家人の荻原裕幸氏が『ベスト100 武藤紀子』について書いておられる。武藤さんは俳誌『円座』の主宰でなかなか豪放磊落な女性、花に例えれば大輪のひまわりとでも言おうか。一時期この結社に身を寄せていて感じた印象である。 この本はふらんす堂から刊行された自句自解のシリーズの一冊らしいが武藤さんらしい実にユニークな自注らしく、荻原氏も「こんなにぶっちゃけ [続きを読む]
  • 青き踏む
  • 「俳句」についてあまり耳慣れない季語だが今日はこの季語を詠んだ掲載句について少々。「青き踏む」とは歳時記によれば旧暦三月三日に野山に出て、青々とも萌え出た草を踏み、宴を催す中国の習俗にならったものらしく、転じて春の野山での散策が本意である。 さて、掲載句であるが少し前に公園で見かけた光景である。突き出されたあまりに立派なお腹(多分臨月なのでしょう)と堂々たる歩きっぷりに微笑ましく思って出来た一句 [続きを読む]
  • 囀り
  •  ちょっと病名は憚られますが、去年からずっと体調不良に悩まされ、今に今にと思っておりましたがなかなか良くならず、今日セカンドオピニオンを求めて大阪まで出かけました。結果はあまりかんばしいものではなく、大きな病院での検査をということで紹介状をもらって帰りました。気分は最悪ですが、まずは病院の受診待ちです。ブログもとぎれがちになるかと思いますがよろしくお願いいたします。     囀りや原生林に [続きを読む]
  • さくら
  • 『おらおらでひとりいぐも』   若竹 千佐子著 青春小説に対して玄冬小説と名づけて、話題の本である。筆者はまだお若いようだが、まさにこの桃子さんの年の当方にとっては、なるほどなるほどと納得のいく面白さであった。 桃子さん74歳。愛するご亭主を亡くして十五年。娘も息子も今や疎遠、淋しい一人暮らしを悶々とすごしながら様々な内なる言葉に耳を傾ける。 どうすっべぇ、この先ひとりで、何如(なじょ)にすべ [続きを読む]
  • 春の雨
  • 昨日、この辺りは桜の開花。我が家のはまだのようだが、紅梅は盛りをすぎ木蓮は咲き始めた。「暑さ寒さも彼岸まで」というが、まさに明日は春分の日で彼岸のお中日。昨日は雨間に墓参りもすませた。 彼岸といえば「真桑文楽」のお話をひとつ。岐阜の本巣市真桑本郷地区で三百年以上も続いている伝統的人形浄瑠璃である。今日と春分の日に毎年地域の物部神社の祭礼で奉納上演される。演目は郷土の偉人にちなんだものや伝統的外題で [続きを読む]
  • 春風
  •  檜の剪定が終わった。いろいろためらったがやってもらってよかったと思う。これで大風などに枝が揺すられて、倒木などという可能性は低くなったのではないか。案の定カア公が営巣をしていたとかで、庭師さんが上っている間は遠くからカアカアと怒っていたらしい。もちろん巣の枝は残してあるとのこと。若いが感じのよい庭師さんで、それも気持ちがよかった。高校の園芸科を出たと言われていたが今時の若い職人さんにもこういう人 [続きを読む]
  • 春眠し
  • 『ファミリー・ライフ』      アキール・シャルマ著 小野正嗣訳 新聞の書評欄で蜂飼耳さんが推奨されていたので、早速読む。辛い悲しい話だが救いもある話だ。著者はアメリカ在住のインド人で、この話はほとんど著者の体験に基づいた自伝的話だという。  主人公アジェ一家は彼がまだ小学生のうちに一家をあげてアメリカにに移住する。家族の夢は優秀な兄が医師にでもなって、かの地で成功を収めることにあるのだが、期待 [続きを読む]
  • 連翹
  • 『入門俳句の表現』   藤田 湘子著 藤田湘子の俳句も好きだが、作句指導書も好きだ。この本は「俳句研究」の読書俳句欄での選評をまとめたもので、一般投句のうちから選んだたくさんの秀句が引用されて、とても勉強になり、再読である。 (名句は)すべて「朗誦するにふさわしいリズム」によって成立しているし、そのリズムは大方「切れ」や「切字」の効果から生じたものであり、それはまたみごとな省略によって可能になっ [続きを読む]
  • 犬ふぐり
  • 『火山列島の思想』     益田 勝実著 東北大震災から七年である。早起きをして何ということもなくネットを見る。YouTubeで震災前に旅行で行った小泉海岸(2016・3・11参照)の津波の映像を見る。津波の映像はなんど見ても恐ろしい。美しかった松林や家々がみるみるなぎ倒されていく。その後、この海岸に巨大防潮堤を造るという話も見る。高地集団移転後の海岸に巾90メートル高さ14.7メートルの海も見えなくす [続きを読む]
  • 春の潮
  • 雨が上がりて一転、風が冷たい。だが春の足取りは着実だ。さて、今日は無駄使いをしたという話。メールの受信欄にオンラインショップからの案内がきていた。登録更新の案内である。たまに買い物をする好きなお店だ。更新をしておこうかと思って再登録をしたら2000円のクーポン券がついてきた。このクーポン券に煩悩が刺激され、商品を見てしまう。春向きのカーデガンが気に入る。 買おうかな、どうしょうかな、断捨離に逆行す [続きを読む]
  • おぼろ
  • 『中途半端もありがたい  玄侑宗久対談集』 対談集というのはやや苦手である。対談する二人の会話のテンポや水準についていけず、読んだという充足感がもてないことが多い。今回もそれは同様で、わからないところはわからないままに読んだというところである。 玄侑さんと十人の方の対談集である。対談途中に震災があったようで半分は震災前の、半分は震災後のものである。当然ながら話題もがらりと変わる。 震災後の対談相手 [続きを読む]
  • 三月
  • 金婚式 実は今週は結婚五十週記念(金婚式)を迎える。金婚式を迎えられる夫婦がどれほどの割合なのかは知らないが、かって民生委員をしていた時に金婚式のお祝いを届けたりしたのはそんなに多くはなかったように思う。五十年の間には四年ばかりの単身赴任期間はあったが、あとはずっと一緒、よくもまあ飽きずに過ごしてきたものだと感慨深い。 夫とは同じ大学の同じサークルでの出会いで、いろいろあって卒業前に一緒になってし [続きを読む]
  • 山椿
  • 『文学としての俳句』    饗庭 孝男著 「俳句の十七字というものは容易ではない。短いから詠みやすい、と思う人は俳句などしない方がよい。」とのっけから厳しい。 俳句や短歌という短詩系文学が文芸時評の対象から消えてしまったのはなぜか。もちろん文学として語るに足るものが乏しいということになるだろう。が、その遠因の一つとして「結社制度」があるのではないか。結社制度の内閉的性格が仲間うちでの安易な褒め合い [続きを読む]
  • 初蝶
  • 『小さな雪の町の物語』   杉 みき子著 ネットでたまたまこの人の名に触れて、図書館の閉架棚から借り出してきた一冊。 くもり日の似合う町である。長いがんぎに寄りそわれた木造の家なみは、この町に城のあった数百年のむかしから、少しの変化もなく、低い空の下でまどろんでいるように見えた。         「冬のおとずれ」より 著者の故郷、越後高田に材をとったいくつかのお話。雪に埋もれてひっそりと暮らすおば [続きを読む]
  • 春炬燵
  • 『苦界浄土』    石牟礼 道子著 それにしても酷い話であった。石牟礼さんが亡くなったことをきっかけに再読しようと手にとったのだが・・・。 発刊された1968年といえば大学を卒業した年で、当時この本を読んだ覚えはあるのだが、ここまでの重たさを感じて読めていたかどうかはわからない。今は親にもなり婆にもなり子を想い孫をも想えば、被害者になった人々の悔しさや悲しさや辛さは他人事とは思えない。なむあみだぶ [続きを読む]
  • あたたか
  • 風もなく陽射しあり。少しずつ身体を動かすかという気にもなり散歩をする。たいした距離ではない。我が家の隣を流れる川に沿って三十分ほど。カルガモ、ヒヨドリ、ジョウビタキ、シロハラ、カワセミ、スズメ、カラス。散歩の間に出会った鳥たちである。温いというのは鳥たちにもわかるのであろう。 金子兜太さん逝去。いつだったか「私は死なないような気がしている」と言われていたが、やはりそうはいかなかった。亡くなった親し [続きを読む]
  • 蕗味噌
  • 『天野忠詩集』    天野 忠著 稔典さんの本で知って県立図書館で借りてきてもらった一冊。わかりやすく心に沁みる詩が多い。この詩集(日本現代詩文庫 土曜美術社)には、おそらく編集順だと思うが九つの詩集と詩画集とエッセイが収録されている。若いころとおもわれるものは貧乏や病気や死や生きにくさがテーマで、だんだん年齢をかさねると夫婦や家族や老いがテーマになってくる。私のとなりに寝ている人は四十年前からず [続きを読む]
  • 卒業
  • 『竹林精舎』  玄侑 宗久著 七年ぶりの書下ろしである。大僧侶に対して失礼な言い方かも知れないが、玄侑さんは真面目である。いつも真正面から物事に対峙しておられるところが好きで今回の一冊も期待して手に取った。 一言で言えば、東日本大震災で両親を亡くした若者が仏の教えに導かれながら福島の小さな禅寺の住職として自立していく話である。若者らしい苦悩や放射能汚染という福島の現実があるなかで、一歩づつ前向きに [続きを読む]
  • 料峭(りょうしょう)
  • 『椋鳥日記』   小沼 丹著 この本について書いておられるブログを読んだ。Tの書棚にあったはずと出してくる。筆者のイギリス在住時のもので八編からなる短編小説集らしいが、小説というよりはエッセイという趣だ。プロットらしいものはなく淡々とした日常報告である。イギリスの街角の風景、市井で出会った人びと(それも老人が多いのだが)、疲れて入る食堂や居酒屋、そんなことが随分古めかしい表記で書かれている。どのく [続きを読む]
  •  NHKBSで映画「ビューティフル・マインド」を見た。別に見るつもりはなかったのだがあまりの寒さに暖房の部屋で縮こまっているうちに見てしまうことに。 アメリカ映画で実在の人物「ジョン・ナシュ」を扱った話だ。実は、彼がノーベル賞を受賞した数学者だということも彼が長い間精神を病んだということも知らなかった。見終わった後調べてみたら映画ほどキレイ事ばかりではなかったようだが、彼が長い闘病の果てに大学に復帰し [続きを読む]
  • 囀り
  •  オリンピックが開幕してNHKのテレビ番組はオリンピックばかり。そんなに興味のある人がいるのかしらんと思ってしまう。オリンピック番組はなおさらもともとあまり見たい番組もないテレビだが、二つほどビデオを取ってでも見ている番組がある。どちらもNHKの番組の「やまと尼寺精進日記」と「ザ落語ザ・ムービー」。 前者は奈良の談山神社近く音羽山観音寺に暮らす三人の女性の生活報告。ご住職と副住職とお手伝いさんの三人だが [続きを読む]
  • また歳時記が戻ってしまったが掲載句の都合上ご勘弁を。原石鼎の句ではないが庭の蜜柑の木の下で青鷺がぼんやりしていた。全くぼんやりとしかいえない風情でかなり近づいても逃げない。怪我でもしているのかと思ったほどだ。我が家は川の隣だから大檜のてっぺんに鷺がいるのはよくあることだが庭にいたのをみたのは初めてだ。今日の陽気に日向ぼっこかしらん。 寒い寒いといっても着実に春は近づいているらしくいつもこの時期に現 [続きを読む]
  • 冬終わる
  •  マルティナさんの「腹巻き帽子」ができた。もっとももともとの「腹巻き帽子」とは違う。先に編んだYが「テキストどおりに編むと案外重いよ」と教えてくれたので同色糸だけで「帽子」というより「ネックウオーマー」を目指した。表目と裏目だけだが綺麗な模様ができてなかなかだ。 まだ当分寒そうなので重宝しそうだ。もうひと巻きのほうは何か別なものを編みたいと思う。もうひとつテキストと違うのは編み出しがマルティナさん [続きを読む]