kyoko さん プロフィール

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kyokoさん: 緘黙 - 回復までの道のりと今 -
ハンドル名kyoko さん
ブログタイトル緘黙 - 回復までの道のりと今 -
ブログURLhttp://smutism.blog.fc2.com/
サイト紹介文保育園から中学生まで場面緘黙症だった30代中旬女性。回復した過程と今をブログに綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 36日(平均3.1回/週) - 参加 2016/03/01 22:24

kyoko さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 夫との出会い。そして結婚
  • 緘黙でも結婚に興味ない人としたい人がいると思います。私は後者でした。なぜか当然結婚するものと思っていました??緘黙から解放されたのはおおよそ中学生〜高校生頃。当時、まだ男子との会話は難しい状態でした。私が男性と会話が滞りなくできるようになったのは、安定剤の影響も大きいかもしれません。摂食障害になってから病院通いが始まり、それからあらゆる薬を処方され、半ば精神治療薬に翻弄された20代を過ごしました。信 [続きを読む]
  • 美人は多くを語らない
  • 内面含む美人について。美しい人がいました。若かりし頃の目上の方。その方々は、多くを語らなかった。微笑みの女神みたいな人は存在する。高校生の頃に好きだったあゆの歌詞にこんなフレーズがある。"恋人達はとても幸せそうに手をつないで歩いているからね〜まるで全てのことが上手くいっているかのように〜見えるよね〜真実(ほんとう)はふたりしか知らない"最近、何気なく口ずさんでいて色々考えちゃう歌詞だと思った。SNSが [続きを読む]
  • 自己肯定感と人間関係
  • 自己肯定感、基本的に低いかもしれない。低ければ、低いままで良いのだろう。それを受け入れて認めてからが回復の始まりかな。否定された通過点に戻って「辛かったね」と言おう。そう教えてもらった。その時の泣いていた自分を抱きしめること。アドラーの「嫌われる勇気」という本で、貢献感が大事ということを知りました。ずっと家に引きこもっている人でも生きている価値はあると。私は引きこもりにこそならなかったけれど、生き [続きを読む]
  • 自己肯定感と自意識過剰と骨格診断
  • この世にたった1人なら、自己肯定感も何もなかったのだろう。自意識過剰が働いて、自己肯定したり否定したりするのかな。Wikipediaより【自意識過剰(じいしきかじょう)とは、自分自身の事柄に関して過剰に意識している人。 自意識過剰とされている者には自分の外見や行動などが他人からどう思われているかなどに、必要以上に注意を払っている傾向がある。 人前でスピーチをする時などに他人に良い印象を与えることへの意識のし過 [続きを読む]
  • 孤立無援の学校生活
  • 記事を上げた気がしてたけど下書き保存になっていた。小学校3年生くらいになると、1人で下校する日々が始った。クラスでは自分の席にしか居場所がなくなり、学校へ行くのが苦痛になった。休み時間は校庭で遊ぶ人が多く、教室に1人、なんてこともあった。無駄にお道具箱をあさってみたりしたのを覚えてる。勉強も出来る訳じゃなくスポーツも苦手。ドラえもんがいるのび太が本気で羨ましかった位、何の為に学校に行っているのか解ら [続きを読む]
  • 緘黙 1人の外食
  • ブログを書き始めた頃。と言ってもまだ始めたばかり・・・^^;緘黙について色んなことが頭に浮かんできて(過去を思い出して)止まなかったが、今は書きたいことがあまり出てこない。また書きたくなるまで更新はやめようと思ったのだけどそうすると永遠にやめてしまうから細々書いていきたい。それに認知行動療法を兼ねたブログということを忘れてはいないか。前置き失礼しました。1人での外食。確か二十歳くらいから1人で食事に行 [続きを読む]
  • 発達障害グレーゾーン 「あさイチ」
  • 先日、あさイチで発達障害グレーゾーンについてやっていた。「曖昧」が苦手な特性にとってそれは複雑。私がADHDと診断されたのは、結婚してからです。(それまではIQだけ知っている状態でかなりもやもやした日々だった)【困っていたこととして】・家事が人並みにできない・期限切れを大量に出してしまう(買い物の計画性がなかったり、冷蔵庫の把握が出来ない)・毎日15時間以上寝てしまう(ロングスリーパー)・計算は電卓でも出 [続きを読む]
  • 「高校生」 保健室登校と反抗期
  • また2日もさぼってしまった。無理せず続けよう・・・と自分を甘やかす(´・ω・)高校は担任の先生から進められたところに納得して入学した。都内でも底辺のラインをいく女子校だった。中学で仲良かった女の子も一緒で後々その子とは毎日遊ぶようになる。クラスでは後ろの席の子と何気なく仲良くなった。それから放射線状に何人かのグループになった。しかし私はやっかいなほうの発達障害。コミュニケーションにだいぶ困難を抱え、 [続きを読む]
  • WAIS Ⅲ と入院
  • ありあまる思考の整理で書きたいことが多すぎて、下書き保存が早くも溜まってきたのですが、今日は成人知能検査について漠然と書いてみようと思います。30歳くらいの頃、私は情緒障害で約一ヶ月ほど入院した。そこで知能検査をやりましょうと言われ、何だかよくわからないまま、受けた。その名も、【WAIS Ⅲ】というもの。(詳しいことは書かないほうがいいと専門家の間で指示しているみたいなので伏せます)口頭で聞いただけなの [続きを読む]
  • 会食恐怖症、中学校
  • 何だか下書き保存していたら、記事の順番がズレてました。以後、気をつけます。【会食恐怖症】専門的なことは解らないのですが、どうやら調べたところによると、社交不安障害の一つで、「人前でご飯を食べる会食などの際に不安と緊張が高まり、吐き気やめまい、動悸、嚥下障害(食べ物が飲み込めない)、パニック発作などの症状がでて、ご飯を食べるどころではなくなってしまうのです。そして、人によって症状の程度や出方はさまざ [続きを読む]
  • 会食恐怖症、小学校
  • このブログは365日、毎日書くと決めたのに、すでに昨日はさぼってしまった|ω・`)今日は2つの記事をupなぜ人前で食事がとれなかったのか、今でもわからない。きっと大人数の場で食べることが出来なかったのだろう。小学校、給食は辛うじて食べることが出来た。そこは昭和の時代。残さず食べないといけないという暗黙の了解があった。その割に保育園では食べられなかったが・・・(ノω`*)ノ更に牛乳が飲めず、とある男子から牛乳飲め飲 [続きを読む]
  • 会食恐怖症と保育園
  • 保育園の担任の先生はおせっかいというくらい私を気にかけてくれた。私は人前で食事をとれない【会食恐怖症】というものを持ち合わせていた。保育園には給食があった。私は一切手を付けられずに残した。すると居残りし、私の手を持って食べさせてもらうはめになった。(家では食事できていたと思う)先生とはその後、従兄弟の結婚式で再開し、ハグをした。私のことずっと心配していたんだよと言ってくれて嬉しかった。そんなにずっ [続きを読む]
  • 緘黙を知ったきっかけ(続き)
  • 気にしないと言っても、やはり緘黙の後遺症は根強い。mixiは開かなくなったが、twitterを始めた。何となくで始めた緘黙アカウント。自然と過去と向き合うきっかけになった。そこで気付いたこと。【私は短文のSNSに向いてない】twitterでも呟きが長い(笑)どうでもいいこと呟く為に開いてしまう。それがtwitterの醍醐味なのだが。私の場合、そのどうでもいいことまでが長文になってしまってたのだから、どんだけですか(*´〜`*)よ [続きを読む]
  • 緘黙を知ったきっかけ
  • 常に心の奥にあった、喋れなかった過去。27歳頃、ネットで自分みたいな人はいるか検索した。すると場面緘黙症のサイトをやっている方のページに辿り着いた。自分の状態と同じで、まさかそれに名前までついているのかと、とても驚いた。そして、mixiをやっていたので後にコミュニティー検索したら、緘黙症がヒットした。そこには400人前後のメンバーがいて、こんなにもいるんだと安心した。何人かとメッセージのやり取りしたり、緘 [続きを読む]
  • 過去の記事 …