kotoko さん プロフィール

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kotokoさん: 人生はタイ料理の如し
ハンドル名kotoko さん
ブログタイトル人生はタイ料理の如し
ブログURLhttps://ameblo.jp/kotokokoron/
サイト紹介文機能不全家族で育ったACのブログ。うつ病、モラハラ、離婚、育児。気ままにつづります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供77回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2016/03/02 13:25

kotoko さんのブログ記事

  • 親を棄てて変わったこと
  • 親を棄ててから1ヶ月経ちました。その間にフラッシュバックなど起こりましたが今は落ち着きました。というか不思議なことにいきなり夜に頭の中がスッキリする感覚がありその後頓服を飲まないでいいほど体調が回復しました。もしかしてたまたま今日だけ体調がいいのかな?と思い過ごしていましたがそれがずっと続き今に至っています。その経験をしたのは2週間前ほど。自分でも体調の変化にびっくりです。主治医に話すとその変化にと [続きを読む]
  • ちょっと○○すればいいのに
  • 私はよく祖母から「ちょっと○○すればいいのに」と言われていた。うつがきつく自分が食べた茶碗を洗えないとき「自分が食べたのくらいすぐ洗えばいいのに。ちょっと洗ったら終わるのに」と言われていた。なので、自分が「したくない」とか「いやだ」と思うことはいけないことだと思っていた。また飼っている犬がお腹が痛かったようでうちの犬は外でないと用が足せなくて用が足したいらしく「くぅーん、くぅーん」と鳴いていた。私 [続きを読む]
  • せかせか生きないということ
  • 私は現在心療内科を受診していてその主治医とはもうかなりの付き合いなのだがずっと前主治医から「せかせか生きるのはもうやめなさい」と言われた。私はその主治医の言う「せかせか生きる」と言うことが分からずお風呂に入ったときにわざとゆっくり髪を洗ってみたりドライヤーをかけるときにじーっくりかけてみたりと自分がやっていることのスピードを落としてみた。でも、なんだかあまりリラックスもできず結局再度うつが再発する [続きを読む]
  • 私は夜中に蛍光灯をつけるのが苦手
  • 昨日実はひどいフラッシュバックを起こしました。自宅にいるのにまるで自分が実家にいる感覚に陥りました。実家は10年ほど前に建て変わったのですが私はその建て替わる前の実家にいるようでした。勝手に涙が溢れ頭はパニックになり何度頭の中で「ここは実家じゃない」と繰り返してもなかなかパニックは収まりませんでした。実家にいるとき夜に眠れないと私は電気をつけて過ごしていました。何かするのに暗闇では見えないので当たり [続きを読む]
  • お手伝いについて
  • 小学校の頃「○○ちゃんは家で料理を作ったりとお手伝いをしてるみたいだけどあんたはいっちょんお手伝いもせん!!」とよく祖母から怒られていました。でも、よくよく思い出すと私がお手伝いをしようと「お米を研ぎたい」と言うと「今時間がないしあんたがすると時間かかるし綺麗にならないからしないで」と言われたり「お茶碗を洗いたい」と言うと「あんたが洗ってもどうせ綺麗にならんけん茶碗を拭いて戻すのならしていいよ」と [続きを読む]
  • 家族から協力してもらえなかったうつ病の治療
  • 20歳のときに私はうつ病を発症し自宅療養をしていたのだがなんとなく家族に理解してもらえなかったというか協力が得られなかった気がする。どちらかというと私のほうが家族に気を使っていた。「どこか気分転換に行こうか?」なんて声かけはしてもらえることなく私のほうから○○に行きたいと言っていた。でも、仕事があるからとすぐ叶うわけでもなく「通院後の時間ならいいよ」といった感じだった。一緒に病院に行くこともあったの [続きを読む]
  • 心の傷が膿んでいる
  • 最近、実はまたうつになってしまいました。心療内科に行き身体の症状が強く自律神経失調症と診断されてましたがその後またキツくて行くとうつの症状が身体に出ていたのではないかとのことになりました。再度休職して治療をしています。今はどちらかというとうつというより今までの心の傷が膿んでしまってる気がします。やっと自分が自分の傷に気づいたのかもしれません。昔の抑え込んでいた感情に対し悔しい、悲しい、ムカつく…そ [続きを読む]
  • 常識が分からなくなってしまう
  • 毒親と話すと常識が分からなくなってしまいます。私は悪意がないにせよ相手に迷惑をかけたのなら謝罪をするのが普通だと思っているのですが毒親は絶対謝りません。謝ったとしても「ごめんなさい」とかではなく「悪うございました」や「悪かったね」などです。以前親に悪意がないことは分かってましたが私が親のしたことで困ってしまったことがありました。なので、それを伝えたところ謝罪はなし。そして、私はモヤモヤ…。「悪意が [続きを読む]
  • 自分にご褒美をあげることが苦手な理由
  • 私は自分にご褒美をあげることがとても苦手である。自分に何かご褒美として何かを買うということがすごく苦手なのである。きっとその理由は高校生くらいの頃にあっていい点数を取ったらご褒美として○○を買ってもらうという人がいたのだけど私は正直その話を聞いてびっくりしてしまった。何故びっくりしたのかというと頑張ったら親からご褒美を買ってもらえるという事実にだ。私はいい点数を取ろうともご褒美なんてもらえなかった [続きを読む]
  • 母のメール
  • 先日、母に「親子としてやっていけない」と告げた数日後、母から反省しているといった内容のメールが来ました。ほっとけばいいのですがなんとなく相手をしなくてはと思ってしまい相手をしてしまった私…こちらからのメールに対し「ダメな母親だ」「母親失格だ」などと返してきます。何故それを私に見える形で送ってくるのか悲劇のヒロインぶってるようにしか見えないし私に「そんなことないよ」などと言ってもらい許してもらいたい [続きを読む]
  • 私と合唱
  • 私は小学校の頃から合唱を始め社会人の団体に入るくらい合唱が好きだった。でも、私が好きなのは自分が歌うことと自分が歌っているときに他のパートのハーモニーが重なることと。歌うときにその曲調だとか歌詞とかを噛みしめることが好きでピアノと同じく別に合唱を聞くのは興味がなかった。NHK合唱コンクールや連盟のコンクールでも自分の番が終わればさっさと遊びに行くような高校生だった。また母の話になるが母は合唱の指導者 [続きを読む]
  • 私とピアノ その2
  • 私はピアノが嫌いだったので中学校の合唱コンクールなどでの伴奏をしなければならないのが苦痛でたまらなかった。ただでさえ嫌なピアノなのに短い期間で伴奏が出来るようにならなければならなかったからだ。ピアノの先生にお願いし伴奏の曲の練習をするし弾けるようになるものの合唱と合わせると途端に弾けなくなる。でも、代わりがいないので弾くしかなく苦痛だった。また母は自分の好きなピアニストのリサイタルに連れて行ってく [続きを読む]
  • 私とピアノ その1
  • 私はピアノを習っていた。初めたきっかけはよく覚えていないけどおそらく母から勧められたのと幼なじみがピアノを保育園のときからやっていたからだと思う。ピアノに関しては嫌な思い出しかなくその状態でなぜ続けたかはわからないし大してピアノを弾くことも好きではなかった。1番初めの嫌な思い出は小1のときのグループレッスンであまりにも弾けない私に対し母が怒ったので泣いた記憶がある。それでも2年グループレッスンを続け [続きを読む]
  • 親に見切りをつけるということ その後
  • 昨日母に見切りをつけて朝になって考えたのですがきっと母と私の親子関係はずっと逆転したままだったのではないかと思います。母はきっと自分が変わらずとも私が見捨てることはないと感じてだと思います。実家から独立しても具合が悪いときに頼れる人がいない際はなんだかんだでお願いをしていたし。私は長女であるし次女はお嫁に行ったしで実家のことは私がしなければとあれこれとやっていました。なので、母からすると私が「親子 [続きを読む]
  • 親に見切りをつけるということ その2
  • 先日から親に対してかなりの憎しみの気持ちがわいてきた。今までこんなことはなかったので自分では少しびっくりしたものの今まで解離していた自分が元に戻って来たのかもしれないと考えた。それらの気持ちは全て毎日記入している認知行動療法のノートに書いた。しかし、それだけでは収まらず私は母に自分の思いをメールした。しかし、やはり母は無視をした。その後しばらくしてメールが入ってきたのだがやはり何一つ分かっていなか [続きを読む]
  • 親に見切りをつけるということ その1
  • 私はひとり親で周りに頼る人はいなく親と物理的に距離を取ったもののどうしても体調が悪い際などには周りに頼る人もおらず母を頼るしかなかった。今までの関係があるからやはり母が来たときは体調が悪いのも相まってかなりストレスが溜まるのだった。そして、過去のことがあったけれどどこかで母に期待していたのかもしれない。いつかは理解してくれるということを。しかし、その希望はあっさり砕かれた。以前、代わりに息子を保育 [続きを読む]
  • 子どものくせに
  • 小さい頃から何かと「子どものくせに!!」と祖母から怒られていた。「疲れた」というと「子どものくせに疲れるなんてありえない!」と言われていた。日曜日に9時とかまでゆっくり寝ていると「子どものくせにこんな時間まで寝て!!」と怒られるし。寝転がってテレビを見るなら「子どものくせに寝転がってテレビを見ることは許さん!」と言われていた。少し大きくなり高校生や大学生くらいになると少しずつ自分の意見を持ち始める [続きを読む]
  • 元夫との結婚生活 その3
  • 元夫との生活で一番嫌だったのが今からこちらに書く出来事。私は風邪をひいてしまいやはり移動手段は自転車しかなかったので自転車で病院に行った。寝てれば治ると思っていたがなかなか治らなかった。私が体調が悪いときも休みの日は当たり前のように元夫はパチンコ。起きたら元夫の姿はなかった。私が食べられるようにと冷蔵庫に梨がむいてあったけど食べられるような体調ではなかった。それに体調が悪いからかものすごく心細かっ [続きを読む]
  • 元夫との結婚生活 その2
  • 今日も眠れないので元夫との結婚生活について書きます。家には車は1台しかなくそれは元夫のものでした。元夫が仕事が休みの日は当たり前のように朝からパチンコに行くので私はどこにも行けず行くとしたら自転車で行くしかありませんでした。また私は専業主婦でしたが元夫から生活費は全くいただいておらず自分の貯金を崩していました。そこで私は元夫に「働きたい」と伝えましたが「うちはそんなに困ってない」 と不機嫌モード全開 [続きを読む]
  • 元夫との結婚生活 その1
  • 今日はなんとなく眠れないのでブログの更新をすることにします。私の離婚理由はモラハラ。元夫はおそらくそう思っていないと思います。元夫と一緒に暮らしたとき私には自由がありませんでした。すぐに不機嫌になる元夫に怯えなだめる役ばかりしてました。新居で使う鍋を買いに行ったとき私はずっとル・クルーゼの鍋を使うことに憧れてました。ル・クルーゼの店員さんは鍋のメリット、デメリットを説明してくれました。元夫は鍋が気 [続きを読む]
  • 経年劣化が怖い話
  • 私は実は経年劣化というものがかなり怖い。使っていたら仕方のない事なのだが経年劣化し何かが壊れると少しパニックになってしまう。お盆と年末の大掃除の際私の担当は洗面台だった。その部分だけはどんなに私が忙しくてもしなければならず大学に行っていた時も「洗面台の掃除を取っておいたよ」と祖母から言われ掃除をしなければならなかった。もう何年も使っているし年に数回しか掃除をしないので汚れが取れないところもあったの [続きを読む]
  • 人殺しと言われた過去
  • 私は人を殺した経験はないものの祖母から「人殺し」と言われた経験があります。当時付き合っていた彼氏と夕方から会う約束をしていました。祖母はそのことが許せなかったんでしょう。出かける私に対して怒っていました。また私の彼氏の友人のお母さんが病気で亡くなり私も交流があったのでお通夜にのみ参列させてもらいました。そのことを祖母も知っていました。「あんたが夜に出かけるけんお母さんはあんなに痩せてしまった!あん [続きを読む]
  • うつ病発症の後の話 その2
  • 祖母の私への精神的虐待は止むことなく家にいるときは何かしら言われていた。それを両親に伝えても理解してくれず私は徐々に生きる気力さえなくしていった。こんなに嫌なことが続くならもう死んだほうがマシだと思い幾度となくODを繰り返した。両親は家族カウンセリングで私のうつ病を治すためには祖母と別に暮らすしかないと言われたらしく「別にアパートを借りて暮らすのも考えている」と言ってくれた。しかし、アパートを探すわ [続きを読む]
  • ”うつ病の発症”の後の話 その1
  • うつ病を発症したとき私には家に帰る選択肢しかなかった。一方的に親が選択肢を用意してそれから選ぶしかなかった。私はともかく休みたいと思っていたのだが母はともかく私に家事をさせた「早く前向きになるように」とのことだった。それが嫌でたまらないけど私には拒否する権利すらなかった。たまたま行った図書館にうつ病患者の家族がどうするべきかが書いてある本があったので母に読んでもらいたいと借りて帰るも「それが何?何 [続きを読む]
  • 大学1年の後期
  • 大学1年の夏休みに祖父が亡くなった。私は心の支えをなくしてしまったのか大学1年の後期に学校に行けなくなった。やる気がなくなり家も荒れ放題だった。昼夜逆転をし心療内科ではないが睡眠導入剤などを処方してくれる内科に通院しなんとか生活をしていた。ある日両親が私のアパートを訪ねてきた。散らかっている私の部屋を見て両親は私を怒った。そして、大学に行けてないこともバレそのことも怒ってきた。私は理由を話すこともな [続きを読む]