kotoko さん プロフィール

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kotokoさん: 人生はタイ料理の如し
ハンドル名kotoko さん
ブログタイトル人生はタイ料理の如し
ブログURLhttps://ameblo.jp/kotokokoron/
サイト紹介文機能不全家族で育ったACのブログ。うつ病、モラハラ、離婚、育児。気ままにつづります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供74回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2016/03/02 13:25

kotoko さんのブログ記事

  • 親に見切りをつけるということ その2
  • 先日から親に対してかなりの憎しみの気持ちがわいてきた。今までこんなことはなかったので自分では少しびっくりしたものの今まで解離していた自分が元に戻って来たのかもしれないと考えた。それらの気持ちは全て毎日記入している認知行動療法のノートに書いた。しかし、それだけでは収まらず私は母に自分の思いをメールした。しかし、やはり母は無視をした。その後しばらくしてメールが入ってきたのだがやはり何一つ分かっていなか [続きを読む]
  • 親に見切りをつけるということ その1
  • 私はひとり親で周りに頼る人はいなく親と物理的に距離を取ったもののどうしても体調が悪い際などには周りに頼る人もおらず母を頼るしかなかった。今までの関係があるからやはり母が来たときは体調が悪いのも相まってかなりストレスが溜まるのだった。そして、過去のことがあったけれどどこかで母に期待していたのかもしれない。いつかは理解してくれるということを。しかし、その希望はあっさり砕かれた。以前、代わりに息子を保育 [続きを読む]
  • 子どものくせに
  • 小さい頃から何かと「子どものくせに!!」と祖母から怒られていた。「疲れた」というと「子どものくせに疲れるなんてありえない!」と言われていた。日曜日に9時とかまでゆっくり寝ていると「子どものくせにこんな時間まで寝て!!」と怒られるし。寝転がってテレビを見るなら「子どものくせに寝転がってテレビを見ることは許さん!」と言われていた。少し大きくなり高校生や大学生くらいになると少しずつ自分の意見を持ち始める [続きを読む]
  • 元夫との結婚生活 その3
  • 元夫との生活で一番嫌だったのが今からこちらに書く出来事。私は風邪をひいてしまいやはり移動手段は自転車しかなかったので自転車で病院に行った。寝てれば治ると思っていたがなかなか治らなかった。私が体調が悪いときも休みの日は当たり前のように元夫はパチンコ。起きたら元夫の姿はなかった。私が食べられるようにと冷蔵庫に梨がむいてあったけど食べられるような体調ではなかった。それに体調が悪いからかものすごく心細かっ [続きを読む]
  • 元夫との結婚生活 その2
  • 今日も眠れないので元夫との結婚生活について書きます。家には車は1台しかなくそれは元夫のものでした。元夫が仕事が休みの日は当たり前のように朝からパチンコに行くので私はどこにも行けず行くとしたら自転車で行くしかありませんでした。また私は専業主婦でしたが元夫から生活費は全くいただいておらず自分の貯金を崩していました。そこで私は元夫に「働きたい」と伝えましたが「うちはそんなに困ってない」 と不機嫌モード全開 [続きを読む]
  • 元夫との結婚生活 その1
  • 今日はなんとなく眠れないのでブログの更新をすることにします。私の離婚理由はモラハラ。元夫はおそらくそう思っていないと思います。元夫と一緒に暮らしたとき私には自由がありませんでした。すぐに不機嫌になる元夫に怯えなだめる役ばかりしてました。新居で使う鍋を買いに行ったとき私はずっとル・クルーゼの鍋を使うことに憧れてました。ル・クルーゼの店員さんは鍋のメリット、デメリットを説明してくれました。元夫は鍋が気 [続きを読む]
  • 経年劣化が怖い話
  • 私は実は経年劣化というものがかなり怖い。使っていたら仕方のない事なのだが経年劣化し何かが壊れると少しパニックになってしまう。お盆と年末の大掃除の際私の担当は洗面台だった。その部分だけはどんなに私が忙しくてもしなければならず大学に行っていた時も「洗面台の掃除を取っておいたよ」と祖母から言われ掃除をしなければならなかった。もう何年も使っているし年に数回しか掃除をしないので汚れが取れないところもあったの [続きを読む]
  • 人殺しと言われた過去
  • 私は人を殺した経験はないものの祖母から「人殺し」と言われた経験があります。当時付き合っていた彼氏と夕方から会う約束をしていました。祖母はそのことが許せなかったんでしょう。出かける私に対して怒っていました。また私の彼氏の友人のお母さんが病気で亡くなり私も交流があったのでお通夜にのみ参列させてもらいました。そのことを祖母も知っていました。「あんたが夜に出かけるけんお母さんはあんなに痩せてしまった!あん [続きを読む]
  • うつ病発症の後の話 その2
  • 祖母の私への精神的虐待は止むことなく家にいるときは何かしら言われていた。それを両親に伝えても理解してくれず私は徐々に生きる気力さえなくしていった。こんなに嫌なことが続くならもう死んだほうがマシだと思い幾度となくODを繰り返した。両親は家族カウンセリングで私のうつ病を治すためには祖母と別に暮らすしかないと言われたらしく「別にアパートを借りて暮らすのも考えている」と言ってくれた。しかし、アパートを探すわ [続きを読む]
  • ”うつ病の発症”の後の話 その1
  • うつ病を発症したとき私には家に帰る選択肢しかなかった。一方的に親が選択肢を用意してそれから選ぶしかなかった。私はともかく休みたいと思っていたのだが母はともかく私に家事をさせた「早く前向きになるように」とのことだった。それが嫌でたまらないけど私には拒否する権利すらなかった。たまたま行った図書館にうつ病患者の家族がどうするべきかが書いてある本があったので母に読んでもらいたいと借りて帰るも「それが何?何 [続きを読む]
  • 大学1年の後期
  • 大学1年の夏休みに祖父が亡くなった。私は心の支えをなくしてしまったのか大学1年の後期に学校に行けなくなった。やる気がなくなり家も荒れ放題だった。昼夜逆転をし心療内科ではないが睡眠導入剤などを処方してくれる内科に通院しなんとか生活をしていた。ある日両親が私のアパートを訪ねてきた。散らかっている私の部屋を見て両親は私を怒った。そして、大学に行けてないこともバレそのことも怒ってきた。私は理由を話すこともな [続きを読む]
  • 夢を否定されること
  • 大学に入りその学科で取得できる資格を知った。また大学の勉強は大変面白くその取得できる資格を活かして働きたいと思った。その資格を活かせるのは役所だった。夏休みに実家に帰り私は母にいかに今の勉強が面白いかそして将来それを活かした仕事に就きたいかを伝えた。母は一言「○○で働くのはお母さん嫌だなー」と私に言った。その一言はもう私にそれを選択する余地がないことを意味する。母が嫌と言えば私は諦めなければならな [続きを読む]
  • 大学受験の話
  • 親に大学以外に行くことを反対され教師からも大学に行く選択肢しか与えられなかった私は大学を目指すしかなくまた進学校だったからか国立大学を目指すことになった。元々勉強は嫌いではなかったのだが国語がどうしても苦手でセンター模試で70点ほどしか取れなかった。それが悔しくて本を買いまた先生にお願いし新聞の社説を毎日150文字程度にまとめ添削をしてもらっていた。国公立大学の中でも自分が行ってみたい大学や学部を見つ [続きを読む]
  • 高校のときの話 その2
  • 高校では合唱をするために音楽部へ入部しました、今までやりたかったことなので毎日楽しく部活をしていました。しかし、嫌なことが1つだけありました。私は部活をサボらずに行き誰よりも練習をしている自負がありました。正直、他の部員よりうまかった気もしています。しかし、顧問は私の努力も何も認めてくれませんでした。母が同じ地区で合唱の先生をしていたから母に対しライバル心を抱きその娘である私にきつく当たったのでは [続きを読む]
  • 高校のときの話 その1
  • 昨日から怒涛のようにブログを更新していますが作り話ではないのか!?と思うほど辛い日々を過ごしてきたのだなと思います。これが作り話であればいいのに現実に起こったことばかりです。歌うことが好きで合唱がしたかった私は高校のランクを落とし合唱ができる高校へ進学しました。自分の中ではもう十分勉強はしてきたので特進クラスに行く気はなかったのですが母が「ランクを落としたのだから特進クラスに入りなさい」というので [続きを読む]
  • 中学校のときのいじめの話 その3
  • 中学校3年はクラス替えがなく2年生のメンバーと同じだった。いじめについての話し合いを2年の時にしたのでひどいいじめはなかったもののまだ軽いいじめは続いていた。私の筆記用具は中庭に投げられ私がそれを取りに行き席に戻る前に次のものが投げられるそんなことが延々と続いていた。自分が取りに行かないとどうしようもないので取りに行くのだけれどキリがないのでだんだんと疲れてしまうのだった。私へのいじめはあったものの [続きを読む]
  • 中学校のときのいじめの話 その2
  • 中学2年生でクラス替えがありました。そのとき小学校のときに私をいじめのターゲットにしていた2人と同じクラスになりました。やはりその2人は私をいじめて来ました。他のクラスメイトもそれに加担してました。移動教室の後私の机は蹴られ中の物が散乱していました。担任を含め、クラスメイトも気づいていますが知らない振りでした。クラスだけではなく部活でも私はいじめに遭いました。たまたま同じタオルを持っていくと同じタオ [続きを読む]
  • 中学校のときのいじめの話 その1
  • 中学校のいじめは小学校のときのいじめと比較にならないほどひどいものでした。当時私の通った中学校は荒れていて新聞に載るほどでした。私のクラスの担任は2回変わりました。初めはクラスメイトと仲良く出来てたのですがある日を境に私はいじめのターゲットになりました。私をターゲットにする人が出来周りがそれに加担した感じです。「汚い」と言われることもありました。途中からクラスに入ることが出来ず屋上へ続く階段で給食 [続きを読む]
  • 小学校のときの家庭環境
  • 学校のことを今まで書きましたが次は家庭環境を書きたいと思います。学校に居場所はありませんでしたが家庭にも居場所はありませんでした。私を主に育てたのは祖母でした。その祖母から虐待のようなものを受けていました。他人と比べられ「ダメな子ども」とずっと言われました。家に帰って怒られることが日常茶飯事だったので学校から帰りながら「今日は怒られないといいな」そう考えてました。あるときは今一緒にいる家族は本当の [続きを読む]
  • 小学校のときのいじめの話 その4
  • 小学校4年のときある先生が担任になりました。この先生が卒業まで私の担任になりましたが本当に最悪な先生でした。小学校4年のときもいじめに遭ってましたがそのときの記憶がありません。私の話し方などをバカにしたように真似されていた気がします。また私が持っているものが盗まれてなくなることがいつもありました。でも、担任にも言えませんでした。どうせ解決してくれないと思ってました。「生まれて来なければよかった」そう [続きを読む]
  • 小学校のときのいじめの話 その3
  • 小学校3年生のときの話を書いていきます。小学校3年生のときにクラス替えがありました。私は毎年今年はいじめられませんようにと願うのですがその願いはこの年も叶わぬものとなりました。むしろひどくなってしまいました。このクラス替えで私をいじめのターゲットにする人と一緒になりました。男の子2人組でした。私のメガネケースを取ってはボールのように投げて遊びます。落とすこともあるしメガネケースはもちろんぼろぼろにな [続きを読む]
  • 小学校のときのいじめの話 その2
  • 久しぶりのブログの更新です。なんとなく昔の話を書きたくなったので今日は過去の話を書いてみます。以前は小学校1年生のときの話を書いたので今日は小学校2年生の話。この年も1年間いじめられました。学期の終わりに感想を書くのですが楽しいことなんて何もなくて無理やり何かひねり出して書いていた記憶があります。クラスではひとりぼっちでした。30人もいないクラスで1人でした。ある日先生が「自分たちで班を作っていいよ」と [続きを読む]
  • 自分を生きるということ
  • 今まで私は自分のことを結構否定していた。自分が嫌いで嫌いで他の誰かになろうとしていた。でも、そうなれなくてその度にきつかった。他の誰かにならないと愛されないとずっと思っていた。私はカラオケが好きだ。歌の世界に入り込んで歌うのが好きでまた合唱をやっていたからか声が大きく子音もきちんと発音しながら歌う癖がある。声の質からか可愛い曲なんで似合わない。昔からそんな自分が嫌でたまらなかったけど声を変えられる [続きを読む]
  • 大学に行きたかった気持ちがなかなか成仏しない話
  • お久しぶりです。最近は調子のいいことも増えてきましたがなかなかいいばかりではなく。楽しかったことをした日にフラッシュバックが起こりそのことに対して絶望する日々を過ごしています。さて、今日は大学の話。私は大学を中退しています。大学2年の際うつ病を発症しました。それで教授の勧めで休学をしていましたがそのまま復学することなく退学となりました。私が行ったのは国立大。小学校の頃からいじめられていた私はいい大 [続きを読む]
  • 何かあると自分が悪いと思ってしまうこと
  • 最近毎日のようにフラッシュバックが起こるkotokoです。起きている時のほとんどを泣いて暮らしています。しかし、今までどんなにフラッシュバックが起ころうとも泣けずにただただ嫌な思い出のみ蘇るだけだったのでそれよりは泣ける今ないいのかと思うしデトックスの時期なのかと思っています。私は何かあると「結局は自分が悪い」と思ってしまいます。親と口論になると「どうせ私が全部悪いんでしょ」と言ってしまいます。特に父は [続きを読む]